輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第27話:魔物の鯨波

 ディランとイザベラの策が成功し、外界と遮断された土壁の中で討伐隊も賊たちでさえ混乱の渦中にあった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁぁ」

 

 その中でイザベラは荒い息を吐き続けていた。全身の魔力を一度に、しかも全力で解き放つという、彼女にとっても過酷な初手を実行し、その代償として、彼女の顔には魔力欠乏による疲労の色が濃く浮かび上がっていた。

 

 そんなイザベラに、賊の首魁ディランは次の指示を飛ばす。

 

「初手は上々だ、イザベラ。魔力薬を飲んで暫く休んでろ。お前には戦闘でも気張ってもらう必要があるからなぁ」

 

 ディランは懐から魔力回復の薬を取り出すと、疲弊したイザベラへと放り投げた。彼女は魔力欠乏に震える手でそれを辛うじて受け取り、薬液をゆっくりと飲み干す。

 

「……悪いね、ディラン」

 

「あとは薬が回るまで大人しく休んでろ」

 

 しかし、討伐隊の指揮官ゼファーはその隙を待ってはいない。

 

「ジュノア! ラルフ! 事前に話した通り、イザベラの相手を頼む。彼女を戦線に戻させるな!」

 

「「はい!」」

 

 号令が飛び、異常な状況を作り出したイザベラの魔術と、退路を断つディランの策を前に、ジュノアは素早く戦場を眺めた。

 

「まさか、私たちだけでなく味方まで閉じ込めるなんて……。厄介な大先輩ね」

 

 対照的に、その隣を駆けるラルフの口元には、好戦的な笑みが浮かんでいた。決闘を経て迷いを捨てた彼は、今、純粋な戦士としての昂揚の中にいた。

 

「へっ、余計な心配をせずに目の前の敵をぶっ倒せそうで良いじゃねぇか。逃げ場がないなら全力でやるだけだ!」

 

「ええ……私たちの目標のイザベラは大規模な魔法を使った直後で消耗しているわ。ここで時間をかければ、すぐに手強い敵として復活してくる。その前に抑え込みましょう!」

 

「おぅ、分かってるさ。イザベラを抑えるついでに、まずは周りの邪魔な賊どもを片付けてやる!」

 

 二人が標的を捉えて加速しようとした瞬間、ディランが短く口笛を吹いた。

 

「おーおー、狙ってきてるなぁ。だが、こっちもイザベラをやらせるわけにはいかねぇんだよ。……行けっ!」

 

 アジトの奥から現れた一体のオーガが、主人の命に従い、身を屈めてイザベラを丁寧に抱え上げた。そのまま巨体を揺らして後方へと下がり、ジュノアとラルフから距離を取っていく。

 

「待ちやがれ!」

 

 ラルフの叫びが響くが、ディランは周囲の賊へと指示を飛ばした。

 

「イザベラを追った騎士二人を始末しろ! 護衛を厚くして回復するまで指一本触れさせるな!!」

 

 その命令が火蓋となり、数多の賊たちが殺気を膨らませてジュノアとラルフの進路を塞ぐ。二人の視線は、立ちはだかる賊たちへと据えられた。

 

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 

 

 戦いの先端が開かれる中、自分たちをも閉じ込める檻を作り上げたディランに対して、ゼファーが感嘆とも呆れともつかぬ声を漏らした。

 

「待ち伏せは予想していましたが、これはすごいですね。大規模な土魔法でアジト自体を覆うとは……。ディラン殿、あなたのほうこそ張り切っていますね」

 

 ゼファーの言葉に、ディランは不敵な笑みを浮かべて返す。

 

「はっ!『雷針』が来るって分かってる時点で、無策でいられるわけが無いだろうが!」

 

 ディランがあざ笑う様子を見せる中、ディランの近くにいた賊の一人が、血相を変えて叫んだ。

 

「お頭ぁ、逃げられない!この壁、びくともしねぇ!」「な、何なんです、これはぁ?」

 

 未だ閉じ込められた混乱から立ち直れない賊たちも存在した。パニックになりかける賊たちをディランが一喝する。

 

「黙りやがれ!!さっき『雷針』にやられた奴らは見てただろう!逃げようとしたって逃げられねぇんだ!」

 

 ディランは荒々しくも状況を簡潔に賊たちに伝達する。

 

「だったら、敵がいなくなるまでやり合うしかねぇんだ!この檻の中にいるのは、てめぇらだけじゃねぇ!俺たちが逃げられないように、相手もこの中からは逃げられねぇんだ!死にたくねぇなら敵を殺せ!」

 

「う!うおおおおおおお!!!!」

 

 パニックになりかけていた賊たちだったが、ディランの言葉通り、逃げても無駄なことは理解していたようだ。もはや、戦う以外に道は残されていない。

 

 ディランの檄を受けて、賊たちの目つきが変わり、殺気を膨らませて武器を構え始めた。

 

 賊たちの殺意が膨れ上がっていく中で海里が周囲を見渡して怪訝な声で呟く。

 

「レン、リズ。あいつら、双子の姿が見当たらないぞ」

 

「さっきから周りを見てたけど、確かにいねえんだよな……」

 

「あの双子がこの場にいないわけがないんだけど……」

 

 海里たちが双子の姿を探して疑問を呈する中で、ディランの声が再び響き渡る。そして、海里たちの求める答えが得られた。

 

「リリィ!ロロ!次だ、始めろ!」

 

「「うん!!分かったディランパパ!!」」

 

 ディランの叫びに呼応するように、盛り上がった土壁の稜線の上に双子、リリィとロロが姿を見せる。そして双子は、その視線をすでに海里たちを捉えていた。

 

「あいつら、最初からアジトの外側に隠れてたのか!?」

 

 レンが驚愕の声を上げた。敵は既に自分たちを囲む土壁の高所に陣取っていたという事実に、冷や汗が流れる。

 

「……魔物使いが私たちを囲う土壁の上にいる。嫌な予感しかしないわ」

 

 リズが顔を顰めた。この土壁はただ閉じ込めるためだけでは終わらない、そう直感した。

 

 海里たち三人を視界に捉えながら、リリィとロロは高らかに叫ぶ。

 

「今日こそ、あんたたちをぶっ倒してやるんだからね!!」

「今日はディランパパもイザベラだっているし、それだけじゃない!!」

 

 リリィとロロは、前回の雪辱を晴らすという意志を燃え上がらせ、同時に鞭と鎌を構えて傀儡魔法の魔力を全身から放ち始める。

 

「「来い!!」」

 

 リリィとロロの合図が聞こえた直後、小さく聞こえ始めた音が徐々に大きくなっていき、それがやがて轟音と呼べるほどに音が大きくなっていく。そして、彼らが立つ土壁の最上部に数えきれないほどの魔物たちがずらりと並んでいく。

 

 数百にも及ぶゴブリンの群れが刃物を握りしめ、その傍らには、鋭い牙を剥き出しにした狼たちが、低い唸り声を上げながら群れをなしていた。

 

 その数百の魔物の喉から発せられる唸り声が一つに混ざり合い、不気味に響き渡る。

 

「……マジかよ。数、多すぎだろ…」

「泣き言言ってないで構えてレン!!来るわよ」

 

 土壁の上に仁王立ちするリリィとロロが、その魔物の大群に向けて命令を下す。二人の叫び声が海里たちにとっての開戦の合図となった。

 

「「いけぇ!!!」」

 

 その瞬間、土壁の上に(ひし)めいていた魔物たちが一斉に動き出す。魔物たちは、土壁を滑り落ちるように猛烈な勢いで駆け下り始めた。その殺到する矛先はただ一つ。眼下にいる海里たち討伐隊の面々だった。

 

 それは個々人の戦闘といえる規模ではなかった。ただひたすらに押し寄せる圧倒的な魔物の津波、暴力的な鯨波だった。

 

 魔物たちが一斉に移動を始めたことで、土壁と地面から大量の砂埃が舞い上がる。視界を遮るほどの土煙の中で海里たちを押し潰すべく、凄まじい勢いで迫り来る。降り注ぐ魔物の自重で地響きが起き、舞い上がった土埃が視界を泥色に染め上げる。

 

「やれるか!?海里、リズ!」

 

 レンがメイスを握りしめて叫び、その問いかけた声にリズが応える。

 

「数が多いだけよ。まとめて吹き飛ばせばいいわ」

 

 リズは驚くほど冷静で、彼女の瞳に映るのは傀儡にされた大量の魔物たち。彼女は既に杖を掲げ、炎の魔法を最大出力で繰り出すための準備に入っている。

 

 リズの冷静な様は、異常な状況下でこそ、絶対的な頼もしさとして際立っていた。

 

「ま、そうだよな。やるしかねぇか」

 

 冷静なリズの言葉を受けて、レンもまた自らのメイスに土魔力で覆わせる。長大な土の金棒を構えて迫りくる魔物の群れに備える。海里も二人と同じ気持ちだった。

 

 海里は視界を覆いつくし、さらには四方から迫り来るこの未曽有の魔物の群れに対して剣を構えた。圧倒的な劣勢の中で、彼の瞳に諦めの色は微塵もなく、この戦場で何としても生き残ると決めていた。

 

無茶はしないとジュノアと約束している。だが、これまでとは魔物の数が比にならない。この大群を相手取るには広範囲の攻撃が必要になる。

 

(俺の重力魔法がどこまで通じるか試させてもらう!魔物の大群を同時に抑えるほどの魔力が俺にあるのか。この戦いの中で確かめるしかない)

 

 海里、リズ、レンの三人は次の瞬間には魔物の群れに呑み込まれていた。討伐隊を構成する騎士と冒険者たちも、その手に武器を構え、飛び交う怒号と、獲物を求めて唸る魔物の咆哮が交差する。

 

 戦場全体が底知れぬ熱量を溜め込み、煮えたぎる坩堝のように熱を帯びていき、生死の境界線が崩れ落ちようとしていた。

 

 第二の策が為り、大規模な戦闘の開始を、ディランは高台から眼下に眺め、そして笑みを浮かべた。

 

「さあ、始まりだ。……生き残った奴が正しかったことになる。それだけだ」

 

ディランは静かにそう告げると、眼下の戦場を見渡した。狂乱の幕開けを前に、その表情には愉悦ではなく、全てを織り込んだ者だけが持つ静けさがあった。

 

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