東方万能録   作:オムライス_

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最近忙しくて書く時間が減ってきてますが、えっちらおっちら書いてますので気長にお待ちください。



173話 絶望の果てに

 

 

やること自体は単純なものだった。

『目』が再生した傍から直様拳を叩き込んで潰す。─── 要はモグラ叩きの容量だ。

 

 

だから彼は拳を止めない。

 

 

この只管繰り返される破壊と再生の先に、果たして決着は存在するのかなど、確証があるわけではない。

 

 

だけど彼は拳を止めない。

 

 

代償として……、少しずつ、確実に、刹那の一瞥が彼の身体を蝕んでいったとしても。

 

 

それでも、彼は拳を止めない。

 

 

「pゃwmッ!?」

 

 

また破壊された。

もう何度目か覚えていない。

 

天使だった者(サリエル)は数歩後退った。

当初の位置から見れば、一体どれ程押し下げられたのだろう。

 

ぽつりぽつり と、目の前の男から滴る鮮血は、血溜まりを広げることはなく、蒸発するように消えていく。

ここが崩壊を繰り返す世界でなかったのなら、或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

《痛ェか?そりゃそうだろうな》

 

 

淡々とした口調のまま、隼斗はじりじりと歩み寄る。

 

天使だった者(サリエル)の『目』によって、彼の身体を覆う防護膜は徐々に剥がされていた。

 

 

《……俺も痛ェよ》

 

 

結果、出血は拳や腕に留まらず、裂傷や亀裂は全身に及んでいた。

パキリッ と、一歩ずつ踏み締める脚からは絶えず乾いた音が鳴る。

 

 

《泣き言はなしだぜ。お前からふっかけた戦争だ》

 

 

どうやらこの『目』には、タイミングよく破壊すれば身体への影響を受けないなんて都合のいい条件は用意されていないらしい。

 

 

《とは言え最後まで付き合ってやるっつったしな。今更お前のしたことを説くような真似はしねェよ。そういうのは仏様のすることだ》

 

 

彼とて何度拳を振るったかは覚えていないが、一定数の『目』を潰した瞬間から、再生のタイミングを完璧に掴んだ。

故に、今では『目』が再生してから自身の身体を蝕むまでを()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

《俺も無駄に長生きの所為か、今の若い奴らからは「考え方が古い」って言われんだけどよ……、》

 

 

勿論、『目』の補足範囲の外からという選択肢もあるにはあるが、それでは効果は期待できない。破壊した傍から瞬時に再生される為、距離を空けていては一瞬対処が遅れてしまう。

 

より精密に、より迅速に対処する必要があった。

 

第一、損傷が即時再生する上に(たが)の外れたような相手だ。本能的に戦意を喪失する程、正面切って敗北と言うものを突き付けてやらなければ意味がない。

 

 

《口で言ってもわからねェ馬鹿は鉄拳制裁って、なっ!!》

 

 

 

鞭が標的を捉えたような乾いた音が幾十にも重なって響く。

 

 

「gmjpwッ!?」

 

 

同時に再生しようとも、タイミングをズラして再生しようとも、その瞬間には弾けて消える『目』。

天使だった者(サリエル)は闇に覆われた頭部に手を当ててたじろいだ。

 

 

「……ッ」

 

 

ここにきて、明らかな動揺を示す動作、そして『目』の再生速度に著しい低下が見られた。

片膝を地につけ、揺らめく意識の中で天使だった者(サリエル)は絞り出すように口にする。

 

 

 

 

「───── どうして?」

 

 

堕天し、闇に飲まれた筈の天使から、感情の一部が言葉となって漏れた。

 

 

「ッぁ!?」

 

 

続け様に湧き上がる感情の渦に、()()()()は頭を掻きむしりながら悶えた。

 

その影響からか、頭部を覆っていた闇の一部が塗装の様にボロボロと崩れ、彼女本来の面が僅かに垣間見えた。

 

 

(どうしてよ…!それだけ血を流しているのに!今にも壊れそうなくらい崩壊が進んでるのに!……倒れてよ!もう諦めてよ!!あと少しで手に入りそうなのに!!その力があれば私はまた──── )

 

 

再び闇に沈み始めた意識の狭間で、サリエルは激情に任せて叫ぶ。

 

 

「どうして貴方は倒れないの!死なないの!?これだけやってるのに!!こんな世界まで用意して!!それだけズタボロになって!!自己犠牲のつもり!?それとも英雄気取り!?くだらない!!それだけの力があってどうしてあんなちっぽけな世界に固執するのよ!!」

 

 

彼女にとって幻想郷など、瓶詰めキャンディの内の一粒と変わらない。

 

この世には幾つもの世界があって、それらを転々としてきた彼女は、幾つもの世界に絶望を与え、文字通り味わってきた。

死の天使にとって絶望とは『糧』、或いは嗜好なのだ。

偶々次なる標的となったのが、隼斗の世界だったというだけの話。

いつも通り壊し、奪い、死を与え、人々の阿鼻叫喚を耳にしながら心地良い眠りにつくはずだった。

 

 

「どうして……っ!貴方だけは………、『絶望』しないのよ…………………」

 

 

最後には蚊の鳴くような声だった。

 

柊 隼斗と言う人間が、どうあっても折れない理由。

それがわかったところでどうしろと言うのだ。

 

 

この世界にはサリエルと隼斗の二人しか存在しない。

彼とて元の世界に大切に思う仲間や家族はいるだろう。最愛の者を残してきているのだろう。

 

─── だがこの世界には誰もいない。

 

心の支えなんて一切存在しない世界へ、心の支えの為に己が身を投じた男。

 

 

 

だから、彼は当たり前のように言った。

 

 

 

《───『希望』を、護る為だ》

 

 

 

彼は知っていた。

 

 

世界にたった一人取り残される孤独を。

 

友を失う悲しみを。

 

仲間や家族と再会する喜びを。

 

築き上げていく幸せを。

 

 

この場所が、自身の歩んできた一本の道の終着点になったとしても、彼は絶望なんてこれっぽっちも感じてはいなかった。

 

それも『本望』だと言わんばかりの表情で。

 

 

「………………………………………………………………………………………希望?」

 

 

ぽつりと零した言葉。

サリエルは目を見開いて隼斗を見上げた。

 

 

《!》

 

 

それは正に、隼斗とは対照的な、()()()()()()()()()()()()()()()()表情だった。

 

 

直後、サリエルを覆っていた闇が増大する。

 

 

 

 





────── 次回、決着。


174話は月内に投稿予定です!

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