輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第66話:魔力の花園

 里全体が薔荊蛇(しょうけいだ)に侵食されていく。

 

 リアムの肌を、不気味な感触が撫でる。麻痺毒に倒れた同胞をイストールと共に運び出す間にも、周囲を這う蔓は増え続けていた。

 

「リアム、こっちにも三人倒れておるぞ!」

 

「ええ、分かりました!」

 

 イストールの声に応じ、リアムは倒れた若いエルフの元へ駆け寄った。麻痺毒を吸い込んだエルフたちが里のあちこちで倒れ伏している。

 

 担ぎ上げた身体が重く、リアム自身の溜めてきた魔力も奪われつつあった。里の外周に咲き乱れる薔薇を通じ、魔力が薔荊蛇へと奪われている。五十年の歳月をかけて蓄積した魔力が、じわじわと失われていく。

 

「奪われるために魔力を溜め続けてきたわけではないというのにね……」

 

 リアムは唇を噛み、樹上を見上げた。翠色の巨木の葉は、くすんだ黒に変色し始めている。

 

(……里をこのままにするわけには)

 

 思案するリアムに、イストールの声が届いた。

 

「リアム。アルベール殿はどこじゃ?」

 

「? さっきまでそこに」

 

 リアムが振り返ると、少し離れた場所に立ち尽くすアルベールの姿があった。彼は治療の手を止め、里の外周に巻き付く薔荊蛇の巨体に目を奪われている。異形を凝視するその瞳には、恐怖とは異なる光が宿っていた。

 

「……あの棘、本体から剝がれても魔力を保持している。今後現れるかもしれない異形への対処にも……」

 

「アルベール殿!今の異様な状況に呑まれないで」

 

 リアムの警告に、アルベールははっと肩を震わせた。短い言葉ながら、リアムの声には明確な危機感が含まれていた。

 

「……申し訳ない。偵察時とは、あまりに薔荊蛇の動きが違ったもので、つい」

 

 アルベールは救護作業へと戻った。麻痺毒に侵された者の呼吸を確認し、安全な場所へと移す手際に迷いはない。やがて一通りの処置を終えたアルベールは、樹上へ移動したリュカの姿を捉えた。

 

「リアムさん、リュカちゃんが怪我を負ったようです。少し、行ってきます!」

 

「ええ、気をつけて!」

 

 アルベールがリュカのもとへ向かう背を見送りながら、リアムは先ほどの彼の様子を思い返していた。彼女はアルベールが優れた技術と魔法を修めていることを熟知していたが、それゆえに不自然な執着が脳裏を離れなかった。

 

(恐怖と呼ぶには、あの目は……)

 

 リアムは、それ以上思考を巡らせるのを止め、同胞の救護の続きに戻った。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 海里は樹上に立ち、荒い息を吐いた。

 

「すまない、皆!重力魔法を一旦解除する。注意してくれ!」

 

 接近戦を仕掛けていた三人に警告し、重力魔法を解いた。じわじわと魔力を吸い取られる状況下では、三人への軽量化を維持できない。無理に継続すれば自身が先に脱落する。

 

 海里は苦渋の決断を下した。

 

「分かった」

 

 エヴァンが短く応じた。急激にのしかかった本来の重量を受け止め、足場の枝を踏みしめ直す。

 

 バルトロメオも両手剣を握り直し、巨木の枝に踏ん張った。

 

「……大丈夫だ。元に戻っただけだ」

 

 レンだけが一瞬よろけ、咄嗟に枝を掴んだ。

 

「うおっ。急にきつくなったな……」

 

 重力魔法の消失により、接近戦組の樹上での機動力は大幅に減退した。枝から枝へ飛び移りながら攻勢をかける戦術は成立しない。

 

 だが、それ以上に深刻なのは薔荊蛇(しょうけいだ)の変化だった。縄張りの拡張を終えた里の外周には、深紅の薔薇が咲き誇っている。根が地中から水分を吸い上げるように、里にいる者すべてから魔力をじわりじわりと奪っていた。

 

 悠然と里を巡っていた薔荊蛇が巨木の間を滑るような移動を止め、鎌首をゆっくりと持ち上げる。真紅の瞳が里の上層、遠距離組の陣取る方角を凝視した。

 

 ぎしゃあ!

 

 低く短い鳴き声。それは狩りの開始を告げる合図のようだった。

 

「……まずい」

 

 海里が呟いた直後、視界を光の粒が埋めた。里を漂っていた精霊たちが、薔荊蛇の進路から逃れるように飛んでいく。薔荊蛇が動き出し、巨木の幹を這い上がりながら一直線に突き進む。

 

 その動きだけで枝は折れ、樹皮を削り取っていき、その先にいるのはシルフィアだった。

 

 この場にいる誰よりも強大な魔力を有する彼女は、薔荊蛇にとって最上の獲物にほかならなかった。

 

「シル姉!!」

 

 リュカの叫びが響く。薔荊蛇の鎌首がしなり、シルフィアを喰らわんと開かれた顎が迫った。

 

「そんなに魔力が欲しいなら、氷塊でも食べていなさい」

 

 シルフィアは動じることなく、瞬時に薔荊蛇の大口に収まるほどの氷塊を生成し、迫りくる口内へ押し込んだ。

 

「魔力の消耗が早くなっているわね」

 

「くっ……!シルフィアさん、魔力を吸われてないの?」

 

「まだ平気なだけよ。でも、この状態が続くのは不味いわね……」

 

 シルフィアが枝を蹴って横へ跳んだ直後、氷をがりりと砕ききった薔荊蛇が、そのまま彼女の足場へ喰らいつくと、太い枝が木片を撒き散らしながら弾け飛ぶ。

 

「シルフィア!離れろ!」

 

 樹上を移動しながら、エヴァンが叫んだ時には、薔荊蛇は既に追撃の体勢にあり、巨体がうねって執拗に迫ってくる。

 

 シルフィアが身を翻した直後、彼女の右側にあった巨木の幹に薔荊蛇の胴体が激突した。一瞬遅ければ、彼女は巨体と幹の間に圧殺されていただろう。

 

「させん……!」

 

 エヴァンが叫び、シルフィアの前に立ち塞がった。盾と剣を構え、薔荊蛇を睨み返す。氷を纏わせる魔力は減退しているが、枯渇にはまだ至っていない。排除すべき障害と見なしたのか、薔荊蛇の尾がエヴァンへ向けて薙ぎ払われた。

 

 エヴァンは衝突の瞬間、魔力を放出して盾へ氷を張り、一撃を防ぎ止めた。同時に、氷を纏った剣を巨体へ突き立てる。尾の軌道を受け流したものの、衝撃は盾から全身を伝い足先まで突き抜けた。それでも彼はシルフィアを背に守り、踏みとどまった。

 

「……お父様、ありがとう」

 

「帰ってきた娘を魔物の餌になどさせん!ここは通さん……!」

 

 エヴァンの声は怒りに震えていた。極上の餌の前に立つ邪魔者を排除せんと、薔荊蛇は執拗に迫り、その度にエヴァンが防御と有効打に至らない反撃を繰り返す。邪魔者がいなくなるまで攻撃を止めるつもりがないというかのように。

 

「ぐっ!」

 

 続く攻撃に耐えきれず、エヴァンの身体が横へ弾かれた。足場の枝を踏み外しかけ、隣の幹に剣を突き立てて止まる。

 

「エヴァンさん!」

 

 海里、レン、バルトロメオが駆けていた。エヴァンに倣い、各々の武器に瞬間的な魔力を込めた三人の一撃が、薔荊蛇の身体へ直撃し、三者三様の衝撃を受けた薔荊蛇の追撃が止まった。

 

「シルフィアさん!今のうちに距離を取って!」

 

 海里の声を聞き、シルフィアが後退する。しかし薔荊蛇は、多少たじろぐ程度ですぐに彼女を追って動き出した。最上の獲物から、視線が外れることはない。

 

「しつこいわね……!魔物に好かれる趣味はないわよ」

 

 シルフィアが舌打ちした。牽制の氷柱を生成しようとするが、指先の魔力は形を成さず霧散する。魔力の花園による影響が、精密な魔導制御を阻害し始めていた。

 

「カミラ!」

 

 バルトロメオが叫んだ時には、カミラは既に跳んでいた。鋼線を枝に引っかけ、風を切ってシルフィアの傍らへ降り立つ。

 

「掴まって!」

 

 カミラはシルフィアの腰を抱き、隠蔽魔法を発動した。二人の姿が音もなく消える。

 

 薔荊蛇が動きを止めた。獲物の気配が消失したことに困惑し、瞳が周囲を泳ぐ。

 

 だが、一度目とは反応が違った。薔荊蛇は消失した地点の周囲を舌で探り始めた。一度目の探りよりも範囲を絞っている。二度目の隠蔽に対し、獲物が遠方へは逃れられないことを学習し始めていた。

 

 隠蔽が解け、カミラが息をつく。

 

「……ありがとう、カミラ」

 

「あの魔物、姿を消すことに慣れてきているわ。隠蔽を使い続けるのは危険ね」

 

 カミラの額には汗が浮いていた。薔荊蛇は邪魔を繰り返す者たちを見渡し、再び狙うべき獲物の気配を探り始めた。

 

「……食い意地が張っているわね。あれくらい積極的にゼファーが来てくれるなら、大歓迎なんだけど……」

 

 シルフィアがくすっと笑みを浮かべた。

 

(このまま逃げるだけでは持たない。だが、有効な攻撃手段が……)

 

 海里の思案に答えは出ない。

 

 離れた位置からリズの火球が薔荊蛇を穿つが、威力は衰え、決定的な効果は得られていなかった。攻撃は通じず、回避は困難。

 

 そして、状況はさらに悪化していく。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 レンは嫌な気配を感じていた。

 

 薔荊蛇(しょうけいだ)本体の猛攻が続く中、レンもまた巨木の太枝の上で踏ん張っていた。重力魔法の消失した樹上戦は彼には不向きであり、それでもメイスを振るうべく、樹上に架けられた移動用の橋を渡り、縦横を自在に移動する薔荊蛇を追い続けていた。

 

 その最中、全身が総毛立った。

 

 戦場の空気が変質し、何かが近づく気配を肌が捉え、反射的に首を巡らせた。

 

 里の外周部、薔荊蛇の侵食が最も深刻な区画。巨木の幹を覆い尽くした深紅の薔薇の奥から、異質な振動が響いていた。

 

「海里!!」

 

 樹上で薔荊蛇と斬り結ぶ海里へ、レンは声を張り上げた。

 

「嫌な予感がする。何か来るぞ!里の外からだ、数が多い!」

 

 海里は薔荊蛇の追撃を紙一重で回避し、レンの指し示す方向へ視線を向けた。

 

「……っ、レン、確かか!?」

 

「ああ!ちょっと様子を見てくる!」

 

 レンはそう言うなり枝を蹴った。薔荊蛇は依然として樹上に取りついているが、別の何かが来るならば、それを食い止める者が必要だ。

 

 枝を伝い、地上へ向かう。メイスを肩に担ぎ直して、視線を里の外側に向ける。ほどなく、森の樹々を揺らし、現れたのは見覚えのある魔物たちだった。

 

 赤黒い薔薇を身体に咲かせたマッドエイプの群れ。以前の遭遇時より薔薇の侵食は深く、無秩序な動きで里へ侵入してくる。

 

「まじかよ……。薔薇付きの魔物の群れだ!」

 

 レンの叫びに、樹上のエヴァンも状況を理解して声を張り上げた。

 

「動ける同胞たちよ!遠距離から狙撃せよ!レンと協力し、里の内部への侵入を阻め!里を守れ!」

 

「リズも援護をお願いできるかしら。薔荊蛇は私に夢中で、しばらく他へは行かないと思うわ」

 

「分かったわ!あっち相手なら、少ない魔力でもいける!」

 

 シルフィアの頼みを聞いたリズが下層へと移動を開始した。

 

 薔荊蛇に対し決定打を持たぬエルフの戦士たちの戦力は、魔物の群れの排除へと向けられた。中層に位置する弓使いたちが一斉に矢を放つ。魔力は奪われ続けているが、弓術は身体に刻まれた技能であり、魔力は要らない。放たれた矢が正確にマッドエイプの急所を穿つ。

 

 だが、寄生された個体は急所に矢が刺さっても容易には倒れない。蔓が傷口を塞ぎ、強引に動き続ける。

 

「厄介だな……倒れねぇ」

 

 レンは地上でメイスを構えた。飛びかかってきた一体の頭部へ、腕力を振り絞り一撃を叩き込む。脳天に咲く薔薇が砕け散ると、マッドエイプは力なく倒れ伏した。

 

「薔荊蛇を倒さなきゃいけねえのに、魔物の群れまで行かせるわけにいかねえだろうが……!」

 

 機動力を削がれた自分では、樹上の薔荊蛇には抗えない。だが、この相手なら素の膂力と戦場の勘が通じる。レンは里の地上部へ侵入する群れに向かって駆け出した。

 

「レン、援護するわ!」

 

 リズが移動しながら杖を掲げた。放たれた炎が魔物に寄生した薔薇を焼き尽くすと、その個体は動きを止めた。

 

「薔薇を狙って!それが魔物を動かしている本体よ!」

 

 リズの指示を受け、弓使いたちが狙いを寄生薔薇の根元へと絞る。

 

(薔荊蛇との戦いに邪魔はさせねぇ!)

 

 レンはエルフの戦士たちと肩を並べ、メイスで叩き、矢で穿ち、炎で焼き払う。それぞれが己の役割をやり遂げようとしていた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

「棘にも……麻痺毒あるんだ……。身体が痺れる……」

 

 樹上の戦闘が続き、リュカは架けられた橋の上へ一時的に退避していた。自身の失敗を独り言ちた直後、何もない場所から声が響いた。

 

「リュカちゃん、大丈夫か!?」

 

 魔道具の隠蔽を解除し、口元を布で覆ったアルベールが現れた。それを見たリュカは驚愕に目を見開く。

 

「アルベール!?何でここに?危ないよ」

 

「私のことはいい。それよりリュカちゃん、怪我もしているし、麻痺毒だね」

 

「うん。薔荊蛇の……棘が掠めたみたい。傷から身体に入ったから魔石でも防げてない。腕の感覚が鈍くなって、弓がうまく引けないんだ……」

 

「診よう。解毒薬を併用すれば回復を早められる」

 

 アルベールはリュカが押さえる右腕を取り、指先の反応を確かめた。完全な麻痺ではないが、末端から感覚が消失しつつある。解毒薬と、魔力の消耗を伴う回復魔法を併用すべき状態だった。アルベールは解毒薬をリュカの腕に塗り、その上から魔法を重ねる。

 

 魔力の花園により効力は減退していたが、手技の正確さがそれを補った。指の配置、魔力の循環、患部への集中。無駄を削ぎ落とし、最小限の魔力の練りで最大限の効果を引き出す。

 

 リュカの指先がぴくりと動いた。

 

「少しずつ……感覚が、戻ってきたよ」

 

「もうすぐ弓を引けるようになるはずだ。焦らないで」

 

 治療を終え、アルベールはリュカの腕を丁寧に下ろした。薔荊蛇との激闘による轟音が鳴り響いている。

 

「アルベール、戦場に出てきちゃダメだよ」

 

 リュカが治療を終えたアルベールを見上げて訴える。アルベールは一瞬目を見張り、それから穏やかに笑った。

 

「君には回復魔法を教えている最中なんだ。無事に生き残ってもらわないとね」

 

「それならアルベールこそだよ!教えてもらう先生が危険な目に遭ったら困るよ!」

 

 真剣な眼差しだった。腕の痺れも癒えぬうちから、彼女は自身の安否より師の身を案じていた。アルベールはリュカの頭へそっと手を置いた。

 

「私だって死ぬつもりはないさ。生き残ったら、指導を続けよう」

 

「うん、約束だよ」

 

 リュカが頷く。種族も、年齢も、境遇も異なる二人の間に、確かな親愛があった。

 

(怪我を負ったまま私の心配をするとは。敵わないな、この子には)

 

 だが、戦場の轟音が、二人の声を遮るように高まった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 第一波を辛うじて退けた直後、レンは汗を拭う間もなく全身をざわつかせた。

 

「……また来やがる。さっきより、ずっと多いし、ルカンが現れた時みたいだ」

 

 里の外周から、第一波の倍を超えるマッドエイプが殺到した。蔓が四肢のようにしなり、樹々を掴んで驚異的な速度で移動してくる。

 

 レンはメイスを振るい、一体を叩き伏せる。だが、次が、その次が瞬時に間合いを詰める。

 

 リズの火球も、広範囲を薙ぐほどではない。一体ずつ、確実に対処するのが限界だった。

 

「私の連射速度じゃ追いつかなくなるわね……!」

 

 樹上では薔荊蛇(しょうけいだ)がシルフィアを執拗に追い、地上ではマッドエイプが溢れかえる。戦線は二分され、戦力は決定的に不足していた。

 

 エヴァンは樹上でシルフィアを守りながら、眼下を眺めることしかできない。加勢に降りたいが、それは娘を守る剣を失うことを意味する。

 

「くっ……」

 

 断腸の思いが、エヴァンの奥歯を軋ませた。レンが魔物を打ち据えた時、さらに魔物が同時に飛びかかってきた。

 

 その時、エルフの戦士が二人、割って入った。

 

 一人は剣、一人は槍を閃かせ、レンを強襲した個体を切り伏せる。

 

「助かった!」

 

「貴方たちが先に動いたから持ちこたえている。礼はこちらが言うべきだ」

 

 戦士はすぐさま次なる敵へ向き直った。種族を異にする者たちが、一つの絶望に対し肩を並べていた。だが、それすらも濁流を押し留めるには至らなかった。

 

 外周から絶え間なく現れ続ける群れは減る兆しを見せず、エルフの戦士たちの挙動は目に見えて精彩を欠いていく。魔力が奪われることは、彼らの対抗手段を奪うと同義であり、里の防衛線が徐々に押し込まれていく。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 里の上層に取り付く薔荊蛇(しょうけいだ)と対峙する中、カミラは張り巡らせた鋼線が捉えた異変を感知した。

 

 下層部へも張り巡らせていた鋼線が不気味な振動を伝えてくる。薔荊蛇の挙動でも、下層へ雪崩れ込むマッドエイプの群れでもない。鋼線へ伝わる振動は徐々に大きくなり、確実に樹上へと近づいてくる。

 

「何なの?……バルトロメオ」

 

 カミラの声は低く震えていた。バルトロメオはその動揺を察知し、視線を返した。

 

「どうした、カミラ?」

 

「鋼線に……何かが掛かったわ。上がってくるわ」

 

「何?」

 

 バルトロメオが里の下層へ目を向けると、薔薇の蔓を纏った何かが登ってくるのが見えた。

 

 それは人だったが、もう人ではなかった。全身に寄生した薔薇によって、関節は不自然な方向へ折れ曲がっている。首は力なく傾ぎ、蔓に覆われた片腕に、鎖に繋がれた鉄球がぶら下がっていた。

 

 バルトロメオの目が見開かれた。

 

「……嘘だろ」

 

 その武器を知っていた。訓練で、任務で、幾度となく目にしてきた。土魔法を操り、鉄球で敵を粉砕する男の象徴。その男が、生前の面影を遺したまま現れた。

 

「レナート……副団長……」

 

 震えた声が漏れた。

 

 隣でカミラが息を呑み、絶句して目を見開いている。シルフィアから劇薬の副作用で自滅したと聞いていた遺体に、薔荊蛇の薔薇が寄生していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 レナートの白濁した瞳には何も映っていない。もう動くことがないはずの肉体が、蔓に操られるまま、歪に動いていた。

 

「……なんでだ」

 

 レナートは非道な命令を強いた男だが、これほどまでに無残な仕打ちを、二人が望んだわけではない。

 

 薔薇に操られるレナートの死体が鉄球を無造作に振るうと、激突した枝が砕け散った。

 

 シルフィアを追う薔荊蛇。地上を蹂躙する薔薇付きのマッドエイプの群れ。そして今、薔薇に寄生された上官の骸が現れた。

 

 魔力の花園による影響は続き、打開の糸口は未だ見えない。

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