輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第79話:血も涙も響かない男

 シルフィアは、白銀騎士団の正式な団員ではない。

 

 彼女が白銀騎士団にやって来た当初、団員たちは接し方に迷っていた。しかし、団長ゼファーへの愛情を一切隠さない彼女の振る舞いに、次第に周囲も絆されていった。騎士団の訓練にも頻繁に顔を出し、時には自ら訓練に参加することもあった。

 

 同じ相手とばかり戦えばそれに慣れてしまい、実戦における不測の事態に対処できなくなる。それが彼女の持論だった。

 

 事実、膨大な魔力で団員を圧倒するシルフィアの氷魔法は凄まじく、対抗し得たのは、今は亡きルクスを除けばジュノア、ラルフの二名のみ。ゼファーは彼女の奔放さに困惑の色を浮かべることもあったが、練兵としての有用性は認めていた。ゆえに、その行動を制限することはなかった。

 

 シルフィアは積極的に人間と交流する型破りなエルフとして受け入れられた。外部協力者という立場が定着した頃には、彼女が影でゼファーの参謀と好意的に呼ばれるようになるまで、それほど時間はかからなかった。

 

 そして、現在。アルベールから受け取った解毒薬を携えたシルフィアは、白銀騎士団本部へと帰還し、ルカンの毒に苦しむ団員たちへ配して回っていた。

 

 真っ先に渡されたのは、タフだが無理をしがちなラルフだった。

 

「はい、ラルフ。飲んでもちょうだい。じわじわと身体を蝕む毒は堪えたでしょう?」

 

 ジュノアよりは軽症とはいえ、毒の進行が顕著だったラルフはすぐに薬を煽った。

 

「シルフィアさん、助かります」

 

「あなたも休みなさい。ゼファーも、海里も、無茶をする人ばかりだわ。……私が不在の間、ゼファーは無理をしていなかったかしら?していそうだけれど」

 

「シルフィアさん。その件ですが、黒曜騎士団がアウロラの森へ現れませんでしたか?」

 

 懸念を口にするラルフへ、彼女は既に解決済みとばかりに事も無げに返答した。

 

「来たわよ。でも、返り討ちにしたわ」

 

 だが、続く言葉は看過できるものではなかった。

 

「ゼファーさんの様子が妙なんです」

 

「どういうこと?」

 

「シルフィアさんたちが発った後、黒曜騎士団の動向を知ったゼファーさんは、イディウス宰相の下へ向かいました。戻ってからのあの人は何かが変です。普段通りに見えて、不意に上の空になる。出発前にあなたが心配していた疲弊とは違います」

 

 胸中に嫌な予感が過り、シルフィアは少し悩んでからラルフに告げた。

 

「……ラルフ。あなたにお願いがあるわ」

 

 シルフィアの発言に一瞬虚を突かれたラルフだったが、笑みを浮かべたあと表情を正した。

 

「いまさら何を言ってるんです?それでお願いというのは?」

 

「あなたの毒は程なく消えると思うけれど、暫く騎士団を離れてほしいの。ゼファーが動けない場合の方針は、私よりもあなたのほうが知っているわよね?」

 

 ラルフはぴくりと眉を動かし、彼女の意図を理解した。その真剣な様子に、彼は真面目な表情でこくりと頷いた。

 

「ありがとう。私はゼファーのところへ行くけれど、これからの動きはあなたの判断に委ねるわ」

 

「はい」

 

 そうして、シルフィアはゼファーの元へ、ラルフは騎士団の外へと向かっていった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 シルフィアは旅装を自室へ置くと、足早にゼファーの執務室へと向かった。逸る鼓動を抑え、扉を叩く。

 

「ゼファー!私よ。アウロラの森から戻ったわ」

 

 入室したシルフィアの視界に、ゼファーの姿が映る。一見すれば、普段通りの冷静な彼だった。しかし、彼女の中の違和感は膨らむ一方だった。

 

「シルフィア、おかえり。久しぶりの故郷は楽しめたかな?」

 

 得体の知れない違和感を覚えた。あらかじめ用意された台詞をなぞっているかのような空虚さを感じた。

 

「ゼファー。私はあなたの依頼で故郷へ戻ったのよ。ただの里帰りではないわ」

 

「……そうか。そうだったね」

 

(何……?ラルフの言った通りだわ、何かおかしい。会話が噛み合っていないような……?)

 

 その時、ゼファーの机上に置かれた見慣れぬ魔道具が目に留まった。直後、そこから男の声が響く。

 

『やあ、シルフィア嬢。私は君を知っているが、初めましてというべきかな?』

 

 知らない声だが、声の主は明確にシルフィアを認識していた。

 

「誰なの?」

 

『失礼。私はこのリグリア王国の宰相イディウスだ。アウロラの森から帰還すれば、君は必ずここへ来る。だからゼファー君に通信用の魔道具を預けておいたのだよ』

 

 宰相イディウス。脳裏を掠めたばかりの人物が、今、自分に語りかけている。イディウスは彼女の困惑など知る由もなく、一方的に言葉を連ねた。

 

『通信用の魔道具は素晴らしいだろう?希少かつ高価な代物だ。余裕があれば国境の砦にも配備したいところだがね』

 

 本題が見えない。要領を得ない言葉に、シルフィアの苛立ちは募った。この男に構っている暇はない。まずは目の前のゼファーの状態を確かめるのが先決だ。そう考えを巡らせた瞬間、イディウスが答えを告げた。

 

『ゼファー君に傀儡魔法を施した』

 

「え……?」

 

 一瞬、言葉の内容が理解できなかった。ゼファーに傀儡魔法? 彼にそれが通用するはずがないのに。視線を向ければ、彼の瞳は、ルカンとの戦場で見た術者に操られる魔物と同じ虚ろな瞳をしていた。

 

「どうして……」

 

 不在の間、最愛の人は傀儡へと成り果てていた。怒りと共に、疲弊した彼を独り残した己への悔恨が突き上げる。

 

 シルフィアは魔力を昂ぶらせた。強引にでも術を解き、彼の正気を取り戻すために。

 

『止めておきたまえ、シルフィア嬢。君が何かする前に、果たしてそれが間に合うかな?私は彼に自刃を命じることもできる』

 

 魔道具から届く声は、どこまでも穏やかだった。

 

『エルフ族の膨大な魔力は厄介でね。君を直接傀儡にするのは骨が折れる。だから、君には私の頼みを自発的に聞いてもらいたいんだよ』

 

「……私に頼みって、何なの?」

 

『シルフィア嬢。ゼファー君を愛する君ならば、きっと断りはしないだろう』

 

 続くイディウスの声に、シルフィアは言葉を失った。それは今のシルフィアには拒否できない要求だった。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 シルフィアへの()()を終えたイディウスは、執務室の椅子に深く身を沈め、独りほくそ笑んでいた。

 

 金と権力で繋ぎ止めた子飼いの輩からは、アウロラの森より冒険者や黒曜騎士団が帰還したとの報が既に届いている。その中にレナートの姿はなかったようだが、イディウスにとっては些事(さじ)でしかなかった。手駒が欠けるなど、今に始まったことではない。

 

 それよりも、新たに、かつ強力な駒を手中に収めた。これさえあれば、教団との繋がりを欠いたとしても、自身の地位は揺るぎないものとなるだろう。教団の思惑が何であろうと、鏡花が遠からずリグリアを去る算段であろうと知ったことではない。そう高を括っていた矢先、当の鏡花が訪ねてきた。

 

(一体、今度は何の用だ……)

 

 至福の余韻を削がれ、不快感が露骨に顔に出た。だが、それも束の間だった。

 

 鏡花と共に室内に現れた部下と思しき少女の姿に目を奪われた。ゼイロンのことは知っている。教団の人間らしい、落ち着いた装束を纏う男だ。

 

 しかし、鏡花に同行してきた少女は違う。夜会にでも出席するかのようなドレスを身に纏っており、その場違いな姿は異質という他なかった。驚愕に眉をひそめるイディウスが口を開くより早く、少女が声を上げた。

 

「はじめまして、宰相様ぁ。鏡花様の部下のノイゼットでぇす!」

 

「お、あぁ」

 

 挨拶も早々に、ノイゼットは壁に架けられた絵画を気にして眺めていた。イディウスが彼女の甲高く間延びした声に圧倒されていると、鏡花が語り始めた。

 

「宰相殿。これを見てほしい」

 

 返事を待つことなく、鏡花は机の上へ記録用の魔道具を置き、映像を映した。そこには、巨大な異形の魔物と死闘を繰り広げる者たちの姿があった。

 

 乱戦の中、一際目を引いたのは、光り輝く剣を振るい魔物にとどめを刺した一人の青年の姿だった。

 

「鏡花殿。この青年が調査したかった転生者ですか?」

 

「ええ、その確信を得た。そこで宰相殿、あなたにまた依頼をしたい。代わって、こちらからも誠意を示しましょう」

 

 また面倒ごとを吹っかけてくるのかと身構えたが、誠意という言葉が気になった。殊勝な態度を見せる女とは思えなかったが、彼女なりに考えることがあるのであれば、懸念事項を処理させるのも悪くない。

 

「手駒の心配なら無用ですよ。黒曜以外にも雇える者はいくらでもいる。それで、鏡花殿。次の依頼と、示される誠意の内容とは?」

 

「この青年を教団で確保したい。そのために、あなたの権力を使わせてほしい。これが依頼です」

 

 鏡花は淡々と要求を述べ、間を置かずに誠意の条件を告げた。

 

「次に誠意についてですが、この青年の調査過程において、あなたの手駒を失わせてしまったことは変わらない。故に、何か教団の手を必要とする用件があるならば、我々が引き受けましょう」

 

「ふむ」

 

 青年の確保に権力を使うとなると、ありもしない罪を捏造(ねつぞう)でもすればいい。それはイディウスにとって造作もないことであり、対価としては安い。

 

「青年の件は承知しました。次は私の懸念についてですね」

 

 イディウスが語った内容は、魔物ルカンに関する不審な点だった。

 

 先日の討伐戦の折、異形の魔物の実在を世に知らしめるべく、何体か氷像にして回収させた。しかし、搬送された数は当初の報告より不足していたという。騎士の報告によれば、運搬の直前に既に数が減っていた。

 

 もし、何者かがルカンの氷像を持ち去ったのだとすれば、それは看過できない。

 

「氷像の数そのものに固執しているわけではないのですよ。ただ、誰がどのような目的で持ち去ったのか。その足取りを掴んでおきたいのですよ」

 

「それならば容易いことです。聞いていたな、ノイゼット。お前なら、消失したルカンの氷像を追えるな?」

 

 鏡花は壁に架けられた絵画に夢中になっていたノイゼットに声をかけると、彼女は振り返って答えた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「はぁい!宰相様ぁ。保管されているルカンの氷像を見せてもらえれば、同じ魔力をあたしが追跡できますよぉ。見せてもらえますぅ?」

 

「え?あ、ああ……」

 

 ここでこの奇抜な少女が役立つのかと、自ら申し出た側でありながらイディウスは意表を突かれた。

 

「ノイゼットは魔力の感知に秀でています。他にルカンの氷像が存在している以上、特定にそう時間はかからないでしょう」

 

「それはありがたい。是非、お願いしたいものだ。鏡花殿は、良い部下をお持ちだ」

 

 言ってみるものだと、イディウスは喜色を浮かべて形ばかりの感謝を口にした。自身の手駒を動かすことなく懸念を調査できるならば、それに越したことはない。

 

「ノイゼットは()()なので」

 

「?」

 

 鏡花はその言葉の意味を語らなかったが、イディウスは別に興味を覚えなかった。

 

 彼の関心は、ひとえに自身の保身にある。万が一にも、自身を脅かす存在が氷像を持ち去っていた場合、それは排除すべき障害でしかない。

 

 己の保身の結果として、どこかの有象無象が血を流し、涙を流そうとも、彼の心に響くことは決してない。

 

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