輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第6話:ルクスという名の残響

「うっ、ぐっうぅ」

 

 ルクスから力を託されてしばらく経った後、海里は森の中で蹲っていた。森の中を歩き始めてから、身体が強烈な異変に襲われ、一歩も動けずにいた。

 

「なんだ、この感覚……頭が割れそうだ……!」

 

 

 ついさっきまで、彼の内に存在しなかった膨大な情報。それは、騎士ルクスが、その生涯で培ってきた経験の奔流。

 

 激しい目眩に襲われ、立っていることさえも困難だった。

 

 

 水無月海里という器に、ルクスという残響が流れ込む。二つの異なる存在が一つに溶けあう異変が収束することを、ただ耐え続けた。

 

 

 暫くの時間が経過して、海里の身体はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 

「やっと……おさまったか……」

 

 

 海里は自分のこめかみを強く押さえながら、つい先ほどまで知らなかった知識を反芻した。

 

 

(ルクスも言ってたけど、彼はリグリア王国の騎士。アステル大陸東部に位置する、第一転生者を倒した立役者が五十年前に興した王国か)

 

 

 脳裏に浮かぶものは全て、海里自身とは全く無縁の知識だった。

 

 

 過去に存在したという第一転生者。その者の影響が今なお残り、その復活を謳う教団が存在している。

 

 

「過去の転生者に教団、それに魔物……。そして、ルクス……」

 

 

 わずか数日の間に起きた出来事は、あまりに膨大過ぎて、その全てを把握しきることは出来なかった。

 

 ルクスから託された記憶はその典型で、海里自身が知りたいと考えるか、疑問に思ったことが彼の記憶内にあれば、その答えが得られた。

 

 

(……まるで辞書みたいだな)

 

 

 そんな事を考えながら、海里は教団について考えた。

 

 

 輪廻教団は、リグリア王国内に支部を設けている。教団は海里にとって、危険な存在になり得ることが考えられ、出来れば関わりたくなかった。

 

 

 しかし、既にロルカ村のバルドが、海里を教団に売るため、呼びに行ったという事実がある。彼の身体的特徴は、教団側に伝わっていることだろう。

 

 

「もう関わらないのは無理なんだろうな……。これから、追われる身になるかもしれないのか……」

 

 

 海里は、教団との接触から逃れられないことへの諦めを感じていた。

 

 

(それにしても、なんで自分の髪や瞳の色までが変わったんだ?)

 

 

 元の海里は黒髪黒目だった。それが今、川の水面に映る姿は、アッシュブラウンの髪色と、淡く黄褐色に光る瞳へと変化していた。

 

 

 水面に映る姿を見て、自分のほかに誰かいるのかと驚いた。外見に起きた変化がしばらく理解できなかったが、一つの希望をもたらした。

 

 

(黒髪黒目という、過去の転生者としての特徴が消えた。これなら、外見の珍しさを、少しは誤魔化せるんじゃないか……)

 

 

 次に海里は、村で拘束から逃れる際に発現した歪ませる力について考えた。魔物や、害意を抱く人間に対抗するには希望といえた。

 

 ならば、その使い方を把握する必要がある。

 

 

 海里は手近な位置に転がっていた石ころに手をかざし、縄を引きちぎった時と同じように、集中して力を込めた。

 

 

 小石はピシリという乾いた音を立てて砕け散った。物体に重力という負荷をかける。その行動を暫く海里は繰り返した。

 

 

 重力の力に慣れ始め、あらためて森を抜けるために歩き始めようとした、その時だった。

 

 

 既に離れた距離にあるロルカ村の方角から、空気を震わせるような轟音と、空へ伸びるかのように見えるすさまじい風が吹き荒れるのが見えた。

 

 

「あれは、ロルカ村の方角じゃないか!」

 

 

 監禁し、教団に売り払おうとした村の人間たちに何が起ころうと、海里にとって知ったことではなかった。彼らが自業自得の報いを受けたとしても、それは因果応報だと思えた。

 

 

 しかし……

 

 

(海里さん、気を付けて……)

 

 

 彼の頭をよぎったのは、そんな悪意に満ちた村の中で、ただ一人、彼を助けてくれた少女、リーファの存在だった。彼女の安否だけは確かめたいという衝動に駆られた。

 

「……俺は何をしようとしてるんだ……」

 

 自分のあまりのお人好し加減に、海里は自嘲するようにつぶやいた。

 

 厄介事に首を突っ込む愚かさを頭では理解しながら、それでも身体はロルカ村へと駆け出していた。その最中、走る速度が格段に速くなっていることに気づいた。

 

 

(身体が軽い……? 何で……?)

 

 

 これもルクスから託された力の影響なのか。見た目だけでなく、身体能力が向上したことに驚きながら、海里はロルカ村への道のりを急いだ。

 

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 

 短い時間でロルカ村へ戻ってきた海里だったが、その先には、彼の知る村の風景は存在しなかった。目に映るのは、見る影もないほどに破壊され、荒れ果てた廃村だった。静まり返った村に、風がたなびく音だけが虚しく響いていた。

 

「さっき見えた竜巻みたいな風で、こんなことに? リーファは、どこにいるんだ……」

 

 家屋は吹き飛ばされ、木材の残骸と化し、田畑は耕された土ごと深く抉られて荒れ果てていた。

 

 あちこちに村人の遺体が転がっているが、魔物に襲われたような傷ではない。鋭い刃で全身を切り刻まれたかのような、凄惨な有様の死体ばかりだった。

 

 

 廃村をあてどなく歩き回り、海里は、探していた少女を見つけた。

 

「リーファ……!」

 

 リーファは、全身に痛々しい傷を負いながらも、まだ微かに息をしていた。

 

 遠目に見た風の勢いでは、彼女が生きているはずはないように思えた。彼女が生きていられたのは、一人の男が覆いかぶさって盾になっていたからだった。

 

 それは、海里を陥れた主犯の一人、村長エルドリックだった。

 

 彼は、目を見開いたまま絶命していた。海里からすれば、この男は悪人に他ならない。彼が死の間際に何を思ったのか、知る由もなかった。

 

 だが、彼がリーファを庇ったという事実は疑いようがなかった。

 

 悪人の善意ともいえる状況に、海里は複雑な感情を覚えたが、今はリーファの救助を優先すべきだった。

 

 重そうな木の柱も、ルクスの力を得た海里には障害にならなかった。脚の速さだけでなく、腕力も向上していた。

 

 覆いかぶさっていたエルドリックの遺体の下から、リーファの身体を慎重に引きずり出すと、彼女は小さな苦悶の呻き声をあげた。

 

「うっ……だ、誰……?」

 

 リーファは目の前の人物が咄嗟に誰なのか判別できなかった。

 

「リーファ、俺だ、海里だ。戻ってきたんだ」

 

「海里さん……? ……ここは、あなたを……ひどい目に遭わせた村なのに……。……どうして……っ……」

 

 

 彼女の問いに、海里は答えに詰まった。

 

「俺にも分からない。今はもう喋らないでくれ」

 

 そうリーファに告げたものの、海里にできたのは彼女を瓦礫から引きずり出すのが精一杯だった。彼女の傷を治癒させる術など持ってはいなかった。

 

(俺には……ルクスと同じことが出来ないッ!!)

 

 ルクスが行ったことは、己の命を海里に分け与えるという行為に過ぎない。精霊が見えただけの海里に同じ芸当を起こせない。

 

「ふふ」

 

 その時、リーファが、か細い声で不意に笑った。

 

「リーファ?」

 

 海里は怪訝な声を上げた。

 

「この村がどうなろうと……あなたが気にして……戻ってくる必要なんて、なかったのに……」

 

 リーファの口から血が吐き出され、海里の心は焦燥感に焼かれた。

 

(どうすればいい? このままじゃ、リーファの命が……。また……俺の目の前で)

 

 自分を助けてくれた人間が、ルクスに続いて命の危機に瀕している。苦しそうなリーファの呼吸を聞き、海里は無力感と焦燥に駆られた。

 

(鏡花を失った時も、ルクスを失った時も、俺はただ見ていることしかできなかった。また、俺は何度同じことを繰り返すんだ……?)

 

その時、彼の服にある鏡花の形見のペンダントが、唐突に光を放ち始めた。

 

(なんで光った!?)

 

 ペンダントが光を放った理由が理解できず動揺する海里だったが、光はその間にも彼の腕を伝い、掌へと収束していく。その温かさは、精霊が力を貸してくれた時と似ていた。海里はその光を、精霊が力を貸してくれてルクスの遺体を弔った時と同じようにリーファの傷口にかざした。

 

 すると、その光は、海里の想いを汲んだかのように、少しずつリーファの負った怪我を治癒させていく。

 

(……治ってくれ……!)

 

 唐突なペンダントの発光と、傷を治癒する力に動揺しながらも、海里はただ、心の底から「治れ」と想い続けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 海里の想いに応えるかのように、ペンダントの光がリーファの傷口を包み込んでいく。その最中、彼の頭の中に、ルクスの記憶の断片が不意に浮かび上がってきた。それは、ルクスが負傷した騎士を治癒した際の知識と経験だった。光が治癒という形を取るための道筋を、ルクスの記憶が補うように海里の内に流れ込んでくる。

 

 痛覚を一時的に麻痺させる、出血を抑える。

 

 掌から放射される光は、リーファの身体を包み込み、傷ついた身体を確実に治癒させていく。リーファの傷は、全快とまではいかなかったものの、出血は止まり、呼吸は緩やかで落ち着いたものへと変化していた。

 

「あれ?私の傷……どうして……?」

 

 リーファは驚きに目を見開いて不思議そうに呟く。

 

 ペンダントの光が収まったとき、視界がぐらりと大きく揺れ、海里はひどい倦怠感に苛まれた。呆然とする彼女の横で、海里は地面に手をつき、荒い呼吸を繰り返した。全身が悲鳴を上げるような、ひどい脱力感が彼を襲う。

 

 異世界に来てから、海里の周りでは元の世界では考えられないことばかりが起きている。ペンダントが発光して他者の傷を癒す。それは重力の魔力よりも理解不能なものだった。

 

 疲労に見舞われはしたものの、海里は震える手でペンダントを握りしめ、その本来の持ち主だった亡き幼馴染に想いを馳せた。

 

(鏡花、今はもういない君が、ペンダントを通じて、俺の想いを汲んでくれたのなら……本当に、ありがとう……)

 

 元の世界ではあり得ない非論理的な奇跡。リーファを助けたいという想いがペンダントの光を呼び起こし、その光がルクスの治癒の記憶を引き出して傷を塞いだ。……海里にはそう解釈するしかなかった。

 

 

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