輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第52話:黒曜騎士団の潜入

 里へ戻った三人は、偵察出発前とは異なる里の不穏な空気を感じ取った。

 

「……妙な雰囲気だね」

 

「何だろう……?皆、慌ただしいみたい」

 

「……里で何かあったのか?」

 

 海里とリュカが困惑し、アルベールが周囲を窺っていたところへ、里に残っていたレンが駆け寄ってきた。

 

「おかえり!戻ってきたか三人とも!無事だな!」

 

「ただいまレン。書庫にいたんじゃなかったのか?薔荊蛇の偵察は無事に終わって――」

 

「そうじゃねぇんだ!黒曜騎士団に襲われてないよな!?」

 

 海里の言葉を遮り、レンが切迫した声を上げた。その表情からは焦燥が伝わってくる。

 

「は?どういうことだレン?」

 

 海里はレンの腕に巻かれた包帯と、そこに滲む血にようやく気づいた。レンは自らの負傷を省みず、不在の間に起きた事態を語り始めた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 海里たちが偵察から戻るまでの間、レンはリアムの管理する書庫で蔵書を読みながら唸り声を上げていた。

 

「うぉ――!やっぱり俺には、ここにある本の内容は難しすぎる……。頭、痛くなってきた……」

 

「鍛錬が足りないわよ、レン。この素晴らしい蔵書の価値が分からないなんて嘆かわしいわね」

 

「理解したいけど内容が難しすぎるんだよ」

 

 

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 貴重な蔵書の数々。リズにとっては宝の山でも、レンにとっては謎の言語の記された膨大な情報の塊でしかない。

 

 リアムは、知恵熱に苛まれるレンに頭痛を和らげる薬を調合してくれた。

 

「どうぞレンさん。飲んだら気分転換に外を歩くことをおすすめするわ。ここの蔵書は専門的なものが多いから、読んでみて、あなたのような状態になる人も少なくないわ」

 

「ありがとうございますリアムさん。リズ、ちょっと俺は外の空気を吸ってくる」

 

「ん!行ってらっしゃい。私はもう少し本の虫になってるわ。具体的には海里たちが戻って来るまでは……」

 

 リアムの薬で頭痛が収まってきたレンは書庫の扉を開けて外に出た。

 

 里を形作る樹木の最上部には澄んだ空気が流れ、下方には大きな湖が広がっている。この高さから落ちれば只ではすまないとレンは身震いした。

 

 上ってきた道を下っていくと他のエルフの視線を感じたが、その視線にも幾らか慣れてきた。そう思い暫く進んだ先で、シルフィアと遭遇した。

 

「あら、レン。リアム様のところにいたんじゃなかったのかしら?」

 

「あの場所のすごい本は、俺には難しすぎました……」

 

 げんなりした様子を見せるレンに、シルフィアは苦笑していた。

 

「ふふ、リアム様の管理する蔵書は内容が難しいものが多いわ。それに難なく順応しているリズがすごいのよ」

 

「リズはただの本好きです」

 

 穏やかな彼女との会話にレンの緊張も解けていく。二人は里の入口方面へ向かいながら話を続けた。その付近ではエヴァンが数人のエルフと周囲を警戒していた。シルフィアがその理由を尋ねる。

 

「お父様?何かあったの?物々しい雰囲気だけど……」

 

「シルフィア、それにレンだったか。先程から森の精霊が騒がしい。別の誰かが森に来たようでな……」

 

 エヴァンはすぐに戦闘が行えるように剣と盾を装備していた。

 

「居場所って分かるんですか?」

 

「まだ分からん。気配を消す手段があるのか、捕捉したと思ったら見失うというのを繰り返している。荒事になるかもしれん。シルフィアは反対の方角を見張ってくれ。レンは私の方を手伝ってくれ」

 

「分かったわ」

 

 思惑の不明な来訪者の存在は、里にとって予測のつかない影響をもたらす。エヴァンの助力の依頼に二人は頷き、協力することにした。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

(随分と里が騒がしいわね……。何かの準備をしているのかしら?)

 

 エルフの里の巨木の間に架けられた橋の上で、黒曜騎士団のカミラは、目の前を通り過ぎるエルフたちの言葉に耳を傾けていた。

 

 

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 カミラの姿は彼らには見えていない。彼女は隠蔽魔法により存在ごと気配を断っていた。この隠密に特化した力をレナートに買われ、不本意ながらも同行を命じられた。

 

 カミラが内心で何を思おうとレナートには逆らえない。バルトロメオと自分に偵察を強いて、自らは報告を待っている。

 

 潜入の目的は海里という冒険者の調査だが、理由は知らされていない。ただ、ろくでもない事態に繋がることだけは予想できた。

 

 里を巡り、聞き及んだ情報は二つ。

 

(海里は里にいなくて、薔荊蛇とやらの偵察のために森の奥地へ向かった……か。今得られる情報はこれくらいね。バルトロメオと合流すべきね)

 

 カミラは腕を振り、肉眼では捉えられぬ鋼線を樹々の間に張った。その上に跳躍し、移動を開始する。体重を完全に殺したカミラの足音はおろか、鋼線が軋む音すら響かない。地上を歩けば足跡を残し、枝を踏めば音が出る。痕跡を一切残さぬため、空中に張った鋼線の上を滑るように進む。

 

 その矢先、一人の女エルフが目に入った。カミラの潜む方角へ近づいてくる足取りに、一切の隙がなかった。

 

(……強いわね、あの女性エルフ)

 

 差し込む光の反射で鋼線の存在を察したのか、彼女は杖の先から冷気を発し、氷の微粒子を散布し始めた。

 

 氷粒は術者の意志で空中に漂い続ける。そこに潜伏者がいれば体温で溶け、呼吸で揺らぎ、動けば粒の流れに不自然な空白が生じる。目に見えない網で不可視の敵を捉えようとしていた。

 

 カミラは内心で舌打ちした。

 

(まずい。鋼線が仇になったわね。時間の問題で気づかれる。このまま気づかれるくらいなら……)

 

 小さく息を吐き、隠蔽魔法を解いた。滲むように浮かび上がったのは、シルフィアから二十歩ほどの距離。すぐに杖を向けられたが、カミラは動じることなく静かに告げた。

 

「こっちに来ないで……。傷つけたくないわ」

 

「……あなたの鎧は黒曜騎士団のものね。悪い噂ならいくらでも聞いているけれど、あなたの様子はその話と合致しないわね。事実は違うということかしら?」

 

 シルフィアの言葉は探りではなく事実を知るものの言葉。

 

 対するカミラは武器を構えていない。周囲の鋼線も移動用であり殺意はない。むしろ不本意な空気すら漂っていた。

 

 黒曜の名を出されたカミラは、露骨に嫌悪を示した。

 

「予想外だわ。アウロラの森にまで黒曜の悪評が広まっているなんて。あなたの聞いている話はすべて事実よ」

 

「私は今リグリアで暮らしているから知っているだけよ。ゼファーから黒曜のことは聞いているわ」

 

「『雷針』?そう、あなたが白銀騎士団に出入りしているエルフなのね……」

 

「その通りだけど。あなたは姿を隠して何をしているのかしら?」

 

「……言えないわ」

 

 目的を問うシルフィアに対し、カミラは短く拒んだ。

 

「でしょうね。何にせよ大人しくして頂戴。今この森で何かするつもりなら、やめておきなさい」

 

「その判断は私の一存では無理だわ」

 

「命令している奴が別にいるのね」

 

「……」

 

 沈黙を返したカミラは再び隠蔽魔法を展開し姿を消した。気配はおろか、違和感の端緒であった鋼線すら消失した。

 

「敢えて姿を晒した上で攻撃もせずに撤退する。目的が分からないけれど下手に攻撃してくる相手より厄介ね」

 

 シルフィアの呟きだけがその場に響いて消えた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 一方、エヴァンと行動を共にするレンは、里の入り口付近を警戒していた。しばらくして、彼は妙な違和感を抱き始めた。

 

「どうした、レン?」

 

「エヴァンさん、精霊って感知する力が強いんですよね?向こうの方に何か感じますか?」

 

「いや、私の周囲の精霊は何も反応していない。それがどうした?」

 

「いや、何か……この辺に来てから妙な感じがして……」

 

 見えない。聞こえない。風に混じる異質な匂いもない。五感のどれも異常を捉えていない。それなのに体の芯が、ここに何かいると叫んでいる。冒険者として磨かれたものか、それとも生まれ持ったものか。レン自身にも分からない。ただ、この感覚が外れたことは今までほとんどなかった。

 

 レンはメイスを構え、じりじりと違和感の源へ近づいていく。何もないはずの場所に何かがいる。その直感は、低く響いた男の声によってすぐに証明された。

 

「……どうして気づいた?」

 

「「――ッ!!」」

 

 二人の驚きを合図にするかのように、風景がぼやけ、黒光りする鎧を纏った金髪の

 男が姿を見せた。背には長大な両手剣を背負っている。

 

「何故、精霊が反応しなかった?レン、どうして分かった?」

 

「直感としか……。リズにも勘は冴えてるわねと言われます」

 

「いずれにせよ感謝する。貴様、何者だ?魔道具で隠れていたのか?」

 

 エヴァンの問いに、バルトロメオが淡々と答える。

 

「仲間の魔法の効果だ。そっちの冒険者にバレてしまったが……お前が海里か?」

 

「は?海里?お前のその鎧、黒曜騎士団だろ。海里に何の用があるんだ?」

 

「……お前じゃないのか。俺はただ、その冒険者を調査しろと言われているだけだ」

 

「誰に言われたんだよ?」

 

「宰相イディウスだそうだ。それ以上は知らない」

 

「何にせよ、海里に何かしようってなら、やらせねえぞ!」

 

 レンが土魔法を発動し、メイスを土塊で覆う。長大な土の金棒となった武器を黒曜の男へと振り抜いた。男は背の両手剣を素早く抜き、一撃を正面から受け止めた。

 

「なぁ!?」

 

 土塊の重量を、男は僅かに後ろに下がっただけで受け止めていた。全力の打ち込みが完全に防がれ、衝撃がレンの腕をビリビリとしびれさせる。膂力の差が明確に伝わってきた。

 

 

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 男の両手剣に魔力が漲り、メイスを受け止めたまま低く告げた。

 

「……無駄に傷つけるつもりはない」

 

 男が刃に魔力を一気に込めた。次の瞬間、衝撃が弾ける。斬るのではなく押し出す一撃は、魔力を物理的衝撃に変換して放たれたものだった。

 

 メイスごとレンの身体が後方へ吹き飛ばされた。地面を跳ね、背中から倒れ込む。

 

「っ、かはっ……!」

 

 立ち上がろうとするが腕に力が入らない。受け止めた際の痺れが衝撃で一層強まっていた。骨に異常はないが腕から出血していた。

 

 男は剣を構え直さなかった。レンに代わってエヴァンが踏み込もうとした瞬間だった。何もない場所から同じ黒い鎧を纏った女が姿を見せた。

 

「バルトロメオ!調査対象は今、里にはいないわ。撤退しましょう」

 

「……分かった。退こうカミラ」

 

 踵を返そうとする二人をエヴァンが阻む。

 

「ここから逃がしはせんぞ!」

 

 エヴァンが剣に魔力を込めて振るう。二人がそれを躱した直後、退路を塞ぐように氷壁が出現していた。

 

「「――ッ!?」」

 

 退路を封じられたバルトロメオが、両手剣に魔力を込めて氷壁に振り下ろす。衝撃音と共に刃が氷壁を粉砕していく。

 

 氷壁は完全に崩れ去り、遮蔽物としての機能を失った。

 

 エヴァンが虚を突かれた隙に、カミラが背後の樹へと鋼線を伸ばす。鋼線が巻きつくと同時にカミラの身体が引き寄せられるように後方へ飛んだ。

 

 続けて、別の鋼線がバルトロメオの腰に絡みつく。鋼線が引き絞られ、バルトロメオの身体が崩れた氷壁を越えて引き上げられた。

 

 軽やかに樹々の間を抜けた二人の姿は、カミラの隠蔽魔法に包まれ瞬時に掻き消えた。

 

「……やるな」

 

 エヴァンは深追いを断念した。

 

 レンは傷めた腕を押さえながら、二人が消えた方角を睨んでいた。衝撃の魔力に吹き飛ばされた時のダメージが残っていた。

 

「……強かったな、あいつ」

 

 悔しさを滲ませるレンに、エヴァンは静かに答えた。

 

「二人とも殺す気はなかった。それが余計に厄介だ。目的を果たせなかっただけで次がないとは限らん」

 

 剣を鞘に収めたエヴァンは氷の残骸に目を向けた。力任せに砕いた男と鋼線を操って離脱した女。

 

「レン。腕の傷は深いか?」

 

「大したことないです。動くのに支障はないです」

 

「そうか。ならばこの状況を知らせなければならん」

 

 エヴァンは長老への報告に向かい、レンは簡易的な止血を行いながら海里たちの帰還を待つことにした。

 

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