輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第25話:決戦前の作戦共有

 海里たちが言葉を交わしていると、不意に応接間の扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 代表してジュノアが答えると、扉の向こうから穏やかな声が響いた。

 

「失礼するよ」

 

 その声が聞こえた瞬間、室内の空気が一変した。隣にいたジュノアとラルフの肩が、目に見えて緊張した。 開かれた扉から入ってきたのは、一見すると派手さはない長身の男だった。

 

 

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 純白の制服に身を包んだその姿は、弟のルクスを思わせる中性的でありながら、幾多の死線を潜り抜けた者だけが持つ力強さに満ちている。 リグリア王国最強騎士の一角、『雷針』の異名を持つ白銀騎士団長ゼファー。 彼が室内を見渡す瞳はあくまで穏やかだったが、海里はその視線が自分を通過する際、思わず息を呑んだ。

 

 沈黙を破り、弾かれたように頭を下げたのはラルフだった。

 

「ゼファーさん……! すみません、俺と海里の決闘を見てたんですよね。俺、あんな……ジュノアを煽るために、ルクスの死を汚すような真似を……」

 

 頭を下げるラルフに、ゼファーは咎めるでもなく数歩歩み寄ると、掌をラルフの肩にそっと置いた。

 

「ラルフ、君に悪意がないことくらい知っている。物言いは尖っているが、君が誰よりもルクスを認め、友として思っていたこともね。……兄として、その心根を嬉しく思うよ」

 

「……っ、ありがとうございます」

 

 ゼファーの声はどこまでも穏やかで、彼は次に、不安げに自分を見つめるジュノアへと視線を転じた。

 

「ゼファーさん、戻られていたんですね。……あの、ルクスのことは、本当に……」

 

「……ジュノア。騎士団を空けていてすまなかった。各地の巡回が重なり、戻るのが遅れてしまったよ。不在の間の出来事は、君の報告書ですべて目を通した。ルクスの最期のこともね。弟と親しくしてくれた君に、随分と負担を押し付けてしまった」

 

「そんな、私以上に……ゼファーさんこそ。ルクスは、あなたのたった一人の……」

 

 ジュノアが言葉を詰まらせると、ゼファーはわずかに目を伏せ、小さく首を振った。

 

「今はまだ問題が山積みだ。……弟を偲び、悲しむのは、それらがすべて片付いてからにするさ」

 

 悲しみを忘れているわけではない。その強すぎる自制心に、海里は尊敬の念を抱いた。 やがてゼファーは海里の方へ向き直り、真っ直ぐにその目を見つめた。

 

「君が海里だね。初めまして。白銀騎士団団長のゼファーだ」

 

「初めまして、冒険者の海里です。……よろしくお願いします」

 

 差し出された手。海里がその手を握ると確かな温もりが伝わってきた。握手をしている間、ゼファーはじっと海里を観察していた。

 

「誠実な瞳だね、君は。練兵場での激しい戦いぶりとは、随分と印象が異なる」

 

「うっ……」「……面目ねぇです」

 

 決闘時の勇猛さはどこへやら、子供のように同時に項垂れる二人を、ジュノアが同情と呆れの混じった眼差しで見つめていた。ゼファーはそんな彼らを見て、わずかに口角を上げた。

 

「上空から見させてもらったが、実に見事な戦いだったよ」

 

(上から見てた……? この人は、空を飛ぶ手段でも持っているのか?)

 

 海里の疑問を他所に、ゼファーは淡々と続けた。

 

「そのまま戦い続けるようなら止めるつもりだったが、杞憂だったね。合同作戦を前に、主力である君たちを欠くわけにはいかない。アルベール先生を呼んだのは、一刻も早く君たちに万全に戻ってほしかったからだ」

 

 そこでゼファーは一度言葉を切り、海里の目を深く見据えた。

 

「海里。ラルフの頑なだった心を解き、彼を救ってくれてありがとう。兄として、そして騎士団長として、君に礼を言わせてほしい」

 

「そんなつもりではなかったんですが……」

 

 海里が口ごもる中、ゼファーは穏やかに笑っていた。

 

 

「個人的にはもっと君と歓談したいところだが……今は作戦について話しておこう」

 

 ゼファーはそう言って、応接間のテーブルに丸めて持っていた地図を広げた。応接室の空気が、一瞬にして作戦会議のそれに塗り替えられる。

 

「作戦時の配置だが、ジュノアとラルフ。君たち二人には、イザベラと呼ばれた赤髪の女を相手取ってもらう」

 

「イザベラ……」

 

 海里から聞いた名をジュノアが反芻し、ゼファーは地図の一点を指先で叩きながら、情報の詳細を告げる。

 

「以前、軽犯罪で騎士団に捕まった際の記録が照合できた。アリーナポリス出身らしく、彼女が賊の副長だと睨んでいる」

 

「わざわざリグリアで賊に身を落としているなんて……」

 

「その理由までは定かではないが、彼女は脅威となるだろう。……可能であれば捕縛してほしいが、それは必須ではない。状況が許さなければ、その場で始末することも厭わない」

 

 ゼファーの淡々とした言葉に、海里は背筋が寒くなるのを覚えた。 捕縛できなければ、始末する。これまで穏やかな言葉を語っていたのと同じ口で、彼は騎士団長としての冷徹な合理性を口にしている。あらためて、この世界の生と死の距離の近さを、それが誰であっても例外はない。海里はそう痛感せざるを得なかった。

 

「次に海里。君を含む冒険者ギルドの面々には、一度交戦している双子の相手を頼みたい。逃亡を手助けしたイザベラをジュノアたちが抑えれば、今度は逃げ場を失うはずだ」

 

「分かりました。……今度は逃がしません」

 

 海里の返答を聞き、ゼファーは満足そうに頷いた。

 

「となると、ゼファーさんは……」

 

 ジュノアが問いかけると、ゼファーは視線を上げ、応接室の窓の向こう……賊が潜むであろう森の方向へ目を向けた。

 

「私は全体の指揮を執りつつ、首魁のディランを抑える。元騎士である彼は並の騎士では対応しきれないうえに、彼には生け捕りにすべき理由がある。……その他の団員は、アジトに集まっている賊と、傀儡の魔物たちの掃討を担当してもらう。大枠は以上だ」

 

 ディランを生け捕りにしたいという言葉に、彼なりの思惑が含まれているようにも聞こえた。

 

「「了解しました!」」 「……はい」

 

 騎士として迷いなく従うジュノアとラルフ。そして、一拍遅れて覚悟を決めたように応える海里。それぞれの立場は異なれど、三人の意識は目前に迫る決戦へと向けられていた。

 

「配置については以上だ。……あとは注意喚起をしておきたい」

 

 ゼファーの声音がふと低くなった。

 

「作戦とは別に、何か懸念事項が?」

 

 ジュノアの問いに、ゼファーは頷き、手元の資料を一枚めくった。

 

「ああ。ルクスの命を奪う要因となったサメ頭の異形の魔物。ジュノア、君の報告書を見て、その特徴からルカンと呼称することにした」

 

「ルカン……」

 

 海里は、あの日目にしたおぞましい魔物の姿を思い出し、因縁の魔物につけられた名前を反芻した。

 

(ゼファーさんにとって、あの魔物は弟の命を奪った存在だ。それでも感情を挟まず、報告書から名前をつける……。この人は、悲しみをそういう形で飲み込むのか)

 

 ぎりっと歯噛みしながら、海里はその名を胸に刻んだ。

 

「海里……」

 

 そんな海里の様子をジュノアが物憂げな瞳で見つめていたが、ゼファーの話はまだ終わらない。

 

「現状、ルカンの目撃は限定されているが、いつ何処で遭遇するか分からない。生け捕りを要望する声も上がっているが……」

 

「群れで行動し、神出鬼没なルカンを捕らえるのは危険が大きすぎます」

 

 ジュノアが冷静に指摘すると、ゼファーは同意するように薄く笑みを浮かべた。

 

「同感だ。生け捕りを考えて命を落とされては困る。もし遭遇した場合は、氷漬けにして持ち帰る。そのための適任者はいるしね」

 

「適任……。ああ、シルフィアさんですか?」

 

 ジュノアがすぐに見当をつけると、ゼファーは短く頷いた。

 

「そうだ。本来、部外者の彼女を私たちの都合に巻き込むのは筋違いだが……彼女自身が普段から協力的だからね。今回はあくまで不測の事態に備え、後方で待機してもらう予定だ」

 

 知らない名前に海里が戸惑いを見せると、意識の底でルクスの記憶がかすかに波立った。 シルフィア。白銀騎士団の所属ではないが、個人的な縁からゼファーに力を貸している氷魔法の使い手。 その情報を脳内で整理しようとした海里だったが、ゼファーが放った次の言葉が、彼の思考を完全に停止させた。

 

「……それともう一点。教団に潰されたロルカ村の件は、異形の魔物ルカンの仕業ということで決着させることになった」

 

 ゼファーが放った言葉に、海里は思わず声を荒らげた。

 

「どうしてですか!? あの村の惨状は魔物の仕業じゃないことくらい分かるはずです!」

 

 赤く染まった土の匂いに、吹き飛ばされた家屋と、切り刻まれた村人たちの遺体。唯一生き残った瀕死のリーファの姿。それを魔物の仕業として、嘘で塗り固められようとしている事実に海里は憤りを抑えられなかった。

 

 海里同様に現地を訪れているジュノアもまた到底納得はできず、その真意をゼファーに尋ねる。

 

「……それは、もしかしてイディウス宰相の差し金なんですか?」

 

(リズが言っていた国王を傀儡にしている男……。騎士団にとっても油断ならない男なのか……)

 

「正確にはイディウス宰相と……輪廻教団の七元徳だ。この両者の間で何らかの取引があったようだ」

 

 ゼファーは海里とジュノアの言葉を真っ向から受け止めながら、その瞳にはどこか憂いがあった。

 

「納得できないことは理解しているが、今は賊の討伐に全力を注ぐべきだ。だが、我々が対峙しているのは森に潜む賊だけではない。他にも注意を向けねばならないことを覚えておいてくれ。……以上だ。期待しているよ、三人とも」

 

 ゼファーはそう言い残すと応接間の扉へと歩み出した。 その背中にジュノアが弾かれたように声を上げる。

 

「あ、そうだ……。ゼファーさん! 別件で、一つ確認したいことが」

 

「何だい、ジュノア?」

 

 ゼファーが足を止め振り返る。ジュノアは海里とラルフを一瞥したが、

 

「外で話させてください」

 

 と、告げた。

 

 二人の足音が廊下に消えて、扉が静かに閉まり、その数分後、ジュノアは戻ってきた。彼女は海里と目が合うと、無理に作ったような微笑を浮かべた。

 

 応接間に残されたのが元の三人に戻ると、ラルフが座っていた椅子から腰を上げた。

 

「……俺は、ひとまず目の前のことに集中する。宰相だの教団だのが胡散臭いのは今に始まったことじゃねぇ。考えすぎても足元を掬われるだけだ。じゃあな、作戦当日は遅れるんじゃねぇぞ」

 

 ぶっきらぼうにそう言い残し、ラルフは応接間を後にした。

 

 海里とジュノアも連れ立って騎士団本部を後にし、街へと歩き出す。建物の隙間から差し込む夕暮れの陽光が、長く伸びた二人の影を石畳に焼き付けていた。

 

「海里。作戦が始まったら、あなたの動きには私も期待しているわ。無茶はしてほしくないけれど、今のあなたは注目の的なんだから」

 

 ジュノアはいたずらっぽく、くすりと笑みを浮かべた。

 

「注目されてる?……何の話だ?」

 

 海里には心当たりがなく、ジュノアは楽しそうに指を折って数え上げた。

 

「ラルフとの決闘はもちろん、新人の身で魔物を操る賊を退けた冒険者。……それに、図書館で文献に頭を唸らせ、連れの小柄な少女を長時間放置していた男の話とかね」

 

「待ってくれ、後半の出所はどこだ!? 調べものに没頭していたのを、騎士団にまで見られていたのか?」

 

「そうよ。図書館は騎士団員だって利用するもの。あなたの噂は、もう白銀騎士団のあちこちにまで届いているわ」

 

 海里は、自分が望まない形で知名度が独り歩きしている事実に落ち着かない気分になった。

 

「なんてことだ……」

 

 溜息をついた海里は、もう一つ、出発前に果たしておくべきことを思い出した。宿の近くまで差し掛かったところで、ジュノアに少し待ってもらい、麻袋を手にもって戻り、それをジュノアへと手渡した。

 

「ジュノア、これを返しておくよ」

 

「なぁにこれ……。何だか重いわね」

 

「君に借りていたお金だ。おかげで本当に助かったんだ」

 

 ジュノアは怪訝そうに袋を覗き込んだが、すぐに驚きに目を見開いた。

 

「返さなくていいって言ったのに……。それにこれ、増えてないかしら?」

 

 海里はふっと視線を逸らし、口角を上げた。

 

「これでも、ちゃんと働いているからな。利子だと思って受け取ってくれ」

 

「ふふ、本当に律儀な人。ただ返すだけじゃなくて、色をつけてくるなんてね」

 

 

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 ジュノアは微笑むと、空いた方の手で、海里の手をそっと包み込んだ。

 

「海里。次の作戦はゼファーさんも参戦するけれど、大きな戦いになるわ。……だけど、無茶はしないで。お願いよ」

 

 彼女の掌から伝わる震え。そこにはルクスを失った悲嘆の影と、同様の傷を持つ海里を決して失いたくないという切実な願いが込められていた。

 

「ああ、分かっている。ルクスに託されたこの命、無駄にはしない。……ジュノアもだからな」

 

 海里がそっと握り返すと、ジュノアの瞳に一瞬、翳りが差した。彼女は何かを躊躇うように唇を震わせ、海里を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「……ええ。ねぇ海里。一つだけ、聞きたいことがあるのだけれど」

 

 その表情は、真剣だが、どこか躊躇っているようにも見えた。

 

「何だ?」

 

 海里が問い返すと、彼女は何かを飲み込むようにして視線を逸らした。

 

「……いいえ、ごめんなさい。やっぱり、今はやめておくわ。……この作戦が無事に終わってから、改めて聞かせてほしいことがあるの」

 

 ジュノアはそう言うと、繋いでいた手を静かに離した。

 

「……分かった。約束だ、その時に聞くよ」

 

 海里は、彼女の歯切れの悪さに言いようのない不安を覚えたが、決戦を前に彼女があえて口を閉ざしたという判断を尊重することにした。

 

「ええ……」

 

 夕暮れが二人の間に落ち、胸の奥に問いを秘めたまま、ジュノアは小さく頷いて踵を返す。

 

 海里の掌にはまだ彼女の温もりの余韻が微かに残っている。ジュノアの瞳の奥で揺れていた問いを振り払うように、必ず無事に戻るという決意を、去っていくジュノアの背中に誓った。

 

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