輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった― 作:あすらりえる
アウロラの森で海里の
「入れ」
すぐに鏡花の短い返事があった。主の静かな気配を反映したかのように、室内には冷気が満ちている。
「鏡花様、アウロラの森より戻って……」
鏡花の部屋の中へ進んだゼイロンは、言葉を途中で止めて、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
その理由は、椅子に座る鏡花の傍らに立っている、もう一人の少女の姿を認めたから。
その少女はゼイロンを見るなり、甲高く能天気でありながら、叫びといえる大音声を上げた。
「いよっす!ゼイロン!おっかえり――――――――――――――――――!!」
少女が叫び声を上げた時には、ゼイロンは両手で耳を覆っていた。声の大きい少女の服装は、奇抜の一言に尽きた。
大半の信徒が黒や白の簡素な服を纏う中、その少女は黒と赤のドレスに身を包んでいる。艶やかな紅と漆黒の対比。ふんだんにあしらわれたフリルが、騒々しい存在感を際立たせていた。スカートの裾から伸びる脚は黒と赤のニーソックスに包まれ、揺れるツインテールと相まって、どこか愛らしくもあった。
知らない者からすれば、教団の人間とは無縁に見える姿をしていた。
「……はぁ。あなたも戻っていたんですね、ノイゼット」
耳を覆った手を下ろしたゼイロンは溜息をついた。その声には歓迎する様子など微塵もない。
「そうだぞ!あたしも鏡花様の命令を終わらせて戻ってきたぞ!あたしがいると駄目かゼイロン?」
ノイゼットは片目を閉じ、ゼイロンへ問いかけた。
「はい、と断言しましょう。あなたが居るだけで騒々しくなるので」
ゼイロンは、ノイゼットの問いに対し、極めて丁寧な所作で静かに応じた。会話を打ち切るように顔を背け、沈黙を守る鏡花へと視線を向ける。
しかし、ノイゼットにとっては彼との会話が終わっていなかった。
「酷っ!酷いぞ!ゼイロン!あたし泣くぞ!すごく泣くぞ!」
わざとらしく両手を頬に当て、その場で派手な泣きまねをしてみせる。だが、瞳に涙はなく、ただ大声を張り上げているだけだった。
「どうぞ好きなだけ泣いてください。ただし、鏡花様と私の居ないところで、ですがね」
ゼイロンが淡々と告げた。
「うぎぃぃぃぃぃぃぃぃ。暫くぶりに会っても、ゼイロンはやっぱりゼイロンだった」
ノイゼットは、大きく肩を上下させ、地団太を踏みながら不満を隠さずに呻いた。ツインテールが彼女の感情を示すように激しく左右に揺れる。
「何を当然なことを。私は私でしかないのですから」
静と動、優雅さと騒々しさが相反する二人のやり取りを静観していた鏡花は、無表情のまま嘆息してから口を開いた。
「ノイゼット、やめろ。ゼイロンの報告が聞けん。ゼイロン、お前もいちいち反応するな。話が進まん」
「はぁい鏡花様」
「申し訳ありません鏡花様」
ノイゼットは騒ぎをぴたりと止め、ゼイロンもまた低く頭を下げた。
「それで、アウロラの森はどうだった?」
二人の沈黙を確認し、鏡花が報告を促す。
「はい、記録用の魔道具の映像とともにご報告いたします」
ゼイロンが懐から取り出した魔道具を起動させると、薔荊蛇と戦う海里たちの姿が鮮明に投影された。戦いの終盤、調査対象である海里が白い光を纏った剣を使う瞬間も記録されている。鏡花はそれを興味深げに眺めていた。
映像の中では、人間とエルフが異形の巨体と入り乱れて戦っている。熾烈な光景だったが、鏡花の視線はやがて一点に絞られた。白い光を纏う青年の剣。魔法ならば、魔力の流れを自身の感覚で捉えられるはずだった。
しかし、あの光には捉えどころがない。鏡花は眉ひとつ動かさず、その様子を静かに眺めていた。
「うわぁ~、でっかい蛇さんですね。身体中に棘と薔薇の花が咲いていて……って、気持ち悪っ!!!ゼーラ様にぶった斬ってもらいましょう!」
ノイゼットは、映し出された薔荊蛇の姿に心底嫌そうな表情を浮かべた。
「……ノイゼット。この魔物は既に討伐されています。仮に生きていても、ゼーラ様はヴァルハイト本国にいらっしゃるのですから、物理的に倒していただくことは不可能です」
ゼイロンは疲弊した様子で再び溜息をついた。その一息に、ノイゼットと関わる労苦の全てがありありと浮かんでいた。
「ぶ~。分かってますよ~だ。あ、蛇さん死んだ。じゃあ、じゃあ、鏡花様ならこの気持ち悪い蛇さんを倒せますかぁ?」
ノイゼットは拗ねたように唇を尖らせると、すぐに鏡花へと興味を切り替えた。視線は映像を凝視する鏡花の横顔に向けられる。
「無論だ。この蛇は魔力を吸うようだが、魔力量が多ければ問題なく動ける。七元徳ならば遅れはとらん」
鏡花の断言に、ノイゼットは目を輝かせた。
「ふぅ~~鏡花様かっこいい~!さっすが七元徳の皆さまは、人の形をした化け物揃いですね~~」
「ノイゼット。鏡花様を化け物呼ばわりするのは止めなさい」
ゼイロンの声は、感情の底冷えを感じさせるほどに低くなった。
「別に構わんゼイロン。蛇の話はさておき、この海里という青年は妙な力を使っているな。魔法、ではないのだな?」
「はっ。憑想と彼は呼んでいました。本人にも尋ねましたが、鏡花様の信仰の恩寵とは異なるようです。彼は恩寵の存在を知りませんでしたが、まだ見ぬ力もあるかと」
「だろうな。あれは私には無い力だ。ヴェノム・ルカンを追い詰めたのもこの力か。教団として、彼の力は取り込んでおきたいものだな。教皇様のお役に立つだろう」
「一応、勧誘は試みましたが断られました。再度勧誘しても結果は変わらないかと。それと治験についてですが、黒曜の副団長が使用したものの、程なく自滅しました」
「ご苦労。その件は本国に報告を送っておけ」
「はっ!」
「宰相殿の手駒を失わせてしまったか。こちらの要望で損害が出たのなら、多少の誠意くらいは示してやるとしよう。目的を達成すれば、この国にもう用はないからな」
鏡花はそう言い、映像を停止した。
「ノイゼットが戻ったということは、この国の星蝕の欠片の所在を掴まれたのですね?」
「そうだ。王都から少し離れたアーク・ヴェール遺跡だ」
「魔力起因の探索ならば、やはりノイゼットは優秀ですね」
ゼイロンの言葉に、ノイゼットが誇らしげに胸を張った。
「ふっふ~ん。あたしの力はすごいだろうゼイロン。褒めていいんだぞ?」
「ええ、私には真似できません。本当に素晴らしいですよ」
「あっれぇ?ゼイロンに素直に褒められると調子狂う……」
自分で褒めろと言ったはずのノイゼットは、本当にゼイロンから称賛されて、寧ろ困惑した表情を浮かべた。
「……どう答えれば正解になるんですか貴方は。……それで鏡花様。今後の動きは?」
呆れたゼイロンは、鏡花に話を戻した。鏡花は指を膝の上で組み、まっすぐゼイロンを見た。
「星蝕の欠片入手と並行して海里を捕らえる。勧誘が無理ならば、宰相殿の権力を使わせてもらおう。リグリアの建国者が秘匿した星蝕の欠片を奪う以上、明確な利敵行為となる。奪取後、速やかにこの国から撤収する。ゼイロン、他の信徒たちも動かせるな?」
「は、皆、いつでも動けるよう修練に励んでおります」
「お前は休息をとった後、報告と準備を進めろ。ノイゼットは私と共に宰相殿のところへ来い」
「えぇ!?あ、あのぉ、鏡花様ぁ。あたしも帰ってきたばっかりなので、少しお休みしたいなぁ、と……」
「そうか、ついて来い」
鏡花はにべもなくノイゼットの要望を却下した。
「ギョウガザマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」
休みを主張するノイゼットを、鏡花は風の魔力で無理やり押し出し、部屋を出ていく。教団支部の通路には暫くの間、ノイゼットの絶叫が騒々しく響いていた。
「ノイゼットは、あれで有用で強いから困るんですよ……。騒がしくなければ何の文句もないというのに……」
ゼイロンは二人の背を見送り、溜息とともに呟いた。