今回は限りなく本編に近い番外編になります。
常世へ続く暗闇。
まるで出口のないトンネルをひたすら進んでいるかのような、長い長い道。
そんな中で、途方も無い時間が流れていた。
身体に纏わり付く得体の知れないナニかが、歩みを進める足を、振り払おうともがく腕を
あとどれだけ、どの方角にどれ程の時間進めばいいのか。───そんなこと、とっくに頭の中から消えていた。
空腹や眠気を感じることがないのは唯一の救いと言っていいのだろうが……、それがこの場所の特性なのか、既に自分の感覚がおかしくなってしまったのかはわからない。
もう既にどうでもよかった。
頭の中でぐるぐると渦巻き、思い描いていたのは、家族や仲間の顔でも、住み慣れた土地の情景などではなく、『光』と『音』だった。
何も見えない、何も聞こえない。
何にも触れられず、唯一踏みしめているはずの地面も、雪や砂の上を歩いているように不安定で、感触も曖昧だ。
その微小な感覚を頼りに、今自分は歩いているのだと認識できていた。そんなただ一つ残された指標に縋り、一歩、また一歩と踏み出していく。
『世界』は修正を行った。
この世に紛れ込んできた異物に対し。
本来あるべき形に戻すため。
生じた矛盾を正すため。
──────
───
──
『彼』は雨の中にいた。
「…」
大きめの雨粒が地面を叩き、周囲をその音で埋め尽くしていく。
「……どこだ?」
小さく漏らした疑問は雨音に消えた。
『彼』は徐に視線を動かし、周囲を見渡した。
「…」
厚い雲に覆われた曇天、辺り一帯に広がるのは、種々雑多な木々が生え混じった雑木林だった。
緑色の葉、茶系の色をした幹に、灰色がかった雲。───知っている色だ。
「ふぅ」
思わず安堵の息が漏れた。
金色の木や、桃色の雲が浮かんでいないあたり、少なくとも此処は自分の知らない異世界ではないらしい。
だが胸を撫で下ろすにはまだ早い。
仮に此処が元いた世界だったとしても、更に大きな問題があるのだ。
(……いつだっ!?)
時間軸の矛盾。
それが一番厄介なのだと
こうして警戒したところで一体何ができよう?
強大な力を持つ『彼』とて所詮は世界の一部。
───故に、例外などないのだ。
「………ぁ」
まるで吹き消された蝋燭のように、
「──!……ッ!?」
続いて消えたのは声─────、ではなく音だ。
先程まで鮮明に聞こえていた雨音が嘘のように止んでいる。
がくりと膝から崩れ落ちた。
今の今まで足裏で捉えていた地面の感触が消失した。
「…………」
一瞬にして五感は消失し、やがて意識もゆっくり闇の底へと沈んでいく。
「か……ぇ……っ…ぁ」
───『帰るんだ』、と。
薄れゆく意識の中で、漸く振り絞って出た言葉だった。
せめてもの抵抗に唇を噛み締めようと力を込めるも、いつしか身体の自由は奪われていた。
既に、『世界』は動いていた。
そこに如何なる事情も入り込む余地はなく、『彼』という存在を、この世に入り込んだ異物として排除するために。
『世界』は、何よりも世界を優先する。
─────『世界』にとって、『彼』個人の都合など知ったことではないのだ。
・
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「!」
降りつける雨も小降りになってきた頃、不意に彼女は振り返った。
「……」
自分を呼ぶ声なんて聞こえていない。
そこに誰かがいた形跡なんてありはしない。
「……『──』?」
ただ、なんとなく振り返っただけの彼女は、小さくその名を呼んだ。
彼とは先日冥界で別れたっきりだったが、近くにいるのだろうか?
(気のせいかしら?…………まっ、次に会った時にでも報告すればいいかしらね)
一人納得したように前へ向き直ると、艶やかな紫色のドレスを持ち上げ、その場にしゃがみ込んだ。
そして願いを込めるように手の平で地面に触れると、静かに笑みを溢した。
今は名も無き土地だが、約百年後には人や妖怪、果ては神までもが共存する理想郷となる大地へと。
「頼むわね」
そっと託すように呟くと、次の瞬間には突如として空間に開いたスキマへと消えた。
この者は後に賢者として名を馳せる大妖怪。
彼女は『彼』の友人であり、家族であり、──────そして……、。
年度末が近い故、中々時間がとれず、いつもより投稿が遅れてしまいました。
本当はもう少し長い話として投稿するつもりでしたが、主の都合により急遽番外編として出させていただきました。
次回から再び本編に戻ります。