輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった― 作:あすらりえる
「なぁ、リュカ。薔荊蛇って全身から麻痺毒を撒き散らすんだろ?接近して攻撃は出来るのか?」
レンの疑問に、薔荊蛇との接敵経験のあるリュカは苦々しく応じた。
「無理だったよ。接近した同胞たちはすぐに痺れちゃって、僕の弓も大して効かなかった。動けない人たちを連れて逃げ出すのが精一杯だったんだ」
既に戦った者から敗戦の詳細を聞かされ、海里たちはまだ見ぬ薔荊蛇の恐ろしさを痛感させられた。
「全員で行くのは危険か……」
「少人数で偵察なら大丈夫だと思う。薔荊蛇は棲み処から出て僕たちを追ってこなかったから。僕が道案内しようか?」
「ありがとう。是非お願いするよ、リュカ」
「んぇ?あ、うん」
海里から好意的な返事が返ってきてリュカが戸惑っていると、アルベールも偵察への参加を申し出た。
「私も同行させてほしい。薔荊蛇の素材が得られれば、私の知識と合わせて麻痺毒の対策が立てられるはず。医者として薔荊蛇をこの目で見ておきたい」
全員がその必要性を認めつつも、リズはどこか懸念を拭えない様子で呟いた。
「……あとで詳しく確認できるように情報を記録する手段はないかしら?」
「それなら私の書庫へいらっしゃい。記録用の魔道具を貸し出すわ。それを使えば全員で偵察に行く必要もなくなるわ」
その言葉を聞いていたリアムが一同を促し、一行は彼女の書庫へと足を向けた。実際に森へ入る偵察組は、海里、リュカ、アルベールの三名に決定した。
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リアムの書庫へと移動する途中、リュカが隣を歩く海里を無言のまま、じーーっと視線を向けてきた。そう、ひたすらじーーっと。あまりに凝視されるもので海里はたまらず口を開く。
「リュカ、何か聞きたいことがあるなら言ってくれないか?視線が気になる……」
ハッとしたリュカが無意識だったのか首を横に振った。
「……海里って怖くなかったの?」
「怖い?何が?」
「エヴァン様に意見をぶつけた時だよ。あの人、強面でしょ。同胞でも気圧されて何も言えなくなる人がいるのに、海里は少しも臆してなかったから」
「……怖いと思わなかったのは、ジュノアの治療っていう目的があったからだと思うよ」
「それがすごいんだと思うけど……」
リュカは腑に落ちない顔で呟き、視線を落とした。
「リュカはエヴァンさんのことが怖いのか?」
「ううん。エヴァン様は里の守護者でシル姉の父様だもん。僕にとってはずっと上の人。正面から物申すなんて考えたこともなかったから、海里が不思議だったんだ」
そこまで言ってリュカは少し決まり悪そうに目を伏せる。
「……変なこと聞いてごめん」
「変じゃないさ。むしろ教えてくれて助かったよ。エヴァンさんへの接し方、少し気をつける」
「あ、別にそのままでいいと思う。エヴァン様、海里のこと嫌がってなかったし……多分」
最後だけ視線を泳がせたリュカに、海里は苦笑いを返した。
「じゃあ僕たちも偵察の準備を始めようか!」
心機一転、リュカが歩を早めようとした時、その背後に影が落ちた。
「リュカよ。私はそれほど強面か?」
「ぴぃっ!?」
鼓膜を震わせる低音にリュカは雷に打たれたように跳ね上がった。振り返った先にいたのは他ならぬエヴァンだった。
「エ、エヴァン様、ご、ごめんなさ――い!!」
聞かれていたという戦慄。リュカは甲高い悲鳴を残し、海里を置き去りにして一目散に駆け出した。
「……私は別に怒っているわけではないのだが」
釈然としない表情で立ち尽くすエヴァンに海里は苦笑して、走り去ったリュカの背中を追って書庫へと向かった。
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リアムが管理している書庫は、里の中心にそびえる巨大な樹木の最も高い場所に存在していた。
たどり着いたその場所は樹上の書庫。屋根には天窓が設けられ、そこから降り注ぐ光が部屋全体を照らし出していた。
リアムはここで古文書を読み解くだけではなく、新しい知識や魔法を今の同胞だけでなく、次世代に伝えるために記録していた。
海里が中へ足を踏み入れると、既にアルベールとリアムの二人が熱のこもった様子で話し込んでいる姿があった。その二人の傍らでは、リズがリアムから借りたと思しき古びた書物を熱心に読み耽っていた。
(リズもか……)
「この書物……リグリアの図書館にはないわ」
リズは触れたことのない知識を見つけたようで、本の虫を自称する彼女は感嘆の吐息をこぼしながら、頁をめくる手を止められずにいた。一頁ごとに瞳は輝きを増し、周囲の声も届かないほど没入していた。
一方、レンは別の書物を手にしていたが、こちらは明らかに反応が芳しくなかった。
貴重な知識が詰まった蔵書は、彼が培ってきた理解の枠を超えた代物だった。混乱と疑問符ばかりが浮かんでいるようで、さっぱり内容が理解できていない。とうとう耐えきれなくなったのか、彼は小さくため息をつきながら頭を抱えた。
「うーん。駄目だ……さっぱりわからん……。いや、でもせっかく来たし」
そこにはただ途方に暮れている一人の青年の姿があった。
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リアムと話し込んでいたアルベールは、海里が書庫をしげしげと眺めていると声をかけてきた。
「気になる書物がありそうかい?」
「何かを調べたいわけじゃないのですが、リグリアと違う本に圧倒されてしまいますね」
「ふふ、そうだね。……おっと偵察の準備をしないと。偵察結果とここの知識を合わせればルカンの解毒以外にも応用できるはずだ。回復魔法以外の手段を得られるのは私には何より大きい」
「……回復魔法」
アルベールが偵察の準備を始めた時、それまで話を聞いていたリュカが真剣な眼差しで彼を呼び止めた。
「ねぇ、アルベール。相談があるんだ……。僕にも回復魔法が使えるようになるかな?」
「ん?」
その申し出にアルベールは目を丸くしたが、すぐに表情を和らげリュカと視線を合わせた。
「リュカちゃん。どうして回復魔法を学びたいと思ったんだい?」
「僕、攻撃魔法の適性が低くて。今は精霊の力を借りて補っているけど、自分自身の魔力は持て余してるんだ。……薔荊蛇と戦って怪我した同胞の中には、まだ癒えていない人もいる。もし僕に回復魔法が使えたらって思わずにはいられないんだ。だからお願い。僕に教えてほしい!」
真っ直ぐにぶつけられた懇願にアルベールはしばし考え込む。
「いいよ、リュカちゃん。私がこの里にいる間で良ければ持てる知識を伝えよう」
「本当!?ありがとう、アルベール!」
瞳を輝かせるリュカに、アルベールはどこか誇らしげに目を細めた。
「ふふ、近頃は学ぶ意欲に溢れた子が多くて私も身が引き締まるよ」
「僕以外にも誰かいるの?」
「ああ。リーファちゃんといってね。私の医院で熱心に学んでいる子がいるんだ。君とは良い話し相手になれるかもね」
リュカとアルベールの様子を眺めていたリアムが微笑ましそうに口元を緩めた。
「ふふ、リュカったら。アルベール殿と海里さんに興味津々ね」
「出会って間もないのに随分と関心を持たれた気がします」
「あの子、最初は素っ気なかったでしょう?」
言われてみればその通りだった。
「警戒心は強いけれど、一度心を許せば本当に無邪気なの。私から見れば、あの子が可愛くて仕方ないのよね」
慈しむように目を細めるリアムへ海里も偽らざる心境を返した。
「彼とは良い友人になれると思います」
「あら?」
リアムが笑みを深めるが、海里はその意味ありげな反応に首を傾げた。
「どうかしましたか、リアムさん?」
「ふふ。いいえ、何でもないわ」
明らかに何かあるが、リアムはそれ以上語ろうとはしなかった。
(答えを間違えたか?)
海里は思考を切り替え、胸に燻っていた別の疑問をリアムへぶつけることにした。
リグリアでは得られなかった大陸の過去の情報。そして別人のように変貌した鏡花の現状に繋がる糸口を、賢者と称される彼女なら知っているのではないか?そんな淡い期待を抱いていた。
「リアムさん。ここに五十年前の大戦に関する記録はありますか?以前調べた場所では満足な資料が見つからなくて……」
「五十年前の……?。海里さんは当時の何を知りたいのかしら?」
海里は鏡花の名を伏せ、慎重に言葉を選んで疑問の核心を投げかけた。
「知っている人間がまるで別人のように変貌してしまった記録はありませんか?」
それまで笑っていたリアムから笑みが一瞬で消えた。それだけで彼女が何かを知っていると理解できた。
「……海里さん。どうして、そんなことを聞くのかしら?」
「久しぶりに再会した幼馴染が別人のようになっていたんです。何も理由が分からなくて手がかりが欲しいんです……」
苦しげに言葉を絞り出す海里に、リアムは静かに問いを投げかけた。
「……その人は無感情な様子だったかしら?」
海里の脳裏に、再会した鏡花の何の感情も見えない瞳が蘇る。
「……はい。俺にはそう見えました」
リアムの表情が険しさを増して、しばらく沈黙したのち口を開いた。
「記録は……あるわ。五十年前に第一転生者が行った実験の記録が」
「――っ!!本当ですか!?」
第一転生者。その言葉に海里は得体の知れない不安に襲われた。
(実験……。俺より先に転生していた鏡花は教団に……何をされたんだ?)
激しい動揺が海里を襲うが、ちょうど偵察の準備を終えたリュカとアルベールが二人のもとへやって来たことで、思考は偵察へと向いた。
「準備は整ったよ。レン君から姿を隠す魔道具も借りてきた。……どうかしたのかい、海里君?」
「……少し考え事をしていました」
海里が平静を装い歩き出そうとすると、リアムがその背に声をかけた。
「海里さん。当時の詳細な記録を用意しておくわ。……続きは戻ってからにしましょう」
「ありがとうございます。……よろしくお願いします」
海里は彼女に頭を下げ、書庫を後にした。
森の奥深くへ偵察に向かう三人の背中を見送ったリアムは独りごちた。
「そう。……あの忌まわしい技術。五十年経ってもまだ残っていたのね」
その呟きは誰の耳にも届くことはなかった。