輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第62話:氷の制裁

 怒れるシルフィアがレナートの前に立ち塞がった。

 

 薔荊蛇(しょうけいだ)の脅威が背後に迫る中、前方の彼女を無視して逃げ延びる道はない。レナートは否応なしに対処を迫られる。

 

「耳長エルフ風情が、黒曜騎士団副団長であるこの私に勝てると思っているのですか!!!」

 

 レナートは叫び、モーニングスターを振りかぶり、シルフィアへと叩きつける。鉄と氷が噛み合う短く硬い音が響いた。

 

 シルフィアの足元から瞬時に生成された氷壁が、モーニングスターの突起を半ばまで呑み込んで停止させていた。力任せの一撃を正面から受け止めたのではなく、突起が食い込む角度に合わせて氷を硬化させて攻撃の威力を削いでいた。

 

「ぬっ!ぐぅぅぅ!!」

 

 レナートがモーニングスターを引き抜こうともがく。氷壁に亀裂が走り、武器が外れた拍子に、砕けた氷の破片が二人の間に舞い散った。柄や鎧に付着した破片を気にする余裕がレナートにはない。ただ、腕に骨まで響くびりびりとした衝撃が残っていた。

 

「ぐうぅぅぅ!私の一撃が弾かれるですって……!?武器がダメでも、こんな氷の壁など私の魔法で粉砕してあげます!」

 

 レナートは悔しさに顔を歪め、舌打ちとともに言い放った。

 

 腰を落とし、地表に両の手のひらを叩きつける。土魔法が発動し、彼の足元の地面が音を立てて隆起していく。鋭く尖った土塊が地面を割って次々と生まれ、互いに束ねられるように一本の巨大な槍へと集束していく。

 

 その先端がシルフィアを捉えた瞬間、衝突音が響き、巻き上がった土埃がレナートの視界を覆い尽くす。

 

「あははは!見なさい!これが、私の力です!」

 

 哄笑が響く中、土煙がゆっくりと晴れていく。

 

 最初に見えたのは、粉砕された氷壁の残骸だった。氷の粒が散乱し、土槍が氷壁を貫通した痕跡が残っている。レナートの口元が歓喜に歪んだ。

 

 次に見えたのは、土塊に貫かれ、微動だにしない人影だった。

 

「どうです!ひとたまりもないでしょう!」

 

 勝ち誇ったレナートが一歩、また一歩と踏み出す。土煙が完全に晴れたとき、貫かれた人影の表面に不自然な光沢が走った。露出した肌ではなく、透き通った硬質の氷。彼が土魔法で貫き砕いたものは、全身が氷で成形された精巧な像だった。

 

「は?」

 

 レナートの笑みが顔面に張りついたまま、足が止まる。いつ入れ替わったのか。氷壁が砕かれる前か、あるいは砕かれた瞬間か。答えを探す思考が空回りする中、冷たい声が耳朶(じだ)を打った。

 

「あなた、一体どこを見ているの?」

 

 ハッと息を呑み、慌てて振り返る。その真後ろに土の塵一つ纏わず、冷然とした眼差しのシルフィアが立っていた。レナートが反応する前に、シルフィアは杖の先端に魔力を集束させた。氷塊が生成され、まるでハンマーのようにレナートの鳩尾に叩き込まれた。

 

「ぐあああああああ、あっ、がぁぁ……」

 

 至近距離からの一撃が直撃したレナートは、身体をくの字に折り曲げ、そのまま後方へ吹き飛ばされて地面に倒れ伏した。

 

 鎧の上からとはいえ、衝撃は横隔膜を激しく痙攣させ、呼吸を奪い、喉を引き攣らせた。空気を求めて口をぱくぱくと動かす醜態を晒した。

 

 シルフィアは呆れ果てた眼差しで彼を見下ろし、短く嘆息した。

 

「あなた。騎士団の副団長だと豪語する割にその程度なの?その実力が本気なら、ゼファーどころか、ジュノアやラルフと戦っても負けるでしょうね」

 

 その言葉はレナートにとって、自身の地位と実力を根底から否定するものだった。

 

「その二人は白銀騎士団の一団員に過ぎないでしょう!私のような副団長という地位にある者ではないでしょうが!!」

 

 激昂するレナートに対し、シルフィアはただ淡々と指摘を続けた。

 

「はぁ。看板を背負えば自動的に強くなれるわけではないわ。ジュノアやラルフなら、戦闘中に相手の力量を見極め、自らの力を最大限に活かして戦う。白銀騎士団はゼファーの方針であえて副団長を置いていない。彼自身が動けない状況に陥っても、個々の団員が自らの判断で動ける力を養うために」

 

「ぐっ!」

 

 リグリアの騎士団に属さないエルフが白銀騎士団の実情を正確に把握している事実に、レナートは言葉に詰まった。

 

「それに引き換え、あなたは随分と甘い騎士生活を送ってきたのね。土魔法を放つとき、上体が沈んで前が見えなくなっていたわ。それが癖になっていることにすら気づいていないのでしょう?自ら視界を遮って何がしたかったの。私が氷像と入れ替わったことにすら気づかなかったじゃない。黒曜騎士団の副団長という地位を、あなたはお金で手に入れたのかしら?」

 

「は?」

 

 何を言われようとも、その侮辱だけは許容できない。レナートの歪んだプライドが彼をさらなる激昂へと駆り立てた。

 

「断じて違う!私が副団長の地位に就いたのは、団長『黒鋼(くろはがね)』に直接任命されたものだ!金で得たものなどではない!」

 

「私は『黒鋼』に会ったことはないけれど、ゼファーから騎士として高潔で人望の厚い人物と聞いているわ。任命された時のあなたが今のように堕落していなかったのなら、イディウスから与えられる蜜の味は、さぞかし美味しかったのでしょう?真っ当な努力を重ねることが馬鹿馬鹿しいと思うくらいにね」

 

 容赦ない言葉の刃がレナートの自負を粉々に打ち砕く。

 

「あなたは『黒鋼』の信頼を裏切って、権力と甘い汁に溺れただけのクズよ」

 

 これまで経験したことのない強烈な屈辱と全身を支配する怒りに、レナートの身体がぶるぶると震え始める。

 

「黙れ!黙りなさい!これ以上、私を侮辱するなぁ!……私の力は、まだまだこんなものじゃあない!!!」

 

 彼はモーニングスターを無造作に投げ捨て、木陰に置いてあった別の武器を掴み上げた。長い鎖の先に棘付きの鉄球が連結された得物。鎖を鳴らし、レナートは口角を歪めて哄笑した。

 

「さあ、今度こそ泣き喚かせてやりましょう!私の部下に襲われて泣き叫んでいたあなたの妹分と同じ悲鳴を、今度はあなたから引き出してあげましょう!」

 

「……」

 

 シルフィアは無言を貫く。その周囲には静かな怒りを伴った冷気が満ちていた。

 

「ぬぅぅあああああああ!!!」

 

 レナートが鎖付きの鉄球を頭上で激しく旋回させ始めた。空気を切り裂く風切り音と共に、鉄球は凄まじい遠心力を纏って唸りを上げる。破壊力を極限まで高め、レナートはシルフィア目掛けて鉄球を投擲した。

 

 並大抵の防御では防げない質量と速度に対し、シルフィアは氷の壁を生成してその軌道を遮った。凄絶な激突音が鼓膜を打ち、分厚い氷の壁に鉄球が深く食い込む。直後、氷の壁は耐えきれず音を立てて砕け散った。

 

 しかし、彼女は既に次の一手を完了させていた。

 

 鉄球の着弾にレナートの意識が奪われた刹那、地面を這う薄い氷の膜が彼の足元へと音もなく広がっていた。

 

「ぐっ……!」

 

 投擲に全神経を注いでいたレナートは、足元の変化に気づくのが遅れた。滑る氷に足を取られ、体勢を崩してふらつく。

 

 シルフィアはその隙を逃さない。レナート目掛け、無数の氷の槍を生成し、一斉に放った。

 

「そんなもの……!」

 

 よろめきながらもレナートは防御のための土魔法を発動した。地面が隆起し、彼の身体を覆うように強固な土の壁が形成される。

 

 殺到する氷の槍は土の壁に深く突き刺さり、勢いを失った。その光景にレナートは笑みを漏らす。

 

「ははは!どうです!あなたの氷魔法では私の強固な土の壁は崩せない!」

 

 自信を強め、レナートは再度の攻撃へ転じようとした。だが、氷の槍を阻まれたシルフィアの眼差しは冷静に土の壁を見据えていた。無数の槍が突き刺さったその壁は原形を留めてはいない。

 

「脆いわね……」

 

 シルフィアが指を鳴らす。刹那、深々と刺さっていた氷の槍が内側から冷気を噴出させ、土の壁そのものを芯から凍土へと変貌させた。それだけではなく、戦いの中で舞い散った氷の破片を浴び続けていたレナートの鎧もまた足元から凍結し始めていた。

 

「は!?何ですって!?」

 

 凍てついた土の壁は脆く崩壊し、その向こう側に呆然と立ち尽くすレナートが露わになった。彼が鉄球を構え直すよりも早く、シルフィアの放った氷の蔦が、鉄球を握る右腕へ容赦なく巻き付き、自由を奪う。

 

 レナートは必死に抗うが、氷の蔦は鎧に食い込むほど強力でびくともしない。シルフィアが杖を足元へ向けると、凍土と化した地面が鎧を侵食するように、ぴしぴしと凍結の範囲を広げていった。

 

「まさか……私が、こんな……!?」

 

 レナートは下半身から徐々に氷漬けにされていく光景を、ただ見ていることしかできなかった。腰まで完全に氷に覆われて身動き一つ叶わない。彼の顔は恐怖と筆舌に尽くしがたい屈辱に歪んでいた。

 

「ふざけるな!!私はこんなところで終わる人間じゃない!」

 

 叫ぶレナートにシルフィアは動じない。下半身を封じられた彼の元に、彼女は静かな足取りで歩み寄る。目の前で立ち止まると、その顔を見つめながら問いかけた。

 

 

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「そう。あなた、この場所からリュカが襲われる様子を眺めていたのね。ねぇ、あなたはどんな気持ちであの子の悲鳴を聞いていたの?……答えなさい」

 

「ひっ……ひぃ」

 

 その瞳と底冷えするような声はレナートを恐怖させた。身体を蝕む冷気以上に恐ろしく、取り返しのつかない過ちを犯したという自覚が頭を過り、寒気とは無関係に身体が激しく震えた。

 

(このままでは殺される……何とか、何とかする手段は……)

 

 死が迫ることでレナートの思考は加速する。生存への渇望が思考を突き動かした末に、レナートはある記憶を引き当てた。

 

(そうだ!ゼイロンが、万が一の備えだと渡してきた薬があったじゃないですか!)

 

 懐に忍ばせた小瓶。そこには禍々しい赤黒い液体が満ちている。ゼイロンの言葉が真実なら、一時的に力と魔力を向上させる即効性の薬。

 

(この窮地を覆すために、あの薬を!)

 

 レナートは氷結を免れていた左腕を懸命に動かし、懐へと手を突っ込んだ。感覚の消えかかった指先で必死に硬い瓶を探り当てる。

 

(……あった!)

 

 笑みが漏れた。

 

「……まだ何かする気?往生際が悪いわね」

 

 シルフィアは僅かな異変を察知し、数歩距離を取った。レナートの一挙手一投足を逃さぬよう、杖を構え直して視線を据える。

 

「はっ!はは!」

 

 レナートは指先の凍えを無視して小瓶を引き抜き、素早く開栓した。そして、中身の赤黒い液体を一気に喉の奥へと流し込んだ。

 

 直後、レナートの身体に変化が訪れる。

 

 体内の水分が瞬時に沸騰したかのように、高熱を帯びた蒸気が噴き出した。その熱量はレナートを拘束していた氷を瞬く間に溶かして蒸発させていく。膨張する筋力が、強度を失った氷を内側から粉砕した。

 

「ふ、ふふふ。はは、ははははははは!すごい、何ですかこの薬……!力が、魔力が全身に漲ってきます!」

 

 氷から解き放たれたレナートは、薬がもたらす全能感に酔いしれて哄笑を上げた。

 

「あなた、一体何を飲んだの?随分と毒々しい薬だったけれど……」

 

 シルフィアの表情に初めて明確な警戒が浮かんだ。氷の拘束を容易く無効化する膂力と、急激に膨れ上がる魔力。彼女が見たことのないものだった。

 

 噴き出す蒸気を纏い、鉄球を握り直したレナートが歩み出す。その顔に先ほどまでの怯えはない。

 

「輪廻教団の男に貰ったんですよ。一時的に身体の機能と魔力を跳ね上げる代物だそうです。だから!薬の効果が切れる前に!あなたを確実に潰す!!」

 

 薬の効果に突き動かされるまま、鉄球を振り回しながらレナートは反撃の叫びを上げた。

 

 

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