東方万能録   作:オムライス_

179 / 196

空白とは虚無。



176話 生じた空白

始めに、この世の創造神はこう言った。

 

 

「そう身構えるな」

 

 

されどこの場にいる者達の中で警戒を緩める者はいない。

 

今し方戦を終えたばかりなのもある。

まだ心が幾分かは戦場に残っていて、寧ろこうして臨戦態勢をとっていることの方が自然だと思える程に。

 

しかし、一同が警戒を解けない理由は別にあった。

複雑な事情など関係ない、至極単純な理由。

 

 

その光景を嘲笑うかのように、赤髪の女は冷たい眼光を周囲に向けて言う。

 

 

「なに、私から仕掛ける気はないんだ。もっとリラックスしたらどうだ?」

 

 

 

 

……そう。

 

淡々とした口調で警戒を解くよう促している彼女自身が、その身から溢れ出る桁外れの神力を抑えようとしていないのだ。

 

 

「……ッ」

 

 

警戒を解くどころか視線すら背けられない状況の中、身体を式神に預けたままの紫が力無く口を開く。

 

 

「100年と少し……、と言ったところでしょうか。………()()()()()()()()()()、一体どういった御用件でしょう?」

 

 

紫はその一言にたっぷりと皮肉を込めて言った。

 

 

───── 忘れもしない嘗ての惨劇。

 

一瞬で意識を絶たれた自分に変わり、ズタボロに傷付いて地面に横たわっていた男の姿が思い起こされる。

 

 

 

「ふむ、この幻想郷(くに)の長だな?お前とは直接話したことはない筈だが……、ああそうか。あの阿呆にでも聞いたか」

 

 

対して、創造神から返ってきたのは、なんの脈絡もない頓狂な答えだった。

かと思えば、一人納得したかのように視線を紫から外し、周囲を一瞥していく。

 

 

「ッ!!」

 

 

その言動や態度が、弱々しく衰弱した紫の身体に再び熱を帯びさせた。

膨れ上がった感情が後押しするかのように、気付けば創造神の周囲に攻撃用のスキマを展開しようと掌を翳していた。

 

 

「!?」

 

 

しかし、創造神の姿は忽然と消え、再び皆の眼前に現れた。

 

 

「おい」

 

 

紫の喉元に白光纏った五指を突き付けながら、創造神は冷たい声色で囁く。

 

 

()()()()()()()()()()()。先程そう言った筈だが?」

 

 

白光の周囲の空気が陽炎の様に揺らぎ、振動している。

それは高密度の神力が込められた、別次元のエネルギー体。

 

 

「ッ」

 

 

直感で理解した。

熱した鉄を突きつけられているのとは訳が違う。───()()()()()()()()()()()

 

 

そして紫がわかったことは二つ。

 

一つ。目の前の神はスキマが展開される刹那の一瞬よりも速く動き、容易く紫の命を刈り取ることができること。

 

 

二つ目……………。

 

 

「その方から離れてもらおうか。ゆっくりとだ」

 

 

その速度に反応出来る人物が、こちら側に一人いること。

 

魂魄 妖忌は創造神の喉元に刀を突きつけ、じりじりとその白い肌に刃を押し当てた。

 

 

「牙を剥くか?この『龍神』に対して」

 

 

 

ドンッッッッ!!!! と、妖忌の身体へ凄まじい圧力が降りかかった。

彼の踏み締める地面は一瞬で陥没し、蜘蛛の巣状に亀裂が入っていく。

 

 

「……ッ、これは…!?」

 

「ほう、その状態でまだ(そいつ)を私に向けられるとはな」

 

 

龍神は「だが」と付け加え、右の掌の爪を立てるようにして指を曲げた。

 

次の瞬間空気が震え、龍神の指先に接続された風の爪が容赦なく妖忌へと振るわれる。

 

 

「お爺さん伏せて!!」

 

「!」

 

 

投げ掛けられた言葉に合わせて、妖忌は降り掛かる重圧に身を委ねた。

 

直後、頭上ギリギリを通過した霊力の砲弾が、振り上げられた龍神の腕を後方へ弾く。

 

 

「流石の手際です、お姉様」

 

「ふふ」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()龍神は、自信を取り囲むようにして突き出ている刃の中心にいた。

 

 

「……」

 

 

目線だけをその方向に転じれば、刀を地に突き刺し、はたまた得意げに扇子で仰ぐ二人の女の姿が映る。

 

 

「で、思わず打っちゃったけど良かったのよね、紫?」

 

 

暁美は視線を龍神へと向けたまま、後方の紫へ問いかけた。

回復したとはいえ、未だ体力の戻っていないその声色には、疲労の色が混じっている。

 

 

「……っ」

 

 

そんな様子を心配そうに見つめる霊夢から、安堵の息と共に身構えていた護符が落ちる。

 

 

 

 

 

 

「─────良いわけがないだろ」

 

 

答えたのは地面に縫い止められたままの龍神だった。その表情はひどく不機嫌そうで、はぁ、と深い溜息を零しながら、続いてこう口にする。

 

 

『お前達、全員塵にされたいのか?』

 

 

その言葉は地に伏した龍神に加え、()()()()()()()()()()()

 

 

「いつの、間に…!」

 

「なんだ、今更分身体(こんなもの)で驚くのか?」

 

 

困惑する紫の背後では嘲笑が溢れた。

更に龍神は先のように消滅の五指を突きつけるでもなく、何でもないように言ってのける。

 

 

「どうした?私はこの通り増えただけで何もしていないんだぞ?誰か反撃しなくていいのか?」

 

 

そして両手を広げ、それぞれの眼前へ出ながら挑発的に顔を覗き込む。

だが緊張で満たされたこの場において、唯一あっけらかんとしたその仕草や言動が、一層全員の身体を硬直させた。

 

 

「ほれ、もたもたしているから時間切れだ」

 

 

そう言って複数に分身した龍神の内の一体が一度指を鳴らすと、周囲に白い光球が無数に浮かび上がった。

チカチカと瞬きを繰り返すそれは、今にも炸裂しそうな焙烙玉(ほうらくだま)のよう。

 

 

「そいつが炸裂するのは私の気分次第。一片も残さず塵になりたくないのなら、下手な真似はしないことだ。……特にそこの二人」

 

 

今度は地面に縫い付けられている龍神が綿月姉妹を指して言った。

……かと思えば、何の気なしに上体を起こし始める。

それはもう緩慢に。動けば無数の刃に斬り刻まれる『祇園様の力』の中心で。

 

 

「なっ!?」

 

 

一刃とて動かない刃。

 

驚愕に染まる依姫の視線が、ゆっくりと足下に()()()()()()()()刀を確認した。

 

そうこうしている内に、龍神はまるで背の高い草花を乗り越えるようにして、刃の上を跨いで脱した。

 

 

「お前の空間を繋ぐ能力(ちから)……、不意打ちにしては中々よかったぞ?」

 

 

綿月姉妹に付いていた分身体がまじまじと豊姫を凝視する。

 

 

「ッッ……は、ぁっ…!?」

 

「お姉様!?」

 

 

紅く輝く眼光と目が合った直後、豊姫の身体は呼吸という生命活動を放棄した。

 

 

「貴様ぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

膝から崩れ落ち、途端に青ざめ苦しみだした姉を目にした依姫は激昂した。

地面から刀を引き抜き、その身と刃に『建御雷神(たけみかづちのかみ)』を宿らせ、神速でもって斬りかかる。

 

 

「神降ろしか。だが所詮は()()()だ」

 

 

龍神の淡々とした、無機質な声が続く。

(いかずち)纏し剣閃は、彼女の一見して華奢な手の中で停止していた。

 

 

「ッッ」

 

「そう怒るな、軽い警告だ」

 

 

攻撃を止められても尚、鋭く睨みつける依姫を尻目に、龍神は眼下で苦しむ豊姫の肩を軽く叩いた。

 

 

「!…………はあ、はあ、はあ……ッッ」

 

 

その瞬間、豊姫の身体は再び空気を吸うことを許された。

深い呼吸を繰り返し、酷く喘ぎながらも漸く落ち着きを取り戻した彼女は、恐る恐る顔を上げる。

 

 

しかし龍神の意識は既に周囲に向けられ、

 

 

「お前達、聞く耳があるなら聞け」

 

 

先程と同じ。

その口調は淡々としていて、どこまでも無機質な声色。

だが今度は明確な殺意がのっている。

 

 

「次にもし、私に対して敵対行動をとったなら、────── その瞬間、()()の息の根を止める。……意味はわかるな?」

 

 

最高神たる言葉の重みは、転じて全方位から襲い来る圧力となって、一同の身体を縛りつける。

 

そうして生まれた沈黙に納得がいったのか、龍神の指を鳴らす所作で分身体は次々に消失していく。

 

 

「とは言え煽ったのは私か。まあ許せ……、少々苛立っていたものでついな」

 

 

龍神は風に靡く赤髪を鬱陶しそうに搔き上げると、再び紫の元へと歩みを進める。

 

 

「そう言えば、お前は私が何をしに来たのかと尋ねていたな」

 

 

対する紫は、身体を預けていた藍の腕から離れ、今一度表情を固めつつ口を開く。

 

 

「……少なからず私に用があったのでしょう?あれだけわかりやすく結界に干渉してきたのですから」

 

 

紫は徐に上を見上げた。

不可視であっても確かに存在する、この地を覆う結界を。

その一箇所に、指紋のようにべったりと付着した神力の痕跡を。

 

 

「…………………本当はお前だけでよかったんだがな。変に警戒させたのが仇となったか」

 

 

龍神は周囲を一瞥した後、やがてその重い口を開いた。

 

 

「『柊 隼斗』の件だ」

 

 

その表情はひどく深刻で、その唇がそっと噛み締められる。

 

 

「……隼斗の?」

 

 

霊夢は囁くように繰り返した。

 

皆も同じだ。

この場にいる全員の中で、先程からとある疑問が浮かんでいた。

 

 

 

敵を倒した。

 

空を包む邪気が消えた。

 

戦いが終わった。

 

平和が戻った。

 

 

 

───── では、彼はどこに?

 

 

 

正確には『全員』ではない。

その事実を少なからず認めていた者がいる。

 

 

「………」

 

 

妖忌は一人、以前に開かれた首脳会議での一件を思い起こしていた。

あの時、彼と交わした一瞬の目配せ。

 

その意図を、真意を、妖忌は察していた。

 

 

「………隼斗は、無事なのでしょう?」

 

 

嫌な予感がする。

紫は自身の鼓動が妙に早くなるのを感じながら尋ねた。

 

 

「奴は」

 

 

その日、この瞬間……。

幻想郷が生まれた日より最も激動の時であったであろう彼女らにとって。

 

 

その事実は、そう───。

 

 

 

 

「死んだよ」

 

 

 

最も残酷な『絶望』がそこにあった。

 

 




今回はここまで。

急展開というかなんというか……。


台風ヤバそうですね。
皆さんもお気をつけて。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。