東方万能録   作:オムライス_

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175話 異変の傷跡

それは幻影だったのか。

この地に足を踏み入れた厄災の数々が、音もなく煙のように消失し、未だそんな実感が湧かぬ者達は呆然と立ち尽くした。

 

後になってその名残を留めるは、無惨に踏み躙られた大地の傷跡。

 

耳を澄ませば、吹き抜ける風に混じって幾つもの呼吸音があった。それは自分のものか、隣にいる仲間のものなのか……、空白の生じた脳内では判別が遅れる。

 

 

 

 

─────

───

 

 

 

「……………ん」

 

 

やけに高い天井、広々とした大部屋。

そして自身を心配そうに見下ろす人々の中心で、藤原 妹紅は目覚めた。

 

 

「ここは……?」

 

 

ぼやける視界をなんとか広げ、周囲を見渡した妹紅は誰に対して問い掛けるでもなく、ただ呟いた。

 

 

「命蓮寺」

 

 

即座に入った短い応答。

 

妹紅がはっと振り向いた先には、短い黒髪の少女が胡座をかいていた。

少女の背中には左右非対称で奇妙な形をした翼とも触手とも取れるものが生えている。

 

 

「………誰?」

 

 

妹紅は警戒を解かぬまま声を低くして尋ねた。

対して黒髪の少女はやれやれと言った具合に肩を竦めて答える。

 

 

「『鵺』。ここらじゃ封獣 ぬえなんて呼ばれてるこわーい妖怪さんだ。まっ、そんなに警戒しないでよ、()()()()()()()

 

「!!」

 

 

その言葉で妹紅は我に返った。

曖昧だった記憶が戻り、あの激戦の光景がフラッシュバックする。

 

 

「そうだ、人里は!人里はどうなった!?あいつはッ!!」

 

 

思わず詰め寄り、肩を強く掴みに掛かった白髪の少女に対し、ぬえは相変わらずの表情のまま、足下を指した。

………正確には、ひらりと白髪の少女から落ちた、羽織り代わりの掛け布を。

 

 

「起きたばかりで興奮するのもわかるけどさ……、とりあえず服着たら?」

 

「何言って……………………………、」

 

 

そこで妹紅は漸く気付いたようだ。

 

一糸纏わぬ姿で、大勢の人々がいるこの空間にぽつりと立っている自分に。

 

 

「なっ、なっ、ちょっっ!待っ、なんで!?ッッ!!?!」

 

 

あたふたと足下の布切れを拾い上げ、露わになっている前面部を覆った少女の顔は既に真っ赤だ。

 

 

「あははははははははは!!何慌ててんのさ今更!」

 

「ンの……!!」

 

 

それを見てケタケタと笑い転げる黒髪の少女を睨みつけ、今すぐ黒焦げにしてやろうかと熱り立つ妹紅だったが、今動くとさらに現状が悪化しそうなので踏み止まった。

 

 

「………まあでも安心しなよ」

 

 

一通り笑い終えたぬえは目尻に浮かぶ涙を拭ってそう口にした。

 

 

「あんたを此処へ引っ張ってきた自称姫さまの話によれば、人里は無事だとさ。さっき私があんたのことを英雄呼ばわりしたのはそういう事だよ」

 

 

「………」

 

 

それを聞いても尚、妹紅は胸を撫で下ろすことはせず、恐る恐る尋ねた。

 

 

「………………外は今、どうなってる?」

 

 

返ってきた答えは端的だった。

 

 

「………終わったよ」

 

 

ぬえは胡座で痺れたのか組んでいた足を崩し、後ろ手に体重を預ける形で足を投げ出しながら天井を見上げる。

 

 

「!」

 

 

先程まで感情的になっていたためか気付くのが遅れたが、彼女(ぬえ)の身体はボロボロだった。

衣服から露出している腕や太腿には包帯が巻かれ、頬にも擦り傷がいくつか見られる。

今の今までおちゃらけていたあの態度からは想像し難いが、彼女にも彼女なりの戦いがあったのだろう。

 

 

「それで……、何があったの?」

 

 

一息つき、黒髪の少女は事の顛末を語る。

意識のない妹紅が命蓮寺(ここ)へ運ばれた後、外で出現した巨大な扉。そこから投下された大量の天使軍。

そして激戦の末、何の前触れもなく扉が崩壊し、消失した天使軍の残党たち。

 

 

「ちょっと待って!だったら私が倒れた後も人里は襲われてたんじゃ…!!」

 

「それについても心配なし。妹紅を運んできた自称姫さまが護ってくれた()()()だよ」

 

「輝夜が……?みたいって言うのは?」

 

「戦いが終わった後にまた顔出しに来てさ、そん時聞いた。ついでに言うと、妹紅が気が付いた時に掛け布(それ)しか身につけてなかったのはあの姫さまの計らいだよ」

 

「アイツアトデコロス」

 

 

「それと、」

 

 

密かに復讐に燃える少女を尻目に、ぬえは続けて蓬莱の姫から頼まれていた言伝を告げる。

意識を取り戻した妹紅が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と念押しされたもう一つの事実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────── えっ?」

 

 

 

 

───────

─────

──

 

 

 

出現した時と同様、天使軍は突如として消え失せた。

そのあまりにも呆気ない幕切れに、博麗の巫女である霊夢は、半ば肩透かしを食らったように首を傾げる。

 

 

「終わった……の?」

 

 

同時に身体にのし掛かる凄まじい倦怠感に、霊夢はだらりと項垂れた。

傍らには時同じくして地に膝を突く先代巫女の姿があった。此方は既に限界を迎えているのか、息も絶え絶えだ。

 

 

「暁美姉さん、大丈夫…?」

 

「………ん、ちと無理し過ぎたかも」

 

 

普段なら『大丈夫』だと一蹴する彼女も、今回ばかりは弱音を漏らした。

そうして痛々しくも残る身体の傷を庇うように、地面へと腰を落としてしまう。

 

 

……と、不意に横合いから声が掛かった。

 

 

「辛いなら治癒の加護を掛けてあげましょうか?」

 

 

腰に差した長刀を後方へ回し、暁美の傍らに片膝を突いたのは、月の使者である綿月 依姫だ。

 

 

「あははっ、助っ人に来てくれた上に怪我の具合まで心配されてちゃ世話ないわね」

 

「なら止めとく?」

 

「………お願いします」

 

 

力無く突き出された腕をなぞるように、依姫の翳した掌が触れていく。

 

 

「!」

 

 

すると、暁美の身体を淡い白光が包みこんだ。

優しくも暖かいその光は、彼女の身体から痛みや痺れといった障害を徐々に散らしていく。

 

そんな最中、痛みが和らいで余裕ができたのか、暁美は無遠慮にも肩が付きそうになるまで身を寄せて依姫に小声で問い掛けた。

 

 

「ところでさ、さっきは戦闘中だったし聞きそびれちゃったけど……、貴女は隼斗の知り合いなのよね?どう言った御関係なの?」

 

「弟子第一号」

 

「へっ?」

 

 

心なしか口角がにっこりと上がっている暁美を横目で流しつつ、依姫は表情を崩さぬまま淡々と応じた。

 

 

「……随分昔になるけど、過去に先生から『お前達は俺の弟子第一号だ!』って言われたことがあるのよ。私達からしてみても師匠第一号だったけれどね」

 

 

……応じたつもりのようだが、此方も表情がどこか得意げだった。

 

 

「へぇ、じゃあ先輩なんだ。………ん?お前『達』って言うのは?」

 

「私の姉。今は月の軍を帰還させるために一時月に戻ってるわ」

 

 

 

 

「もう終わったわよ」

 

 

声の主は気配なく突然現れた。

 

 

「ッ!?」

 

「……!」

 

 

 

思わず身構える霊夢と、治療を受けつつも密かに戦闘態勢に移行する暁美。

 

そんな二人の反応を楽しむように笑みを浮かべる突然の侵入者と、その侵入者を見て溜息を吐く依姫。

 

 

「子供じゃあるまいし、そういった悪ふざけはお止め下さい()()()

 

 

「「……お姉様?」」

 

 

博麗の巫女二人の声が被り、同時にその場の視線は新たな珍客へ集まった。

 

 

「あら、悪ふざけだなんて人聞きの悪い。ちょっぴり脅かしただけじゃない」

 

「それを悪ふざけだと言うんです」

 

 

ここにきて、依姫の溜息の数が急激に増えたのは気のせいだろうか。

 

 

「ところで、貴女達が地上の巫女さんかしら?」

 

 

飽くまで自分のペースを維持し続ける珍客兼ねての依姫の姉、綿月 豊姫は、博麗の巫女二人を興味深そうに見つめながら問い掛けた。

 

 

「ん、現役はこっちの子。私は先代」

 

「……な、何で私達のこと知ってるのよ?」

 

 

平然とした表情を崩さず、当人を指して答えた暁美に対し、未だ警戒の抜けきらない霊夢はやや気後れ気味だ。

 

 

「白黒の魔法使いの子に聞いたのよ。森を抜けた先にある社に、この世界を守護する巫女がいるって」

 

「魔理沙が?」

 

「それに聞くところによれば、貴女達も先生の教え子だって言うじゃない?だから一目見ておきたくって!」

 

「あっははは。結局姉妹揃って隼斗のことになると嬉しそうに話すんだね!」

 

「……そ、そうかしら」

 

 

笑い飛ばした暁美の言う通り、先程師の言葉を誇らしげに語った依姫と、現在の豊姫は同じ表情だ。

 

 

「コホンっ……、これで一先ず傷は塞がった筈よ」

 

 

指摘され、若干はにかみながら治療を終えた依姫の掌から、淡い白光が消える。

すると、先程まで暁美を襲っていた苦痛が嘘のように引いていた。

 

 

「これは、随分賑やかですな」

 

 

そんな華やかな雰囲気の空間へ、一見老齢でいて、物腰柔らかな男が足を踏み入れてきた。

老人は腰に刀を帯びており、静かな足取りで一同の前に立ち止まると、自然と目の合った依姫と軽く会釈を交わした。

 

 

「えーと、白玉楼の……………その、………………ほら、…………………………んん〜、『妖夢のおじいちゃん』?」

 

 

男の名前を思い出そうとした霊夢は、たっぷりと記憶を辿った挙句にその肩書きへ行き着いた。

 

 

「………………そこはせめて『師』と呼んでもらいたいものだが」

 

 

あまりにも和やかな異名で呼ばれた銀髪の剣士 魂魄 妖忌は、目を丸くしながら咳払いを一つ。

続いて『どうしてここに?』、という質問が投げかけられる前に自己の目的を口にする。

 

 

「間もなく此処へ紫殿がお越しになる。私はその護衛役として参った次第です」

 

「紫が?そういえばずっと結界維持してたのよね。大丈夫かしら」

 

 

回復した身体の調子を確かめるようにして立ち上がった暁美が、僅かに表情を曇らせてそう言った。

 

 

「……ねえ依姫、『紫』ってどなた?」

 

「ほら、以前月に戦争を仕掛けてきた妖怪の頭目ですよ。八意様が言うには、幻想郷(ここ)の賢者だとか」

 

 

綿月姉妹が耳打ちで話し合う中、霊夢は会話の中の疑問を口にする。

 

 

「『護衛』ってどういうこと?」

 

「……むっ」

 

 

一瞬、妖忌はどう言ったものかと言い淀んだ。

 

 

「それは……、」

 

 

 

 

 

 

「これから来る神様に備えて私が頼んだのよ」

 

 

唐突に割り込んできたのは凛とした声。

一同の視線が、虚空に浮かび上がった『スキマ』へと集中する。

 

 

「紫っ!?」

 

 

その姿を見た霊夢は、思わず声を上げた。

 

疲弊し切った身体を式神に預け、息も絶え絶えに漸く立っている姿の八雲 紫に。

 

 

「時間がないわ。全員力を貸してちょうだい」

 

 

幻想郷の賢者は、力無くそう言った。

 

驚愕する一同。

 

 

「!」

 

 

その中で逸早く気配に気付いた妖忌が、上空を睨み付けた。

 

 

 

「……」

 

 

地上の様子を見下ろす影が一つ。

その者は、一同の中心に向けて、高速で飛来する。

 

 

「ふん」

 

 

─── その者は、この世の最高神と呼ばれている。

 




最近1ヶ月周期が続いてるのでなんとかもっと早く投稿できたらなーなんて思います。


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