東方万能録   作:オムライス_

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前回に引き続きシリアス回です。



177話 英雄の末路

 

僅か数秒という、途轍もなく長い沈黙が一同を包んだ。

周囲を吹き抜ける風、それに煽られ揺れる木々のさざめきが、異様に喧しく感じられた。

 

 

「な」

 

 

誰かが思わず口を開いた。

霊夢は思考に空白が生じている中で、反射的に視線をそちらに向ける。

 

 

「…………何よ、それ」

 

 

暁美だった。

彼女は引きつった表情のまま、力無く呟いていた。

 

 

「今……何と?」

 

 

つられて口を開いた依姫。

その大きく見開かれた瞳と、力無く握られ、今にも手中から零れ落ちそうな刀が、今の彼女の心境を物語っている。

 

 

「……」

 

 

龍神は一度依姫へ視線を向け、続いて全員を一瞥し、やがて答えた。

 

 

「『柊 隼斗は死んだ』、と言ったんだ。より正確には………………」

 

 

そこまで言って、龍神は言葉を切った。

 

 

 

 

「……妖忌殿、そこをどいていただきたい」

 

 

龍神の眼前には今にも標的を斬り裂かんと開かれた五指と爪……、それを間に割って入り刀の背で受け止めている男の姿があった。

 

その者と目があった。

九つに分かれた尾を逆立て、獰猛な眼光を向ける大妖怪と。

 

 

「藍殿、幻想郷賢者に付き従う式神(あなた)が冷静さを欠いてはいけない」

 

「落ち着けと?二度に渡る幻想郷への攻撃に加え……っ、(あまつさ)え『隼斗が死んだ』などと口にした者を前にしてッ!!…………私のっ、私の我慢も限界だッッ!!!」

 

 

立ち塞がる妖忌を払い除けようと、刃を握り込む手に一層力が込められる。

肉に食い込んだ刃によって鮮血が滴り、そこで漸くといったように後方から声がかかった。

 

 

「藍、やめなさい」

 

 

幻想郷の賢者は静かに言った。

その顔を俯かせ、僅かに震えた声で。

 

 

「紫様っ、しかし、………!?」

 

 

瞬間、藍の視点は天と地が逆さまとなり、その背部を強かに地面へ打ち付けた。

驚愕により一瞬思考が止まったが、すぐに自分は組み伏せられたのだと知った。

 

 

「無礼を承知でこのような形をとらせていただいた。幽々子様のご友人の式神である貴女の指を落とすわけにはいかぬのでな」

 

 

妖忌は藍の上に跨って立ち、擬するように鞘の先端で喉を抑えながら頭を垂れた。

 

 

「部下の御無礼をお許しください。罰するのでしたらどうか私を。」

 

 

その瞬間、藍の頭は一気に冷めた。

 

 

「………………紫…様っ」

 

 

そうだ、言っていたじゃないか。次に敵対行動をとればどうなるか、先程警告を受けだばかりではないか。

 

 

「ッ」

 

 

粗相を働いた自分に代わり、深々と頭を下げる主人。その心情はどれほどのものか……、長い時を式神として付き従ってきた自分ならば容易に想像がつくだろうに。

忸怩(じくじ)の念にかられた彼女は、血が滴るほど唇を噛み締めていた。

 

 

「………いや、いらん」

 

 

龍神の返答は意外にも淡白だった。

それでいて憐れむでもなく、「頭を上げろ」とだけ付け加えた。

 

 

「九尾の大妖」

 

「!」

 

 

龍神は視線を向けずに声だけをとばした。

すると銀髪の剣士から拘束を解かれたばかりの八雲の式神は、はっとその方を見遣った。

 

 

「そう()くな。話はまだ終わっていない」

 

 

そして周囲へ、心なしか感情のこもった声色が続く。

 

 

「お前達も、まずは聞け」

 

 

その言葉に誰も何も言わず、相槌すら打たなかったが、沈黙を肯定と受けとった龍神は再び話し始める。

 

 

「柊 隼斗は今、とある異次元空間にいる」

 

 

─── !!

 

影を指していた全員の表情に、僅かな光が灯る。

先程『死』を宣告されたばかりの彼が、実は生きているかも知れないという事実、可能性。

 

 

「じゃ、じゃあ隼斗は生きてるの!?」

 

 

霊夢は目尻に溜まった涙を人知れず拭い、やや食い気味に問いかけた。

 

皆も同じ反応だ。

少女の問いに対する回答を、今か今かと待ち受ける。

 

 

「だが二度と会えない」

 

 

 

しかし、龍神の返答はその期待に沿うものではなかった。

 

 

 

「先程言ったのは、『()()()()()()』という意味だ」

 

龍神から短い溜息が漏れる。

皆、その言葉の意味を理解することができなかった。

それでも、混乱する頭の中で龍神の言葉を必死に復唱し、繋げていく。

 

 

「あの、」

 

 

逸早く脳内でまとめ上げたのは紫だった。

 

 

「つまり彼は……、その異次元空間から脱することができないために、ここへ戻ってくることができないと?」

 

「その解釈は半分正解だな」

 

「……っ」

 

 

その瞬間、豊姫は今まさに自分が言わんとしていた言葉を飲み込んだ。

『自分の能力なら彼を救えるのではないか?』、と。

 

 

でも何故だかとても嫌な予感がした。

 

それと同時にこうも思ってしまう。

恐らく龍神は先程看破してみせた自身の能力を前提にした上で、()()()()()()()と断言したのでは、と。

 

 

「半分正解、とは?」

 

 

若干上擦った声。

最早紫とて動揺を隠しきれていなかった。

 

 

「厳密に言えば、異界から脱すること自体は不可能なことじゃない。決して容易なことではないが、構造を理解している隼斗(やつ)なら出口をこじ開けることもできるかもしれん」

 

 

変わらず、龍神は重々しく応じた。

 

 

「元より、死の天使を確実に追い詰める為に用意された別世界だ。そこへ飛ぶことが出来た以上、両世界を()()()()()()()()()

 

 

だが次の彼女の言葉は、この場の全員の表情が再び華やぐ前に差し込まれた。

 

 

「その事実を踏まえた上で言わせてもらう」

 

 

 

─────『柊 隼斗のことは諦めろ』。

 

 

意味が、わからなかった。

 

 

──── …………。

 

未だ頭の中の空白は消えない。……と言うより脳が新たな情報を次から次に取りこぼしていく。

 

 

「ぇ」

 

 

霊夢は言葉にならない呼気を漏らした。

そうして漸く絞り出した声も、そよ風に混じって消えていく。

 

 

隼斗(やつ)のいる世界は、『親』……、即ち創造神によって()()()()()()()()()()()()()非常に不安定な世界だ」

 

 

仮に藁で拵えた小屋があったとしよう。

藁よりも頑強な木製の家屋があったとしよう。

木よりも堅牢な鉄の城があったとしよう。

 

用いられた素材によって、耐久力に差はあれど、いずれもその堅強さを維持する為には人の手による、営繕、保守、管理などが必要になってくる。

でなければ、待ち受けるのは時の流れによる腐朽や崩壊だ。

 

 

「管理者のいない『世界』は自ら崩壊へと進み、そこに存在する万物の一切を消し去ってしまう」

 

「……ッ!?じゃあ隼斗は……!」

 

 

胸の内がズキンと跳ね、紫は思わず口元を手で覆った。

 

 

「…………親なしの世界を戦地に選んだのは他でもない奴だ。少なからず対策は持っているだろう。そうでなければ死の天使には勝てん」

 

「ちょっと待ってよ!じゃあもしかしたら……、隼斗は死の天使(あいつ)に負けたかもしれないってこと!?」

 

 

声を荒げ、食ってかかる暁美の言動を尻目に、龍神は短く唸った。

少人数とはいえ、やはり賢者だけに告げるべきだったと後悔しながら。

 

 

「万が一そうなってしまった場合の措置。…………それこそが、隼斗(やつ)のことを諦めろと言った理由だ」

 

 

核心に迫った龍神の言葉は続く。

 

 

「人間界と魔界がそうであるように、本来ならば決して交わることのない二つの世界間を通行する手立ては存在する。それは神のみならず、お前達のような強力な妖怪、果ては一部の人間ですらがそれを可能にしている。『手段』があるならば、あとは用意された『通路』を通って目的の世界へ飛び込むだけでいいからな」

 

 

それは、紫の『境界を操る力』で、世界間の出入口をスキマによって繋げることができるように。

豊姫の『海と山を繋ぐ力』で、通常では認知できない世界間の『通路』を瞬時に通過することができるように。

きっと、世界の数は無数に広がっていて、全ての世界間は繋がっている。

 

 

「しかし、あの『親無き世界』では外界へと続く通路は出鱈目に混ざり合い、どこへ続くかもわからず、時間軸すらも一律とは限らない」

 

 

龍神は眉間に寄った皺を指先でなぞりつつ言った。

 

 

「………無限に等しい世界へと続く通路の中から、そして今この瞬間の時間軸を選んで帰って来られる可能性がどれほど絶望的か………………、最早考えるのも馬鹿らしいだろう」

 

 

本当に偶然、あらゆる可能性が繋がって元の世界を手繰り寄せたとしても、時間軸が違っていればそこは元いた世界とは違う並行世界(パラレルワールド)なのだ。

 

龍神曰く、並行世界(パラレルワールド)に為り変わる時間のずれによる判定が、一時間なのか…、将又一秒にも満たない刹那の一瞬なのかはわからない。

だが一つだけ言えることは、万が一並行世界(パラレルワールド)に迷い込んだ場合、同じ時間軸に同一人物が二人存在するという矛盾が生じてしまい、不味いのだと言う。

 

 

「そうなれば、『世界』はその矛盾を正そうと動くだろう。元々いた方か、迷い込んだ方のどちらかを消去する形でな」

 

 

龍神は言い終わると同時に、はっとして顔を上げた。

 

 

「………………………………………………………」

 

 

放心状態、そして虚ろな瞳で一点を見つめる幻想郷の賢者の姿がそこにあった。

今まで気丈に振る舞ってきた彼女の中で、とうとう限界がきてしまったのか。

 

他の面々も似たようなものだ。

沢山のことを一度に終えたばかりの今の彼女らにとって、非情な現実を受け止めるには心のゆとりがあまりに不足していたのかもしれない。

 

 

(下手な望みを持たせぬよう、早々にと思ったんだがな)

 

 

龍神は遣る瀬無い表情を浮かべ、再び眉間に寄った皺を指先で摩った。

 

こんな時、普段よく喋るアホ毛の創造神がいたならば、もっと気の利いた言い回しができただろうか。

 

 

 

いや、きっと結果は同じだったに違いない。

 

 

 

…………彼女等にとって、あの男の存在はそれ程までに大きいのだ。

 

 

(やはりお前は大馬鹿者のようだぞ、柊 隼斗)

 

 

 





展開を考えすぎてこんがらがってる自分がいる……。
知恵熱で寝込まないようにしなければ…!
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