輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第2話:因縁の片鱗

(……俺は、こんなところで終わるつもりはない)

 

 その時、海里の手首を縛る荒縄が、不意に異様な重みを帯び始めた。

 

「......っ!?」

 

 まるで縄そのものが鉄に変わったかのような重量感が、手首に食い込んでくる。縄の繊維がギチギチと軋み、自らの重さに耐えかねるように引き伸ばされていく。海里が戸惑う間にも、その力は止まらなかった。

 

 やがて縄は、ブチッという乾いた音を立てて断裂し、重い塊となって土の上に落ちた。

 

 海里は解放された両手を見つめ、何が起きたのか理解できず、ただ茫然自失となる。しかし、この場から逃げ出すほうが重要だと理解もしていた。口に押し込まれていた布を吐き捨てて一人ごちる。

 

「なん……だったんだ?縄が、急に重くなって……」

 

拘束を解けたが、押し込められた倉庫から脱出したわけではない。意識を切り替えて、静かに、音を立てないように倉庫の分厚い木製扉に手をかけた。

 

 扉は当然のように鍵がかけられており、固く閉ざされている。脱出を阻む鍵を前に、縄を引き千切った力が使えないか考えた。

 

 荒縄を引きちぎった時と同じことが出来るか確かめるために、意識を集中して、扉にそっと手のひらをかざした。

 

「重くなれ……歪め……」

 

 扉の鍵部分が、不自然に歪み始めた。鍵は壊れ、扉は開いた。

 

(これが、バルドが言ってた魔法、なのか?)

 

 海里は、自身の起こした現象が魔法なのか分からず戸惑う。だが、自分には物質を重くする、歪ませるという力があることは理解できた。

 

 そして、海里はゆっくりと扉を押し開け、外の様子を細心の注意を払って窺う。

 

 すると、扉を開けた先で泣き腫らした顔をした少女、リーファが丁度やって来たところだった。

 

「……海里さん、ごめんなさい。村の人たちがあなたを売ろうとしたなんて、私、知らなくて……」

 

 彼女の手元には、持ち出したであろう食料と、古びた剣があった。

 

 リーファは、震える声で謝罪しながら、海里を隠れるように倉庫から連れ出した。そして、彼女は簡素な村人の服と外套を海里に差し出した。

 

「これに着替えて。そして……逃げて」

 

「リーファ……」

 

 海里は急いで着替えながら、金銭のために売ろうとしたことが村の総意ではなかったことに、わずかな安堵を覚えた。

 

「海里さん……剣を使ったことはある? 少しでも戦える?」

 

 リーファは、一緒に持っていた古びた剣を海里に手渡した。

 

「似たような武器なら、経験がある。扱えると思う」

 

 海里は、その剣をしっかりと握りしめた。

 

 リーファは、涙ぐみながら、震える声で今後の道筋を海里に示した。

 

「街道を進んじゃダメ。もうすぐバルドが教団を連れて戻ってくるはず。だから、森を経由して王都へ向かって。人が大勢いる場所なら、海里さんの外見も目立たずに済むと思うから」

 

「……わかった。ありがとう、リーファ」

 

 リーファから受け取った、数枚の銀貨が入った小さな革袋と、食料、満たされた水筒を持ち、村の裏手にある薄暗い森の入り口へと向かった。

 

「気をつけて、海里さん……!」

 

 背後から聞こえるリーファの言葉に、海里は「あぁ」と応え、再び森の中へと歩み出す。

 

 ちらりと背後を振り返ると、リーファがまだその場に立ち尽くし、こちらを見ていた。最後に海里は彼女に一礼して、その場をあとにした。

 

 森の中に、ゴブリンのような魔物がいるが、今の海里には、エルドリックやバルドのような裏切りと打算に満ちた人間の方が恐ろしかった。

 

 それでも、村人たちの思惑に反して助けてくれたリーファには、いずれ必ず報いたいと思っていた。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 その後、森の中をひたすら進み続ける海里は、食料を少しずつ口にしながら、休息も最小限にして歩を進めた。

 

 しばらくすると、何かがぶつかり合うような音と、それに混じって獣のような唸り声が聞こえてきた。

 

(何だ? ゴブリンのような魔物と、誰かが戦っているのか? )

 

 海里は剣を構えながら慎重に音の元へと近づき、視界が開ける直前、太い樹の陰に身を隠して音の正体を覗き見た。

 

 海里は小高い段差の上に立ち、静かに眼下を覗き込んだ。そこには開けた場所があり、一人の若い男性騎士が複数体の魔物と激しく戦闘を繰り広げていた。

 

 男性騎士は細身ながら、鍛え上げられた高身長の体格をしていた。短く整えられた茶髪が端正な顔立ちを際立たせ、重厚な銀色の全身鎧を難なく着こなしている。片手で大型のブロードソードを構える姿からは、並外れた腕力と経験が感じられた。

 しかし、その騎士が戦っている相手は、数日前に見たようなゴブリンではなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それは、鋭い牙と獰猛な目を備えたサメのような頭部と、ハイエナの持つ筋肉質な斑模様の身体が合わさった、およそ自然界の法則を無視したかのような異形の魔物だった。

 

 背中に複数生えた赤黒い背びれは、乾いた鱗に覆われ、本能的な恐怖を赤い光を放つ目から感じさせた。その異形の魔物が群れを為して、騎士を執拗に襲っていた。

 

(なんだ、あの魔物!? )

 

 海里が怖気づいた異形の魔物は、サメのような頭部を左右に振り回し、その牙を剥き出しにして騎士に襲いかかる。

 

 見た目よりも俊敏で、獲物である騎士の動きを巧妙に翻弄していた。

 

 男性騎士は限界を迎えている様子だった。剣を構える腕は細かく震え、その呼吸は荒い。鎧の隙間からは血が滲み出て滴り落ちており、既に深い傷を負っていることが見て取れた。

 

 それでも、彼は必死に剣を振るい、異形の魔物の攻撃をどうにか捌いていた。彼の剣さばきは、海里が知る日本の剣道とは根本的に異なっていた。

 

 技量では騎士が上回っているようだが、異形の魔物の数は多く、騎士は次第に追い詰められていく。

 

 それを見ていて、海里は逡巡した。

 

(助けるのか……? 俺が、あの騎士を……?)

 

 あの騎士を助けて、再び自分が転生者だと知られれば、また同じように裏切られるかもしれない。いや、それどころか、この異形の魔物に襲われれば、今度こそ本当に命を落とすかもしれない。

 

(でも……このまま、見て見ぬふりをして、見殺しにするのか……?)

 

 彼の視線の先で、騎士が異形の魔物の体当たりを受け、大きく体勢を崩した。

 

 その危機的な光景が、海里の心を激しく揺さぶった。

 

(また、だ……!俺の目の前で、誰かが死のうとしている)

 

 一年前に守れなかった幼馴染の少女の顔が脳裏をよぎる。あの時と、状況は違えど、本質は同じだ。

 

(俺はもう、二度と、あの時の後悔を繰り返さない……!見殺しにはしない!)

 

 逃げろと叫ぶ本能を、それ以上の後悔への恐怖が上回った。海里は古びた剣を握りしめ、隠れていた樹から身を乗り出して、眼下を見据えた。そして、騎士を背後から襲おうとしているサメ頭の化け物へ向かって剣を構えて段差から飛び降りた。

 




【サメ頭とハイエナの身体の異形の魔物】

【挿絵表示】
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