東方万能録   作:オムライス_

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174話 終戦、残るは……。

闇が死の天使を包み込む。

ぼこぼこと膨れ上がっていくそれは、あっという間に隼斗を見下ろす程の巨大な『目』を形成した。

 

 

「なgjtxtymag!agjしuwmptwmッ、tipnxtmeqwoあymentpln!!」

 

 

再び言語の失われた音を捲したてるように発した天使だった者(サリエル)

 

直後、彼女の感情に呼応するように、『目』が周囲の空間を塗り潰さんと闇を広げ始める。

 

それはまるで物体が腐敗していく様子を早回しで見ているような光景だった。

 

『目』を中心に押し寄せる闇が、あっという間に白い空間を飲み込んでいく。

 

 

 

()()()()()()()()()?!……いや、生成力の方が勝ってんのかっ!)

 

 

ものの数秒で隼斗の四方全ては闇に閉ざされ、一切の光が断たれた。

その瞬間、隼斗の身体を再び崩壊が襲う。

 

 

どうやら堕天使の『目』はこの暗闇の中でもしっかりと彼の姿を捉えているようだ。

加えて、周囲を包んでいる闇の影響だろうか……、身体に伸し掛る正体不明の重圧が、筋肉や関節の可動、並びに五感を妨げていた。

この世に生を受けてから今まで、病というものを経験してこなかった隼斗にとっては、非常に不可解な感覚であったが、これが所謂身体の内側を蝕まれる感覚なのだろう。

 

 

「pmmpj、にjdmwp……!gjtjがmqkmtg!!」

 

 

視界と言う最も優れた情報源を()ったにも関わらず、天使だった者(サリエル)は己の位置を隠そうともせず叫んだ。

只、ひたすらに感情に任せてノイズで遮られた音を並べていく。

 

 

《……お前がそこまで()()()()()()()は俺にはわからん》

 

 

隼斗はそう口にすると、血の滴る拳を握り込んだ。

 

 

「jdpmpgb!?gamなnumadm!!あjwnwptjujmwよっ!!」

 

 

《ああ、知らねえな。元より他人の過去なんざ知る由もねェ》

 

 

「だgkらmtpgjmtpgm!!わkmwこwuktmdkgto!!」

 

 

《おい、サリエル》

 

 

「!」

 

 

気付けば、彼は天使だった者(サリエル)の眼前に立っていた。

ミシミシと強く、固く握り込まれた拳が、徐に掲げられる。

 

 

《何がお前をそうさせたのかは知らねェし、今更知ろうとも思わねェ。それに、お互い来るところまで来ちまったんだ。ここらで終止符を打たせてもらうぜ》

 

「!」

 

 

直後、天使だった者(サリエル)の頭上に浮かぶ巨大な『目』がカタカタと振動する。

視界の効かない暗黒空間であるため、隼斗が拾えた情報はその怪音と膨れ上がっていく邪悪な気配だけだった。

 

 

「tjwあッ!!」

 

 

『目』は再び彼女の感情に呼応し、更に夥しい量の闇を発生させた。

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!、と。

 

地鳴りすら聞こえてきそうな凄まじい共鳴の後、押し迫る闇は火砕流の如く隼斗の身体を呑み込んだ。

 

 

《!》

 

 

纏わりつく闇は更なる重圧を生み、より一層身体の感覚を鈍らせていく。

脳内には無数の怨嗟が侵入し、隼斗の精神を犯そうと暴れ回る。

 

 

《……》

 

 

パキリッ と、また一つ何処かから乾いた音が鳴り、とうとう隼斗の身体の端々がゆっくりと崩れ落ち始めた。

その様はあたかも燃え尽き、徐々に灰となって散る木炭のよう。

 

 

 

《………………………………ッ》

 

 

その時、隼斗はある人物の顔を思い浮かべ、顔を顰めながら小さく舌を打った。

長年自分を利用し、この身体を苗床として力を蓄えていた()()()()()()()()

 

またの名を『西行妖』。

 

彼が消え行く間際に口にしていた言葉が耳元で再生される。

 

 

 

──── だが忘れんじゃねェぞ。その力がテメェの中にある限り……、俺はいつでもテメェの身体を乗っ取る隙を窺ってるってことをなァ!

 

 

 

隼斗の内側から、沸々と黒いナニカが込み上がる。

それは身体に纏わり付く闇と共鳴するように少しずつ大きくなり、外へ飛び出す機会を今か今かと待ち侘びているようだった。

 

 

《…………ふざけんな》

 

 

隼斗は今にも砕け散ってしまいそうな程、亀裂の入った拳を握り締めた。

そして徐に顔の高さまで掲げた拳で、自身の額のど真ん中を叩き割った。

 

鈍い音が一つ。

 

最早損傷による出血はなかった。

代わりに額には、硝子を砕いたような蜘蛛の巣状の亀裂が入った。

 

 

《もうてめェにくれてやるもんは何も無ェよ…!この身体も!力も!世界もだッ!!》

 

 

 

途端に、侵食しかけていた闇が動きを止めた。

 

そして、全身に及んでいる亀裂の一つが、彼の頭部を覆っている仮面の中心に走った。

パキンッ と、乾いた音が聞こえたのはその直後。

 

 

─── 仮面は右半分を残して砕き割れた。

 

 

《俺の戦いだ…!失せろッ!!》

 

 

その瞬間、身体を覆っていた闇が一気に引き、再び天使だった者(サリエル)の目の前に隼斗は現れた。─── 同時に、空間を包む暗黒世界を、内側から圧迫する力を放ちながら。

 

 

「!?」

 

 

思わず、天使だった者(サリエル)は後退った。

 

 

目の前の男の姿は、()()()()()()()

 

 

 

左半分が割れた仮面の下から覗く瞳は赤い眼光を放ち、同じく晒されている左側の髪は白く変色していた。

そして肩口から指先まで白い体表に覆われた右腕が、この異様な圧力を放っていた。

 

 

《……置き土産ってか?ったく》

 

 

隼斗は変化した右腕の調子を確かめながら小さく零した。

続いて左腕、胴体、両足へと視線は移る。

 

そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()を確認し、改めて天使だった者(サリエル)を見遣り……、

 

 

 

《サリエル》

 

 

 

一歩踏み出すでもなく、その場で右拳を引いた。

 

 

 

 

 

ジジジジジジジジジジジジジジッッッ!!!、と。

 

 

空気を含むように握られた拳へ、赤黒い雷のようなエネルギー体が集束されていく。

 

 

(………ああ)

 

 

あまりの重圧。途轍もなく巨大な惑星を目の当たりにしているような感覚に見舞われ、天使だった者(サリエル)はただ茫然と立ち尽くす。

 

 

(そうだ……、そうだわ)

 

 

闇の下で、天使だった者(サリエル)は静かに笑っていた。

 

 

(これが…………、)

 

 

 

〜〜〜

 

 

むかし、むかし……、神に仕える一人の天使がおりました。

この天使は神様からある役目を与えられていました。

それは、『罪』という穢れから、人々の魂を護ることでした。

天使は来る日も来る日も罪深き存在から、霊魂を護りました。時には大きな鎌を持ち、悪しき存在の乗り移った魂を狩ることもあったそうです。

そんな一生懸命仕事をする天使でしたが、とても嫌な仕事もありました。

 

それは、『悪しき魂に取り憑かれてしまった天使(なかま)に罰を与え、神の国から堕とす』こと。

堕とされてしまった天使はもう神様に仕えることはできず、()()()()()生きていかねばなりません。

 

来る日も来る日も、天使は仲間を堕とし続けます。

そして時々その瞳からは、赤い涙が溢れていたそうです。

 

 

そんな天使さんに神様は言いました。

 

 

 

 

「人々の『希望』のためだ」っと。

 

 

 

天使は来る日も来る日も自分に与えられた使命の為に働きます。

 

 

 

 

────── いつの日か、自分が堕とされるその日まで。

 

 

〜〜〜

 

 

ピシリッ!!! と、周囲を包む暗黒空間に亀裂が生じた。

亀裂は次第に綻びへと転じ、僅かに外の白い空間が顔を出した。

 

 

ふぅっと、静かに息を吐いた隼斗は、右拳の中に溜まったエネルギー体を握り潰すようにして力を込めた。

 

 

ズンッッッ!!!! と、辺り一帯が激しく震撼する。

 

 

その中で、天使だった者(サリエル)は笑っていた。

 

 

 

 

 

(これが、『絶望』……ッ!)

 

 

 

《 ───── 終 わ り だ 》

 

 

 

絶えず崩壊の進む、真っ白で何も存在しない世界に、赤黒い閃光が走った。

 

 

 

─────

────

───

──

 

 

 

展開されていた闇の空間は粉々に吹き飛び、その場にはたった一人の男だけが立っていた。

白く変化していた髪と右腕はいつしか元に戻り、半壊した仮面が彼の表情を半分だけ覆い隠していた。

…………その寂寞(せきばく)たる表情を。

 

 

 

砂となって吹き散る闇に混じり、宙を舞う無数の白き羽根も、やがて塵となって消えていく。

 




これにて、 VS 死の天使戦決着でございます。
いやー、ここまでくるのに大分かかってしまいましたが、漸くです。隼斗くんありがとー!


今回ふれた天使の昔話っぽいものは、wikiを参考に少しだけアレンジして書いたものです。

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