輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第3話:騎士ルクスと異形の魔物

 段差の上から見下ろす光景は凄まじかった。銀色の鎧を血と泥で汚した騎士が、一人で異形の群れに包囲されている。

 

 自然界にいるはずのないサメの頭とハイエナのような胴体を持つ魔物――その数に、騎士の動きは明らかに精彩を欠いていた。

 

(何してるんだ、俺は……!)

 

 数日前、ゴブリン相手に隠れていた自分が、今、この異形の魔物の群れに飛び込もうとしている。心臓が早鐘を打ち、膝が笑いそうになるのを必死に抑え込んだ。助けなきゃいけない。理由なんて後回しだ。

 

「おぉぉっ!」

 

 自らの恐怖を打ち消すように叫び、海里は段差から飛び降りた。重力に任せ、握り締めた剣を真っ直ぐ下に向ける。狙いは騎士の背後に迫っていた魔物の後頭部だ。

 

 ぎしゃあっ!!!

 

 硬い手応えと共に、剣が深く突き刺さる。予期せぬ上空からの強襲に、魔物はおぞましい咆哮を上げて崩れ落ちた。着地の衝撃で痺れる足を踏ん張り、すぐに剣を引き抜いて構え直す。

 

「助けてくれて感謝する!僕はリグリア王国騎士のルクスだ!」

 

 呆然としていた騎士――ルクスが、感謝を口にしながら立ち上がった。

 

「……俺の名前は海里だ」

 

 短く名乗りを返したが、自分の声が震えていないか不安だった。

 

(死ぬぞ、今度こそ……本当に)

 

 内心の自嘲を押し殺し、海里は迫り来る次の個体に視線を据えた。

 

 そこからは、死に物狂いの乱戦だった。海里の戦い方は、ルクスのような洗練された騎士の技とは程遠い。ただ、元の世界で学生時代に経験した剣道の感覚と、極限状態で研ぎ澄まされた集中力だけが頼りだ。魔物の動きを凝視し、食らいつこうとする瞬間にその勢いを利用して、頭部や喉元へカウンターを叩き込んでいく。

 

「はぁっ、ふっ!」

 

 一撃を放つたび、周囲の時間が一瞬だけ引き延ばされたような、奇妙な感覚に陥る。魔物の動きが鈍く見えるのだ。隣で戦うルクスが、自分の振るう剣を驚愕の眼差しで見ていた。

 

 ルクスが何かを呟くのが聞こえたが、今は答える余裕はない。身体状況も最悪だ。数日間のまともな食事も摂れていない空腹と疲労が、一撃ごとに全身を軋ませる。視界の端には火花が散り、足元がおぼつかない。それでも、ここで足を止めれば確実に死ぬ。

 

「海里といったね。こんな魔物だらけの森で、君は一体何をしていたんだ?」

 

 激しい戦いの中で、ルクスが問いかけてきた。彼は流石に騎士というべきか、戦いながらでも会話を成立させる余裕を取り戻し始めている。

 

「成り行きで……こうなったんだ……!それより、こいつらは何なんだ……」

 

 息を切らしながら問い返すと、ルクスの表情が険しくなった。

 

「僕が聞きたいくらいだよ。リグリアでは、今まで見たことがない魔物だ」

 

「じゃあ……遠慮なく倒していいんだな」

 

「……ああ、助かるよ。群れたこの魔物はあまりに危険だ!」

 

 会話を挟むことで、わずかに思考の濁りが晴れる。ルクスの放つ鋭い一撃が魔物を引き裂き、その隙を突いて海里がトドメを刺す。次第に連携の精度が上がり、包囲網を切り崩し始めた。

 

 いける。そう確信した、その時だった。

 

 地面を揺らす凄まじい振動。森の木々をなぎ倒し、一際大きな赤黒い塊が姿を現した。他の個体とは明らかに違う。全身を覆う硬質な鱗と、その間から突き出す鋭利な棘。上位種と呼ぶに相応しい、禍々しい圧力が空気を支配する。

 

 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 

 咆哮というよりは、物理的な衝撃波だった。海里は咄嗟に外套を耳に押し当て、咆哮の衝撃を抑えた。だが、ルクスは違った。連戦の負傷と疲労からか、彼は防御姿勢を取るのが一瞬遅れた。

 

「……っ!?」

 

 咆哮を正面から浴びたルクスの身体が、金縛りにあったように硬直する。魔物はその隙を見逃さず、巨体を揺らしながら、凄まじい勢いで彼へと肉薄した。

 

「動け、ルクス!逃げろ!」

 

 叫んだが、届かない。魔物の鋭い牙が、無防備なルクスの喉元に届こうとしていた。

 

「っ、あああああああああっ!!」

 

 考えるより先に身体が動いた。海里はルクスの前に滑り込み、剣を盾にするように構える。

 直後、凄まじい衝撃が襲った。

 

 頼みの綱だった剣が、魔物の牙に噛み砕かれた。鋭い牙はそのまま脇腹を深く抉り、熱い衝撃が全身を突き抜ける。

 

「が……あぁ……っ!」

 

 そのまま吹き飛ばされ、地面を何度も跳ねながら転がった。土と血の味が混ざる。

 

「海里……!」

 

 ルクスの声が聞こえる。その声には、怒りと……激しい後悔が混じっているようだった。海里は、自嘲気味に口角を上げた。

 

「……子供の次は、騎士か……。俺は本当に……学習しない、バカだな……」

 

 肺から溢れた血を吐き出しながら、海里は地面に倒れ伏した。だが、その直後――視界を覆い尽くさんばかりの、眩い光が溢れた。

 

「やってくれたな、魔物め!」

 

 ルクスの叫びと共に、彼の剣が周囲の光を全て吸い込み、輝く柱と化した。

 

  

【挿絵表示】

 

 

 魔物が眩い光に目を背けた瞬間、ルクスが地面を蹴り飛ばして跳躍する。

 

「くらえええええッ!!!!」

 

 光の一閃。魔物の右目を抉り取るように、ルクスの放った魔力が炸裂した。

 

 ぐおおおおおおおおおおおおおっ!

 

 絶叫を上げる上位種は片目を失い、これ以上の戦闘は不利と判断したのか、それは巨体を土中へと沈ませ、猛スピードで離脱していった。上位種の離脱に伴い、周囲の異形の群れも一斉に去っていく。

 

 森に訪れたのは、冷たい静寂と、海里の途切れそうな呼吸の音だけだった。

 

 

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