東方万能録   作:オムライス_

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191話 その能力(ちから)は──。

もう途方もない遥か昔のことになるが、よく覚えている。

まだ何をするにしても両親が付きっきりだった幼少期、唐突に自身の能力が脳裏に浮かんだ。

 

─────『超人になる』能力(ちから)

 

『超人』とは、『身体能力』、『耐久力』、『環境適応力』等、個の持つ生命力において、人並外れた強さを発揮する存在だと…。

少なくとも、そういった認識をもって今日まで生きてきた。

現に想像していたものと、実際に出来ることに大きな違いなどなかった。

 

だが、今し方目の前の女神から言われたのだ。

お前は能力の本質を理解していないと。

 

 

……本質とは?

 

この能力(ちから)には何か、自分が認識していたこととは別の使い方があると言うことか?

 

……理解していないとは?

 

それを引き出すことができていないと言う意味か?はたまた、知識としてしらないだけで発現自体はできているのか?

 

……わからない。

 

 

「…………どういう、意味だ?」

 

 

何度も答えを探そうと脳内を駆け巡った挙句、漸く絞り出すように『彼』は尋ねた。

 

 

「そのままの意味だ」

 

 

女神は突き付けるように言った。

 

 

「今お前が自在に引き出せている力は全体のほんの一部のみ。言ってしまえば、本来の力の副産物に過ぎない」

 

 

女神の青く透き通るような瞳が、『彼』の奥に潜む何かをじっと見つめた。

 

 

「今は……」

 

 

絞り出すように、『彼』の口から言葉が漏れる。

会話をしているだけなのに不思議と呼吸が荒い。ひどく動揺しているせいだろう。

 

 

「今は深く考える余裕がねェ。……教えてくれ」

 

 

その声色に力はなく、目線も徐々に沈んでいく。まるでこれから地獄の閻魔にでも罪の告白をするかのように。

 

 

「『世界』は、ある二つの事象によって成り立っていることを知っているか?」

 

 

だから女神は、敢えて核心から一歩引いたところから話し始めた。

 

 

「世界と言っても、人間界とか魔界とか、そんな小さなスケールのものじゃない。この世とあの世、異界や平行世界を含めた全ての世界だ」

 

 

女神は『彼』へ見せつけるように掌を掲げると、その上に光の玉を出現させた。

 

 

「?」

 

 

「創造と破壊だよ」

 

 

眉を細める『彼』を他所に、女神の掌の光球が、突如として弾けた。

 

 

「この言い方だと超常的に聞こえるか?だが難しく考える必要はない。意味は、今お前が脳裏に浮かべた内容で合っている」

 

女神は自身のこめかみを指先で軽く叩きながら言った。

 

弾けた光球は散り散りに霧散し、煙のように天に登っていく。

 

 

「一つが消えれば、また新たに創造(つく)られる」

 

 

そうして立ち上った光の粒子は、虚空に新たな光の川を作り出した。

 

 

「!」

 

 

光の川は、見る間に複数の光の球を出現させていき、やがて役目を終えるように消失した。

新たに生み出された光球は、やがて先程と同じ様に粒子となり、また新たな光球を生み出していく。

 

黒一色だった世界が次第に光に包まれ始めた。

しかし不思議なもので、これだけ光源に晒されているにも関わらず、『彼』や女神、周囲の見え方は一切変わらない。

 

 

「この法則は何に置き換えても同じ。生命でも物体でも、それが何であれ、生まれた以上は次第に消滅の一途を辿るほかない。わかるか?例え半永久的に維持はできても、永遠に不変であり続けることはできない」

 

 

女神はそう言って頭上で繰り返される光の変化を一瞥すると、徐に『彼』へと視線を合わせた。

 

 

「お前は、そんな理から外れた存在だ」

 

「!!」

 

 

世界の成り立ちを説明し始めたと思った矢先、急に確信めいたことを言われ、『彼』は困惑と驚愕に目を見開いた。

そうした『彼』の思考へ、まるで畳み掛けるように女神は続ける。

 

 

 

 

「───── 世界の理から外れ、己の存在を確立させる。それがお前に与えた能力(ちから)の本質だ」

 

 

 

 

この瞬間、女神の言った言葉を即座に理解することが出来なかった。そんな茫然と立ち尽くす『彼』を他所に、彼女は漸く一息つけたとばかりに吐息を漏らす。

 

 

「……つまり、なんだ……っ?いや、ちょっと待ってくれ……!俺が…、何だって……?」

 

 

 

動揺から言葉が詰まって出てこない『彼』の眼前へ、女神は手の平を突き出し、「もっとわかりやすく説明してやる」と制した。

 

 

「お前の身体はあらゆる『死』に対し、常に存在を失わぬように順応していくことができる。それは物理的な事象から、概念的なものまで幅広くだ」

 

 

不思議なことに、女神の声が耳に入るや否や、今の今まで混乱の渦にいた『彼』の精神は落ち着きを取り戻し、話を冷静に聞くことができた。

 

 

「物理的な死とは、外傷や心傷を含めた生命活動の終わりを意味するもの。それらから身を守るために発現したのが───」

 

 

 

「───『超人』……、か」

 

 

 

『彼』は唸るように呟くと、自身の手の平へ視線を移した。次いで手首から肘先、腰から足下へと、まるで自分の身体ではないかのように感じながら。

 

 

「他にも覚えがあるはずだ。異能によって起こされる、肉体、精神干渉への絶対耐性。停止した空間でも制限を受けず、身体に有害とされる瘴気や病すらも打ち消してしまう特異体質」

 

 

超人とは、その名の通り強靭な肉体を持つ人でしかない。あらゆる環境に順応し、目に見えぬ脅威から身を守るには、別の力が関わっているのでは、と薄々感じてはいた。

しかし、それは飽くまで『超人』という枠組みの中から派生した副次効果だとばかり思っていた。

 

 

「……実際は逆だった、ってわけか」

 

 

心が落ち着いているせいか、その事実を知っても尚、不思議と衝撃を受けることはなかった。

寧ろ、妙にしっくりときたような気さえする。

 

 

「何故俺だけが特別なんだ?」

 

 

聞きたいことが山程積もっていく中で、この質問を真っ先にしたのは、今自分が冷静に質問の優先順位を組み立てることができる精神状態だからだろう。

 

 

「お前だけではない」

 

 

だから、本来ならば目を見開いて驚愕するような返答にも、眉を顰めるだけで済んだ。

 

 

「『()()』には、その存続を脅かす不穏分子からそれぞれの世界を守る役割を秘密裏に与えられた者たちがいる」

 

 

女神が口にした最初の単語だけは聞いたこともない言語だった。

しかしそれが、先程彼女が言っていた『全ての世界』を意味する言葉だと唐突に理解することができた。

尤も、精神の安定化や今のような未知の言語理解が、自身の順応能力なのか、女神がもたらした奇跡的なものなのかはわからないが。

 

 

「不穏分子とは様々な形で現れる一種のバグのようなものだ。いつ、どんな時に出現するのかは予測ができない上に、対処が遅れれば『()()』の一つを失いかねない。だからと言って、数多の世界を管轄する我々がその度に出払っていたのでは手に余る」

 

 

そこで、と女神は『彼』を指し示すように視線を合わせた。

 

 

「……仮にそうだったとして、俺はお前からその事を聞かされてないはずだが?」

 

「秘密裏に、と言ったろ」

 

 

『彼』の突き詰めるような問いにも、特に悪びれた様子はない。

 

 

「不穏分子ってのは?」

 

「文明一つを飲み込まんとする異形の大群。死と絶望の権化。どちらも心当たりがあるはずだ」

 

「っ!」

 

 

『彼』は自身の心臓が大きく跳ね上がるような感覚に、顔を顰めた。

心当たりどころではない。

女神の言葉が耳に入った瞬間、つい昨日のことかのように、当時の惨状が思い起こされた。

 

 

「………なら、俺と奴らとの抗争は運命付けられたものだったと?」

 

「そうなるな」

 

「……っ」

 

 

その言葉を聞いて、『彼』は全てを悟ったように項垂れた。

自分と不穏分子が対立することが定められていたならば、その先々で起こった惨状は───。

周囲の者達を巻き込んでしまったのは───。

 

────── 全て。

 

 

「俺がいなければ───」

 

「お前がいなければ、何一つ救われることなく終わっていた」

 

 

自責の念にとらわれ、思わず口にしかけた言葉の続きへ、女神は凛とした声で滑り込んだ。

 

 

「!」

 

「お前と不穏分子との因果関係は密接だ。だが思い違いをするな。元々はお前の存在に関係なく、その日、その場所に不穏分子は発生するものなのだ」

 

 

女神は『彼』へ向ける視線をやや落として続ける。

 

 

「……お前の運命は、お前自身で選択しているようで其の実、いずれ発生するであろう不穏分子にも対処できるように()()によって書き換えられていた。二度目の人生、そしてその力を与えた瞬間からな」

 

「………」

 

 

女神の表情や言葉遣いに謝意の形はなく、そこにあるのは飽くまで情に近いものだった。

それはまるで、大いなる力の代償だ、と言わんばかりに。

 

 

「何故俺だった?」

 

 

『彼』はぽつりと呟いた。

 

 

「前世の俺は、そっちの手違いで死んだはずだったよな?それもお前達が仕組んだことだったのか?」

 

「いや……」

 

 

ここで初めて女神は言い淀んだ。

 

 

「……そうだな。私は嘘をついた」

 

 

『彼』の視線が上がる。

真っ直ぐに女神の瞳をとらえた。

その先を、強く促すような圧力を放ちながら。

 

 

「お前が死んだのは()()()()()。……そして、魂の器が空いたからと言って、誰彼構わずというわけにはいかない。魂の用量、素質…、その者を示す基準値が適正値に届かない者には、力を授けるどころか、そもそも転生という選択肢すら与えることはない」

 

 

女神は「この言葉に嘘偽りはない」、と示すように、視線を逸らすことなく、真っ直ぐに『彼』の瞳に見つめ返して、その事実を告白した。

 

だから『彼』は、たった一言口にする。

 

 

「そうか」

 

 

なら、それでいい。

 

前世の自分は、元々神の存在について無頓着ではあったが、特段疑っていたわけではなかったし、例えその存在を科学者が否定しようが、胡散臭い教徒から説かれようが、まあどちらの可能性もあるだろうと一人納得していたと思う。

どの道、当時の自分には神の存在を知る術などなかったのだ。

それならば、実現するかもわからない科学的な解明を待つよりも、いっそ神秘的ななにかで結論付けてしまった方が、悶々とした気分にはならないだろう。

 

だから真実はこうであったと、この女神が言うのであれば、それでいい。

仮に疑ったとしても、その真意を確かめる方法などないのだから。

 

 

「恨むか?お前の承諾を得ずに事を進めた我々を」

 

「いいや……」

 

 

『彼』は小さく首を振った。

この力を与えることの本当の意味を自分に伝えなかったのは、神々とやら(むこう)の事情だ。

それは力を与える上での制約だったのかも知れないし、もし初めから全部話して自分が拒みでもしたら、後々面倒だったのかも知れない。

 

しかし『彼』にとって、あまりにも今更な話だ。最初こそあまりにスケールの大きな話に驚きこそすれ、目の前の神を責める気にはならなかった。結果論になってしまうが、今までの自分の人生は、この力があってこそ、歩んでこられたのだから。

少なくとも、目の前の神が自分たちの都合のために人一人の人生を消し去るような外道でないのなら、それでいい。

 

 

 

「なあ、一ついいか?」

 

 

だがそれとは別に気になることはあった。

 

 

「?」

 

「さっきから我々がどうのと言ってるが、お前何者なんだ?散々世界がどうとかって言うくらいだ。龍神や神綺みたいな創造神なのか?」

 

 

転生前でも『神』としか名乗らず、この場で正体を明かす前は、魔界で決着をつけたはずの西行妖(じぶん)の姿をとっていたのだ。

気にならないはずがない。

 

 

「創造神、という意味では同じだな。しかしスケールが違う」

 

 

女神は『彼』の心を読んだ上で、そう話し始めた。

 

 

「龍神とやらは飽くまでお前の世界の創造神。私は、()()()()()()()()()()、複数の世界を管轄する神の一柱だ。そちらの世界の住人とは、お前を除いて面識などない」

 

 

本来はあってはならないものだ、と続け、次に自分の身体を指して言った。

 

 

「これも分身体だ。お前の転生と同時に忍ばせておいた」

 

「……アフターフォローってやつか?その割には随分と勿体ぶったな。別にもう少し早く出てきてくれても良かったんだぜ?」

 

 

『彼』が皮肉っぽくそう言うと、女神はくすりと笑みを溢す。

 

 

「確かに姿を見せたのはこれで()()()だが、もっと早い段階から手助けとしてお前へ干渉していたぞ?」

 

「は?」

 

 

思わず間の抜けた声を漏らす『彼』の反応を楽しむように、女神は自身の顔の前に手をかざす。

そして、まるで仮面を被るような動作で虚空を掻いた。

 

 

「お前は最初私のことを───《西行妖だと思っていただろ?》

 

「!?」

 

 

途端に声色が変化した。

声だけではない。銀色の長い髪は瞬く間に白髪へと変わり、『彼』と瓜二つの男が現れたのだ。

 

 

「………最初に聞いとくべきだったぜ。()()()は、西行妖が俺の力を取り込んで変異した姿のはずだもんな」

 

 

意図してか否か、『彼』の身体は迅速に臨戦態勢へと移行する。

だが対照的に、女神は小首を傾げると、一人納得したように手を打った。

 

 

《ああ、そうか。まずはそこから誤解があるのか》

 

 

女神はやれやれと肩をすくめると、今度は仮面を剥がすような動作で、自身の顔の前を手で払う。

瞬く間に長い銀髪へと変化し、再び元の姿に戻った彼女は、どう説明したものかと悩ましげに髪を掻き上げると、やがて口を開いた。

 

 

「お前は以前、魔界でもう一人の自分と戦ったことがあったな?今、私が見せた姿の男と」

 

 

『彼』は黙ったまま、こくりと頷いた。

 

 

 

「いいか?どれだけ強大凶悪な力を持っていようと、前提として西行妖は植物だ。生命力の吸収、根を巡らせ、物理的な攻撃ができたとしても、所詮は植物に毛が生えた程度のものだ。お前の力を吸い取り、自身の力として取り込んだところまでは、まあ、できるだろう。だが、精神世界でお前の姿をとって、果ては戦うことなどできるものか」

 

「っ……、だが、現に!」

 

「あの時、戦っていたのは私だ」

 

 

『彼』は唖然として息をのんだ。

 

 

「何言って…、だってあいつは、俺を殺そうとしたんだぞ!」

 

「死ぬ一歩手前まで追い込んだだけだ。順応を促すためにな」

 

 

平坦な声で女神は言う。

 

 

「結果、お前は西行妖(やつ)の力を取り込み、その大本である死の天使の能力(ちから)にも抗う身体を手に入れ、その戦場における悪辣な環境下での行動すらも可能になった」

 

「……!」

 

 

『彼』の中で、まるで点と点が繋がるような、しかしどこか薄気味悪い感覚が駆け巡っていく。死の天使の能力に対して耐性があるなんて誰に言われたわけでもなし。ただなんとなく大丈夫だろうと。確証なんてないはずなのに、どこか自信めいたものが自分の中にあった。

 

 

「お前は私が今になって現れた理由を問うたな?」

 

 

女神は思い出したようそう言うと、ゆったりとした動作で『彼』を指した。

 

 

「先程私は、お前が『()()』の理から外れた存在だと言ったが、そうであるためには一つ条件がある」

 

「条件?…なんだよ」

 

 

『彼』は眉を顰めて尋ねた。

 

 

「お前がその能力(ちから)()()()()()()()()()こと」

 

「………は?」

 

 

思わずでた声に怒気がのる。

もううんざりだった。先程からろくに整理もできていないのに、次から次へと予想だにしていなかった真実が明かされていく。

いい加減にしてくれと、怒鳴ってやろうかとも思ったが、そんな行動に意味はない。わかっている。

 

 

「使命として能力を扱う以上、それは意思あるものでなくてはならない。人だろうと妖怪だろうと、神であろうとだ。……しかし、その意思が少々厄介でな」

 

 

女神は一度言葉をきった。

 

 

「意思とは、その者を突き動かす強い原動力であり、同時に綻びにもなる。世界の守護者として、永遠に不穏分子を退け続ける運命に肉体は耐えられるだろう。だが心はどうだ?」

 

「……」

 

 

『彼』は押し黙ったまま答えない。

 

 

───なんとなく、彼女の言いたいことはわかった。

 

 

 

「時期や状況といった個人差はあれど、強靭な肉体とは対照的に、次第に心はすり減っていく」

 

 

そうだ。さっきまでの自分がそうだった。

まるで何百、何千年とこの場所を彷徨っていたかのように、どんよりとした感情が重くのしかかっていた。

 

 

「我々は、その時を任期として定め、能力を与えた者のもとへ訪れる。───意思を確認するためにな」

 

「……じゃあ」

 

 

緊張の面持ちで『彼』は呟く。

女神は凛としたその表情を崩さぬまま、一拍置いて言った。

 

 

「柊 隼斗。お前の人生の幕をここで閉じるか?」

 

 

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