「そう言や
「何よ、今更興味あるの?」
「別に。ただ、ふと思ってさ。俺は博麗の代を初代から知ってるが、この神社の創立に立ち会ったことはない。紫に聞いてみたこともあったが、
「なにそれ、ちょっと怖いんだけど。大体初代様からここを知ってるなら、隼斗の方が詳しそうなのに」
「そうなんだけどさ……、
「…………ますますわからないんだけど」
「まっ、信仰もくそもねぇ現状じゃあ、それももうわからねーけど、な?」
「わ、わかってるわよ!これでも参拝客は来てるのよ!?………………時々、偶に」
「……の、割には随分寂しい賽銭箱だな」
「うるさいわね!だったら信仰のためにも積極的に賽銭だしなさいよー!!」
「馬鹿お前それ俺の財布じゃねーか!……って丸ごと投げてんじゃねーよ!?」
─────────
──────
───
ここのところ、ずっと同じような夢を見ている。
「……」
それは懐かしい夢だった。
自分が、もう何代目かになる、博麗を担う巫女としての役を継いでから間もない頃の記憶。
幼くして義姉をなくし、一時期塞ぎ込んでいた自分を、おちゃらけながらも常に明るく接してくれていた男との何気ないやりとり。
「ん……っ、寒っ」
凝り固まった身体を起こすために背伸びをした霊夢は、突如吹き込んできた隙間風に身震いをした。
「……もうすっかり冬ね」
乱雑に寝間着を放り、枕元に畳んで置いた巫女服を手に取ると、緩慢な動きで身につけていく。
季節が変わり、外はいつ雪が降ってもおかしくない気候だと言うのに、年中露出の多い構造をしている巫女服を着用するのは彼女なりのこだわりなのか。
せめてもの気休めに前掛けのような上衣を重ねてはいるが、やはり開くところは開いている。
「ん、しょっと」
最後に襟巻きを回して身支度は完成。
霊夢はもう一度背伸びをすると、縁に立て掛けてある竹箒を手に表へ出た。
「ひゃっ!?」
びゅうっと途端に吹き付ける北風に、思わず身を縮こませて固まった。
明け方の掃き掃除は彼女の日課だ。
いつも遅寝遅起きの義姉が手伝ってくれるはずもなく、きっと彼女が起きて来る頃にはすっかり日も昇っているに違いない。
まだほんのり薄暗い空へ、ほうっと吐いた白い息がのぼっていく。
「まったく」
そうして、毎日毎日掃いても掃いても、次の日には補充されている枯葉を、恨めしそうに掃いていく。
「……」
ふと、視線の先に神社の本殿を捉えた。
夢の中で、そして古い記憶の中で、彼が言っていた言葉を思い出す。
『そういやー、
「………………神、か」
思わず呟く。
巫女という立場でありながら、長らく忘れていた。
「……」
いつしか霊夢は掃除の手を止め、立ち尽くしていた。
守矢にいるあの二柱のように、明確な姿形を見たこともなければ、なにか御利益があるのかと言われても思い当たる節はない。
しかし、この時ばかりは思ってしまう。
それは悩みと共に吐き出される溜息のように彼女の口から溢れでた。
「…………本当にいるなら、此処へ帰してよ」
寒空の下、また一枚枯葉が落ちた。
──────
季節が変われば、通りを行き交う人々の身に纏う装束も変わるもの。
より厚く上着を着込み、囲炉裏に当たって暖をとる。
通りに目を向ければ、蕎麦屋の
火鉢や
人混みの中を器用に渡り歩く棒手振りの籠の中には、油や薪の他に、焼き芋や
人里はすっかり冬季を迎えていた。
しかしそんな中、吹き抜ける風に冷気が混ざるこの時期においても、彼女の格好は変わらない。
白いYシャツに、赤いもんぺ、そして足下まで届きそうな長い白髪。
それが藤原 妹紅のトレードマークだった。
『不老不死』という特異な身体を持つ彼女は、例え極寒の雪山に裸で放り出されようとも死を迎えることがない。
さりとて全く苦痛を感じないというわけでもなく、寒さも感じるし、霜焼けだってできる。
……の、筈なのだが、どうせ死なないのだからと、彼女はそういったことへの対策を放棄してしまっている。
(……そう言えば前に何度か師匠から言われてたっけか。『その自傷癖みたいなの直せ』って)
ふと、妹紅は雑踏の中で足を止めた。
視線の先には一軒の呉服屋。
「あ」
とある記憶が脳裏によぎった。
今より100年以上昔。
季節は今と同じ、雪の降る夜だった。
〜〜〜
「お前まだそんな格好してんのか?いい加減寒いだろ」
「どうせ死ぬことはないんだし、このままでも平気」
「なに強がってんだ。そんだけ鼻真っ赤にしといて」
「むっ」
「大体死ななきゃいいって問題じゃねーだろ。そうやって寒さを感じてる以上は、それ相応の対策を講じるもんだ。周り見てみろ、誰がそんな薄着でいんだよ」
「…………目の前にいるけど?」
「………………。馬っ鹿、俺はいいんだよ。暑い寒いとは無縁だからな」
「なにそれズルい」
「…………兎に角だ。せめて襟巻きでも巻いとけ。会うたびに寒そうにされてちゃ、こっちとしても心配しちまうだろ」
「それは……、うん。でも……、私は師匠が……」
「強情な奴だな。わかったよ、なら俺も今度から襟巻きするからお前もしろ。それならいいか?」
「!…………、うん」
「おっしゃ決まり。約束な?冬場にはちゃんと襟巻きをすること。修行とかで失くしたとか無しだかんな。会うたびに確認すんぞ」
「わかったってば。……その代わり!師匠こそちゃんと着けてきてよ?」
「おう。……ん?おい、これなんて妹紅に合うんじゃないか?」
「早速っ!?」
「ほれ、試しに巻いてみろよ」
〜〜〜
「………、───!」
はっと我に返り、再び周囲の賑わいが耳に入ってくる。
だが妹紅は、呉服屋を凝視したまま動けなかった。
店外に置かれた台の上に陳列してあるのは、色鮮やかな襟巻きの数々。
その一番最上段にある『
(結局、あの時買ってもらったやつも私の時間にはついてこれなかったっけ)
彼女は不老不死だ。
老いることもなければ、死ぬこともない。
それはこの世に生きとし生けるものが一度は抱くであろう、夢、願望。
死という恐怖から逃れ、永遠に生きる存在としてこの世に在り続ける存在。
だが、果たしてそれが幸せに繋がるのかと問われれば、
世にあるもの。
人間にしろ、動物にしろ、勿論妖怪や神にだって命の終わりは訪れる。
『朽ちる』と言い換えれば、それは物にだって当てはまる。
ただ不老不死という存在だけが、その理から外れ、未来永劫変わることなくこの世に存在し続けなければならない。
前提として、元々妹紅は普通の人間の少女だった。
人の身である以上、人並みの生活を送っていく以上、大なり小なり自身と関わりを持つ者は必ず現れるものだ。
しかし、彼女はその者と共に人生を歩もうとは思わない。
─── 何故なら彼女は
………あの日。
『蓬莱の薬』というものを口にした瞬間から、藤原 妹紅は不老不死という時間の檻に囚われてしまっている。
生まれたての赤子だろうと、長い時を生きる妖怪だろうと、遅かれ早かれいつかは彼女を置いていってしまう。
だから彼女は、今でも求めている。
長い時を過ごし、人間らしさなどとっくの昔に捨ててしまっていたはずなのに。
─── 心の支えが欲しかった。
それはずっとそばにいてくれなくったっていい。
月に一度、なんなら年に一度でも顔が見られるなら。
ちゃんとその存在を認識できて、確かな支えを感じることができたならそれでよかった。
些細なものでもいい。
何か、そのものを感じられるものがあれば、それだけで………。
「………………!」
気が付けば一筋の涙が頬を伝っていた。
慌てて手の甲で拭う。
「…………冷たい」
妹紅はそう一言呟き、いつの間にか冷え切っていた手を、そっと握り締めた。
(今、師匠に見つかったらなんて言われるかな)
きっと、最初は道の真ん中に突っ立っている私に、怪訝な顔をしながら歩み寄ってくるに違いない。涙は思わず拭ってしまったが、恐らく今の自分の鼻は赤くなっているだろう。だから、彼の第一声は少々嘲笑気味にくるかもしれない。
将又、気遣わしげにくるだろうか。
そこからちょっとした世間話が始まって、いつもの流れなら、そこから彼は行きつけの団子屋に連れて行ってくれる。そこは冬には温かいお茶を
実は私の密かな楽しみでもある。
そうして一通り話し終えた後、
─── だから。
妹紅は呉服屋へまっすぐ進み、100年前師に買ってもらったものと同じ、唐紅の襟巻きを手に取った。
「あの、これください」
─────────
地上から遠く離れた大地、───『月』。
その歴史は生命創生の時代まで遡り、古来から地上の闇を照らし続ける存在。
そして何より、人類が唯一足を踏み入れることのできた天体である。
しかし、それは飽くまで地上からみた『表側』の認識。
地上で生活する者達の殆どが、月の裏側に築き上げられた大国の存在を知らない。
「せいっ!やぁー!!」
ここは月の裏側。
又の名は月の都とも呼ばれる、月人が住まう別世界。
その一角では、今日も月の防衛を担う新米兵士達が、訓練用の模擬銃を振るっていた。
「動きが単調になってきてますよ。目線は一点に集中させ過ぎず、常に相手の動きを観察しなさい」
その訓練場を取り仕切り、目下戦術指南を行なっているのは、『月の使者』のリーダーの一人である、綿月 依姫。
「依姫様、もう間も無く時間です」
傍には月の軍の隊長格に任じている、春雨 麻矢が立ち、備え付けの時計を指しながら告げた。
「訓練止め!現在時より小休止とする」
依姫の号令により、その場にいた兵士達は一斉に模擬銃を地面に放ってわらわらと休憩に入っていった。
「………はぁ」
深い溜息。
模擬とはいえ、自身の身を守るための武器をぞんざいに扱ってしまうのは、新米故の軽率な行動と言えるが、依姫は額に掌を当てて呆れ返っていた。
「彼女等の規律指導を担当しているのはどこですか?」
「えと……、今期は四番隊です」
「…………あとでキツく言っておく必要がありそうね」
隣で苦笑いする部下と顔を見合わせ、依姫は首を傾げた。
「どうかしましたか?貴女も休憩してきなさい」
「はい……、いえその……」
歯切れ悪く返事をした麻矢は、どこか不安げに尋ねた。
「あの……、
「!」
ほんの僅かに表情を曇らせた依姫だったが、瞬時に切り替えて応じる。
「いえ、まだ……。
「……そう、ですか」
麻矢は俯き加減でそう頷くと、「失礼します」と言い残しその場を後にした。
「…………」
一人、その場に残された依姫は暫く黙り込んだ後、背後の物陰へ振り返り、微笑みながら言った。
「貴女が訓練に顔を出すなんて珍しいですね。お姉様」
その言葉に、物陰に隠れていた豊姫が、肩をびくりと震わせる。
「やっぱりバレてた?」
「この距離の気配に気付けないようでは、今日にでも戦術指南役を降りなければなりません」
やがて物陰から現れた姉へ、依姫はやれやれと肩を竦めて言う。
「…」
しかし、その表情は誰が見ても強張っており、それが作り笑いであることは誰の目にも明らかだ。
そんな妹の表情を読み取った豊姫は、同じく表情を曇らせて呟く。
「言えるわけないわよね……、麻矢ちゃん」
麻矢を含め、『彼』を知る者はあの場にいなかった。
故にあの事実を知る由もなく、あの悲しみに包まれることもない。
「ですが、あの子は賢い。薄々気付いているでしょう」
あれから、地上では季節が変わった頃か。
「無理もない。例の件を告げて早
『柊 隼斗が異界にて敵の頭目を退けた』
『しかし異界に閉じ込められてしまい、救出する方法を模索中である』
…………それが事実ならば、どれほどよかったことか。
打開策を講ずるだけの余地があれば、どれほど救いがあったか。
彼女らに残された選択肢は、『真実』と『偽り』を織り交ぜることで、自分達と同じく彼の身を案じる者達が悲しまぬよう、取り繕うことだけだった。
なんて浅はかな考えなのだろう。
咄嗟だったとはいえ、心身ともに余裕がなかったとはいえ……。
一度口にした言葉はもう引っ込めることはできないというのに。
「………いつしか月読様が言っていたわね。
豊姫がぽつりと呟き、依姫は首を横に振った。
「麻矢達は兎も角、事実を知る私達が逃げる訳にはいかない。忘れてはならない」
「…………そうね。その通りだわ」
小休止が終わり、訓練生達の和気藹々とした声が近付いてきた。
訓練場の出入り口付近で彼女らを待ち構え、四番隊に代わり規律指導を行なっている麻矢の叱声が聞こえた。
「……」
「……」
綿月姉妹は互いに顔を見合わせ、互いの顔を優しく拭った。
彼女らは月の都の担い手。
故に涙を見せる訳にはいかない。
─────────
襖の隙間より差し込む朝日が眩しく感じる頃、博麗 暁美は目を覚ました。
むくりと身体を起こし、半分眠ったままの意識を呼び戻すため、背伸びをする。
背中側からパキパキと小気味よい音が連続し、ようやっと彼女は布団から脱した。
「…………夢、だよね」
未だ目に突き刺さる日差しに顔をしかめながら、ぽつりと呟く。
そして徐々に視界が慣れ始める頃、自身が寝巻き姿のまま立ち尽くしていることに気が付いた。
冬空の下、日は差しているとはいえ薄着では流石に寒い。
「うー、乾布摩擦でもしようかしら」
などと親父臭くぼやいているうちに、廊下から足音が一つ聞こえ、やがて割烹着姿の義妹が現れた。
「あ、やっと起きたのね。ご飯できてるわよ」
「ん、ありがと」
前掛けの紐を外しつつ、それだけ告げた霊夢は踵を返し、暁美ものそりと後に続く。
食卓のある部屋まで廊下を僅か数歩。
すぐに朝食の味噌汁と焼き魚の匂いが鼻に抜けた。
「いい匂い」
呟き、重力に身を任せながら食卓へ腰を下ろした。
対して片膝から徐に卓についた霊夢は、隣に畳んだ割烹着を置いて掌を合わせた。
それを見た暁美も同じ様に合掌する。一見ずぼらな挙動が目立つ彼女だが、これでも普段人前ではきちんとしている。
何より、霊夢が幼い頃に作法を教えたのは暁美本人だ。
「いただきます」
コクリと味噌汁を一口。
心地良い温かみが冷えた身体に浸透していく。
冷え切った廊下と違い、仄かな温もりのある室内。火鉢の炭特有の香りが鼻に抜け、火のついた炭が赤々と燃えている。
視線を転じれば、今にも雪が降ってきそうな冬空。
雲の切れ間から僅かに差す日の光が、境内に降り注いでは影の波を立たせる。
それら全てを、 又は一部を切り取っても、平穏な情景がそこにあった。
この世に生きる者たちの多くは、普段の生活の中の『当たり前』が、実は非常に繊細な基盤の上に成り立っていることを知らない。
一つの支障、一つの弊害が発生するだけで、その者にとっての『当たり前』は崩壊する。
数ヶ月前の抗争は、そんな『当たり前』を取り戻すための戦いだった。
─────では、自分達は本当に『当たり前』を取り戻せたのか?
「…………っ」
改めて、
あの日から胸の内に在り続ける
………何度も考えた。
あの時、どうすればよかったのか。
もっと自分にできることはなかったのか。
本当に彼一人が犠牲になることが最善の策だったのか。
所詮は後の祭り。
今更何を嘆いたところで過去は変わらない。
……だからと言って、立ち止まることはできない。
運命は自分達を生かした。
彼が導いてくれた。
唯一変えられるものがあるとすれば、それは未来だ。
「ご馳走様でした」
暁美は両の手を合わせ、颯爽と立ち上がった。
託された未来を担う一員として、彼女らは今日を生きる。
─────そこにある『当たり前』を守るために。
あと一月で今年も終わりですね。
今年の笑ってはいけないのテーマも判明したそうで。
万能録も、年末に向けてスパートをかけていこうと思います。ここまで読んでいただいた皆様、もう少しだけお付き合いください。
それではまた次回〜。