輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第29話:白銀騎士団 VS 白狼の騎手

 ゼファーとディランが激しい戦闘を繰り広げ、その余波が戦場を揺るがすのと同刻、戦場の一角でジュノアとラルフが、大規模魔法の反動から回復を図るイザベラを抑えるべく奮戦していた。

 

 しかし、イザベラは傀儡のオーガに抱えられたまま、徹底して距離を取る逃げの構えを崩さない。ジュノアとラルフは押し寄せる賊と魔物の群れをひたすら排除しながら、標的を追いかけることを余儀なくされていた。

 

「くそっ、邪魔だ! そこをどきやがれッ!」

 

 ラルフの怒号が響くが、賊たちは退かない。彼らにとって、戦場の全域を封鎖したイザベラは勝利の鍵だ。彼女が落とされれば、この檻の優位性が消えることを理解している。

 

「邪魔だって言ってんだろうがぁ!!」

 

 咆哮と共に、ラルフの全身から爆発的な魔力が噴き出した。愛用の長槍が赤々と燃え上がり、周囲の空気を歪めるほどの熱波を放つ。 彼は槍を大きく旋回させると、溜まった熱を解き放つように横薙ぎに一閃した。

 

 爆炎を伴う赤色の一撃が、前方を埋め尽くしていた賊と魔物をまとめて吹き飛ばす。肉の焼ける匂いと断末魔を置き去りにし、ラルフが切り拓いた灼熱の道をジュノアが疾走した。

 

「助かるわ、ラルフ!」

 

「行け!ジュノア!」

 

 ラルフがさらに別の方向から押し寄せる敵の増援を食い止める中、ジュノアは標的だけに意識を研ぎ澄ませる。彼女の剣に纏わりつくのは、圧縮された水の魔力。

 

「……退いて」

 

 最小限の動きで放たれる刺突と斬撃。高密度の水刃は、賊たちの防具ごと肉体を寸断し、血飛沫さえも洗浄しながら、ジュノアを最短距離でオーガへと導く。 そして彼女はイザベラを抱えたまま逃げるオーガを射程に捉えた。

 

「……今ね」

 

 ジュノアは短く呟くと、踏み出した脚に水の魔力を込めた。 水の魔力が地面との摩擦を打ち消し、逃げるオーガに向けて彼女の身体はさながら水面を滑るようにして突き進み、一気にオーガとの距離を詰めた。

 

 ぐが!?

 

 

 肉薄を許したオーガが、空いている左手で巨大な棍棒を振り上げ、ジュノアの頭上へと叩きつけた。

 

「ジュノア! 危ねぇ!」

 

 ラルフの叫びが飛ぶがジュノアに焦りはない。彼女は疾走の勢いを利用して、流れる水のような動きで振り下ろされる棍棒の軌道から逃れる。

 

 直後、破砕音とともに地面が砕け、土煙が舞う中、ジュノアはオーガの懐へと潜り込んでいた。

 

「遅いわ……水よ、縛れ」

 

 ジュノアの意志に呼応し、噴出した水が鞭のようにしなりながら、オーガの太い首と棍棒を握る手首へと巻き付いた。

 

 ぐ、がぁあああ!?

 

 オーガが力任せにジュノアの水の鞭を引きちぎろうと筋肉を膨張させるが、それは叶わず徒労に終わる。拘束された巨躯が揺れ、無防備な首がさらけ出された。

 

 その一瞬の隙。ジュノアは剣を横に構えて、舞うように美しい横薙ぎの一閃を放ち、青白い閃光がオーガの首筋を走り抜ける。

 

 ジュノアがオーガの背後へと駆け抜けた一拍後、鈍い音と共に、オーガの巨体から頭部だけが滑り落ちる。切断面は滑らかで、噴き出すはずの鮮血さえも水圧によって瞬時に洗い流されていた。

 

「……ッ、相変わらず鮮やかすぎて怖ぇな、オイ」

 

 ラルフが呆れたように漏らす中、ジュノアは水滴一つ残さず剣を振るうと、崩れ落ちる巨躯の腕に抱かれている本来の標的であるイザベラへと視線を向けた。

 

 それまで魔力薬の効能を全身に巡らせるべく深く目を閉じていたイザベラの瞼が、カッと見開かれた。 彼女は崩れ落ちるオーガの腕から跳躍すると、滞空したまま土の魔力で生成した礫を放ち、ジュノアとラルフへの牽制とする。

 

 着地したイザベラの手には、漆黒の木材と金属が組み合わされた重厚な造りの長弓が握られていた。

 

「ふぅ……。良い時間稼ぎだったよ。おかげで全身に魔力が巡りきった。……それにしても、しつこいね騎士様たち。望み通り、ここからはあたし自身が相手をしてあげるよ!」

 

 不敵な笑みを浮かべたイザベラが、弓を引き絞ると同時に足元の地面を強く踏み抜いた。 地面へ叩き込まれた魔力が、二人の足元を裂くように岩壁が咆哮を上げるように隆起し、ジュノアとラルフの間を分断した。

 

「ちっ、アジトを覆う壁といい、土魔法の適性が化け物じみてやがるな!」

 

 ラルフが舌打ちし、炎の槍を岩壁に突き立てる。だが、魔力で硬質化した壁はびくともしない。

 

「それに加えて弓の腕前も厄介極まりないわね……」

 

 ジュノアが岩壁越しに警戒を強める中、イザベラは追撃の手を緩めなかった。地面の揺れと共に、彼女の足元から巨大な岩の塊が二つ湧き上がる。

 

「さあ、これでも喰らいな!」

 

 イザベラの咆哮。凄まじい風切り音を伴って、二つの巨岩がそれぞれの標的へと叩きつけられた。 ジュノアは即座に片手を前方へ突き出す。彼女の魔力が青白い閃光を放ち、瞬時に「盾」として機能する高密度の水の障壁を展開した。

 

 直後、水の障壁に巨岩が直撃し、周囲に凄まじい衝撃波を撒き散らす。だが、ジュノアの障壁は流れる水の性質で衝撃をいなし、巨岩は粉々に砕け散った。

 

「厄介ね。この質量を、これほどの精度で……」

 

「お互い様だよ騎士の女! あたしの岩を難なく防ぐなんてさ!」

 

 一方で、分断されたラルフもまた長槍を正面に構えていた。槍の穂先には炎の熱波が凝縮されている。

 

「舐めんなよ! 砕け散れッ!」

 

 ラルフの咆哮と共に、凝縮された炎のエネルギーが螺旋を描いて解放された。自身に迫る岩塊に対し真正面から突っ込む灼熱の槍。 激突の瞬間、耳を劈く轟音が響き渡り、巨岩は高熱に晒されて爆ぜ、一瞬にして塵へと化した。 その場には、爆ぜた土の焦げるような、濃密で生々しい匂いが立ち込める。

 

「こっちもかい! まったく、『雷針』だけじゃなくて、リグリアの騎士はどいつもこいつも厄介だね!」

 

 イザベラは苛立ちを隠さずに吐き捨てた。だが、その言葉には敵の強さを認めざるを得ない響きが含まれていた。

 

「お褒めに預かり光栄よ」

 

 ジュノアの冷静沈着な、ある種の余裕すら感じさせる声が響く。

 

「皮肉だよ!……反吐が出るね。あんたたちみたいな国の騎士の正義の味方ぶる姿にはうんざりさ。綺麗事じゃ腹は膨れない。あたしらは、あんたたちが守る綺麗な世界のゴミ溜めから這い上がってきたんだよ!来な!」

 

 イザベラは二対一の不利を即座に戦術で補うべく、甲高い口笛を吹いた。

 

 アジトの奥深く。その闇の中から、常識外れの巨大な影が音もなく現れた。 それは全身を純白の毛皮で覆った巨大な白狼。 頭部が人の胸に達するほどの偉容を誇るその白狼は、分厚い毛並みが光を反射していて、それ自体が青白い燐光を放っているかに見えた。

 

 白狼は地を蹴り、その巨体からは想像もつかない加速でイザベラのもとへと走り寄った。爛々と輝く金色の瞳には、他の魔物のような傀儡魔法の光は宿っていない。そこにあるのは純粋な野性と、主への絶対的な信頼のみ。

 

「……この白狼、傀儡魔法で操られていないわ」

 

 ジュノアが気づき水刃を構えなおしながら呟く。

 

「はっ、その通りさ! あたしはディラン達と違って、傀儡魔法は使えないし必要もない! この子もあたしにとっては家族なんだよ。あんたたち騎士様が仲間を大事にするのと、何ら変わりゃしないのさ。……さぁ、行くよ!」

 

 

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 イザベラが吠えるように叫び、燃えるような赤髪を振り払う。彼女は流れるような動作で白狼の背に飛び乗った。その瞬間、一人と一匹は呼吸さえも一つになったかのような調和を見せる。

 

「でけぇ狼だな……。化け物じみてやがる」

 

 ラルフが感嘆とも呆れともつかない声で毒づいた。その偉容は、通常の魔狼の範疇を遥かに超えている。

 

「海里から聞いてはいたけれど……想像以上ね」

 

 ジュノアが冷静な眼差しで見据える中、一人と一匹は風となった。 白狼が縦横無尽に戦場を駆け回り、その背からイザベラが正確無比な弓の狙撃を繰り出す。白狼が地を蹴るたびに猛烈な土煙が舞い上がり、二人の視界を泥色に染め上げた。

 

 次の瞬間、ラルフの死角から白い爪が迫る。

 

 ガァッ!

 

「ちっ、速ぇ!」

 

 炎の熱気さえも置き去りにする白狼の爪が、ラルフの肩口を掠めて空気を引き裂く。反射的に放ったラルフの槍は、既にそこにはいない白狼の残像を空振るだけだった。

 

 傀儡の魔物なら不自然な隙が生まれるが、白狼は自らの判断でラルフの武器を避け、喉元を狙い、反動を利用して次なる跳躍へと繋げてくる。

 

「なっ、指示なしでここまで動けるのかよ!?」

 

 驚愕するラルフの背後へ、イザベラが白狼の跳躍に合わせて三連の土矢を放つ。主が射る瞬間に白狼が角度を調整し、白狼が跳ねる瞬間に主が重心をずらす。魔法の糸を介さない人狼一体の動き。

 

「当たり前さ! この子をただの獣とナメるんじゃないよ! 追加の石礫でも食らいなッ!」

 

 イザベラは弓を引き絞りつつ、岩魔法で生成した石礫を雨霰のように投擲する。白狼は二人の周囲を円を描くように旋回し、すれ違いざまに巨大な前足の爪を繰り出した。

 

「ジュノア、そいつの動きが速すぎて、俺の槍じゃ狙いが定まらねぇ!」

 

 焦燥に汗を流すラルフが叫ぶ。熱風を帯びた槍が空を焼き、体力を削られていく。その声に、ジュノアは澄んだ声で応えた。

 

「見てなさい、ラルフ! 私のところまで下がって!」

 

 間髪入れずラルフが一気に後退するのを確認し、ジュノアは前方へ水の障壁を展開した。

 

「食らいな!」

 

 イザベラが放った無数の石礫が水の障壁に激突するが、その障壁は先ほどのような硬い性質を持ってはいない。柔らかい弾力を持った水膜が、衝突のエネルギーを吸い込むように石礫を飲み込んでいく。

 

「……返すわよ」

 

 障壁の表面が波打つ。圧縮された水の反動によって、取り込まれた石礫が倍の速度で撃ち出された。

 

「――ッ!?」

 

 軌道を捻じ曲げられた石礫は、主であるイザベラではなく、周囲で機会を伺っていた賊の集団へと殺到する。

 

「「ぎゃあああああああああああああッ!!」」

 

 予想外の方向から飛来した味方の攻撃に、賊たちは悲鳴を上げて次々に倒れ伏した。

 

「女騎士、お前……! あたしの石礫を、あいつらにぶつけやがったのか!?」

 

 イザベラの声に怒りと屈辱が滲む。ジュノアは視線を逸らさず、水の魔力を纏った剣を低く構えた。

 

「数はまだあなたたちの方が多い。効率的にやらせてもらうわ。あなたに投げ返しても、その白狼の速さなら回避されるだけでしょうからね」

 

 ジュノアの冷静な宣言に、ラルフが挑発的に笑った。

 

「やるじゃねぇか、ジュノア!水魔法にあんな使い方があるとはな」

 

 自らの攻撃を逆手に取られたイザベラは、自嘲気味に笑い、弓を軋ませるほど強く握りしめた。

 

「……あははっ! さすがは王国の騎士様だ。やることがどこまでも合理的で、反吐が出るねぇ! ったく、図に乗るんじゃないよ!!」

 

 イザベラは苛立ちを露わに再び岩魔法を展開しようとするが、その動きは着実に二人の騎士に掌握されつつあった。白狼が放つ神速の爪と牙を、ジュノアは最小限の軌道を描く水刃でことごとく弾き飛ばす。さらに、その隙を突いて飛来する死角からの石礫は、ラルフの炎の槍が次々と叩き落とし、粉砕していく。

 

「……認めるわ。あなたはただの賊ではない。その白狼との絆は、私たちの連携と勝るとも劣らないわ」

 

 ジュノアは騎士の顔を崩さずに、それでいてイザベラへの敬意を込めて剣を正眼に構え直した。

 

「はっ! 女騎士。賊のあたしに随分と敬意を払ってくれるじゃないか……」

 

「あなたはアリーナポリス出身なのよね。……どうしてリグリアで賊に身を落としたのかしら?」

 

「……ジュノアって呼ばれてたね。あたしのヘマした記録でも調べたのかい? そうだよ。人の欲と汚い金が渦巻くあの場所が嫌いで飛び出してきたのさ! 綺麗事の中で生きているあんたたちは知らないだろうけどね!」

 

 吐き捨てるようなイザベラの言葉に、ジュノアは肯定も否定もせずに、ぽつりと呟く。

 

「知っているわ……よく……」

 

「あんた……もしかして、あの自由都市の出じゃ……」

 

「私自身のことは……今は関係ないわ」

 

 ジュノアの呟きを拾ったイザベラが怪訝な視線を向けるが、その間にもジュノアの放つ水の魔力は激しさを増していく。

 

「でも、事情はどうあれ、あなたたち賊は脅威になり得るわ。なら、私たちはリグリアの騎士として、あなたを斬るわ。行くわよ、ラルフ!」

 

「あぁ、待ってたぜ!」

 

 ラルフが咆哮と共に槍を地面に突き立てると、爆発的な炎がイザベラの退路を焼き払った。

 

「ちぃっ!!」

 

 逃げ場を失った白狼が、炎の壁を越えようと高く跳躍した瞬間。 逆光となる赤暗い影の中から、ジュノアが滑り込むように躍り出た。

 

「逃がさないわ!」

 

 炎が作り出す激しい明滅の中、ジュノアの振るう水刃だけが輝きを放つ。白狼の剥き出しの牙と、ジュノアの鋭利な一閃が真正面から激突し、火花が散る。

 

 閉ざされた土壁の中で、互いの信念と種族を超えた絆がぶつかり合う。 戦いが激化するほどに、戦場に流れる血の匂いは濃くなり、逃げ場のない土の檻の中に充満していく。

 

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