輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第48話:禍根は未だ消えず

 話し合いの部屋を出たシルフィアは、逃げるリュカを追う。

 

 リュカは樹々を繋ぐ吊り橋を駆け抜けていく。その背を眺めながら、シルフィアはふっと口角を上げた。

 

「ふふ、相変わらず可愛いわね、リュカは」

 

 追跡を止めて近場に置かれた木椅子に腰を下ろす。心地よい風に身を任せ、木漏れ日が降り注ぐなかで静かに目を閉じた。

 

「一年なんてエルフにとっては短いはずなのに何だか懐かしいわ……」

 

 独り言を呟くと、樹の影からリュカがひょこりと顔を出した。

 

「……シル姉、怒ってたんじゃないの?」

 

「もう。私が本気で怒っているとでも思ったの?デレエルフだなんて、あなたらしい可愛い言葉じゃない」

 

 リュカは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

「べ、別に可愛くなんか……」

 

 シルフィアはその頭を再び優しく撫でる。

 

「ねぇ、リュカ。森での戦いは見ていたけれど、得意な魔法はまだ見つからないかしら?」

 

「うん。どの系統も僕には合わなくって魔力を持て余したままだよ。精霊たちにお願いすれば戦いは何とかなるから、無理に覚えなくていいかなって」

 

「本当にそう思う?」

 

 その問いかけにリュカは言葉を詰まらせた。

 

 シルフィアはその瞳の奥にある揺らぎを捉え、穏やかに微笑んだ。

 

「何か引っかかるものがあるなら色んな人の力を見ておくといいわ。答えは焦らなくても見つかるものよ」

 

「……うん」

 

「それじゃ、そろそろ戻りましょう。皆を待たせてしまっているわ」

 

 二人は再び、話し合いの場へと歩き出した。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 戻ってきた二人を見て、エヴァンが視線をイストールへ向けた。

 

「二人とも戻ってきたか。始めて構いませんな」

 

「うむ、そうしよう。あらためて君たちが森に来た目的を教えてもらえるかのう?」

 

 イストールに促され、海里は一行を代表して口を開いた。

 

「先日リグリアに現れた異形の魔物ルカンが残した魔力を乱す毒を解毒するために、この森に自生する翠玉の涙を求めて来ました」

 

 海里の言葉に、エルフの重鎮たちとリュカがそれぞれ表情を変えた。思うところがあったようでイストールが疑問を呈する。

 

「そのルカンという魔物、どのような姿形をしておるのかな?」

 

 海里の説明にリズとレンが補足を重ねていく。サメとハイエナを混ぜ合わせたような醜悪な外見に加え、魔力を乱す毒が騎士団や冒険者に深刻な打撃を与えている現状を語っていくと、その場に重苦しい空気が流れた。

 

「だから今はゼファーが忙しいんだね」

 

「そうよ、リュカ」

 

「お主ら。そのような魔物の存在を知っておるかの?」

 

 イストールはエヴァンとリアムに問いを振る。

 

「いいえ。私が管理する記録に、そのような魔物は存在しておりません」

 

「リアムと同じです。里を守る過程で多くの魔物を狩ってきたが聞いたこともありません」

 

 予想できたことだがルカンを知る者はいなかった。

 

「魔力を乱す毒の解毒か。翠玉の涙で治療は可能じゃろうが、採取することは今は難しいのう」

 

「どうしてですか!?」

 

 海里は思わず椅子を蹴るように立ち上がった。それを求めてきたというのに採取できないと言われれば冷静ではいられない。

 

「海里くん、ジュノアちゃんが心配なのは理解しているけど少し落ち着いて」

 

「……すみません」

 

 アルベールに制され、海里は静かに座り直した。

 

「そのジュノアという方の容体は深刻なのかしら?」

 

「彼女だけがルカン上位種の毒を受けました。今は落ち着いていても、いずれ魔力の乱れから衰弱死を招く悪質な毒です。今の私には少しでも消耗を和らげることしかできません……」

 

 アルベールは苦々しく応じた。

 

「質問の答えがまだじゃったな。採取が難しい理由は魔物にある。今、翠玉の涙の群生地近くにルカンとは別種と思しき異形が生息しておる。儂らはそれを薔荊蛇(しょうけいだ)と呼んでおる」

 

「そんな……」

 

 希望の先に別の脅威が待ち受けている事実に、海里は絶句した。

 

「その薔荊蛇はどんな姿なの?ルカンのように群れるのか、上位種がいるのか知りたいわ」

 

 リズが冷静に情報を求めた。

 

「薔荊蛇は単体で、全身に薔薇の花を咲かせた大蛇じゃ。その薔薇を他の魔物に植え付けて操り、力を吸い取っておるようでな」

 

「道中のマッドエイプはその薔薇に寄生されていたのね……」

 

「あなたたち、もう薔薇つきの魔物に遭遇していたのね。付け加えると、薔荊蛇は麻痺毒を撒き散らしているわ。あの魔物の前で動けなくなれば餌食となるのを待つだけよ」

 

「冗談じゃねぇ」

 

 リアムの補足にレンが嫌そうに顔を歪めた。

 

「一年前はそんな魔物はいなかったはずよ。私が森を出てから何があったの?」

 

 シルフィアが疑問を呈し、海里もそれに続いた。

 

「輪廻教団の騒動が関係しているんですか?」

 

「うむ。君たちは星蝕の欠片(せいしょくのかけら)を知っておるかな?」

 

 海里たちはシルフィアをのぞいて顔を見合わせたが、誰にも心当たりはなく怪訝な表情を浮かべるだけだった。

 

「それが普通じゃ。星蝕の欠片は各国でも一部の者しか知らぬ。まぁ、強大なエネルギーを有した物質と思えば良い。五十年前の大戦で砕かれ、大陸中に飛び散ったその一つがこの森にも飛来していた」

 

「その欠片が薔荊蛇を寄せ付けたんですか?」

 

「そうではない。この森にあった欠片は一年前に既に持ち去られておる。教団の七元徳(しちげんとく)の一人である『節制(せっせい)』のアリシアにな」

 

(鏡花とは別の七元徳……)

 

 海里の脳裏に別人のようになった幼馴染の姿がよぎった。ヴェノム・ルカンにとどめを刺した彼女を思えば、アリシアなる人物も底知れない力を持っていることは疑いようがなかった。

 

「アリシアが起こした騒動を解決する際、ゼファーが本当に尽力してくれた。彼はその時からエルフ族にとって大恩ある存在となった」

 

「奇特な人間もいるものだと思わされたものだ」

 

「本当にね」

 

 当時を振り返るエヴァンの視線が傍らにいる娘へ向く。ゼファーの名に頬を緩めるシルフィアを認め、彼は居心地悪そうに視線を逸らした。

 

「それで、星蝕の欠片がもう森にないのなら、なぜ今になって薔荊蛇(しょうけいだ)が現れたの?」

 

 リズの疑問に、エヴァンは忌々しそうに吐き捨てた。

 

「さてな。長年そこに存在したことで、周囲の土壌や植物の魔力濃度が変質していたのだろうな。それが奴の棲み処として都合が良かった以上の理由はないだろう」

 

 彼はそのまま海里たちへ視線を向けた。

 

「さて、聞いての通りだ。薔荊蛇のことは、この森で起きた問題だ。巻き込まれぬうちにリグリアに帰るといい」

 

「エヴァンさん。俺たちの目的はルカンの解毒です。その妨げとなる薔荊蛇はエルフにとっても脅威であり共通の敵です。俺はそれを放置するつもりはありません。力を合わせるべきだと思いませんか?」

 

「むぅ」

 

 海里の真剣な眼差しをエヴァンは量るように見つめ返した。

 

 静寂が場を支配する。

 

「そうじゃのう……。儂らだけの問題と考えておったが君の言う通りじゃ。ゼファー君が我らを変えたように君の言葉にも偽りはなかろう。危険を承知で薔荊蛇討伐に力を貸してほしい」

 

 イストールの言葉にエヴァンやリアムが異論を挟むことはなかった。一行が頷くのを見届け、エヴァンが海里へ向き直る。

 

「海里よ。目的のためなら命を懸けるその姿勢は好ましい。だが勇敢と無謀を履き違えるな。リグリアに戻って為すべきことがあるのだろう?」

 

「はい、線引きは心得ています」

 

 海里の返答にエヴァンは鼻を鳴らしつつも微かに口角を上げた。その様子をリュカはぽかんとしながら眺めていた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 同時刻。

 

 アウロラの森の入口に馬車が止まって、男女六名の一団が降り立つ。

 

 宰相イディウスの命を受け海里を追う黒曜騎士団の面々と、『信仰』の鏡花の配下ゼイロン。

 

「リグリア方面へ向かう馬車とすれ違いました。海里という冒険者がここを通ったのは間違いなさそうですね、ゼイロンさん」

 

「ええ。わざわざアウロラの森へ向かう物好きな馬車など他にいないでしょう」

 

 レナートの言葉にゼイロンが静かに応じる。

 

「レナート副団長。その海里という冒険者の調査で俺たちは何をすればいいんですか?」

 

 金髪で大剣を背負った若き騎士バルトロメオが尋ねた。

 

「魔物との戦闘を観察できれば最善。叶わぬなら、エルフを人質にして強制的に戦わせるまで。私以外の四人には、そのための準備を整えてもらいます」

 

「……本気ですか?」

 

 バルトロメオの目に軽蔑が混じるが、レナートは冷然とそれを見返した。

 

「何か問題でも?私の言葉はイディウス宰相様のものです。背くなら相応の覚悟があるのでしょうね?」

 

「……いえ。そんなことは」

 

「なら励みなさい」

 

 鼻を鳴らしたレナートは、次に茶色の短髪をした女騎士カミラへ視線を移した。

 

「あなたもですよ、カミラ。二人の実力を見込んで連れてきたのですから」

 

「……了解しました」

 

 カミラは不本意そうに頷き、自身の腕を抱いて足元に視線を落とした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 レナートはその様子を満足げに眺め、手にしたモーニングスターの棘を指先でなぞる。鎧と武器の金属が擦れ合う硬質な音が不快に響いた。

 

「二人とも、それでよろしい」

 

 顔をしかめる二人とは対照的に、残る二人の男は下卑た笑みを浮かべていた。

 

 赤髪の巨漢ヘルマンが籠手の感触を確かめながらバルトロメオを促す。

 

「硬いこと言うなよ。俺たちの団長不在の今、宰相様の覚えをよくすりゃいい。なあ、首尾よくいけば報酬は期待できるんだろう?」

 

 ヘルマンの欲深な視線がゼイロンへ向く。

 

「勿論です。鏡花様も了承済みです。具体的な方法は皆さんにお任せしますが、その前にこれをお受け取りください」

 

 ゼイロンが懐から取り出したのは赤黒い液体が詰まった小瓶だった。

 

「何です、この薬は?」

 

 痩身の男エーリッヒが目を細めて疑問を呈する。

 

「教団が開発した身体能力と魔力を一時的に跳ね上げる薬です。即効性があるので不測の事態に遭遇したらお使いください」

 

「ほう、頂けるものは頂いておきましょう」

 

 レナートが薬を懐へしまい、ヘルマンとエーリッヒもそれに倣った。対してバルトロメオとカミラは小瓶を眺めて、視線を交わしてから懐に収めた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「私は影に潜みます。それでは、よろしくお願いいたします」

 

 ゼイロンの姿が影の中へ沈み込み消え去った。

 

 レナートが傲然と指示を飛ばす。

 

「四人とも。まずは海里を見つけ出します。行きますよ」

 

 一団が森へ踏み込んだ瞬間、森の静謐な空気が濁った。

 

「早速、歓迎の魔物ですか。この程度では話になりませんね」

 

 襲いくるマッドエイプの群れをモーニングスターで粉砕し、レナートは歩みを止めずに進んでいく。そのあとを四人が続いていく。

 

(海里さんが転生者か否か、そして鏡花様にとって有用かを見定めましょう。黒曜騎士団以外の障害が起きれば、なお好都合なのですが)

 

 影の中でゼイロンは独りごちる。

 

 彼らはまだ知らない。この森に薔荊蛇(しょうけいだ)という災禍が存在していることを。

 

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