すっかり日が落ちた夜の平原。
辺りに人の気配は無く、闇夜を照らすのは手持ちの小さな提灯のみ
「なあ、まだ行くのか?里から大分離れちまったぜ?」
「大丈夫だって。まだ見える所にあるし、いざとなったら走って逃げれば捕まんないよ」
夜の道を進む二人の少年は、軽い悪戯心から禁止されている里の外へと出て、最近噂になっている妖怪を一目見ようとしていた
「でもそろそろ戻んねーと親に怒られるぜ?」
「うーん、まあ確かに……」
人里の少年、タカシとヤスは飽くまでも親に怒られたくないからと言う自制心から、その歩みを止めた
「しょーがない、戻るか!」
「だな、結局妖怪なんて現れなかったし」
この時、二人は気付いていなかった
「俺たちの気迫にビビったんじゃねーか?」
「かもなー!」
ザザザザッ……
ーーー既に複数の気配から狙われている事に
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〜騒ぎが起こる少し前
藤原 妹紅は子供達を家に送り届け、風邪で寝込んでいる友人の慧音を訪ねていた
「……とまあ、こんな感じで案外順調みたい」
「そうか……隼斗さんと妹紅には迷惑を掛けてしまったな……すまない」
「気にすることないって。困った時はお互い様でしょ?」
「……ありがとう」
額に乗った濡れ手拭いを抑えながら、慧音は軽く頭を下げた
「どういたしまして。今日は私泊まっていくから、何かあったら言ってね」
「いやいや!そこまでして貰うわけには……ゴホッゴホッ……」
やや興奮気味なった慧音を、妹紅はやんわりと寝かせた
「ほら、病人は寝た寝た。安静って言われてるんでしょ?」
「……し、しかしだな」
コンコンッ
「ん?誰か来たみたい」
「こんな時間に?…隼斗さんかな?」
「私出てくるよ」
妹紅は寝室を出て玄関に向かい戸を開けると、どこか不安気な面持ちの二組の夫婦が立っていた
「どうかしたの?」
「あの、もしかしたら此方に……」
ーーー
闇夜の平原を、妹紅は飛び回っていた
「くそっ…!どこにいるんだ!?」
『寺子屋から帰ったはずの子供二人が行方不明』
先ほど訪ねてきた夫婦は、家に居るはずの息子の行方がわからないとして、教師である慧音を訪ねてきていた。
それを聞いた妹紅は直ぐさま飛び出し捜索に向かった。
人里内ならば問題無いが、里から一歩外に出れば安全など一切保障されない。それが夜ともなれば、ある種の妖怪が活性化する危険な時間帯となる
慧音には心配を掛けられない。
夫婦には里の中を探すように指示してある
更に速度を上げて突き進んでいくと、道端に小さく燃える破れた提灯が落ちているのを発見した
「これは………ッ!」
提灯を拾い上げたのも束の間。
ナニかの気配を察知した妹紅は、直ぐさま身構え辺りを見渡した
カサカサッ カサカサッ
それらはゆっくりと妹紅を囲むように近づいていた。
既に臨戦態勢を取っている妹紅は、掌に炎を灯す
(前にもこんな事あったな。確かあの時は茂みから勢いよく……)
そこで妹紅は思考を切った
「キシャアアア!!」
それは人の半身程ある巨大な蜘蛛だった。
毒々しい見た目のそれは、群れをなして妹紅を取り囲んでおり、その内の一匹が襲い掛かってきていた
「タイミングもバッチリだな」
掌に灯した炎を火球にして投擲。
飛びかかってきた蜘蛛は火達磨になりながら吹き飛んだ
「……こう言うの、デジャブって言うんだっけ?」
妹紅は涼し気な物腰のまま、今度は自身の周囲に炎を展開していき、やがて大きな火柱を作り上げる
「失せろ!!」
足を振り上げて地面を踏みつけると同時に、火柱は拡散。周囲に炎弾を撒き散らしながら的確に蜘蛛の群れを吹き飛ばした
「ってしまった……!タカシ達が近くにいたかもしれないのにやり過ぎたか…!?」
「……探し物はこれかえ?」
「!!」
声のした方へ勢いよく振り向く。
先まで気配を全く感じる事が出来なかった為か表情が強張っていた
「何をそんなに動揺しておる?人間」
闇から現れたのは、上半身は着物を纏った女の姿。しかし下半身は一丈を有に超える巨大な蜘蛛の姿をした『女郎蜘蛛』であった
傍には糸で拘束された子供が二人。
意識は無く、衰弱しているのかグッタリしている
「タカシ!ヤス!…ッ!!」
妹紅は激昂し駆け出した
だが頭は冷静に。
至近にいる二人に被害が及ばぬ様、範囲を最小限にとどめ、拳に炎を纏わせて直接攻撃を仕掛けた
「芸がないわ」
「なっ!?」
しかし妹紅の拳は届き切ることはなく、片足が何かで固定され、態勢を崩し転倒してしまう。急いで足元に目をやると、直径三分程の糸が絡まっていた。
糸の先には先程の巨大蜘蛛が茂みに身を潜めており、口から糸が伸びている
引き千切ろうと力を入れるが糸はビクともしない。
妹紅は脚から炎を噴射して糸を焼き切った
「くっ…!」
「ふふっ、随分活きの良い人間じゃな」
その様子をただ静観していた女郎蜘蛛は、滑稽だと嘲笑う
「テメェ……!」
「ふっ、下劣な言葉使い……所詮は下等な人間よのう」
「巫山戯るな!!二人を放せ!」
女郎蜘蛛はその言葉に応じるどころか、拘束している二人を下僕の蜘蛛に渡し下がらせた
「馬鹿を言うでない。此奴らは妾が捕獲した大事な食料じゃ。子を産むためには何かと養分が必要でな。悪いが一足先に巣へと持ち帰らせて貰うぞ?」
「……ッ!」
その言葉を聞いた妹紅の中で何かが音を立てて切れる。
…と同時に自身の身体から巨大な炎が巻き上がり、やがて炎の鳥を形成した
「……最終警告だ。二人を放せ」
この警告にも女郎蜘蛛は鼻で笑う事で返答した
「なら消し炭にしてやるよ…!!」
背後の炎の鳥が羽ばたき一気に女郎蜘蛛へと向かった
そして着弾。ゴオオッ!と激しく燃え上がり黒煙が上がる
「……」
妹紅は警戒しつつ子供達を連れて行った下っ端蜘蛛を追おうとした
「どこへ行く?」
「!?」
声のした方へ目を向けた妹紅は驚愕した。
黒く焼け焦げた塊の中から、まるで殻を破るように女郎蜘蛛が現れたからである
「馬鹿な…!そんな『繭』なんかで防いだって言うのか!?」
「……確かに繭ならば主の攻撃全てを止め切る間も無く焼却されていたかも知れぬな。しかし、その炎の動力源は主の霊力じゃ。それを『消して』しまえば勢いを無くしたただの炎。先程のように繭で止めることは可能と言うもの」
「霊力を消す……だと?」
「妾の糸には人の力、即ち霊力を奪い去る効力がある。つまり……」
女郎蜘蛛が指を何本か動かすと、それに合わせて糸が妹紅に巻き付いた
「主もこうしてしまえば唯の人じゃ」
「ぐぐっ…!」
妹紅は必死にもがくが、霊力を封じられ、肉体強化すら出来ない今の彼女には到底振り解けるものでは無かった
「くくっ、糸に掛かった獲物はいつ見ても滑稽よのう」
(くそっ…!完全に油断した……これなら師匠に声を掛けてから来るべきだった…!過信していたんだ……自分の力を。馬鹿だ、私は…!!)
「畜生ッッ……!」
今更悔やんでも仕方がないのはわかっていた
しかし悔やまずにはいられなかった
自分への怒りや悲しみ、様々な感情が混ざり、出た言葉がそれだった
「そう悔やむでない。すぐに主も妾の養分にしてやろう」
糸を手繰り寄せられ、ズルズルと引き摺られていく妹紅
「しかしこのままでは些か大き過ぎるな。少し削ろうか」
女郎蜘蛛は手元まで引き寄せた妹紅の首筋に牙を立てた
「ごめん……助けられなかった……!」
自然と悲痛な言葉が漏れた。これから自分が喰われる姿を想像しながら。不死である自分が再び蘇った頃には全て手遅れなのだと悟りながら
妹紅の頬を、一筋の涙が伝った
「妹紅、俺がお前に教えたのはそんな脆弱なモンだったか?」
その声に女郎蜘蛛は牙を止め、目を細めながら尋ねた
「!……何奴じゃ?」
「あ?先生だよ」
隼八は淡々答えた
ーーーその声色に静かな怒りを含ませながら
「……師匠」
力なく答える妹紅。
先程の子供達同様、糸が振れている間は霊力が消失していく為、力を入れる事が出来ない
そんな状態の彼女を視野に入れながら、隼八は続けた
「おい、二つに一つだ。大人しく妹紅と悪ガキ二人を返して無傷でウチに帰るか、俺にこの場でぶっ潰されるか………選べ」
「はっ!何を言うかと思えば……人間と言うのはどうも物分りが悪いとみえる」
女郎蜘蛛は口から一気に糸を射出すると、隼八の腕を絡め取った
「あっ……!」
「ふふっ……これで四匹目」
勝利を確信した女郎蜘蛛はニヤリと笑う
しかし隼八は黙って糸を見つめた後、それを片手で掴んだ
「無駄じゃ!その糸の前では人間は無力!まんまと捕まった時点で主は「……いいんだな?」はっ?」
「選択の答えは、後者でいいんだな?」
「……まだ言うか小童めが」
女郎蜘蛛は捕らえた獲物を引き寄せるべく糸を勢いよく引いた
「……………!?」
しかし隼八は引き寄せられるどころか、不動のまま。
糸が巻きついている腕すらも微動だにしていない
「何故じゃ!何故動かぬ!?人間が妖怪の力に敵うはずが……!」
「……そりゃ随分偏った見解だな」
今度は隼八が糸を掴む手に力を入れてゆっくりと引いた
「な、なにっ!?」
すると女郎蜘蛛が徐々に隼八の元へと引き寄せられた。
驚愕する女郎蜘蛛を他所に隼八はどんどん手繰り寄せていく
「どんな気分だ?自分が逆の立場になったのは」
八本の脚で踏ん張るも、ガリガリと地面に跡を残しながらそれすらも抵抗にならない
「ま、待て…!主は人の雄であろう!?雄ならば雌に尽くすべきじゃ!それが手を挙げるなどと…!!」
「心配すんな。戦闘中、俺は男女平等だからよ」
そう言って固く拳を握りしめた。
そして手繰る手を止め、ここぞとばかりに勢い良く引いた。
女郎蜘蛛は地から脚が離れ、一気に引き寄せられる
「ひっ…!」
ゴオォォォンッ!!
隼八の拳は女郎蜘蛛の顔の直ぐ横の地面に突き刺さった
「……これが最後だ。三人を解放するか、今のを頭に喰らいてェか。……選べ」
拳を突き刺したまま、その言葉に殺気を乗せ、隼八はそう告げた
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「「父ちゃぁぁぁん!!母ちゃぁぁぁん!!」」
「この馬鹿息子が!!皆様にこんなに心配かけて!!」
「あれ程行くなと言っておいただろ!心配かけさせるんじゃないよこのバカタレ!!」
ゴチンッ ゴチンッ
「「あ痛ぇーー!?」」
二人の子供に拳骨が落とされる様子を、少し離れた所で見守る隼八と妹紅。
鉄拳制裁を見て笑っている隼八に対し、妹紅はどこかどんよりとしている
「何を落ち込んでんだ?」
「………何でもない」
そう言って立ち去ろうとする妹紅の頭に、ポンっと手を乗せる隼八
「今の俺は先生だ。教え子の悩みくらいいくらでも聞いてやるよ」
「……」
妹紅は俯いたまま肩を震わせ、拳を固く握り込んだまま答えた
「………………う゛ん゛」
ーーー
「うーし、お前ら席つけー。朝の出席とるぞー」
教室の戸が開き、ややテンション低めの教師が、出席簿片手に現れた
「柚花」
「はい」
「健二」
「はーい」
「……タカシ」
「はあぁぁぁい!!」
寺子屋の外にまで響く声量で返事をするタカシ。周りの生徒は何事かと耳を抑えながら注目した
「へっへーん!どうだー?これなら文句ないだろー」
「次、ヤス」
「スルー!?」
「ぷっ…!……はい」
オマエ ナニ ワラッテンダヨー!!
ナンダヨ キノウ ナイテタクセニ
オマエモ ナイテタダロー!
「おら、うるせーぞ馬鹿二人」
翌日風邪を治した慧音が復帰。
当然先日の事件は彼女の耳に入っており、タカシとヤスの二人は重い頭突きを喰らったという
「そう言えば師匠。隼八ってなに?」
「教師になる上での心意気だ」
「?」
因みに隼八の砕けた授業スタイルは割と好評で、また風邪を引いてくれなどと頼んだ数人の生徒にも、同じく頭突きが炸裂した
隼斗 教師編は今回が最後になります。
これからも本編の合間にチョクチョクこんな感じのを入れるかも知れませんので、良ければご覧下さい
では次回の投稿日に!