東方万能録   作:オムライス_

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今回はいつもより長めです。

※この物語と原作ではストーリーを一部変更して書いているので、登場人物間の面識のあるなしに相違がありますがご了承ください。




185話 『彼』の帰還を信じる者達

 

 

それは『百鬼夜行』と言うには些かこぢんまりとした集団だった。

彼女らが危なげなく進んでくるのは、すっかり日も落ち、視界の悪い筈の博麗神社へと続く参道だ。

参道に等間隔で配置された灯篭に照らされ、その姿が垣間見える。

 

その誰もが見知った顔ぶれで、それぞれが幻想郷の各地域を治める者達で、───── 皆、『彼』の友人達だ。

 

ある者は戦いを通じて、またある者は異変を経て。

『彼』のお節介に、悪巫山戯に……、そしてその人柄に救われた者達。

 

 

 

「よお、来たぞ!博麗の……、えーと」

 

 

その一団の先頭を行くものが、神社入口に立つ霊夢等の姿を見るや、弾けるような声でそう言うと、思案するように指先で頭を掻いた。

一際目立つ長身で一本角の鬼。地底に住まう鬼の頭目、星熊 勇儀だ。

 

 

「こらこら飲み過ぎじゃないか?霊夢だよ、れ・い・む」

 

 

その隣で脇腹を小突いた、小さな体躯とは不釣り合いな二本の角を生やした鬼の少女。

何故だか足取りはふらふらと覚束ない。

 

 

「そうだった、そうだった。ってか萃香、酒のことに関しちゃお前さんに言われたかないねぇ」

 

 

豪快に笑い返した勇儀の手には、これまた大きな酒瓶が握られていた。

 

 

「どっちもどっちでしょ。まったく妬ましい」

 

「だね」

 

 

呆れ顔で割って入ったのは、橋姫こと水橋 パルスィ と、土蜘蛛の少女 、黒谷 ヤマメだ。

 

その後方では、対照的に澄まし顔で佇む薄紫髪の少女と、彼女に付き従いながらも、周囲の景色を興味深そうに眺める地獄鴉と火車の少女の姿があった。

 

 

「霊夢、知り合いか?あの騒々しい奴ら」

 

「あーうん……、一応」

 

 

()()()とは面識のなかった魔理沙がやや困惑気味に尋ね、霊夢もやや反応に困りながら応じた。

そもそも地底で暮らす彼女等を地上で見ること自体初めてなのだ。

 

 

「入っても?」

 

 

鳥居の目の前まで来た地霊殿の主、古明地 さとりは、微笑むでもなく淡々と尋ねた。

 

 

「暴れなきゃね」

 

 

「特に」、と既に()()()()()()()()鬼二匹を顎で指した霊夢は、どうぞと脇に寄って道を開けた。

 

 

「心得ました」

 

 

そう言って軽く会釈したさとりは、後方で待機していた従者二人と付き添いの少女二人に指でジェスチャーを送った。

内容はさとり妖怪のように心を読まずともわかる。「そいつ等を見張っておけ」だ。

了解と言わんばかりに動き出した彼女らが、千鳥足の二人組を境内へ引っ張っていく様を見送った霊夢へ、不意に真横から声がかかる。

 

 

「はじめまして、になるかのう?博麗の巫女殿」

 

「!、貴女確か……」

 

 

挨拶してきたのは、妖怪の山の最大勢力である天狗族を統括する天魔だった。

 

 

「陽高 彩芽じゃ。いつも内の者が世話になっておるそうで。特に毎度の記事の()()()()に関しては()()()()()()()()()

 

「…………提供?協力ぅ?」

 

 

じろり、と彩芽の後方へ睨みを効かせると、天狗特有の俊敏性でもって視線を外した鴉天狗が、態とらしく口笛を吹いていた。

 

 

「おいお前だ、そこのゴシップ新聞記者」

 

「ご、ゴシップとは心外ですね!由緒正しき『文々。新聞』は真実のみを記事にしているんですよ!………ただ偶々、偶然、通りがかりに霊夢さんが仕事サボってるところを何回か記事にしちゃったことを根に持ってるなら……」

 

「プライバシーって知ってる?」

 

「うっ…」

 

 

笑顔とは裏腹に怒のこもった声色で迫られれば、流石の鴉天狗と言えどたじたじだ。

その横では珍しく弱腰の先輩の姿に唖然とする白狼天狗と、参拝に来たというのに大きな背負袋を身に付けた河童の少女が、何とも言えない表情で立ち尽くしていた。

 

まあまあと宥めるように魔理沙が霊夢の肩を叩いたのと、彩芽の咳払いが重なる。

 

 

「ま、まあともかく今回我々は純粋に参拝に来ただけで取材をする気は一切ない。今回はそれで許してもらえんかの」

 

「………………許すも何も、参拝に来てくれた人を追い返すような罰当たりなことはしないわよ」

 

 

霊夢は「それに」と付け加え、改めて文の方を見遣る。

 

 

「そっちの協力で博麗神社(うち)も大分助かってるもの」

 

「ふふん、でしょう?」

 

 

途端に息を吹き返し、得意げに返事をした先輩天狗の裾を、犬走 椛が強めに引いた。

そして「では後ほど」と言葉を残し、妖怪の山組も境内へ。

 

 

「別に順番待ってなくてもスッと入ってこればいいのに」

 

 

霊夢はそう言って目の前で律儀に待っていた緑髪の少女へ視線を移した。

 

 

「いえいえ、そこは守矢の神職としてちゃんとしなければ!」

 

 

溌剌(はつらつ)とそう返した守矢神社の風祝、東風谷 早苗は、改めて霊夢へと詰め寄った。

 

 

「なんだか夜にこれだけ知り合いが集まるとワクワクしますね!」

 

「知り合いって言っても殆ど妖怪だけどね」

 

 

まるで童女のように瞳を輝かせる早苗と、冷静な態度を一貫する霊夢。

対照的な二人の巫女を見比べた魔理沙は、「同じ役職の十代でこうも違うものか」と内心ツッコミを入れつつ、境内に一瞥をくれた。

 

 

「それよりいいのか?置いてかれてるぞ?」

 

「はいっ?」

 

 

言葉の意味がわからず首を傾げる早苗へ、魔理沙が、親指で境内を指し、合わせるように霊夢が告げる。

 

 

「あんたのとこの神様、とっくに入ってったわよ?」

 

 

「あれぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」

 

 

今度は素っ頓狂な声を上げ、慌てた様子で境内へ駆けて行く早苗だが、鳥居をくぐる手前ではちゃんと立ち止まって一礼を欠かさなかった。

 

 

「おっ、流石巫女。あれだけ慌ててても参拝の作法は守るんだな」

 

「良い意味でも悪い意味でも生真面目なんでしょ」

 

「って言うか仮にも神様が他の神社へ参拝ってどうなんだ?」

 

「気にしなくていいでしょ。妖怪でも神様でも、参拝してくれるなら大歓迎よ」

 

「ついでにお賽銭も入るしな」

 

 

 

「こらこら、そのように不純な動機をもってはいけません」

 

 

二人がその優しく諭すような声に振り返ると、命蓮寺の住職、聖 白蓮が凛として佇んでいた。

その後方には、見覚えのある命蓮寺もとい妖怪寺の住人達がひょっこりと顔を出している。

 

 

「良いですか?神道と仏教、異なる宗教なれど──────」

 

 

気がつけば目の前まで詰め寄り、二人の肩にそっと手を置いた(脱出不能)白蓮による説法が始まろうとしていた。

 

 

「わあー!聖!?」

 

 

これは長くなる!っと悟った命蓮寺の面々が、一斉に白蓮の周囲に集まった。

 

 

「どうしたのです?今からこのお二方に神職とは何かを……」

 

「まあまあまあ!それは参拝の後でもいいんじゃないかな?ほら、後ろで待ってる人達もいるわけだし」

 

「そうですか?では後ほど……」

 

 

ほほほっと淑やかにその場を後にした白蓮の後に続き、どこか慈悲の込められた笑みの命蓮寺の面々とすれ違う二人。

 

 

「…………ちょっと、今のは私じゃなくて魔理沙でしょ」

 

「……………私は霊夢の心を読んだだけだぜ」

 

「あんたいつからさとり妖怪になったのよ」

 

 

 

「えーと、そろそろいいかな」

 

 

そうして項垂れる二人へ、やや遠慮がちに声がかかった。

 

そんな立て続けに現れる、『律儀にも順番を守る参拝者』に、いい加減げんなりとしてきた霊夢だったが、その顔を見るや思わず目を見開いた。

 

 

「やっ、こうして面と向かって話すのも初めてだったからさ」

 

「確か、隼斗の弟子の……」

 

「藤原 妹紅。こう見えて元人間で、師匠には幻想郷が出来る前からお世話になってるんだ」

 

「…」

 

 

少々照れながらそう言った妹紅を、霊夢はなんとも不思議そうに見つめた。

 

 

隼斗と霊夢は直接的な師弟関係ではないにしろ、代々博麗に伝わる霊術や体術の根元は、他でもない彼から初代博麗の巫女へと伝授されたもの。そこに八雲 紫による結界の制御法などが加わったものが、今の博麗の巫女の力となる。

 

つまり妹紅も霊夢も、元となる師は同じく彼なのだ。

 

 

「なら『姉弟子』、ってことになるのかしら?」

 

「へっ?……あーどうだろう。でもそう考えると不思議な感じかも」

 

「そうね。私には既に先代の姉がいるけど、よくよく考えたら貴女ももう一人のお姉さんってことになるのね」

 

「ちょ、ちょっとやめてよ()()()()()だなんて」

 

 

「照れるじゃないか」と言いかけた妹紅へ、挟み込むように、

 

 

「いやいや!お姉『ちゃん』とは言ってない」

 

 

と、霊夢もまた焦りながら早口でツッコミを入れる。

 

 

 

そして互いに固まること数秒。

 

 

「ぷっ」

 

「ははっ」

 

 

両者、同じタイミングで吹き出した。

 

 

「まっ、今日はゆっくり参拝していってよ、()()()()()

 

「だからそれやめてってば!」

 

 

数百年の差はあれど、まるで姉妹のような、はたまた友人のような気安い掛け合い。

その様子を一歩引いたところで見守るは、寺子屋の教師こと上白沢 慧音、と魔理沙。

 

 

「私達、完全に蚊帳の外だな」

 

「私あんな笑顔の霊夢久しぶりに見たぜ」

 

 

微笑ましくも、どこか虚しさを感じる二人であった。

 

 

───

 

妹紅と慧音が境内へ入って行くのを見送った二人は、漸く一息つけたと言わんばかりに息を吐く。

 

 

「しっかし新聞で知らされたとはいえよく同じタイミングで皆集まったよな」

 

「まあ新聞が配られたのは今朝だし、時期的には可笑しくはないけどね」

 

「これも博麗の徳ってやつ?」

 

「って言うよりも、これは───」

 

 

途端、霊夢は再び階段下に現れた気配を感じ、口を噤む。

 

 

「一足遅れたかな?」

 

 

声の主は、今夜の面子の中では初の男の声だ。

しかし、二人がよく知る声。

 

 

「香霖!」

 

 

 

魔理沙が思わずそう呼んだのは、魔法の森に店を構える雑貨屋の店主、森近 霖之助だ。

 

 

「久しぶりね、特に霊夢」

 

 

その隣には同じく魔法の森の住人である通称『七色の人形使い』ことアリス・マーガトロイドが立ち並んでいた。

 

 

「なんだなんだー、二人仲良く手でも繋いで来たのか?」

 

 

その光景にどこか不機嫌そうな調子で尋ねた魔理沙へ、霖之助は察したように微笑を浮かべる。

 

 

「ははっ、そう言うのではないよ。偶々さ。それに、()()()()()()

 

 

霖之助はそう言って自身の後方へ視線を移した。

霊夢達側からは暗所になっていて見えなかったが、確かにもう一人いる。

 

 

「「あっ」」

 

 

二人の声が揃った。

 

 

「ごきげんよう」

 

 

太陽の畑ただ一人の妖怪。

四季のフラワーマスター、風見 幽香。

 

 

「ここに来るのは初めてだったから彼らにエスコートを頼んだの」

 

 

幽香は霖之助等の隣に並ぶと、微笑みながら二人を見上げた。

 

 

「道すがら偶然ね。君たち二人とも()()()()()()()?」

 

 

 

「ね?」

 

 

 

 

答えは『はい』か『YES』だった。

一体どうやったらそのにこやかな表情からそれ程の圧力が出せるのか。

少なくとも真横にいる霖之助が気づいていないところを見ると、指向性までコントロール出来るらしい。

 

 

 

「「ソウデスネ」」

 

 

故に二人は息を揃えるでもなく同時に答えた。

 

 

(私達何かあいつに悪いことしたっけ?)

 

(いやいや、心当たりはない)

 

(って言うか何!?なんであいつさっきから私達のこと威圧してくんの!?)

 

(何あれ!?覇◯色の覇気!?)

 

 

「二人ともどうかしたの?」

 

 

アリスが怪訝そうに尋ねるが、現在進行形で圧力を出し続けている花妖怪を前に、「なんでもない」としか言えなかった。

 

 

「ふふっ、ごめんなさいね。ちょーと意地悪してみただけ。他意はないのよ?」

 

 

すれ違う最中、幽香は二人の耳元でそう囁いた。既に先程までの圧力は消失しており、二人の間にはひたすら謎だけが残る形にはなったが。

 

 

(八つ当たりなんて、少し大人気なかったかしらね)

 

 

境内に入った幽香は、『彼』のことを思い浮かべながらそんなことを思った。

そして予てから決意していることを自らに反復させる。

 

 

(戻ってきたら引っ叩いてあげないと。……勿論全力で)

 

 

目の前に続く参道の先には、既に何人もの、恐らく『彼』の友人が集まっている。

皆、『彼』の帰りを願う者達。

彼女もまた、その一員となるべく歩みを進めた。

 

 

 





えっ、こいしがいない?
いましたよ?無意識のうちに見逃したのかな?

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