東方万能録   作:オムライス_

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現代に存在する、生命の祖先が生まれるよりも更に前。

地上に突如として出現した『穢れ』。
それは当時存在していた生命や物体に寿命という概念を与えた。

故に、古代人は文明を捨て、月へと身を移した。故郷を蝕む『死』から逃れるため。そこに広がる『生』へと縋るために。




171話 それは『天使だった者』

崩壊にすら抗い、侵食せんとする漆黒の闇。

『天使だった者』はその中央に立ち、『ソレ』を探していた。

 

 

「………」

 

 

周囲には怨嗟振りまく亡霊の様な気体が這いずり、その身体をより深い闇へ引き込もうと纏わりつく。

 

 

(………どこ?)

 

 

闇の中で『天使だった者』の伸ばした手が、()()を掴み取ろうとしては空を切る。

 

 

(………あんなにすぐ近くにあったのに)

 

 

暗がりで光を求めて彷徨うように、重くのしかかる闇を引きずりながら歩を進める。

 

 

(私の……、)

 

 

混濁する意識、渦巻く感情が『天使だった者』の脳内を犯していく。

底なし沼ににどっぷりと浸かりながら、それでも彼女は手を伸ばす。

 

 

(…………私の、光)

 

 

感覚が鈍っていく。今自分は立っているのか、寝ているのかすら曖昧だ。

 

 

 

 

 

 

《おい》

 

 

その声は、闇の中へと飛び込んできた。

 

 

《サリエル》

 

 

侵食された脳内から消失しつつある名が呼ばれた。

その瞬間、『天使だった者』は(サリエル)を取り戻す。

 

柊 隼斗は纏わりつこうとする闇を意に介さず、肩で風を切るように歩み迫り、彼女の目の前で立ち止まった。

 

 

《決着をつけに来たぜ》

 

 

 

 

その瞬間、

 

 

「……ああ」

 

 

にちりっ、と『天使だった者』の口角は吊り上がった。

徐に、鈍った身体を錆び付いた歯車のように動かしながら首を傾げる。

その視線がゆっくりと声のした方へ移動していく。

 

 

 

「見ぃーつけたー」

 

 

それは途轍もなく無機質で、ゼンマイ仕掛けの人形のような声だった。

 

 

闇が、一気に深まる。

 

 

《その気味悪ィ目ん玉を俺に向けんじゃねェよ》

 

 

そう吐き捨てた隼斗の拳が、音速以上の速度でサリエルの顳顬(こめかみ)に突き刺さった。

一拍遅れて鳴り響いた空気の弾ける音と共に、彼女の身体は地を離れ、吹き飛ばされる。

 

直後、それまで場を包んでいた漆黒の闇は忽ち消え失せ、元の何もない真っ白な空間へと戻った。

 

 

《ちっ》

 

 

エコーの混じった声で舌を打った隼斗は、今しがた殴り付けた拳へ視線を移した。

 

白い世界の地に滴り落ちる鮮血。

()()()()()()()は痙攣を繰り返し、碌に力が入っていなかった。

 

 

(一瞬、捕まってたか)

 

 

その原因を早くも理解していた隼斗は、もう一度不機嫌そうに舌打ちをすると、直ぐさま負傷部位へ回道を施した。

 

 

傷は見る間に塞がり、同時に痙攣も治まった。

 

だが先ほど生じた腕の亀裂だけは変わらず開いたままだ。心なしか、以前より進行している気さえする。

 

 

(流石に二度も体感すりゃわかる。……『あの眼』だ)

 

 

崩壊が進む世界に闇を生じさせ、あまつさえ彼の身体に傷を付けた元凶。

定かではないが、一連の動作から見て彼女の『視界に捉えられる』ことが発動条件だと推測できた。

 

一度目で彼を覆うこの世界への抵抗力を剥がされ、二度目では一瞬とは言え捕捉範囲に進入した拳が出血を起こした。

 

どちらも一過性のもので、捕捉範囲外へ逃れれば、元の状態へ復帰することができ、それ以上の事態には陥らなかった。

 

 

(だが一度目と二度目で効力が違った。条件によって変化するってことか?)

 

 

隼斗はそこで思考を切った。

 

再び背筋を刺す感覚が、彼の捕捉範囲(レーダー)に引っかかったのだ。

ソレは凄まじい速度で接近し、殆ど一瞬で隼斗の前に出現した。

 

 

《………一応地平線の彼方までぶっ飛ばしたつもりだったんだがな。それに、()()()()()()()

 

 

思わずと隼斗は口にした。

何故なら、目の前に俯きながら浮遊する彼女の姿は、数秒前とは掛け離れていたのだから。

 

 

青紫色をベースとしていた彼女の色は失われ、脳天から爪先まで闇そのものを纏っているような黒一色。

所々逆立っている触手のようなものは、翼なのか、髪なのか、将又腕なのか、最早判別できない。

何より異様なのは、恐らく『顔』と認識できる部位から不気味な発光を繰り返す目玉だった。

 

仮に目の前の存在を人型として見た場合、眼球や口のある位置に指標となる三つの点があれば、人はそれを『顔』だと認識するらしい。

 

しかし、彼女の目玉は本来の形を取っていなかった。

顔と思われる部位の中心にぼんやりと光を放ち、浮かび上がる球体が一つ存在するのみで、その他の顔の部位は見当たらない。

 

隼斗がそれを目玉だと認識できたのは、既に人ではない何かだと判断したためか。

 

 

「zdjtい。にmjtいqt」

 

 

サリエルから発せられた、既に言語としての機能を有していない無機質な音声に、隼斗は唯々呆れ顔で返した。

 

 

《そうか、やっちまったなお前》

 

 

そして僅かに、今の今まで俯いていたサリエルの首が、その目玉がぴくりと微動する。

 

 

直後に空気を裂く轟音。

 

サリエルの初動を逸早く捉えた隼斗が、破道の六十三番 『雷吼炮(らいこうほう)』を放ったのだ。

 

雷を纏った光線は一直線にサリエルの元まで突き進み、そこで漸く彼女の目玉は正面を向いた。

 

 

 

─── それは吹き散らされた煙のようだった。

 

 

《あ?》

 

 

消失。

 

確実に直撃のコースに乗っていた破道は、着弾の衝撃と轟音を上げる前に霧散したのだ。

 

 

そして、今隼斗が立っている場所は、先程放った破道とサリエルの直線上に位置する。

次いで、再び彼からこの世界に対する抵抗力が失われた。

 

 

《っ!?》

 

 

ピシリと、足から生じた乾いた音で我に返った隼斗は、地面を蹴って『捕捉範囲外』へと飛び退いた。

 

 

(くそ、迂闊すぎんだろ馬鹿野郎…!想定外の事が起きたぐらいで足止めちまうとはよ)

 

 

サリエルの背後を取った隼斗は、彼女が振り返るよりも速く攻撃に出た。

 

 

(要はあの目玉を指向されなければいい。常に死角に回り込みながら一気に崩すっ!)

 

 

全てを破壊する拳は、しかしサリエルへ届く前に彼自身が止めた。

 

 

《ッッ、『断空』!!》

 

 

直後に側面へ跳び、彼女との間に隔てる様に霊力で練り上げた壁を展開する。

 

 

サリエルは依然正面を向いたままだ。

当然、顔と思われる部位も此方には向けていない。

だから隼斗は安全だと判断し、背後へ回って仕掛けたのだ。

それは飽くまで『人型』に対する固定概念だと気付かぬまま。

 

 

─── しかし、目玉だけが独立して動くなど誰が予想できたか。

いや、それだけならまだ良かった。

 

危険ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()、幾らでも対処の仕様があった。

 

 

 

 

《こいつは……、少しマズイな》

 

 

一つ、二つ……、

 

現状、サリエルを取り巻く目玉が二つと、元来の目玉が一つ。

計三つの目玉が、ゆっくりと隼斗へ指向されていく。

 

 

 

 




今回はRPGで言うところの、ラスボス最終形態。
初見では対処がわからず右往左往する様子を書きたかったのです。
今の状態を確立してから一度も負傷しなかった主人公も、とうとうダメージが入ってしまいましたね。
更に着実に蓄積していく身体の崩壊。

次回もお楽しみに!

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