その中から少しの場面を切り取ったのが、今回のお話。
冬が訪れた太陽の畑ではその代表格たる向日葵達は鳴りを潜め、寒冷に耐えることのできる花々が咲き誇る。
しかし、彼女の日課は変わらない。
手にはそれぞれ
「この季節になるとお水をあげる頻度が減っちゃって残念ねぇ」
風見 幽香は、まるで知り合いや友達と会話するように花々へ微笑みかけた。
心なしか風に揺られる花々が、彼女の言葉に反応したように靡く。
そうして畑を順繰り回った幽香は、満足げに家の戸に手を掛け────── 途端に表情を曇らせた。
「…………何か用かしら?」
「あら、随分そっけないのね」
問い掛けに返ってきたのは彼女のよく知る声。
特に恨みがあるわけでもないが、昔から兎に角その飄々とした性質が気にくわない相手がそこにいた。
「御機嫌よう、お変わりないかしら?」
幻想郷の賢者はスキマから降り立つと、艶やかな立ち振る舞いで一礼した。
幽香は眉間に皺を寄せ、そちらを睨みつけるように見遣る。
「私は何か用かと尋ねた筈よ?」
「そんなに怖い顔しないでよ。賢者として久しぶりに幻想郷の様子を見て回ってるだけなんだから」
「?」
そう言って微笑む紫の表情を、幽香は訝しげに見つめた。
「…………貴女、下手になったわね。愛想笑い」
「えっ?」
予想だにしていなかったのか、間の抜けた声を漏らす紫を改めて見遣り、幽香は小さく息を吐いて言う。
「今まで寝込んでたって話だし、体調が優れないなら式神に回らせた方がいいんじゃないかしら」
「………何故それを?」
貼り付けていた仮面が剥がれるようにして、笑みの消えた表情が現れた。
紫の疑問に対し、幽香は一度視線を外して答えた。
「別に…、風の噂よ」
「心配、させてしまったかしら?」
「ッ、ありえないわ!」
「ふっ……」
顔を伏せ、やや上擦った声を上げた幽香を見て、今度は本当に笑みがこぼれてしまった。
その反応を鋭い眼光で睨みつける瞳に気が付き、すぐ様咳払いと共に表情を正したわけだが。
「さっきは『賢者として』、なんて言ったけれど、嘘。本当は私自身が気になっているから」
紫は視線を横へ外し、目の前に広がる花畑を一望しながら言った。
「綺麗ね」
「………」
幽香は何も言わなかった。
彼女自身、花達への賞賛を素直に受け取れない程、八雲紫という存在を嫌ってはいない。
気にくわない存在ではあるが、彼女が賢者としてどれ程の苦渋を味わってきたのか、理解できないわけでもない。
少なくとも、その資質や技量に於いては認めている部分もある。
だから、幽香が口を瞑ったのは、
暫しの間、色鮮やかに咲き誇る花々を堪能する時間をやろう、と。
再びドアノブへ手を掛け、音を立てないように戸を開けた幽香は、微笑ましげに花畑を見つめる紫を見遣り、満更でもないといった表情で自宅へ入った。
「ふぅ」
ぱたりと閉めた戸にもたれ掛かるようにして、息を吐く。
いや、『どれ程』なんて表現は大袈裟だったか。
数にしてみれば僅か六十と数日。
寿命の短い人間ですら、『最近』と口にするであろう時間しか流れてはいない。
(随分と一日が長く感じるのよね)
ここの所、幽香はずっと一人で過ごしている。
幻想郷の外れにあり、妖怪ですらも近づかない場所に住んでいるのだから、当たり前なのだが。
そんな生活を送っていた彼女の家の戸を、月に何度か叩く者がいた。
その者はいつもおちゃらけていて、暇つぶしにといざ戦いを挑もうものなら余裕綽々で打倒してくる。
暇つぶしが終わると家に招き、焼き菓子と紅茶を振舞ってやると、子供のように喜んで食べる。
そして一頻り雑談に花を咲かせた後、変わらぬ調子で手を振って帰っていく。
まるで自由気ままな雲のような……、
(私をここまで惹きつけたのは、後にも先にも貴方くらいかしらね)
如雨露と園芸用品の入った籠を置き、幽香は日課の紅茶を淹れる作業に取り掛かった。
「…………」
ふと、手を止めた幽香は、少しの間悩んだ後、徐に戸を開けた。
「ね、ねぇ、良かったら
彼女の羞恥を含んだ呼び掛けは、既に誰もいない花畑へ消えていった。
────────
太陽の畑を訪れ、紅魔の館、妖怪の山、地底の都を順繰り巡って、彼女が休息の場所に選んだのは冥界だった。
縁に腰掛け、同じく傍に座る親友を横目に、茶請けの団子を口へと運ぶ。
「ん、美味し」
「でしょう?丁度さっき妖夢に買ってきてもらったの」
思わず舌鼓を打つ紫に対し、少々食い気味にそう言った幽々子の皿には、既に彼女の十倍の量の串が積み上がっている。
「人里?」
「ええ、『彼』のおすすめのお店」
「…………彼?妖忌?」
「甘いものはあまり得意ではないみたい」
「……ああ」
合点がいった。
答えつつ、正面に向き直った幽々子に釣られて、乾いた音の響く庭先を見た。
銀髪の剣士が二人、互いに風を断ちながら、木刀で打ち合っている。
打つ、避ける、打つ、受ける、打つ、打つ、打つ───。
しかし一見荒々しく打ち合う両者の動きは、空を舞う落ち葉のように緩やかだ。
「前もこんな光景じゃなかったかしら。平和になっても相変わらずね」
「でも強くなったでしょ?あの子」
半ば呆れ気味に言葉を漏らす紫。
しかし対照的に、幽々子はまるで我が子を賞賛する母親のように微笑んだ。
あまりにも誇らしげに言うものだから、何故だか此方まで頬が緩んでしまう。
「そうね」
ここでやっと一本目の団子を食べ終え、湯呑みを持ち上げた紫は、一度茶で喉を潤すと、改めて幽々子へ視線を向けた。
「あれから彼は………、隼斗は
漸く本題に入ったと言わんばかりの問い掛け。
湯呑みを支える手にぐっと力がこもる。
「……」
それは生者として?それとも────。
幽々子は態々そんなことを聞くつもりはなかった。しかし一瞬胸の内に浮かんでしまったことに対して自己嫌悪を感じてしまう。
「いいえ。閻魔様の話では彼岸にも来ていないみたい」
彼女は静かに首を横に振り、落ち着いた声色で答えた。
「…………そう」
やや視線を下げ、小さく呟いた紫のそれは、どこか安堵したようで、されど侘しげな表情だった。
…………………………。
暫しの静寂。
そうして庭先から聞こえていた木を打ちつけ合うような乾いた音が止んだ時、幽々子は再び口を開く。
「『幻と実体の境界』」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉に、紫ははっと顔を上げた。
「以前、貴女が幻想郷の仕組みについて話してくれた時にそう言っていたわよね?幻想郷は外の世界で存在の薄れたものを引き込むって」
視線の先では、稽古を終えた師弟が歩み寄ってくるのが見えた。
そんな二人へにこやかに手を振りつつ、幽々子はゆったりと心静かに告げる。
「まだ、諦めるには早いと思わない?」
「……!」
──────
「あれ……?紫様とご一緒だったのでは?」
妖夢は額に汗を滲ませ、周囲を見渡して首を傾げた。その横では妖忌が小さく息を吐き、懐から取り出した手拭いを少女へと差し出す。
「せめて汗を拭わぬか」
短く叱責を受け、慌てて下がっていく妖夢を尻目に、妖忌は幽々子の隣に置かれた湯呑みを一見した。
「行ってしまわれましたか」
「ええ。思い立ったように今、ね」
新たに掴み取った数本の団子を手に、幽々子は頷いた。
「はしたないですぞ」と言う妖忌の言葉は右から左らしい。
「ねえ妖忌、貴方の『目』からみても隼斗の事は絶望的だと思う?」
不意に投げかけられた質問に、妖忌は短く唸り、やがて困ったように笑みを浮かべた。
「実のところ此ればかりは私にもわかりかねます」
しかし、と妖忌は続けた。
「強いて言うならば、
紫が巡っているのは死の天使の襲撃があった土地です。
その中から幽香との掛け合いを少しではありますが、ピックアップさせていただきました。