輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった― 作:あすらりえる
リュカの治療を終えた海里たちは、リアムの書庫から降りてきた。黒曜騎士団の蛮行により里に動揺は広がっていたが、海里たちが迎撃したことで、
森の奥へ運ぶ物資の準備を再開しようとした矢先、里の入り口方面からエヴァンの怒声が響いた。
「貴様ら!!一体何をしに戻ってきた!?」
海里たちは顔を見合わせた。エヴァンの怒りの理由を確かめるべく里の入り口へ向かうと、そこには黒い鎧の二人組が跪いていた。
それを見て、レンが驚きの声を上げる。
「あの二人だ。俺が遭遇した黒曜は」
「あの二人が……」
怒りの形相のエヴァンとは対照的に、黒曜のバルトロメオとカミラは沈痛な表情を浮かべていた。
「すまない!俺たちは命令に逆らえず、この里を危険に晒した……」
バルトロメオが絞り出すように告げると、カミラも切迫した警告を重ねた。
「副団長の命令で薔荊蛇をこの里へ誘き寄せました。奴が到達するまで時間は残されていません!どうか、里の人たちに避難を伝えてください!」
「同胞を傷つけた貴様ら黒曜騎士団の言葉をどうして信じられる!!薔荊蛇が来るなどという戯言を!」
「「――ッ!!」」
緊急性を訴える言葉は、エヴァンの怒りに油を注ぐ結果にしかならなかった。同胞を立て続けに傷つけられた以上、その反応は当然といえた。
「ちょっと、まずいな」
剣を抜きかねないエヴァンのもとへ、レンが駆け寄っていく。
「エヴァンさん!ちょっと待った!色々気になるから、俺たちも二人と話させてくれ!」
「レン。それに海里たちも来たか」
「よっ!久しぶりってほどでもないけど、俺はレン。二人の名前を教えてくれねぇか?」
怒りとは異なる態度で現れたレンに、バルトロメオとカミラがそれぞれ名乗りを返した。
「バルトロメオだ」
「カミラよ」
「薔荊蛇を誘き寄せたって言ったよな?何したんだ?」
「森の奥地に、魔物を誘引する効果のある魔道具を設置した」
「なんで?」
「レナート副団長の命令だ」
純粋な疑問をぶつけるレンに、黒曜の二人は言葉を選びつつも答えていく。
「それで薔荊蛇が想像以上の脅威だと実感したわ。……だから」
「それで里に警告しに来たって?虫が良すぎないか?」
二人の前に海里が立った。エヴァンほどではないが、海里もまた怒りを感じていた。その背に、黒曜に対する恐怖を拭いきれないリュカが隠れるように立っていた。
「……海里」
レンが呟いた名を聞き、バルトロメオとカミラが目を見開く。
「……あなたが」
「宰相の命令で俺を調査しに来たんだろう。俺を直接狙うならまだしも、この里を危険に晒し、薔荊蛇を誘き寄せるなんて正気とは思えない。心情的には、俺もエヴァンさんと同じ意見だ」
海里は拳を握りしめ、爪を手のひらに食い込ませた。
「すまない……。返す言葉もない」
謝罪を繰り返すバルトロメオに、海里はそれ以上の言葉を飲み込んだ。そこへリズが割って入る。
「はいはい。みんな落ち着いて、なんて無理でしょうけど、少し話を聞かせて」
リズは二人の顔を順に見据えた。
「黒曜の悪い噂は知っているけど、なんで同じ騎士団の内部で脅迫される関係になったの?」
バルトロメオは一度目を伏せ、口を開いた。
「……団長が国境へ行ってから、レナート副団長が変節していった。行動を咎めれば、家族に危害を加えると脅されるようになった」
リズの眉がぴくりと動く。
「それって、レナートがイディウスと関わるようになってからの話よね?」
「ああ。そうなってからは、誰もが理不尽な命令に逆らえなくなった」
カミラも沈痛な顔で続いた。
「イディウス宰相との繋がりを盾に、罪を捏造するとも言われたわ。団長がリグリアに戻るまで、せめて真っ当な騎士団として保ちたかったけれど……結局、力不足だったわ」
話を聞き終えたリズは息を吐いた。
「……動機は理解したわ」
リズはそれ以上追及しなかった。重要なのは、彼らが本当に自らの意思で行動しているかどうか。黒曜の悪評が事実である一方、それが団員の総意ではないことを海里たちは理解した。
しかし、襲撃された側にとって彼らが黒曜の一員である事実は変わらない。エヴァンの怒りは依然として深かった。
「それが貴様らの行いを不問にする理由にはならん」
「……」
海里は沈黙した。リュカを襲った黒曜は許せない。だが、この森を守護するエヴァンの怒りと自分のそれは重みが異なる。
海里が行き場のない怒りを持て余していたとき、背後から小さな声が聞こえた。
「ねぇ。……一つだけ教えて」
リュカが海里の背から半歩踏み出し、身体を強張らせながらも二人を真っ直ぐに見据えた。
「僕を襲おうとした男と一緒に森へ来たんだよね。二人は知っていたの?あの男が何をするか、分かっていて黙っていたの?」
「襲った……?」
リュカの言葉の意味を察したカミラは、口元を覆った。バルトロメオもまた表情を歪める。
「……三人と別行動をとってからの動きを俺たちは把握していなかった。だが、同じ黒曜の人間として謝らせてくれ。すまなかった!」
二人の言葉に嘘はないと、リュカは判断したようだった。彼女は許すとも許さないとも口にせず、ただ静かに呟いた。
「……そう。二人は知らなかったんだね」
海里が視線を向けると、リュカは俯きながらも二人から目を逸らさずにいた。恐怖は消えずとも、彼女は自身の足で向き合おうとしていた。
「……リュカ。無理をしなくていい」
「……ううん、海里。大丈夫」
リュカは小さく首を振った。
「僕を襲った男は抵抗できない僕を笑ってた。でも、この二人はずっと俯いている。人を見下す人と、そうじゃない人は違うよ」
震える声ながらも、彼女なりに整理をつけたようだった。海里は握りしめていた拳を、ゆっくりと解いた。
「リュカがそう言うなら、これ以上は言わない」
激情、静観、謝罪。様々な感情が渦巻く場所に、長老イストールがやって来た。
「皆、思うところはあろうが、この二人が里に危害を加えた者たちと性質が異なるのは理解しておろう」
イストールの声に、エヴァンは道を空けた。
「イストール様……」
エヴァンの表情には依然として不服の色が濃かったが、イストールは構わず、バルトロメオとカミラの二人に声をかけた。
「ほれ、お主たちも顔を上げて立たんか。そのままでは、儂も話しづらくて敵わん」
イストールの言葉に促され、二人は顔を見合わせてから立ち上がった。
「お主たちは五人で森に来たと聞いておるが……」
バルトロメオは、ゆるゆると首を振った。
「五人じゃない。六人で来た」
「え?君たちを脅している奴と、僕たちに倒された二人以外に、まだ黒曜の人間がいるの?」
リュカの問いに、カミラが答える。
「違うの。六人目はゼイロンという輪廻教団の男で、影に潜む力を持っているわ。今、どこにいるかは分からないけれど」
「また輪廻教団か。性懲りもなくアウロラの森へ……」
エヴァンが忌々しげに吐き捨てたが、イストールが手を叩いて注目を集めた。
「その男の話はひとまず捨ておこう。今は薔荊蛇じゃ。儂らは里を守るため、海里君たちは翠玉の涙を採取するために協力しておる。お主ら二人も薔荊蛇の討伐に協力してくれる、ということで良いのかな?」
バルトロメオとカミラは無言で頷いた。だが、エヴァンは納得しきれない。
「イストール様!この者たちは――」
エヴァンが身を乗り出したとき、海里が一歩前へ出た。
「エヴァンさん、少し聞いてほしい」
海里の声は静かだったが、エヴァンはそれだけで口をつぐんだ。
「俺もこの二人を完全に信用するとは言わない。信用ではなく、戦力の話をしたいんだ」
海里は二人に順に視線を向けた。
「レンのメイスを受け止めた彼の剣技は、薔荊蛇の攻撃を食い止める力になるかもしれない。前衛が一人増えるのは大きい。それと彼女の隠蔽魔法です。俺とレンが用意した姿を隠す魔道具は二枚しかない。上手く味方の姿を隠せれば薔荊蛇相手にも有効なはずです」
エヴァンの眉が動く。海里は感情を挟まず戦力の話として語り、反応を待った。エヴァンは腕を組み、ため息をついてから二人へ視線を向けた。
「……イストール様のご判断と、海里の提案を受け入れよう。だが、妙な動きを見せた時は、私がこの手でお前たちを斬る。これ以上、同胞に被害は出させん。覚えておけ」
「覚悟の上です。俺たちが呼び寄せた魔物は、俺たちの手で止めなければならない。その過程で命を落とすことも、あなたに斬られることも、受け入れます」
「私も……肝に銘じます」
バルトロメオとカミラがそれぞれ頭を下げた。
「ふん。言葉ではなく行動で証明してみせろ」
エヴァンが彼なりの譲歩を見せると、険悪な空気が幾分柔らかくなった。
レンがバルトロメオに、リズがカミラにそれぞれ歩み寄る。
「腕を傷つけて悪かった」
バルトロメオが先に口を開いた。レンは左腕を軽く叩いてみせる。
「治してもらったから気にするな。あんたは本気で殺そうとはしていなかっただろ?全開なら俺の腕は付け根から飛んでいたはずだ」
バルトロメオが顔を上げた。
「……可能な限り、被害は出したくなかった」
「だと思ったよ。殺意のある剣とそうでない剣は、受けた側が一番わかるからさ」
バルトロメオが黙って頭を下げる傍らで、リズがカミラに話しかける。
「あなたたちも大変ね。完全なとばっちりじゃない」
「レナート副団長に逆らえなかっただけよ」
「そのレナートなら、もう死んでいるはずよ」
その時、森から帰還したシルフィアが会話に加わってきた。
「シル姉、おかえり!無事でよかった!」
リュカがぱっと笑顔を向けて駆け寄ると、シルフィアは柔らかな笑みで応じた。
「ただいま、リュカ」
二人は抱擁を交わし、互いの無事を確かめ合う。その光景が一同の緊張をわずかに和ませる中、カミラが遠慮がちに口を開く。
「あ、あの、レナート副団長が死んでいるというのは本当ですか?あの人が、なぜ……」
「また会ったわね。あの男、私に追い詰められて妙な薬を飲んだの。寿命を代償に力を得る代物だったわ。放っておいても死ぬだろうと捨て置いてきたけれど。あなたたち、この薬瓶に見覚えはない?」
シルフィアが懐から空の薬瓶を取り出した。
「そ、その薬……ゼイロンが万が一の備えだと言っていた……。そんな危険な薬だったなんて……」
カミラの顔が青ざめた。
「飲まなくて正解だったわね。もし飲んでいたら、苦しみ抜いて死んでいたでしょう。あなたたちも持っているのよね?」
「は、はい……」
二人は懐から、赤黒い液体の入った薬瓶を取り出した。それを見たレンが眉をしかめた。
「追い詰められたからって、そんなものを飲む奴の気がしれねぇ」
「そうよ、レン。でも、そんな男がいたのよ。落ち着いたらリアム様に成分を調べてもらうから、私に預けてちょうだい。それとも、まだ持っていたい?」
「「要りません!!」」
二人は薬瓶をシルフィアへ差し出した。それを受け取り懐へ収めると、シルフィアは一同を見渡した。
「薔荊蛇が里に向かっているのは間違いないわ。そろそろ現れるはずよ」
「その薔荊蛇だが、移動速度はどうなっている?里の近くに来ているのなら、もう姿を見せてもおかしくないはずだが、遅くはないか?」
「その答えもレナートが喋っていたわ。海里に負けた男が薔荊蛇に追われて、里と逆方向に逃げたらしいから、それが理由でしょうね」
シルフィアは肩をすくめてみせると、海里とリュカは無言で顔を見合わせ、男の末路を悟った。
同時に、バルトロメオとカミラも複雑な表情を浮かべる。皮肉な功績だった。一緒に来た男の行動が、里に僅かな猶予を与えていた。
イストールが静かに頷いた。
「さて、戦いの段取りを決めるため、儂の家へ行こうか。リアムとアルベール殿が支度をして待っておる」
一同が頷き、移動を開始する。エヴァンは監視の視線をバルトロメオたちの背に向けたまま、最後尾から彼らの移動を促した。
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もう何度目かの来訪になるイストールの家の会議場に、リアムとアルベールが待っていた。
樹のテーブルの上に、淡い光を放つ麻痺毒無効の魔石が並べられている。アルベールはその一つを手に取り、状態を確認していた。
「皆、揃ったようだね。そちらの二人は黒曜騎士団の人たちだね」
「あなたは王都の医院の……」
「ああ、ルカンの毒に対処するために同行したんだ」
リグリアの名医までアウロラの森にいる事実に、バルトロメオとカミラは驚きながら会釈した。二人は入り口近くの席に座り、所在なさげに身を縮めている。
エヴァンは二人の斜め向かいに腰を下ろし、腕を組んだまま視線を逸らさない。アルベールの横に立つリアムの視線が二人に向き、彼女と初対面の二人は目を伏せた。
「私は過去の行いでその人を測らないことにしているの。今この瞬間、その人が何をしようとしているか。それが私の基準よ」
リアムの言葉に二人がわずかに顔を上げると、彼女はそれ以上踏み込まず、本題に戻した。
「麻痺毒無効の魔石は、接近戦を仕掛ける人数分は用意してあるわ」
全員の聞く態勢が整い、イストールが口火を切った。
「さて、この二人にも
「魔石を持った接近戦主体の者は、距離を詰めて薔荊蛇の注意を引きつけて。遠距離攻撃主体の者は、魔法と弓で確実にダメージを蓄積させる。単純だけれど、あの魔物相手にはそれが最善でしょう」
リアムの提案を受け、エヴァンが配置を割り振る。
「接近戦は私、海里、レン、そしてバルトロメオ。距離を取る者はリズ、カミラ、シルフィア。リュカは――」
「僕は高い場所から矢を放ちます。僕なら、麻痺毒の範囲の外から攻撃できるから」
リュカの申し出に、エヴァンは頷いた。
「分かった。リュカは樹上から狙撃。アルベール殿とリアムは後方で支援を頼みます」
共闘の態勢が固まると、海里はゆっくりと二人に視線を向けた。
「バルトロメオ、カミラ。よろしく頼む」
握手も長い言葉もない。ただ名で呼び、頼むと告げた。二人が揃って頷くのを、エヴァンは黙って見ていた。
「話は済んだな。各々、装備を整えて配置に就け」
アルベールが魔石を接近戦組に配り始めた。海里、レン、エヴァンへと手渡し、最後にバルトロメオとカミラの前に立った。
「どうぞ」
アルベールは微笑を浮かべ、二人に魔石を差し出した。
「……俺たちの分も?」
「当然だよ。麻痺毒で動けなくなったら、治すのは私だ。倒れられると私の仕事が増えてしまう。きちんと働いてもらわないと困るんだ」
柔らかな口調だが、感情の入る余地のない合理的な言葉だった。二人は魔石を受け取り、頭を下げた。
近づくだけで動けなくなる薔荊蛇の麻痺毒を身をもって経験した二人は、魔石の重要性を実感していた。
一同が動き出そうとした時、リュカの耳がぴくりと跳ねた。彼女の視線が森の方角へ向く。瞳に緊張が浮かび、短い呟きが漏れた。
「……来たよ。薔荊蛇だ」
その場が緊張で静まり返った。耳を澄ませば、地面を抉る鈍い音が響いてくる。音が近づくにつれ、里を囲む樹々の一部がばきばきと音を立ててなぎ倒されていく。
そして、災禍が姿を現した。
見る者の息を止める、異様な美と悍ましさを持った異形の巨躯。それが身じろぎするたびに深紅の薔薇が零れ落ちて、その周囲から薔薇の侵食が広がり始める。
戦いを知らぬエルフたちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。
薔荊蛇は割れた舌をちらつかせ、里へとゆっくり侵入してきた。エルフの里は、異形の魔物との命を懸けた戦場へと一変した。