東方万能録   作:オムライス_

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『幻想入り』。
それは外の世界で幻想と成り果てたものが、導かれるようにして結界の内側、つまり幻想郷へと引き込まれる現象を言い、幻想入りしたものは再び実体として現れる。
その起点となるのが、幻想郷を覆うように展開されている、『幻と実体の境界』であり、外部との干渉を遮断する『博麗大結界』と組み合わせることで、これまで幻想郷はその存在を確立してきた。



184話 一つの切っ掛けで

 

足下に展開された陣が幻想的に瞬きを繰り返す異空間で、紫は額に汗を浮かべて膝をついていた。

 

 

「………」

 

 

瞳を閉じ、陣をなぞるように指先を走らせ、まるで巨大な繊維を一本一本ほぐすようにして、その記憶を辿っていく。

これまで幻想郷が見てきた、人間にとっては途方もなく、妖怪にとってはつい最近のような時の流れを。

とは言え、実際に体感する時間が短くとも、それを記録として細部まで辿るのであれば、これまた根気の要る作業だ。

 

ざっと見て百と数十年分。

凡そ二百年近い歴史の資料の中から、たった一ページ、たった一文の、存在するかもわからない記録を探し出さなければならない。

 

 

(どこなの……!)

 

 

もしかしたら流れ着いているかも知れない。

元の世界線に。

幻想郷誕生以降の時間軸に。

 

だってそうだ。彼はいつだって何食わぬ顔で帰ってきたじゃないか。

いつだって困難を打ち破ってきた。

起こるかもしれない奇跡を現実にしてきた彼なら、───── 『幻想入り』していたっておかしくないじゃないか。

 

 

そうして始めた作業は、疾うに一月ばかりが経過していた。

思い立ったのはまだ寒風が吹き荒ぶ季節だったか。

 

体調が戻ったらやろう。……本調子になってから。

 

─── 結局、現在も万全とは言い難かった。

 

病気や怪我をして療養していたのとは違う。

自身の生命に関わるギリギリのラインを削りに削って力を酷使したのだ。

彼女の幻想郷の長たる強大な力が満たされるには、まだまだ時間がかかる。

そうした現状がもどかしく、居ても立っても居られなくなり、ついに調査に乗り出したのが一月前だ。

 

作業は順調に進んだ。

彼女の頭脳をフル稼働させ、長い時には半日以上この空間に篭り、一つの漏れもないよう繰り返し繰り返し読み解いていく。

 

 

そうして、今日。

辿ってきた歴史は、現代に追い付きつつあった。

 

 

(お願い…!出てきて……っ!!)

 

 

終わりが近づくごとに湧き上がる焦燥が、紫の指先を震わせる。

一歩、また一歩と近づくたびに、言いようのない感情に押し潰されそうになる。

 

 

「………お願いっ」

 

 

 

 

 

 

やがて───。

 

 

 

 

────────

 

 

時刻は夕暮れ。

日中あれ程ごった返していた博麗神社も、この時間になってみれば静かなものだ。

 

 

「お疲れ様、魔理沙」

 

 

霊夢はそう言うと、人里へと続く『道』の周囲に貼り付けられていた護符を、丁寧に剥がした。

 

 

「便利になもんだよな、それ」

 

 

瞬く間に消失した『道』を尻目に、魔理沙は物欲しそうな目で数枚の束ねられた護符を見つめた。

 

 

「前にも言ったけど、これを扱えるのは……」

 

()()()()()()()。……だろ?」

 

「そゆこと」

 

 

全ての護符を回収し、表に出していた資材を一纏めに集積した霊夢は、雨風を凌ぐ為の風呂敷でもって包んだ。

 

そうして漸く彼女も安堵したように息を吐く。

 

 

「今日はなんだか参拝客が多かったわね。手伝ってくれてありがとう、お陰で助かったわ」

 

「なーに、お安い御用さ!なんなら毎日……」

 

 

手伝ってやる、と言いかけたところで、あの脇出し巫女服のことを思い出した魔理沙は一瞬固まり……、

 

 

「……ま、まあ時々なら手伝ってもいいかな」

 

 

はははっ、と気恥ずかしそうに笑った。

そんな友人へ、霊夢は微笑ましく問いかける。

 

 

「ご飯食べてく?もう少ししたら暁美姉さんも帰ってくると思うし」

 

「そうだなー……」

 

 

魔理沙は博麗神社から伸びる参拝道の方角を見やりながら短く思案し、

 

 

「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」

 

 

殆ど即決で返事をした。

本日最後の参拝客を里まで送り届けた暁美は、里からの行路で異常がないかを、見回りながら帰ってくる。

なので夕飯前に寛ぐ時間くらいあるだろう。何より、終業後の余韻に浸っている内に飯が出てくるなら願ったり叶ったりだ。

 

 

「あら?今日の参拝はお終い?」

 

 

そんな中、不意に投げかけられた、恐らく新たな参拝客と思われる者の声。

気分は夕飯モードに突入していた魔理沙は、露骨に嫌な顔をつくって振り返った。

 

 

「……あん?」

 

 

そして振り返った先に立つ参拝者を見るや、その表情を不機嫌から怪訝なものへと変貌させた。……とは言っても、相変わらず眉間に皺が寄ってはいるが。

 

 

「こらこら、折角参拝に来てやったのにそんな目をする奴があるか」

 

 

腰に手を当て、溜息交じりに一歩前に出てきたのは、見た目幼い紅魔の吸血鬼だった。

その後方では、銀髪のメイド、華人服姿の門番、頭から足先までが紫色の魔女、そして天真爛漫に周囲を見渡している金髪の吸血鬼が、それぞれ軽い挨拶を済ませていく。

 

 

「参拝ぃ?一体全体どういう風の吹き回しだよ?」

 

 

尚も悪態付く魔理沙を宥めるようにして、大方の見当をつけていた霊夢はその手に持った新聞記事を差し出す。

 

 

「これ、最後の方読んでみなさい」

 

「……んー?博麗神社(ここ)の宣伝記事じゃないか。これがなんだって………、──── !!」

 

 

()()()()を目にし、魔理沙は目を見開いた。

 

 

「貴女、大図書館(うち)の本は勝手に読む癖に新聞は読んでないの?」

 

 

そんな彼女に対し、パチュリーは呆れ気味に言い放った。

 

……うっ、と普段の行いからくる後ろめたさが出てきたのか、言い淀む魔理沙。

 

尤も、この記事は今朝配られたものであり、時期同じくして神社の手伝いをしていた彼女が記事に目を通す暇がなかったのも事実なのだが。

 

 

そんな中話題を変えるようにして、空気を読む門番こと美鈴が口を挟む。

 

 

「まあでもこの時間帯に来たのは正解だったかもしれませんね。昼間に来てたら里の人間達がパニックになってたでしょうし」

 

「?……お昼だと駄目なの?」

 

「妹様、人間と言うのは自分達とは異なる存在を恐れ、徒党を組んで拒絶する愚かな生き物なのですよ」

 

 

フランの質問に人間を蔑む形で答えたのは、同じく人間の咲夜である。

 

 

 

 

「こっちとしてはもう少し明るい時期に来てくれた方がありがたいんだけどね」

 

 

霊夢も昼間とは違い、相手が見知った顔だからか、魔理沙程ではないにしろ、無遠慮気味な態度になりつつあった。

 

対して、レミリアは至極当然だと言わんばかりに言い放つ。

 

 

「あら、()()()()()()()でしょ?」

 

 

 

 

─────そして、まるでその言葉を待っていたかのように彼女らは集った。

 

 

「!!」

 

「ほらね」

 

 

レミリアが得意げに指し示すように、博麗神社に近付く複数の気配。

気質はその殆どが『妖』のもの。かと言って悪意の類は感じられない。

 

── 当然だ。

 

皆、見知った顔であり、それぞれが交流のある者たちばかりだったのだから。

 

 

 

 

 

そして……、後に博麗神社に帰宅した暁美は思わずこう言ったと言う。

 

 

『帰った先に異常があったか』っと。

 





大変長らくお待たせいたしました。
中々手をつけることが出来ず、予定よりだいぶ遅れての投稿です。

今回からお話は結末に向けてぐんと進みます。
毎度読んでいただいてる方々、初めての方も、あと少しだけお付き合いください。

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