輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第59話:知恵者たちの戦線

 海里が傷を負ったリュカと攫われたエルフの子供を連れて里に戻ると、すぐにシルフィアと出会った。海里に抱きかかえられたリュカと背中の子供を見て、彼女の顔に動揺と疑問が浮かんだ。

 

「海里、リュカ。それにその子は……。あなた達一体、里の外で何があったの……?」

 

 シルフィアは二人に駆け寄り、心配そうに尋ねた。

 

「シル姉……」

 

 海里はリュカをそっと下ろし、森で起きた黒曜の男との戦いの経緯を伝えていく。

 

「その男を倒して、丁度、戻ってきたところです」

 

 シルフィアは黙って海里の話を聞きながら、リュカの様子を観察していた。特に、乱れた服からリュカが何をされかけたかを察した彼女は、海里が話し終えると同時にリュカをぎゅっと抱きしめた。

 

「リュカ……。怖い思いをしたわね。ごめんなさい、傍にいなくて」

 

 シルフィアの腕の中で、リュカはふるふると首を振った。

 

「平気だよ、シル姉。怖かったけど、海里が来てくれたから」

 

「私の可愛い妹分を……。黒曜騎士団……。よくも、こんな真似を……」

 

 

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 静かな声で怒りを露わにするシルフィアだったが、里の入口方面からエヴァンが早足で向かってきた。彼もまた偵察から戻ったばかりのようだった。

 

「何があった?」

 

 海里が経緯を説明すると、エヴァンも険しい顔になった。偵察の結果も芳しくなかったようだ。

 

「偵察に出した者たちは死んではいなかったが、重傷を負っていた。先の二名以外にも黒曜はやはりいたか……」

 

「俺が倒した男は、リズが話していたレナートの名前を出しました。その男もどこかにいます」

 

 リュカが腹部を庇い、記憶を辿るように続けた。

 

「多分、そのレナートだけじゃないよ。子供を攫った奴が逃げる時、霧に巻かれて見失いかけたけど、身体強化魔法しか使わなかったから」

 

「そう、なら黒曜は五人いるということね」

 

「その子供は私が預かろう。休ませてやらねばな。リュカ、私の頼み通り、子供たちを気にかけてくれて感謝する。海里、お前もだ。リュカを助けてくれてありがとう」

 

 エヴァンはエルフの子供を抱き上げ、その小さな背中を優しく撫でたあと、三人の前から去っていった。

 

 エヴァンが去った後、シルフィアはリュカに向き直った。

 

「リュカ、貴方は休んでいなさい」

 

 シルフィアはリュカの負傷を懸念したが、リュカはそれを拒否した。

 

「平気だよ、シル姉!助けられてばっかりじゃいられないんだ。このあとの薔荊蛇との戦いに絶対に参加するからね!」

 

 リュカの強い意志のこもった目に、シルフィアは少し驚き、そして目を細めて微笑んだ。

 

「貴方をまだ子供扱いしていたわね」

 

「リュカはアルベール先生のところで治療してもらおうと思います」

 

「それがいいわね。アルベールとリアム様のところには護衛も兼ねて、レンとリズがいるけれど、状況を伝えておいてあげてほしいわ。それじゃあ、私は行くわ」

 

「行くってどこへですか?」

 

 シルフィアの視線が森の方角へと向けられた。

 

「私の可愛い妹分を傷つけた連中はまだ他に残っているでしょう?報いは受けてもらうわ。絶対に逃さないわ」

 

 そう言って歩き始めた彼女は、振り返って海里に心からの感謝を伝えた。

 

「海里、リュカを助けてくれて、本当にありがとう。もう少しの間、リュカのことお願いね」

 

「はい、分かりました」

 

 海里とリュカの表情を交互に確認した後、シルフィアは二人に背を向けて、森へと向かっていった。

 

「リュカ、動けるか?キツかったら、抱き上げて書庫に連れていくよ」

 

 その言葉を聞いた直後、リュカの耳が真っ赤に染まる。

 

「だ、大丈夫だって。もう歩けるからさ。あ、でも行く前に着替えておきたいかな」

 

「分かった。じゃあ、それから書庫に行こう」

 

 慌てた彼女の様子は微笑ましかったが、黒曜はまだ他にもいる。里の中にまで侵入を許した以上、油断はもうしない。海里とリュカは書庫に向かった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 同刻。

 

 アルベールは書庫で、リアムと共に採取してきた薔荊蛇(しょうけいだ)の素材を用い、麻痺毒を無効化する手段を模索していた。

 

 遠からず決行される討伐作戦において、近接戦闘を担う者たちが毒の脅威に晒されぬよう、防護策の確立は急務だった。静かに立ち込める薬草の独特な匂いの中、リアムは薬瓶を覗き込みながら、案じるようにアルベールへ問いかけた。

 

「薔荊蛇の素材を持ち帰ってくるなんて、アルベール殿、あなた危険なことをするわね。平気そうに見えるけど、身体は大丈夫かしら?」

 

 リアムの懸念に、アルベールは顔を上げて微かな笑みを浮かべた。

 

「ご心配なく。あなたに貸していただいた魔法袋のおかげで、素材は安全に運ぶことができました。体調に異変はありません。私は医師として、必ずこの麻痺毒を無効化する手段を見つけ出す。それが、直接戦う手段を持たぬ私なりの戦いです」

 

 言葉の端に、自身が戦場に立てぬことへの微かな悔しさが混じる。その自嘲の色を感じ取ったリアムが、重ねて問いを投げた。

 

「自分で戦えないことが歯痒いかしら?」

 

 アルベールは一瞬言葉に詰まったが、やがて正直な胸中を明かした。

 

「そう思うことは無論あります。しかし、誰しも向き不向きがある。私には医術の知識と回復魔法があっても、戦う術はなかったというだけです」

 

 リアムは静かに耳を傾け、包み込むような声で告げた。

 

「立派な心掛けじゃない。あなたは自分の適性を理解したうえで、自分にしか出来ないことを為そうとしているわ」

 

「ありがとうございます、リアムさん」

 

 自身の在り方を肯定され、アルベールはふっと表情を緩めると、再び手元の作業へと意識を戻した。人間とエルフ。種族は違えど、知識への熱意を共有する二人が薔荊蛇対策に没頭する。窓から差し込む陽光が、その真剣な横顔を静かに照らしていた。

 

 ほどなくして、長老イストールが様々な鉱石の詰まった木箱を台車に載せて現れた。

 

「里の蔵に保管していた鉱石じゃ。麻痺毒無効化の対策に使えるかのう?」

 

 突然の来訪と大量の鉱石に、リアムは驚きつつも感謝を口にした。

 

「イストール様。わざわざ、ありがとうございます」

 

 装備を新調するにも、これらの鉱石は欠かせない。

 

「黒曜騎士団の男が騒動を起こしたようでな。エヴァンから薔荊蛇対策を急ぎたいと頼まれて運んできたんじゃ」

 

「その黒曜の騒動は解決したのでしょうか?」

 

 アルベールの懸念に、イストールは頷いて微笑んだ。

 

「うむ。海里君が動いてくれたそうじゃ。じゃが、リュカが怪我をしたようでのう」

 

「リュカちゃんが?」

 

「アルベール殿。リュカの怪我の治療をお願いできるかのう?あとでこちらに来るじゃろう」

 

 アルベールは迷うことなく承諾した。

 

「ええ、承りました」

 

「感謝を」

 

 イストールは深々と頭を下げると、空になった木箱を載せた台車を押し、その場を後にした。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

「薔荊蛇との決戦前に、海里さんに負担をかけてしまうなんてね」

 

 リアムは運ばれてきた鉱石を手に取り、複雑な表情を浮かべた。

 

「海里君は、自分よりも他者を助けることに力を注いでいます。そうしなければならないとでも言うように……」

 

 アルベールは作業の手を止めず、海里の印象を語る。

 

「彼に何があったのかしら?」

 

「私も知る知人が、彼を助けて亡くなっています。それに罪悪感と使命感を抱いているのでしょうね」

 

 ゼファーが森に来たことがあるので、弟がいることは知られていた。その弟が海里を助けて命を落としたと聞かされ、リアムは絶句した。砕いた素材を混ぜる乾いた音だけが、しばらく書庫に響いた。彼女が再び口を開く。

 

「それは少し危うい気がするわね。自分のことも慮ってほしいものだわ。私も彼から無視できない質問を受けたわ」

 

「何を聞かれたんですか?」

 

「彼の知人が別人になってしまったそうなの。聞いた内容が、どうも五十年前の第一転生者が行った実験内容に酷似しているから、その資料を提供することを約束したわ」

 

 リアムの言葉に、アルベールは作業の手を止め、眉間に指を当てて揉みほぐした。

 

「ルカンの毒だけでも、彼にとっては重い負担だというのに……」

 

 リアムはアルベールに向き直り、真剣な眼差しで告げた。

 

「アルベール殿。リグリアに戻ったら、彼のことを支えてあげてもらえるかしら。ルカンの毒を治療できても、彼は次の行動を見据えているわ」

 

「私にできることであれば、必ず!」

 

 短い沈黙の後、リアムは小さく微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 アルベールとリアムは作業を再開し、砕いた薔荊蛇の素材と鉱石を混ぜ合わせ、麻痺毒を退けるための魔石を生成していった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 黒曜の動きを警戒するため書庫に待機しているリズは、護衛がてらリアムから借りた書物を読みふけっていた。その横でレンは、相変わらず自らの理解を超えた知識という名の暴力に直面し、難しい顔で唸り声を上げていた。

 

 薔荊蛇に対抗するための道具を作れるわけでもなく、リズのように読書に没頭することもできない。護衛の役目がない空き時間に知識の壁へ挑んだレンだったが、あえなく撃沈していた。

 

(やっぱ……内容が難しすぎる)

 

 アルベールたちの作業の重要性は理解している。だが、その詳細はレンにとって門外漢であり、理解の及ばない領域だった。

 

「話が専門的すぎて、さっぱり理解できない……」

 

 レンの呟きに、リズはちらりと目線を上げて答えた。

 

「レン。今、この場所では薔荊蛇の麻痺毒を無効化する魔石が作られているってことと、私たちは黒曜に警戒することだけ意識していればいいわ。無理して読まなくていいのよ」

 

「んー、それはわかるんだけどさ」

 

 レンは床に置かれたメイスを拾い上げ、その柄を握りしめた。

 

「何に引っかかっているの?」

 

 リズはレンの表情を覗き込んだ。付き合いの長い彼の悩む顔を見て、彼女も落ち着かない。

 

「アルベール先生とリアムさんがすごい知識を持ってるんだなって思わされた。俺にできることは戦うことくらいだからさ……」

 

「向こうでアルベールが言ってたことの真逆ね。アルベールは戦えないことを気にしてる代わりに知識で出来ることをやっているわ。レン、あなたは専門的な知識はないけど戦う手段は持っているでしょ。それに黒曜の男の侵入に気づいたのもあなたでしょう。あなたの直感はまた役に立つと思うわよ」

 

 そこまで話し、リズは再び古文書に視線を戻す。

 

「麻痺毒を無効化する魔石が準備できたら、そのあとは私たちが戦う番になるわ。あなたは悩むんじゃなくて、いつもみたいに馬鹿をやっているほうが自然よ」

 

「何気にひでぇな。でもフォローありがとよ、リズ」

 

 自分にできることを精一杯やればいい。それ以外のことに悩む必要はないと、リズの言葉が彼の迷いを払った。二人は静かな書庫の中で、それぞれの役割を見据えていた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 黒曜騎士団エーリッヒは、ヘルマンと別行動を取った後、里の中で価値ある品がある場所を探っていた。霧魔法を操る彼は、エルフたちの警戒を掻い潜り、未だ捕捉されていなかった。

 

 彼にとっての誤算は、ヘルマンが大した騒ぎを起こしていなかった点にあった。

 

 わずかにエルフたちの動きが慌ただしくなった程度であり、その当人は今頃、自分の趣味に没頭しているのだろう。それでは、全くの役立たずではないか。

 

 ならば自分も価値ある書物や魔道具を得るべく動いても構わないはずだ。そう身勝手な論理を正当化し、エーリッヒは里内の住居に入っては物色を繰り返していた。

 

 一軒ずつ物色するのは効率が悪い。発覚してエルフたちに取り囲まれれば、流石に逃げるしかない。しかし、ただの遠出で終わってしまうのは我慢ならなかった。

 

 最小限の手間で最大限の利益を。エーリッヒの視線が捉えたのは、里の中心にある巨大な樹木の最上部だった。

 

(あの立派な場所なら希少な魔道具や魔導書があるはずです。アリーナポリスの闇市にでも持ち込めば私の懐も潤うこと間違いなし!)

 

 自然と口角が吊り上がる。期待に満ちた歓喜を胸に、彼は里の最上部へと向かった。

 

 目的の場所に辿り着いたエーリッヒの視界には四人の男女が映った。研究に没頭する者たちと護衛と思しき冒険者の姿。

 

「ちっ……」

 

 思わず舌打ちが漏れる。バルトロメオやカミラが里の者と交戦したことなど、今の彼の頭からは抜け落ちていた。

 

(面倒ですね。二人は冒険者……気づかれれば始末に手間取ります。ですが、それだけ価値あるものが眠っている証拠でしょう。是が非でも手に入れねば)

 

 エーリッヒはギラついた視線を書庫へ向けた。

 

(薔荊蛇とやらが来るまで、どれほどの猶予があるのでしょう。魔物が暴れ回ればこの場所も破壊されかねない。私が確実に()()しなければッ!!)

 

 彼は懐から魔法袋を取り出した。欲望を満たすためならば卑劣な手段を厭うつもりはない。

 

(宝の山を放置しておくのは大きな損失です。価値あるものは真価を理解する者の手に渡り、広く世の中に循環すべきなのです。私はただ、その流れを少しだけ()()()してあげるだけ。さて火でも放ちますか)

 

 意味不明な論理を盾に、エーリッヒは邪魔者を排除するための行動を開始した。

 

 

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 □■□■□■□

 

 

 

 異変に最初に気づいたのは、レンだった。

 

「なぁ、リズ。焦げ臭くないか?」

 

 レンは鼻をひくつかせ、周囲から漂い始めた異臭を捉えた。書物に没頭していたリズも彼の言葉で手を止め、静かに顔を上げた。

 

「本当ね。何かが焼けるような……。でも、こんな場所で火を使う人なんて……」

 

 二人は静かに顔を見合わせた。

 

「外を見てみようぜ」

 

 二人は書庫の外に出て、目の前に広がる光景に息を呑んだ。炎は書庫の屋根付近にまで迫り、樹々が巨大な松明のごとく黒煙を吐き出して燃え盛っていた。生き物のように枝伝いに広がり、パチパチと音を立てて乾いた葉を焼き尽くしていく。

 

「な、何でだ!?何で急にこの場所が燃えてんだよ!?」

 

 レンは驚愕と焦燥を露わに声を荒げた。リズも知識の源泉が失われかねない状況に動揺を見せたが、すぐに冷静さを取り戻すと強く唇を噛み締めた。

 

「自然に火が点くわけがないわ。とにかくレン。これ以上炎が広がるのを食い止めないと!早く消火しないと……薔荊蛇との戦いにも影響が出かねないわ!」

 

 二人は視線を交わし、燃え盛る炎を鎮めるべく行動を開始した。

 

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