輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第39話:目覚めていた少女

「……ここは?」

 

 海里が目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは見覚えのある白い天井だった。 意識がまだ重く、すぐには状況を理解できない。ゆっくりと瞬きを繰り返し、自分が清潔なベッドに横たわっていることを把握する。窓から差し込む柔らかな光が、ここがアルベール医院の一室であることを教えてくれた。

 

「……アルベール先生の医院に運ばれたのか……」

 

 意識を失っている間に何があったのか、思考を巡らせようとしたその時、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

 

「おはようございます海里さん。気分はいかがですか?」

 

 声のした方へ顔を向けると、そこにはロルカ村の壊滅の影響で昏睡していた桃髪の少女、リーファの姿があった。

 

「リーファ。目を覚ましていたとは聞いていたけど……良かった」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 先日、アルベールから目覚めていたと聞いていたが、彼女の出で立ちは、海里の知る村人の姿とは変わっていた。久しぶりに会うリーファは、アルベールと同じ白いコートを羽織っていた。彼女の小柄な体にサイズが大きいようで、袖口を折り返しているのが見える。

 

 医師というよりは、親しみやすく患者の不安を和ませてくれそうな少女の面影が濃い。彼女は海里に向かって穏やかな瞳を向け、心底安心したように微笑みを浮かべていた。

 

 リーファはベッド脇の椅子を引き寄せながら、海里の横に座って語り始めた。

 

「……海里さんこそ。三日も意識がなかったんですよ。本当に、びっくりしました。今は先生の助手として働かせてもらっているので、ずっとそばで見ていたんです。もともと医療知識は少しあったので」

 

 海里が思っていた以上に時間が経過していた。

 

「三日?……あれから三日経ったのか?」

 

 自分が意識を失う直前の激しい戦闘と、ジュノアが毒に倒れた光景を思い出した。

 

「そうだ、ジュノアは!? ジュノアはどうなったんだ!?」

 

 海里は弾かれたように身を起こそうとしたが、全身を走る刺すような痛みに呻き、顔を歪ませた。 必死に安否を問う海里に対し、リーファの微笑みがふっと消えた。彼女は悲しげに瞳を伏せ、膝の上で袖口を握りしめる。

 

 

「ジュノアさんも、ここに運ばれました。でも……先生の回復魔法も解毒剤も、何一つ効果がなくて。……今も先生が、必死に治療法を探してくださっています」

 

「そんな……アルベール先生でも打つ手がないのか……」

 

 絶望が海里の背筋を伝う。 沈黙の中、海里はふと、リーファもまた自分の正体を知る一人であることを思い出した。

 

「リーファ……。君は、知っているよね。俺が、何者なのか」

 

 意を決して尋ねた。今の彼女が、自分に対して何を抱いているのか。海里はそれを確かめずにはいられなかった。リーファは静かに部屋のドアを振り返り、誰もいないことを確認してから、真っ直ぐに海里を見つめ返した。

 

「はい。海里さんが転生者ということですよね?」

 

「ああ。俺が関わることで、事態が悪化して、周りの人たちを不幸にしているんじゃないかって……。最近、そんな風に思えてならないんだ」

 

「どうして、そう思うんですか?」

 

「だってそうだろう? 俺の近くでは、いつも誰かが傷つく。ジュノアはあんな毒に侵され……君だって、俺が村に来なければ、今もあの村で暮らしていたはずだ。君の暮らす村を潰したのは……俺と同じ、転生者なんだから」

 

 ロルカ村を潰したのは、幼馴染の鏡花だった。海里は自分に害意がなくても、存在するだけで災厄を呼び寄せているように思えてならなかった。

 

 リーファは、海里の言葉を最後まで静かに聞いた後、柔らかく告げる。

 

「村が潰されたことは、あなたのせいじゃありません」

 

「リーファ……」

 

「私たちは今こうして生きています。第一転生者とか教団の転生者じゃなくて、海里さんは海里さんですよ」

 

 リーファの言葉は、自己嫌悪に陥っている海里の心に染み渡った。

 

「……ありがとう、リーファ」

 

 ジュノアに続き、ここにも自分を一人の人間として見てくれる人がいる。その事実に、ようやく海里の強張っていた肩の力が抜けた。

 

 「それじゃあ海里さん。あなたが目覚めるのを待っていた人がいるので、呼んできますね」

 

 リーファはそう言って立ち上がり、ベッド脇の椅子をもとの位置に戻してから、大きな白衣の裾を翻して部屋を出ていった。扉が閉まり、再び静寂が戻った部屋で、海里は天井を見つめる。 ジュノアの昏睡、別人のように変貌した鏡花。意識を失う前、ラルフと共に走ってきたレンやリズのことも気がかりだった。大きな怪我は負っていないと思いたかった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 しばらくすると、リーファに連れられてラルフとアルベールが部屋に入ってきた。

 

 ラルフの身体はあちこちが包帯で覆われ、痛々しい姿を晒している。際限なく湧き出たルカンの群れとの死闘が、どれほど過酷なものだったかをその傷跡が雄弁に物語っていた。

 

 一方、アルベールの顔には普段の知的さを塗り潰すほどの疲労が色濃く浮かんでいる。解毒の糸口さえ掴めない焦燥が、名医の精神を摩耗させていた。

 

「ラルフ、アルベール先生……」

 

「目ぇ覚ましたんだな、海里。……心配させやがって」

 

 ラルフは微かに笑みを浮かべたものの、その声にはいつもの覇気がない。

 

「ラルフ、その傷は……ルカンにやられたのか?」

 

「ああ。だが、まず自分の心配をしろ」

 

「その通りだよ、海里君。……起きて早々だが診察をさせてもらうよ」

 

 アルベールは海里の身体を丁寧に検診し始めた。一通りの診察を終え、彼は息を吐き出して告げた。

 

「ひとまず、よかった。君の身体に毒の影響は見られない。……よく無事でいてくれた」

 

「ありがとうございます。……それで、ラルフは。他の皆は……」

 

 海里の視線が、再びラルフの包帯に落ちる。

 

「ルカンの数が尋常じゃなくてな。上位種……ヴェノム・ルカンほどじゃねぇが、雑魚の爪にもしっかり毒が仕込まれてやがった」

 

 ラルフは忌々しげに吐き捨てた。その指先が、僅かに震えているのを海里は見た。

 

「ラルフ、そんな身体で平気なのか!?」

 

「……本調子には程遠いが、動けねぇってほどじゃねぇさ」

 

 強がってみせるラルフだったが、呼吸は浅く、顔色も冴えない。毒が彼を内側から蝕んでいるのは明白だった。アルベールがそれを補足する。

 

「ルカンという魔物の毒は、魔力の循環を乱し、内側から緩やかに衰弱させる……。回復魔法も解毒薬も効果なしだ。解毒法が見つかるまでは安静をしてもらうしかない」

 

 ラルフはぐっと奥歯を噛み締め、悔しさを滲ませた。

 

「……俺はまだマシだ。だが、ジュノアは違う。あいつだけ上位種の毒を喰らった。解毒法が見つからなきゃ……あいつは、遠からず衰弱死する」

 

「医師として、これほど己の無力さを呪ったことはない……。彼女の体力が、いつまで保つか……」

 

 二人の言葉が海里の胸を抉る。変貌した鏡花の謎。そして、刻一刻と迫るジュノアの死。理解不能なだけでなく、あまりにも理不尽な状況が彼を苛む。

 

(ジュノアは何度も俺を救ってくれた。俺が転生者だと知っても、一人の人間として認めてくれた。……ルクスが命を賭けて守ろうとした彼女を、こんなところで死なせてたまるか)

 

「……先生。ここからは俺から、海里に状況を伝えさせてくれ」

 

 ラルフの言葉に、アルベールは頷き、少し離れた椅子に腰を下ろした。 ラルフは賊討伐作戦の顛末を語った。首魁ディランの死、生き残った賊の捕縛、そしてルカンの毒の脅威。

 

 一通り説明を終えた時、椅子に座っていたアルベールが、絞り出すような、鬼気迫る声で呟いた。

 

「なぜ、これほど理不尽な苦難が続くんだ……っ! リグリアのために必死に戦う君たちが、なぜ未知の毒にまで苦しめられなければならない。あまりにも……あまりにも残酷じゃないか……!」

 

 その震える声には、医師としてのやるせなさが満ちていた。

 

「アルベール先生、落ち着いてください……!」

 

 海里の声に、アルベールはハッと我に返ったように顔を上げた。

 

「……ああ、すまないね、海里君。取り乱してしまった。どうやら、少し……疲れているようだ」

 

 アルベールは目元を押さえ、ラルフが海里に告げる。

 

「海里。ゼファーさんから伝言だ。目ぇ覚ましたら、すぐに白銀騎士団の本部に来てくれとさ。……何か依頼したいことがあるらしい。この状況を打開するための方法があるのかもしれねぇ」

 

 海里の頭の中で、鏡花の言葉やジュノアの笑顔が渦を巻く。だが、迷いはなかった。

 

「わかった。ゼファーさんのところへ行く。どんな依頼だろうと構わない。……今の俺にできることがあるなら、何だってやってやる」

 

 海里はラルフと共に、白銀騎士団本部へと向かう決意を固めた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 二人がアルベール医院を後にしようとしたその時、リーファに呼び止められた。

 

「海里さん、いってらっしゃい。まだ病み上がりなのですから、無茶は駄目ですよ?」

 

「ああ、分かってる。ありがとう、リーファ」

 

 海里が苦笑交じりに応えると、リーファは次にその隣、ラルフへと向き直った。

 

「ラルフさん。……解毒の目途が立っていない以上、海里さんよりあなたのほうが重症です。さっきから呼吸が浅くなっているのに気づいていないんですか?海里さんの付き添いとはいえ、あなたは絶対に無茶をしてはいけませんからね?」

 

 だが、毒に侵されながらも動くことは出来るラルフは素直に頷かなかった。

 

「リーファだったよな。……そうは言ってられねぇ。今は団員も冒険者も動けねぇ奴ばっかりなんだ。俺みたいな頑丈なのが少しくらい無理をしねぇと、回らねぇんだよ」

 

 ラルフが尤もらしい理屈を並べたその時、リーファの笑顔が深まった。

 

「ラルフさん。……駄目、です」

 

「いや、だからよ……」

 

「ラルフさん。……駄目、です」

 

 全く同じ言葉と笑顔から放たれる有無を言わせぬ圧に、さしものラルフも毒の影響か、あるいは本能的な危機感からか、僅かに後ずさった。

 

「お、おぅ……。分かった。……無理は、しねぇ」

 

「よろしい」

 

 満足げに頷く少女の前に、ラルフはそれ以上の反論を封じられた。

 

「かなわねぇな……」

 

 と小声でぼやくラルフの背を押し、海里は苦笑しながら医院を後にした。

 無茶しないという制約を課せられたラルフと共に、二人はゼファーの待つ白銀騎士団本部へと足を向けた。

 

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