輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった― 作:あすらりえる
冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、熱気が津波のように押し寄せた。
広いホールを埋め尽くすのは、酒と汗、そして微かな薬草の匂い。屈強な戦士たちが武勇伝を語り合い、魔術師が静かに魔導書のページをめくる。
喧騒の中に混じる野太い笑い声。死線と隣り合わせで生きる者たち特有の雰囲気だった。
(ここが、俺の新しい一歩を踏み出す場所だ)
海里は緊張に高鳴る鼓動を抑え、ギルドのカウンターへと歩いていった。
カウンターに座る中年男性は、褐色の肌に走る幾多の傷跡が、彼の歩んできた修羅場を無言で物語っていた。
「すいません、冒険者の登録をお願いしたいのですが」
「……ほう。見ない顔だな。最近王都に来た旅人ってところか?」
マーカスと名乗った男は、海里を値踏みするようにじろじろと眺めながら、簡潔にギルドのルールを説明し始めた。
彼の何気ない動作一つをとっても、長年武器を握り続けてきた者特有の雰囲気が伝わってくる。カウンターの奥に置かれた戦鎚を見れば、彼が前線に立てば、並の魔物など一撃で粉砕するだろうことが理解できた。
(……この人、強そうだな。なんで受付をやってるんだ?)
その威圧感に密かに息を呑んでいると、マーカスは野太い声で続ける。
「俺が何で受付をしてるか気になるようだが、それは怪我で冒険者を半ば引退してるからだ」
海里の視線から疑問を察したのか、マーカスは苦笑混じりに答え、説明に戻った。
「名前は海里か。いいか、新参にはまず慣れと信用が必要だ。今、手頃なゴブリン討伐の依頼がある。まずはこれをこなして、お前の実力を見せてみな」
海里は、彼に差し出された羊皮紙の依頼書を受け取った。 自身の実力で生活する冒険者たちの掟を垣間見た気がした。
そのまま、依頼書の内容を確認していると、明るく元気な声がかけられた。
「よっ!ゴブリンの討伐か! 人手が必要なら、俺も手伝おうか?」
快活な声で話しかけてきたのは、レンと名乗る青年だった。
その隣には、金髪をカチューシャで留めたリズと名乗る少女が立っていた。
彼女は手元の木製グラスを傾け、強い酒を一息に飲み干した。その佇まいからは想像もつかない堂に入った飲みっぷりだった。
「あなた、不思議な雰囲気ね。……妙に落ち着いているし」
リズは悪戯っぽく微笑み、空になったグラスを振りながら、海里に視線を向ける。
「あなたがこのグラスを満たしてくれるなら、情報網の私が色々と教えてあげるわよ? 王都の裏まで、何でも知っているんだから」
その言葉に、それまで静かに様子を見ていたレンが、慌てた様子で二人の間に割って入ってきた。
「おい、頼むからやめろリズ。 冒険者希望の新人に、いきなり酒を奢らせようとするな。悪い、リズはいつもこんな調子だから気にしなくていいぞ」
レンの真面目な謝罪に、リズは肩をすくめて見せた。
「冗談だってば、レン。……まぁ、酒については、私が言うと冗談に聞こえないのは分かってるけどね」
リズは、おかしそうに笑っていて、海里は二人のテンポの良い掛け合いに笑みを浮かべた。レンの気遣いに感謝しつつ、今の状況を伝えた。
「ありがとう、レン。実はゴブリン討伐なら王都へ来る途中で経験済みなんだ。……それとリズ、もし情報が必要になったら、その時は頼らせてもらうよ。よろしく」
「なんだ、もうゴブリン倒してたのか! やるじゃねぇか!」
海里の言葉を受付のマーカスが聞いていて、彼はその強面をニヤリと歪めた。
「すごいな、海里! 登録する前からゴブリンを倒しちまうなんて……」
レンが感嘆の声を上げた。対する海里は、困ったような苦笑いを浮かべるしかなかった。
(俺はただ、必死に剣を振っただけなんだけどな……)
自分には強いという自覚はない。 それなのに、なぜ彼らは、自分に対して関心を寄せるのか。その理由が海里にはピンとこなかった。
ふと、海里の脳裏に、数日間世話になったアルベールの疲れ切った顔が浮かんだ。
「そういえば、薬草の採取依頼はありますか? お世話になったアルベール先生が、素材の調達に困っているようだったので……」
「おぉ、もう先生と知り合いか。あの人には、俺らも世話になってるからな」
マーカスはにやりと口角を上げた。海里の義理堅さが気に入ったらしい。
「あるぞ、本人からの依頼がな。ゴブリン討伐のついでに受けていくか?」
「はい、お願いします」
新たに渡された羊皮紙を手に、海里はギルドの扉を再び開き、外へと踏み出す。
海里の、この世界での生活が始まった。