輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第44話:長命種の願い

 リグリア王都の東南門は、アウロラの森や南部のアリーナポリス方面へと通じており、人の出入りが絶えない。

 

 馬車や荷車の軋む音が喧騒に溶け込む中、レンとリズは出発の準備を整えていた。

 

 手持ち無沙汰になった二人はのんびりと空を見上げている。やがて近づいてくる足音に視線を向けた。海里とアルベール、そして二人には見覚えのない桃髪の少女が一緒に歩いてくる。

 

「悪い二人とも、待たせた」

 

「海里!遅いぞ~!俺とリズは腹が減りすぎて今にも空飛ぶ鳥を捕まえて食う寸前だったんだから――痛ぇ!!!」

 

 レンが冗談を言い終える前に鈍い音が響いた。リズが手にした杖を鈍器のようにレンの頭部に振り下ろしていた。

 

「私はそんなこと一言も言っていないわ。いい加減な話を吹聴して私を貶めるなら、次こそ本当に殴るわよレン」

 

「もう……杖で殴ってるじゃねぇか……」

 

 

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 頭を押さえて呻き声を上げるレンとリズのやり取りを見届け、アルベールが歩み出た。

 

「やぁ、リズちゃんにレン君。今回はよろしく。私は戦闘の役には立てないから、その辺りは頼むよ」

 

「それが俺らの役目だからさ。気にしなくていいさ」

 

「海里、アルベール。……あのジュノアって人の容体はどうなの?」

 

「小康状態といったところかな。だが魔力の乱れは解消されていない。いずれ衰弱に至る点は変わらないから、なるべく早く森から戻る必要があるんだ」

 

 そこへゼファーとラルフ、そして案内役のシルフィアが姿を見せた。

 

 ラルフは毒の影響か顔色が悪く、気力で抗っているものの、自身の不甲斐なさに歯痒さを滲ませている。

 

「……海里、それにお前らも。俺が動けねえ分、頼むな……」

 

「ラルフだったよな?この間は率先して戦ってくれて助かったよ。おかげで俺たちは無傷で済んだ」

 

 レンは軽薄さを抑え、真摯に感謝を伝えた。

 

「それは気にすんな」

 

「ちゃんとその分は働いてくるわ。……もちろん報酬は貰うけどね」

 

 リズが割り込むと、ラルフがくっくと喉を鳴らした。

 

「ああ、頼むわ」

 

 それまで沈黙していた桃髪の少女リーファが、微笑を湛えたままラルフへ向き直る。

 

「……ラルフさん。顔色が悪いですよ。無理はしないでくださいと言ったはずですが……」

 

 その声には問答無用の威圧感があった。ラルフが反論しようと口を開いた隙に、リーファは懐から取り出した小瓶の中身を一切の予告なく彼の口へ流し込んだ。

 

「ッぶふォ!?」

 

「ルカンの毒には効きませんが、体力の底上げにはなります。先生と医院の皆で作ったんです。遠慮しないでください」

 

「にッ……苦ぇ!なんだこれ!不味い!いきなり何すんだ!」

 

「良い薬は美味しくないものです。……ちゃんと飲み込めましたね、えらいです」

 

「俺は子供じゃねえ!」

 

 少女に圧倒される騎士の姿を、レンが呆然と見守る。

 

「なあ海里……。あのラルフがあんな小さな子に完全に押し負けてるんだけど……」

 

「見なかったことにしましょう」

 

 リズが静かに断じると、海里が補足した。

 

「あの子はリーファ。アルベール先生の助手だ」

 

 リーファは海里たちへ向き直り、深く頭を下げた。

 

「海里さん、アルベール先生。ジュノアさんのことは私たち医院に残る者で責任を持って看ています。どうか気を付けて」

 

「ああ。頼む、リーファ」

 

「うん。ラルフ君に飲ませた薬を定期的にジュノアちゃんにも投与してあげてくれ」

 

「はい!」

 

 リーファの笑顔を見届け、ゼファーが歩み寄った。その顔には隠せぬ疲労と動けぬことへの葛藤が浮かんでいる。

 

「ゼファーさん。必ず翠玉の涙を持ち帰り、ジュノアを救います」

 

「ああ、頼りにしている。アルベール先生もよろしくお願いします」

 

 ゼファーがアルベールへ視線を向けると彼は苦笑した。

 

「医者の務めを果たしてくるよ。だが君も少しは休んでおきたまえ」

 

 傍らで聞いていたシルフィアが嘆息混じりに同意する。

 

「アルベールの言う通りよ。あなたが倒れては元も子もないわ」

 

「……本当に敵わないな、シルフィア。君はまるで母親のようだ」

 

「あなたのお母さんは嫌よ。でも……奥さんなら構わないわ。重婚を認めているリグリアだもの。人間とエルフが添い遂げても良いんじゃないかしら?」

 

 言い切られたゼファーが口を開きかけ、言葉に詰まった。その隙を縫うようにシルフィアが手を伸ばし、彼の服の乱れをごく自然な所作で直してしまう。ゼファーは反論の糸口を完全に失ったように静かに目を閉じ、やがて小さく息をついた。

 

「お願いだから、無理をしないで」

 

「……ああ、ありがとう」

 

 傍で見ていた海里は、思わず目を見張った。種族を超えた二人の絆を背に、リズが出発の号令をかけた。

 

「それじゃあ行きましょう!」

 

 一行を乗せた馬車は、王都を背にアウロラの森へとひた走る。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 馬車が街道を進むにつれ、車輪が立てる音と振動が考え事に耽っていた海里を現実へ引き戻した。

 

 ふと向かいを見れば、シルフィアが静かに外の景色を眺めている。

 

 視線に気づいた彼女が穏やかな瞳で問いかけた。

 

「私に何か聞きたいのかしら、海里?」

 

「すみません不躾(ぶしつけ)に。……この間も思いましたが、ゼファーさんとシルフィアさんは種族が違っても信頼し合っているのが感じられたので」

 

 海里の率直な言葉にシルフィアは優しく微笑んだ。その表情には愛情と微かな切なさが滲んでいる。

 

「ゼファーは私にとって特別な人だから……」

 

「お二人は知り合ってもう長いんですか?」

 

 シルフィアは少し考える素振りを見せてから首を振った。

 

「ん〜、そうでもないわよ。ゼファーと私が出会って一年くらいよ」

 

 予想だにしない短期間に海里は息を呑んだ。長い年月を連れ添ったように見えていたのは、二人の信頼の密度ゆえなのだと気づかされた。

 

「一年前……アウロラの森で教団が騒動を起こした時期ですね」

 

「そうよ。まさに騒動が起きる少し前、ゼファーがアウロラの森にやって来たわ。それが出会いよ。人間を警戒する同胞もいて……いいえ、私がその筆頭だった気がするわ」

 

 当時を懐かしむような、それでいて複雑な表情をシルフィアが浮かべた。

 

「アウロラの森で暮らすエルフ族から見れば俺たちも教団と同じ余所者です。身動きを制限されることはありますか?」

 

「慌てないの。今も人間を警戒する同胞はいるけれど、そんな邪魔は私がさせないわ」

 

「……シルフィアさん」

 

「海里。あなたが早く翠玉の涙を手に入れたいと思うように、私もなるべく早くリグリアに戻りたいの。今のゼファーは……少し危ういから」

 

 シルフィアはふと表情を曇らせた。

 

「危うい?それはあの人が疲弊しているからですか?」

 

「弟の死に父親の情報。その上、毒で倒れた団員たちの穴埋めまで。重なり続ける負担に今のゼファーは見ていられないほど疲弊しているわ」

 

 彼女の瞳に深い憂いが浮かぶ。ゼファーを追い詰める原因の一端に自身も関わっている事実に海里は唇を噛んだ。

 

「……ルクス」

 

「海里、あなたがルクスの最期を看取ってくれたことも聞いているわ。ルクスと親しかった者たちは皆、あなたの行動に感謝しているから、そんな顔をしないで」

 

「……はい」

 

 シルフィアは膝の上でそっと手を重ね、再び口を開いた。

 

「私はゼファーを支えたいと、アウロラの森を出てからずっと考えているわ。騒動の解決に力を尽くしてくれた彼を」

 

 その言葉には、ただただ深く静かな愛情が込められていた。

 

「ゼファーさんのことを愛しているんですね」

 

「ええ。心から、彼を愛している。……でもね、私はエルフなの」

 

「?」

 

 シルフィアの言葉に悲哀が混じる。

 

「人間とエルフでは根本的に寿命が違いすぎる」

 

「――ッ!」

 

「ゼファーがいつかお爺ちゃんになっても、長命種の私はきっと今と大して変わらないわ。彼がいなくなった後も私は長い時間を生きることになる。本当はゼファーと一緒に年を重ねて、一緒に老いていきたいのに……」

 

 彼女は慈しむような、あるいは諦めたような眼差しで静かに笑った。

 

「……シルフィアさん」

 

 大切な人とただ共に在りたい。その願いの儚さに海里は胸を締め付けられた。

 

 

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「まだ目的地についてもいないのに話しすぎちゃったわね。ふふ、叶うわけもない願いなのに。ありがとう海里、話を聞いてくれて」

 

「いや、俺は何も……」

 

「ただ耳を傾けてくれるだけで助かることもあるのよ。……ずっと黙っているけれどアルベール。あなたも悩みがあるなら海里に話してみたら?」

 

 シルフィアが黙考するように座るアルベールに問いかけた。

 

「アルベール先生?」

 

 海里は、馬車が走り出してから、アルベールがほとんど言葉を発していないことに気づいた。

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