輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第65話:薔荊蛇迎撃戦

 薔荊蛇(しょうけいだ)の出現により、海里たちは近接班と遠距離班に分かれ、それぞれ里の各所へと散開した。

 

 里に侵入した薔荊蛇は、すぐに牙を剥くことはなかった。巨大な体躯を里の外周の巨木の間に滑り込ませ、品定めするかのように、真っ赤な瞳でエルフたちを見渡している。

 

 里を恐怖の底へ突き落としながら、その間にも身体から剥がれ落ちた薔薇と棘が里の各所へ舞い散っていく。森の奥から始まっていた侵食は里へと及び、同時に周囲の樹々を無残に削っていく。

 

 蹂躙される里を前に、エヴァンの怒りは限界に達していた。森の守護者である彼にとって、眼前の光景は耐えられるものではなかった。

 

「森を……!私の守る里を汚すなあああああああああ!」

 

 エヴァンが氷の魔力を剣に纏わせ、薔荊蛇へ斬りかかった。

 

「ぬんっ!!」

 

 斬撃は薔荊蛇の身体に咲く薔薇を切り裂き、その周囲を凍結させる。だが、その程度の傷で巨体が止まることはない。

 

 薔荊蛇は攻撃を受けながら移動を続け、その身体から生じる麻痺毒が風に乗って里中へ拡散していく。事前に魔石を装備したエヴァンたちは無事だが、持たぬ者たちは次々とその場に崩れ落ちた。

 

「イストール様!リアム!それにアルベール殿も、倒れた者たちの介抱を頼みます!!!」

 

「ええ、分かりました!」

 

「動けぬ者を奴の視界に入れるな!喰われるぞ!!急ぐんじゃ!!」

 

 非戦闘員を中心に、麻痺毒を浴びた者たちの避難が行われ、それを邪魔させないために、エヴァンは攻撃を続ける。

 

「ぬううんっ!」

 

 有効打には至らずとも、麻痺毒が効かずに斬りかかってくるエヴァンを煩わしく感じたのか、薔荊蛇が鎌首をもたげ、その視線を彼に定めた。

 

 薔荊蛇は身体を縮めるようにして力を溜めると、次の瞬間には距離を詰め切っていた。しなった身体が弾けるように伸び、剥き出しの牙がエヴァンの視界を覆う。

 

 迫る顎にエヴァンは盾を構えたが、薔荊蛇の牙がエヴァンに届くことはなかった。

 

「はあああああああああッ!!」

 

 エヴァン同様に距離を詰めていたバルトロメオが、両手剣を薔荊蛇の側面から叩き込んだ。

 

 刃に込められた衝撃の魔力が弾けて、わずかに薔荊蛇がのけぞったことで、エヴァンへの追撃は中断された。

 

「……貴様」

 

「俺たちが招いてしまった災禍です。その責任をとるため、積極的に仕掛けさせてもらう」

 

 行動で示せというエヴァンの要求に応えるように、バルトロメオが並び立った。

 

「ふん。礼は言わんぞ」

 

 エヴァンは憮然としながらも、口元に微かな笑みを刻んでいた。

 

 二人の攻撃に刺激された薔荊蛇が鎌首をもたげ、二人を凝視する。未だ脅威とは見なされていないが、注意を引くことには成功した。海里もその間に動き出していた。

 

「レン!俺たちも行こう!」

 

「おう!」

 

 海里は重力で自身の身体を軽くして、巨木の幹を蹴って跳躍した。棘と薔薇に覆われた胴体が眼前に迫る。彼は重力を乗せた剣を棘の隙間へ叩き込んだ。

 

(硬い!)

 

 手応えはあるものの、重力で強化した一撃を以てしても、薔荊蛇の鱗や棘を砕き折る程度でしかない。

 

(この大きさの化け物に、この程度の攻撃じゃ――)

 

 薔荊蛇が胴をわずかに捻っただけで、海里はその場から動かざるを得ない。こちらの攻撃はまともに効かない上に、相手の攻撃どころか、ただの移動すら脅威だった。

 

「くっ!」

 

 レンも攻撃を仕掛けるが、結果は海里と変わらない。

 

「でぇりゃあ!!」

 

 土魔法を纏ったメイスが、薔荊蛇の胴下部へ振り下ろされる。直撃し、メイスを覆った土が飛び散ったが、薔荊蛇はやはり痛痒を感じていない。

 

「……全然効いてねぇ」

 

 レンの声に悔しさが滲む。

 

 直後、彼は異変を察知して跳び退いた。メイスで折ったはずの棘があった場所、鱗の下から瞬時に新たな棘が生え、レンが直前までいた場所まで伸びていた。

 

「あっぶねえ。棘を破壊しても意味がねぇ……厄介すぎるだろこいつ」

 

「だが、棘を折った直後はわずかに表面が露出している。そこを叩ければ」

 

 海里たちの攻防を観察していたバルトロメオが冷静に呟く。

 

「ならば、棘を折った箇所を凍らせれば、多少の時間は稼げるな」

 

 エヴァンが盾に氷を張り、再び踏み込んだ。正面から斬りかかり、死角から強襲する尾の薙ぎ払いを、氷を張った盾で真っ向から受け止める。

 

 エヴァンは尾の一撃に耐え抜き、すぐさま反撃へ転じた。派手さはないが、巨躯に怯まず挑み続けるその胆力は、守護者の名に相応しいものだった。

 

 四方からの波状攻撃が続く。

 

 重力剣、土メイス、氷剣、衝撃波。

 だが、そのどれもが決定打には及ばない。

 

 薔荊蛇に刻まれる傷は、人間にとっての虫刺され程度に過ぎなかった。四人が必死に攻め立てる間も、薔荊蛇の関心は依然として里そのものに向けられていた。

 

「ちくしょう、ほとんど相手にされてねぇ……!」

 

 レンが歯を食いしばったその時、薔荊蛇の動きが変化した。巨木の間を緩慢に移動していた巨体が、里の巨木を支えとして想像を絶する速度で駆け巡り始めた。

 

「速い!」

 

 海里が叫ぶ間にも、薔荊蛇は里の反対側へと移動し、巨木がまるで悲鳴のような軋みを上げて揺れる。

 

「動きが遅いんじゃなかったのかよ!偵察の記録でもそうだったじゃないか!!」

 

「これまでは素早く動く必要がなかったんだろう。身体の大きさから、こちらが勝手に遅いと決めつけていたな」

 

 薔荊蛇は四人を無視して移動を続け、外周を囲む巨木群へ縄張りを主張するように身体を巻き付けていった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 里の外周を囲む巨木に取りついた薔荊蛇(しょうけいだ)を、上から見下ろす位置にシルフィア、リュカ、リズの三人は陣取っていた。

 

 地上からの近接攻撃が届かなくなった今、上方からの攻勢だけが薔荊蛇に届いている。

 

 そしてカミラは、三人よりもさらに広範囲を動いていた。

 

 里の上層に張り巡らされた枝から枝へ、鋼線を利用して音もなく渡りながら、網を構築していく。巨木の幹と枝の隙間、薔荊蛇が通りそうな経路を、蜘蛛の巣のような鋼線の網で覆っていった。

 

「接近戦組の四人だけじゃ、あの鱗と体躯は崩せないわ。私たちで削るわよ」

 

 シルフィアが告げると同時に、杖の先に冷気が凝縮された。練り上げられた氷魔法が、無数の氷柱を宙空に生成する。

 

「リュカ、リズ、私に合わせなくていいわ。撃てる時に撃って」

 

「分かった!」

 

「うん!」

 

 リュカが精霊の力を弓に宿し、弦を引き絞る横で、リズも杖に炎を灯した。森の中では延焼を避けるため火力を抑えがちだが、相手は巨大な化け物である以上、加減している余裕はない。

 

 シルフィアの氷柱が一斉に放たれ、大小様々な氷の塊が薔荊蛇の胴体へ降り注ぐ。

 着弾のたびに氷は砕け、周囲の空気を凍てつかせた。広範囲を穿つ氷の雨は、エヴァンの防御的な氷とは性質を異にしていた。

 

 続けてリュカの精霊矢が甲高い音を立てて薔荊蛇に迫る。精霊の力が込められた矢は、鱗の隙間に咲く薔薇を正確に射抜いた。花弁が弾け飛び、そこから薔荊蛇の体液が噴き出す。

 

 リズの火球もまた体表に着弾し、棘と薔薇を焼き焦がしていく。一発の威力はシルフィアに及ばずとも、炎は薔薇を確実に焼き潰していた。

 

 刃を弾く鱗の上からでも、魔法攻撃は確実に届いている。だが、焼けた跡から新たな蕾が膨らみ、砕かれた鱗の傷もみるみるうちに薔薇の蔓で覆い隠されていく。

 

 削る速度よりも、再生の速度が上回っていた。

 

「厄介ね」

 

 シルフィアが歯噛みした刹那、薔荊蛇の真っ赤な瞳が上層部を向いた。

 

 下層からの攻撃は虫刺され程度に過ぎなかったが、頭上から降り注ぐ魔法は無視できない脅威と判断されたらしい。鎌首がゆっくりと持ち上がり、三人を捉えた。

 

「来る!」

 

 リュカの叫びと同時に、薔荊蛇が巨木の幹を這い上がってきた。

 巨体が樹々を揺らし、三人が立つ場所が大きく軋むが、這い上がろうとした薔荊蛇の動きが、不意に止まった。

 

 巨体が枝の間を通過しようとした瞬間、身体の各所に鋼線が引っかかっていた。見えない異物がまとわりつく違和感に、薔荊蛇は動きを止め、何が触れているのかを確かめるように首をもたげた。

 

 動きが止まる瞬間を、カミラは待っていた。

 

「今よ!」

 

 カミラの合図に応じ、氷柱、精霊矢、火球が同時に放たれ、三方向からの集中攻撃が、硬直した薔荊蛇の頭部へ叩き込まれる。

 

 ぎしゃああああ!!

 

 薔荊蛇が苦悶の鳴き声を上げ、頭部を激しく振った。鋼線が次々と引きちぎられるが、魔法が集中した箇所の薔薇は吹き飛び、鱗にはこれまで以上に深い亀裂が走っていた。

 

「もう一回!」

 

 リュカが次矢をつがえようとした時、薔荊蛇の目が彼女を射抜いた。

 

「え?……僕?」

 

 先ほどの攻撃の中で、精霊矢だけが薔薇の中心を的確に穿っていた。それを最大級の脅威と見なしたのか、真っ赤な瞳がリュカを捉えて離さない。

 

 薔荊蛇の巨体がしなった。胴に力を込めて縮ませ、凄まじい速度で開かれた顎が迫る。

 

「リュカ!」

 

 シルフィアの叫びは届かず、剥き出しの牙がリュカのいた枝に激突し、爆音と共に木片が飛散して、支えを失ったリュカの身体が宙へ放り出される。

 

「うわぁ!」

 

 落下する視界の中で、身体に細く冷たい感触が巻き付いた。

 

 カミラの鋼線だった。

 

「そのまま動かないで!」

 

 高枝に身体を固定したカミラが、伸ばした鋼線でリュカの落下を阻止していた。

 急激な制動にリュカの身体が揺れるが、辛うじて空中で静止する。

 

 だが、薔荊蛇は獲物を逃さない。宙吊りのリュカに狙いを定め、再び鎌首をもたげると、巨大な顎が開き、二度目の突進体勢に入る。

 

「させない!」

 

 カミラが指を引くと、張り巡らせていた残りの網が、一斉に弾けた。

 薔荊蛇が動き回る間に、身体に咲く薔薇の根元や茎へ、鋼線が執拗に絡みつく。

 

 カミラはそれらを一気に手繰り、締め上げた。鋼線が薔薇を引き千切る。絡み取られた薔薇が次々にちぎれ落ち、深紅の花弁が里の下方へと降り注いだ。

 

 ぎしゃあ!

 

 薔荊蛇が身を捩り、リュカへの追撃が止まった。全身の薔薇を強引に毟り取られたことで、巨躯が僅かに硬直する。

 

「リズ!下に落ちた薔薇の処理をお願い!」

 

「分かってるわ!」

 

 リズの杖から火球が連射され、落下する花弁を空中で焼き払い、焦げた残滓は灰となり、風に散った。

 

 薔荊蛇が体勢を立て直す。ちぎれた跡から体液を滲ませ、再びカミラとリュカへ首を向けた。

 

 カミラはリュカを引き寄せ、腕の中に抱え込むと同時に隠蔽魔法を発動し、二人の気配と姿がその場から消えた。

 

 眼前から獲物が消えたことで、薔荊蛇の動きが止まる。瞳が周囲を泳ぎ、舌が空気を探るが、存在そのものを消し去るカミラの隠蔽を捉えることはできない。

 

 その隙にカミラは鋼線を伝って移動し、シルフィアたちの立つ枝へ降り立った。隠蔽を解くと、二人の姿が再び現れる。

 

「リュカ!怪我はない!?」

 

 シルフィアが駆け寄り、リュカの安否を確かめる。

 

「う、うん……大丈夫。カミラが助けてくれた」

 

 リュカは身体をさすりながら、カミラに目を向けた。

 

「あ、ありがとう」

 

 声には複雑な色が混じっていた。ヘルマンに襲われかけた記憶は、黒い鎧を見るだけで身体を強張らせる。それでも、今自分を救ったのがこの女騎士である事実は揺るがなかった。

 

「私の妹分を狙うなんて、いい度胸ね」

 

 シルフィアの視線の先では、未だ薔荊蛇が獲物を探している。

 

 シルフィアの掌上で、魔力が極限まで凝縮されていく。生成された氷塊に、氷柱のような繊細さはなく、それは巨大な質量という名の鈍器だった。魔力を注ぎ込まれた氷の塊が、薔荊蛇の頭部へ直撃すると、薔荊蛇の首がぐらりと揺らいだ。

 

 その隙にシルフィアはカミラに向き直った。

 

「カミラ。私の妹分を助けてくれてありがとう」

 

 礼を言われて、カミラは視線を落とした。

 

「……お礼なんて言わないで。私たちのせいで里が襲われているのに……。あなたもヘルマンに襲われかけたでしょう」

 

「原因が黒曜にあっても、今リュカを助けたこととは別でしょう?素直にお礼は受け取っておきなさいよ」

 

 リズの言葉に、カミラは何も言い返せず口を閉じた。

 

「有効打はまだ遠いけれど」

 

 鱗に亀裂を走らせ、薔薇を潰し続けることにより、接近戦よりも確実にダメージは蓄積されていった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 遠距離からの猛攻を以てしても、薔荊蛇(しょうけいだ)を圧倒するには至らない。

 五十メートルに及ぶ巨躯は、薔薇を削られ、鱗に亀裂が走りながらも、決定的な衰えを見せない。損傷を上回る速度で再生が繰り返され、停滞は里への侵食を許すことに直結していた。

 

 海里が歯噛みしたその時、レンの叫びが響いた。

 

「海里!俺たち接近戦組にも重力魔法をかけられるか?この高さじゃ、俺たちの素の動きじゃ対応できねぇ!」

 

「可能なら頼みたい。このままだと、魔石を持たせてもらった意味がなくなるからな」

 

 バルトロメオが同意した。

 

 薔荊蛇が上層へ移動して以降、接近戦組の四人はまともな打撃を与えられずにいた。重装備では巨木の枝を駆け上がる機動力が決定的に不足していた。

 

 海里は虚を突かれた。

 

(他者の身体を軽量化する……。妨害や負荷として重力を利用することばかり考えていた。味方の機動力を底上げする発想は、盲点だった)

 

 海里は三人へ向かって手をかざした。自身に施すのと同じ要領で、レン、バルトロメオ、エヴァンの重力を軽減させる。

 

「う、ぉぉぉ。すっげぇ感覚だ。身体が軽い!」

 

 レンが枝を蹴ると、想定以上の跳躍力に危うくバランスを崩しかけた。

 

「慣れは必要だが、これなら上へ行ける」

 

 バルトロメオは両手剣を担ぎ、軽くなった足取りで巨木の枝を駆け上がると、エヴァンもまた、音もなく枝から枝へと飛び移っていく。三人が樹冠付近へ到達するまで、時間はかからなかった。

 

「三人とも、攻撃は任せる。俺は重力の維持に集中する」

 

 他者への付与は、自身のみに作用させる際とは勝手が違った。三人の位置と予備動作に合わせ、絶えず魔力配分を調整し続けねばならない。攻撃と並行するには、まだ練度が足りなかった。

 

「すまねぇな海里、任せろ!」

 

 レンが土魔法を纏わせたメイスを振りかぶり、薔荊蛇の胴に群生する棘へ叩きつけた。

 軽量化による加速と跳躍力が加わった一撃。地上での打撃とは異なり、棘の塊が纏めて砕け散った。

 

「エヴァンさん!」

 

 レンの呼称に応じるように、砕けた跡へエヴァンの剣が突き立てられた。氷の魔力が露出した鱗を覆い、新たな棘の生成を強制的に止める。

 

「凍らせた。だが長くは持たん、再生が早すぎる」

 

 それでも、地上戦とは手応えが異なっていた。

 

 棘を砕き、凍らせて再生を遅延させる間に、上方からシルフィアの氷柱やリュカの矢が追い打ちをかけることで、遠近両陣営の連携が噛み合い始めていた。

 

 その一方で、薔荊蛇もただ攻撃を受けていたわけではなかった。頭部が上方の魔導士たちを睨む一方で、下層から迫る者たちを排除すべく、その尾が動いた。しなる尾が巨木の枝を数本まとめてへし折りながら薙ぎ払う。

 

 レンとエヴァンが咄嗟に回避したが、バルトロメオは退かなかった。

 

「おい!危ねぇ!」

 

 レンの警告を聞きながら、バルトロメオが両手剣を構えると、彼の刃に衝撃の魔力が注ぎ込まれる。

 

「はッ!!」

 

 激突の瞬間、剣から放たれた衝撃が尾に直撃し、尾そのものが弾くことで、その軌道を強引に逸らして空振りさせた。

 

 しかし、巨体の一撃を正面から受け止めたバルトロメオの両腕は、小刻みに震えていた。

 

「……重いな」

 

 そう言いながら、バルトロメオは再び剣を構え直した。

 

 薔荊蛇の尾を正面から弾く一撃。あの衝撃波と、巨体の圧を逃がし耐え抜く足腰。

 

 カミラの鋼線、バルトロメオの衝撃魔法は、どちらも練度を重ねた騎士の技だった。

 

 それらを鍛え上げた団長がいかなる人物なのか、海里は興味を覚えた。

 

「……戦いが終わったら、黒曜団長の話を聞かせてくれ」

 

「ああ、お安い御用だ」

 

 バルトロメオの声には、敬愛の念が滲んでいた。

 

 下方からレンとエヴァンが棘を封じ、上方からシルフィアとリュカが追撃を叩き込む。

 リズの火球が薔薇を焼き、カミラの鋼線が薔荊蛇の機動を妨害し、バルトロメオが壁となり、反撃を弾いて接近戦組を守る。

 

 八人の攻撃が、一つのうねりとなって薔荊蛇に届いていた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 薔荊蛇は、四方からの波状攻撃に晒され、縦横無尽に繰り広げていた巨木間の移動が徐々に減っていた。

 

 巨躯に刻まれる傷は増え、各所に走る裂傷から体液が噴き出し、その表面を濡らしていく。

 一見、着実にダメージを蓄積させているように見えた。

 

 だが、薔荊蛇の身体から剥がれ落ち続けていた薔薇の花弁と棘は、激闘の最中も絶え間なく里の各所に舞い散っていた。

 

 リズが空中で焼き払ったものは、ほんの一部に過ぎず、巨木の幹や枝には、いつの間にか深紅の薔薇が点々と根を張り始めている。個々人が戦いに集中する間に、薔薇の侵食は確実に進行していた。

 

 ぎしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 薔荊蛇が、これまでとは異なる里全体を震わせる咆哮を上げた。その咆哮に呼応するように、里の外周に根を張っていた薔薇が一斉に開花した。蕾が弾けるように咲き乱れ、巨木の幹を這い上がるようにして、絡みついた蔓が急成長を遂げる。

 

 リズが燃やしきれなかった花弁の一片一片が、苗床として機能を果たしていた。

 

「うるせぇ!急に叫び出しやがっ……なんだ、これ……!?」

 

 悪態をつきかけたレンの声が途切れ、メイスを振り上げた腕から力が失われていく。

 身体の奥底から何かが引き抜かれるような喪失感を覚えた。

 

「魔力が……吸われてる……?」

 

 レンだけではなく、シルフィアの氷柱が、形を維持できずに消えた。

 

「嘘。魔力の制御がうまく出来ない。火力が落ちている。魔力の練りが……途中で霧散する」

 

 リズの掌に灯っていた炎が、灯火のように揺らぎ、小さく萎んだ。

 

 リュカの弓に宿っていた精霊の光が、危機を告げるように点滅を繰り返した。

 

「何、これ……?何が起きているの?」

 

 エヴァンが盾に展開していた氷に、ぱきりと亀裂が走った。その顔が動揺に歪む。

 

「我らから奪った魔力が、咲き乱れた薔薇を通し、薔荊蛇に流れ込んでいる」

 

 バルトロメオは両手剣を構え直そうとしたが、魔力の循環に違和感を覚えた。刃に衝撃を乗せようとしても、手応えが鈍い。

 

「……さっきまでと同じようにしているはずなのに」

 

 海里は、三人へ付与していた重力魔法の維持が急速に困難になっている事実に直面した。魔力の消費量に変化はないはずが、内側の魔力がじわじわと目減りしていく。

 

「まずい……重力魔法の維持が」

 

 里の外周から始まった薔薇の侵食は、咆哮を合図に加速し、里の全域に及んでいた。この里にいる者すべてから、等しく魔力を吸い上げる領域が完成していた。

 

「まさか、里中を動き回っていたのはこのためだったのか……!」

 

 海里が歯を食いしばった。

 

 薔荊蛇が里を駆け巡り、身体から薔薇と棘を撒き散らすことで、里の全域に侵食の種を蒔いていた。海里たちの攻撃を甘んじて受けながら、自らに都合の良い領域を早期に作り上げるために。

 

 攻撃が効いているように見えたのは、薔荊蛇がそれを本気で防ぐ必要がないと判断していたからに過ぎない。

 

 時間さえ稼げれば、里そのものが薔荊蛇の領域と化す。それが完成すれば、内部にいる者の魔力は強制的に奪われ、やがて抗う術を失う。

 

 美しく静謐だった里は、深紅の薔薇に埋め尽くされ、薔荊蛇の魔力に満たされた花園へと変貌した。その異様な空間の中で、薔荊蛇の傷口から流れていた体液が止まり始めていた。

 

 異形の魔物・薔荊蛇(しょうけいだ)は、その真の脅威を露わにし、海里たちをさらなる苦難へと叩き落とす。

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