東方万能録   作:オムライス_

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190話 その者は

《俺に、見覚えがあるか?》

 

 

白髪の男は突如として『彼』の前に現れた。

 

この何もない空間で目が覚めてからどれだけの時間が経ったのかわからない。

一日……、は流石に言い過ぎかもしれないが、体感的には少なくとも半日以上は経過しているはずだ。

意識が覚醒し、あてもなく彷徨い歩いての半日。

そこで漸く声をかけられた。早くも途方に暮れかけた闇一色の世界でだ。

『彼』はまるで砂漠のオアシスでも見つけたかの如く、感極まった心を抑え、その方へ振り返った。

 

 

「!?」

 

 

しかし、期待は悪い意味で裏切られた。

 

短めの白髪を後ろに流した髪型。本来白目の部分が黒く、背丈約六尺程の筋骨隆々の体躯に、無造作に羽織られた羽織。

その男の出で立ちは、自分の容姿をそのままに、色だけを反転させたような姿だった。

 

 

「お前は……っ!」

 

 

一転して、『彼』は低い声で唸った。

その姿、その気配、──────、

 

 

《「忘れるはずがない」ってか?いい気なもんだぜ》

 

 

白髪の男が苦笑をもらすも、その表情がどこか満足気に見えるのは気のせいか。

 

 

「何故お前がここにいる…!?いや、その前に───」

 

 

湧き上がる感情に言葉が追いつかない。

そんな自分の様子を楽しむかのように、白髪の男は口角を上げた。

 

 

《気になるか?ここがどこだか。まあ、まずは落ち着けよ》

 

「…………………逆にお前のその落ち着きようはなんだ?」

 

 

上手くは言えないが、先程目が覚め、訳もわからぬまま途方に暮れていた自分とは気構えが違う気がした。どことなく、この状況を受け止めているような……。

 

 

《いやいや、同じだよ。俺だって途方にくれてたぜ。少なくともさっきまではな》

 

「?……何を言って───」

 

 

『彼』の返答が止まる。

違和感があった。

白髪の男が言った意味深な言い回しもそうだが、先程から自分の『言葉として出る前の疑問』に対して、この男は答えている。

 

 

「いくら多芸の俺でも、読心術は使えねェぜ。お前の元々持ってた能力(ちから)か?───西行妖」

 

 

『彼』はこの状況下において、その名を初めて口にした。

彼の姿を模し、嘗てその力の大半を奪った太古の厄災。死の天使の力の一端にして、恐らく最も『彼』を苦しめたであろう大敵の名を。

 

白髪の男はやれやれと溜息を吐くと、黒一色の地へ腰を下ろした。

 

 

《知ってるだろう?生命力の吸収以外はお前と同じだ》

 

 

更に「まあ尤も」、と付け加える。

 

 

《西行妖にできることは、その程度だ》

 

 

その瞬間、白髪の男の身にまとう空気に変化があったような気がした。

だがそれよりも───。

 

 

「……」

 

 

話が見えてこない。そしてその要領を得ない返答に、思わず漏らした声に怒気が籠る。

 

 

「お前が真面目に答える気がないのはわかった」

 

 

『彼』は低く唸ると、既に臨戦態勢に移っていた。

 

 

《力尽くか。出来るのか?お前に》

 

「悪いが無駄話に付き合う気はねェ」

 

 

『彼』の手が頭部を覆った。それはまるで仮面を被るような所作だった。

 

 

「───っ!?」

 

 

しかしその行為は文字通り、空を切る形で終わる。

驚愕に目を見開く『彼』を見遣り、白髪の男は小さく呟いた。

 

 

《仮面なら出ねェよ。俺がここにいるんだからな》

 

 

嘲笑うかにみえたその表情は淡然たるもので、言葉遣いはまるで諭すように、寺子屋で子供たちに言い聞かせるかのようなゆったりとしたものだった。

 

 

《俺の力が具現化したものがあの仮面だ。俺がここにいる以上、同じ存在である仮面(あれ)が出てくるはずがないだろう》

 

「ちっ」

 

 

舌打ちを一つ。

仮面が出せないことはわかった。ともなれば、目の前の男に見出せる勝機は幾ばくか。

『彼』は動揺を必死に鎮めつつ問い返した。

 

 

「……そもそも、何故お前がここにいる?いや、もっと根本的な問題だ。何故実体をもって俺の前に出てきた?出てくることができた?」

 

 

未知の空間、行けども行けども変わらない景色、突然現れた大敵。

 

とにかく今は打開すべき状況が山積みだ。

 

まずは目の前の敵をどうするか……。

『彼』は目先の優先順位を組み始めていた。

 

 

《逆だ。お前の方から現れたのさ》

 

 

しかし、白髪の男の解はあっさりと『彼』の思考を停止させた。

 

 

「何を言って……」

 

《それに、西行妖とは本来死のイメージを具現化した桜の木に過ぎない。お前の言う『実体』が、こうして意志を持った生命体のことを指しているならそれは間違いだ》

 

「───だから、何を言ってやがるっ!?」

 

《……》

 

 

白髪の男は一拍置いた後、やがて淡々とした口調で告げた。

 

 

《元の世界の、お前という存在は消えたぞ》

 

「!?」

 

 

薄々勘付いていたことだ。

ここが……、この場所が本当は元の世界のどこにも繋がっていなくて、本当は地獄かなにかで…。いや、存在自体が消えて無くなるのならば地獄にすらいけないのかも知れない。

あの世とかこの世とか、そう言った概念の無いどこか違う場所へ、行き場のなくなった精神だけがここに流れ着いていたとしたら。

 

 

「……んだよ」

 

 

力無く、ぽつりと呟いていた。

 

目が覚めてから今迄、常にその可能性は頭の中にあった。視界一面の闇、正確に捉えることのできない地面、鈍った感覚。

半日近く歩き続けてみたものの、実際は歩く真似事をしていただけだったのかもしれない。

今だってそうだ。少しでも気を抜くと、立っているつもりの姿勢すら維持できなくなる。

 

 

「っ」

 

 

途端に身体を支える力が抜け、危うく転倒しかけた。

姿勢を維持するためには筋力がいる。だが姿勢を維持しようと思うなら、内面的な力がいる。倒れまいとする精神力が必要だ。

 

ぐらつきかけた。

足が、─────心が。

 

そんな『彼』の様子を余所に、白髪の男は続ける。

 

 

《ここはお前自身が創り出した世界だ》

 

「!?」

 

 

茫然自失の手前、意識は再び引き戻された。

思わず顔を上げた『彼』を、白髪の男はじっと見つめたまま告げる。

 

 

《先に、()()()()()()()()()()()()()()()()()───》

 

 

そう言うと、先程『彼』が行った動作とは対照的に、白髪の男はまるで仮面を外すように顔の前で手を払った。

 

 

パキリッ、と乾いた音が一つ。

光の粒子となって消失していく『仮面』の下から現れた長い髪。

 

 

「………っ!」

 

 

『彼』は今度こそ言葉を失ったが、無理もなかった。

 

自分と瓜二つの男の正体が、()()()()なんて、一体誰が予想できるだろう。

 

 

「絶句、とは正にこのことだな」

 

 

どうにも此方の反応が可笑しかったようで、女は煌びやかな銀色の髪を揺らし、くすりと笑みを溢す。

 

 

「ここで改めてお前たちに合わせた挨拶をするならば……、『久しぶりだな』、か?」

 

 

女は艶やかな肢体をくねらせ、悩ましげに口元へ指をあてがいながら言った。

しかしその仕草が『彼』の目にはどうにも芝居掛かって映り、一瞬疑心感を抱いたことで、空白が生じていた思考に再び意識が戻すことができた。

 

 

「誰だお前」

 

 

湧き上がる数々の疑問を集約した結果、この上なく単純明快な問い掛けだった。

 

 

「んん?」

 

 

対して、女は目を丸くして首を傾げている。

それこそ、「そう言われるとは思っていなかった」と言いたげに。

 

 

「まさか覚えてないのか?」

 

「……銀髪の知り合いはそこそこいるが、お前みたいな女神っぽい格好してる奴は知らん。新手の詐欺じゃあるめェし、せめて名前を先に───」

 

「そうそれ!」

 

「あん?」

 

 

『彼』は「何に食いついたんだ?」と、順に今し方発した言葉を思い返した。

 

 

「詐欺?」

 

「違う!」

 

「……女神っぽい?」

 

「っぽいは余計だ!」

 

「……」

 

 

自ずと眉間にシワが寄る。

 

 

「……名前は?」

 

「生憎だが、前会った時は名乗らなかった」

 

「…………」

 

 

つまり目の前の女は、自称知り合いで、自称女神で、名前すら明かしていないにも関わらず、さも旧知であるかのように接してきているわけだ。

 

 

「………生憎金の持ち合わせは無いんだ」

 

「だから詐欺じゃないってばっ!!?」

 

 

先程とは打って変わり、銀髪を振り乱して声を上げた自称女神。途端に胡散臭さが消えたところを見ると、どうやら此方が素らしい。

 

 

「ならいつ会った?これでも途方もない年月を生きてるが、記憶の中にお前みたいな奴はいない。俺との間に何の関わりがあった?言ってみろ」

 

 

『彼』は、埒があかないとばかり捲し立てた。まるで虚勢を張る子供の心を挫くように。

 

しかし自称女神は意外なほど冷静に表情を切り替えて言った。

 

 

 

 

「お前がこの世に生まれるよりも前だ。いや一度死んだ後、の方がわかりやすいか?

関わりは……、そうだな。───()()()()()

 

 

 

 

「……何っ………?!」

 

 

 

 

瞬間、『彼』の表情が固まり、それ以上の言葉を発する前に、意識は記憶の奥深くへと飛び込んだ。

 

───その事実は、誰にも話したことがない。

 

幻想郷の住人にも、月の仲間達にも。無論両親にもだ。

理由は余計な混乱を招くためだとか色々あるが、この際どうだっていい。

 

その事実は自分以外知り得ない筈だ。

 

唯一例外があるならば───。

 

 

「っ……!」

 

 

心音が、やたらとけたたましく感じた。

 

 

女神は、徐に口を開く。

 

 

「もうわかったな?私が誰か」

 

 

『彼』がこの世に生を受ける前───時代の話ではない───、『彼』という意識がまだ前世のものだった頃に、最後に会った人物。

 

 

「では改めて、私がここに来た目的を言おう」

 

 

まだ整理がついていない。

しかし女神は構わず続ける。

 

 

「『柊 隼斗』、お前に与えた能力(ちから)についてだ」

 

 

繰り返される女神の凛とした声が、反響するように『彼』の耳をたたいた。

 

一拍遅れて何を今更?とさえ思ったが、次に彼女が口にした言葉は予想の遥か上をいった。

 

 

 

 

「お前はまだ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 


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