輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第1話:輪廻の始まり

 海里が意識を取り戻すと、最初に感じたのは手首に食い込む荒縄の痛みだった。

 

 そこは冷たい石造りの倉庫の中で、海里の身体は後ろ手に荒縄で雁字搦めにされ、猿轡代わりに布が口に押し込まれている。冷たい土壁に背中を預けながら、海里は改めて、バルドたち村人の裏切りを実感していた。

 

 彼らが、最初から自分を金になる商品としか見ていなかったという事実に、激しい怒りを覚えた。

 

(このまま大人しく売られてたまるか……! どんな目に遭うか分からない、教団に売られるなんて、絶対に嫌だ……!)

 

 その後の運命を想像するだけで、身の毛がよだつ。倉庫の隙間から差し込むわずかな光を眺めているうちに、一年前の忌まわしい記憶が蘇る。

 

 鏡花の身体から流れた血の温かさ、守れなかった自分の無力さ。

 

(今の状況は、俺への罰なのか?)

 

 いや、違う。こんな場所で囚われるために、異世界に来たわけじゃないはずだ。

 

 海里は暗闇の中で歯を食いしばり、数日前――この世界で目を覚ました瞬間のことを思い返していた。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 ――数日前

 

 

(……っ!)

 

 海里は、ゆっくりと瞼を持ち上げた。鼻を突くのは土と草の匂い。視界に広がったのは薄暗い森で、彼は固い地面の上に横たわっていた。

 

(どこだ、ここ……?)

 

 ゆっくりと身体を起こそうとして、身体に痛みはないことに驚く。服は事故に遭った時と同じで、泥や草の汚れが少々ついているだけ。傷の痕跡はどこにも見当たらなかった。

 

(……死んでいない、のか?)

 

 理解が追いつかない。意識が落ちていく寸前、彼が心から願ったのは、ただ一つ。

 

 

『鏡花にもう一度会いたい』

 

 

 という願いだけだった。それを願った彼女の形見のペンダントだけは何故か懐にあった。

 

「それを願ったから、こんな状況になったっていうのか……?」

 

 馬鹿げた考えが頭をよぎるが、いつまでも立ち止まってはいられない。海里はわずかな光が差し込む方向へと歩き始めた。

 

 それから、海里は森の中を歩き続けた。

 

 その時、草むらの奥からガサガサと不自然な物音が聞こえてきた。反射的に身を隠すと、現れたのは体長一メートル程度の緑色の化け物たちだった。木製の棍棒を握り、醜悪な相貌で殺気を放っている。

 

(なんだ、……あの化け物……?)

 

 化け物たちが去った後、海里は激しい冷や汗を流した。ここが冗談や夢ではないことを突きつけられたからだ。

 

 さらに歩くと、街道の先に小さな村が見えてきた。化け物が徘徊する森よりは安全と考え、海里は村へと向かった。

 

 村の入り口では、三人の村人が立ち話をしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そこの若者。変わった服を着ているが、一体どこから来たんじゃ?」

 

 禿頭の老人、エルドリックが歩み寄ってくる。海里が「森で迷った」と曖昧に答えると、隣にいた粗野な男、バルドが鼻で笑った。

 

「森で迷った? その服装と丸腰で? 怪しいにもほどがあるだろ、兄ちゃん。……身を守る魔法の一つも使えないのか?」

 

(魔法……?)

 

 言葉の意味が分からず、海里は咄嗟に答えられなかった。

 

 バルドの不躾な視線が、海里の黒い髪や服の生地にねっとりと張り付く。言葉に詰まる海里を、エルドリックが「混乱しておるんじゃろう」と宥め、温かい食事を提案してくれた。

 

「お兄さん、とりあえず休んで! 落ち着いたら、畑仕事を手伝ってくれると嬉しいかな。私はリーファ。ねぇ、お兄さんのお名前は?」

 

 桃色の髪の少女、リーファの屈託のない笑顔を見て、海里は名乗ることにした。

 

「俺の名前は海里です」

 

 この場所が何処かも分からず、森には化け物もいる。その中で人里にたどり着いたことで海里の警戒心は緩んでいった。

 

 

 □■□■□■□

 

 それから数日、海里は村で畑作業に汗を流した。土地は痩せ、作物はまばらだったが、隣で黙々と雑草を抜くリーファの姿を見ると手が止まらなかった。

 

「海里さん、あんまり無理しないで? ほら、お水」

 

 リーファが差し出した水筒。泥で汚れた彼女の指先を見て、海里は思う。

 

「……俺は、ここで役に立てるなら、それでいい」

 

「もう十分すぎるくらいよ。……来てくれて、よかった」

 

 あの日以来、消えることのなかった血の臭いを、土に触れ、汗を流している間だけは忘れられた。魔法も、この世界の常識も、何一つ分からないまま。それでも、ここなら静かに生きていけるかもしれない。そんな期待を抱いていた。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 だが、その期待は残酷に打ち砕かれた。

 

 ある日の夜、エルドリックの家で夕食を済ませた後、バルドが冷酷な言葉を突きつけてきた。

 

「いつだったか聞いたことがある。黒髪黒目の迷い人の話を。なぁ、海里。お前、転生者って奴だろ?ゴブリンも魔法も知らないなんて、あり得ねえんだよ」

 

(魔法?転生者?)

 

 凍りつく海里をよそに、バルドは下卑た笑みを浮かべる。

 

「バルド、得体の知れぬ転生者を捕まえるなんて、恐ろしいことじゃぞ……本当にやるんじゃな?」

 

「いいんだよ、爺さん。俺たちがひもじい生活してんのは宰相のせいだ。だが、輪廻教団になら高く売れるだろうさ。丁度、教団のお偉いさんが王都に来てるらしいし、転生者に興味を持たないはずがねぇ。……海里、お前には村の生活の足しになってもらうぜ。リーファには、海里は旅立ったとでも言っておけばいい」

 

「……待ってくれ。俺を売るって、何を――」

 

 反論しようとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。身体から急速に力が抜け、床に倒れ込む。

 

「眠り薬は効くんだな。海里。恨むなら、この大陸に転生したことか、税をふっかける王都の宰相を恨んでくれや」

 

(……っ、最初から、逃がさないつもりだったのか)

 

 薄れゆく意識の端で、外に複数の気配が潜んでいることに気づいた。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 ――そして、今に至る。

 

 海里は暗い倉庫の中で、縄に軋む手首の痛みを感じながら、強く目を閉じた。

 

 ふと、胸ポケットに忍ばせていたペンダントが、微かに熱を帯びていることに気づく。事故に遭い死を間近に感じた時と同じ、鏡花の形見が放つ微かな温もり。

 

(……俺は、こんなところで終わるつもりはない)

 

 絶望の淵で、海里は静かに、しかし強く拳を握りしめた。

 

 

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