輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―   作:あすらりえる

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第82話:幕間『黒鋼』

 黒曜騎士団の本部に戻ったバルトロメオとカミラは、アウロラの森で起きた一部始終を残っていた者たちに語って聞かせた。

 

 副団長レナートと他二名の死亡。さらにはルカンとも異なる異形の魔物の出現。

 

 報告を耳にした者たちは混乱に陥ったが、その反応は織り込み済みであり、二人に驚きはなかった。

 

 その場には黒曜騎士団の行く末を案じる声が次々と上がる。不祥事の元凶が死者たちにあるとはいえ、王都の住人から白い目で見られる集団の未来を危惧するのは無理からぬことだった。

 

 騒然とする一同を前に、二人は国境の砦にいる『黒鋼(くろはがね)』へ直接報告に向かうと告げた。

 

 長らく王都を離れている団長の反応は測れない。だが、情報の流通を阻んでいたレナートが亡き者となった今、王都を離れる障害はなくなっていた。

 

 繋がりを持っていた宰相イディウスが何らかの動きを見せる前に王都を発つ必要がある。

 

 その夜、二人は短い休息と最低限の支度を済ませ、翌朝の薄明かりの中でリグリア王都を後にした。アウロラの森での疲労がまだ抜けない中、その足はグランドヴェルクの国境地帯へと向けられていた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 アステル大陸北部に位置するグランドヴェルク連邦。

 

 険しい山岳地帯の先に広がるその国が興された背景に、第一転生者の存在が根深く関わっている。

 

 かつて奴隷として虐げられた魔力なき者たちは、自らの手で強大な国家を築き上げた。

 

 彼らが、第一転生者の復活を教義に掲げるヴァルハイト聖国や輪廻教団の入国を頑なに拒むのは、その根底に拭い難い恨みを抱いているからに他ならない。

 

 二度と屈辱を味わわぬよう、彼らは理不尽に対し徹底して抗う苛烈な精神を宿すに至った。

 

 リグリア王国との関係もまた良好とは言い難い。

 

 十年前、リグリアの騎士団の一つが壊滅した際、その余波は国境付近にあるグランドヴェルク領の鉱山にまで及び、多大な被害をもたらした。製鉄や鍛冶を生業とし、鉱石を国家の要石とする連邦側はこの事態に激昂した。

 

 リグリア王国へ賠償を要求し、場合によっては武力行使も辞さないという一触即発の緊張状態にまで発展した。

 

 この危機を救ったのは、リグリア王国の老齢の建国者だった。彼はあらゆる手段を講じて連邦側の怒りを鎮め、辛うじて矛を収めさせることに成功した。

 

 しかし、建国者はその代償を払うかのように、事態の収束を見届けた直後に倒れ、そのまま寝たきりの身となった。

 

 現在、リグリア王国とグランドヴェルク連邦の国境には互いを牽制するように砦が築かれている。

 

 両国は実力者を配置して一挙手一投足を監視し合う緊張の中にあった。

 

 この砦へ、防衛において無類の強さを誇り、『黒鋼』の二つ名を冠された騎士が派遣されていた。

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……キツいな。これほど険しい道だとは」

 

「馬車が途中までしか来られなかったのも納得ね。荷物を少なくしておいて正解だったわ」

 

 日々の鍛錬を欠かさぬ騎士の足をもってしても、その山道は過酷を極めた。

 

 レナートに屈してなお、バルトロメオたちは騎士としての修練を片時も忘れなかった。だが、切り立った山岳地帯の踏破は、その自負をあざ笑うほどの負担を強いた。

 

 それでも二人は、敬愛する『黒鋼』の待つ国境の砦へと辿り着いた。

 

 見張りをしていた黒曜騎士団の騎士は、麓から現れた二人組が王都の同僚であると知るや驚愕を隠せなかった。脱水症状寸前の二人を見て、急いで砦の中へと招き入れて休息を取らせた。

 

 バルトロメオとカミラは、到着の安堵と極限の疲労に呑み込まれるように、そのまま泥のような眠りに落ちた。

 

 二日後、ようやく目覚めた二人は王都の現状を案じた。

 

「カミラ、王都はどうなっていると思う。流石に宰相もレナートの失敗は把握しているよな?」

 

「そうね。王都を発ってから二週間近く経つわ。あの宰相が何もしていないとは思えないわ」

 

「ゼイロンも七元徳の主に海里について報告しているはずだ。……その間に何か起きていなければいいが」

 

「それも含めて、団長に相談しましょう」

 

 二人は案内役の古参騎士に連れられ、砦の奥へと足を進めた。通されたのは執務室で、窓の外に広がる空は分厚い雲に覆われていた。

 

 採光の乏しい室内で、『黒鋼』の姿は暗闇に沈んでいるように見えた。だが、その気配だけで、二人は自分たちが敬愛してやまない団長の前にいることを実感した。

 

 『黒鋼』の視線が二人に向き、しばらく沈黙が流れた。

 

 久方ぶりに目にするその姿に、二人は言葉を失って立ち尽くす。そんな彼らに落ち着いた声が届いた。

 

「まずは座れ、二人とも」

 

「「は、はい!」」

 

 二人が椅子に腰を下ろしたのを見届け、『黒鋼』もまた席に着く。

 

「遠路はるばる、よく来たなバルトロメオ、カミラ。王都から二人が来たと聞いたときは、耳を疑ったぞ」

 

 変わらない声。その響きに、二人の胸にはこみ上げるものがあった。

 

 バルトロメオは感情を抑えて口を開く。

 

「お久しぶりです、団長。……突然の訪問、申し訳ありません」

 

「構わん。今は落ち着いているから時間は気にするな。さて、書状ではなく直接足を運んだからには相応の理由があるのだろう?聞かせてくれ。……ん?」

 

「う……ぐすっ」

 

「カミラ?」

 

 バルトロメオが隣を見ると、カミラが堪えきれずに嗚咽を漏らしていた。

 

「うぅ……団長、本物の団長だわ……」

 

 緊張の糸が切れたようなカミラの様子に、『黒鋼』は困ったように苦笑を浮かべた。

 

「カミラ、私の顔を見ただけで泣くとはな。よほど過酷な状況だったようだが……バルトロメオ、お前も泣きそうか?」

 

「からかわないでください、団長」

 

「そうだな、悪かった。……改めて、何があったのかを話してくれ」

 

 冗談をやめた『黒鋼』は、眼差しを細めた。

 

 二人は、リグリア王都とアウロラの森で起きた出来事を包み隠さず報告した。

 

 レナートの暴走と、家族を人質に取られて悪事に加担せざるを得なかった己の罪。異形の魔物の出現とその造物主の存在、輪廻教団の不穏な動き。そして、海里たち冒険者との出会いによって、贖罪の機会を得たこと。

 

『黒鋼』は相槌を打つのみで、その懺悔のような告白を最後まで黙って聞き届けた。話を聞き終えた『黒鋼』は、しばし沈黙した後に口を開いた。

 

「そうか……。私の不在に乗じ、イディウスがそこまで黒曜騎士団の内部に根を張っていたか。騎士団の名を汚した責任は団長である私にある。二人には苦労をかけた。すまなかった」

 

 そう言って、二人に頭を下げた。

 

「ま、待ってください!団長に謝ってほしいわけではありません!」

 

「そうです!悪事に走ったのはレナートで、加担した私たちこそが罪人なんです!」

 

「それは結果論だ。私が王都の情勢を把握できていなかったばかりにお前たちに無用な苦しみを与えた。騎士団の矜持を失墜させた責任は私にこそある」

 

『黒鋼』は静かに吐息をついた。不在が招いた増長が、信頼する部下を追い詰めた事実に、怒りよりも深い自責を抱いていた。

 

 やがて一束の資料を取り出して机の上に並べた。

 

「二人とも、これを見てみろ。王都から届いていた定期報告書だ」

 

 促されて資料を眺めたバルトロメオとカミラの表情がみるみるうちに曇っていく。

 

「団長、これは……」

 

「そうだ。お前たちが語った話とは似ても似つかぬ内容だろう?」

 

 記載されていたのは、事実を巧妙に塗り潰した虚偽の報告だった。

 

「砦までの距離を利用し、不都合な事件など何も起きていないかのように装っている。レナートを(そそのか)し、情報の改竄(かいざん)を主導したのはイディウスだろうな」

 

「何のためにそんなことまで……」

 

「国境にいる私がいつまでも団長の地位にあるのが邪魔なのだろう。偽情報を掴ませておいて、頃合いを見て都合の良い手駒を団長に据えるつもりだったか。……全く、やってくれるものだな」

 

 不敵に笑う『黒鋼』の姿に、二人はその変わらなさに頼もしさを感じた。

 

「ところで二人とも、アウロラの森に現れた薔荊蛇とやらはそれほど厄介だったか?」

 

「はい。操られた魔物たちが同時に押し寄せ、居合わせた者たちが総力を挙げて討ち取りました。場合によってはエルフの里は壊滅していたかもしれません」

 

「それほどの脅威か。こちらに現れたものとは性質が異なるようだな」

 

「団長!もしかして国境にも異形の魔物が出たんですか?」

 

 驚く二人に、『黒鋼』は頷いて語り始めた。

 

「ああ。この砦付近に現れたのは、全身が鉱石に覆われた頑強な熊だ。鉱石を食らい、その身を鎧のように硬質化させている。グランドヴェルク側と協議して、鎧熊(よろいぐま)と名付けた」

 

「また別の異形が……知っているだけで三種類目。一体、何が起きているの……」

 

 カミラは、各地に現れるそれぞれ別の異形の魔物に戦慄した。

 

「団長、その……睨み合っているはずのグランドヴェルクと協議をされたのですか?」

 

「ああ。別に彼らと戦争をしているわけではないからな。情報の共有を兼ねて、向こうの砦に足を運んだ。今もリグリアを疎んでいるのは向こうの上層部だけだ。実務を担う彼らにとって、鉱石を食い荒らす鎧熊は、我々以上に無視できない存在だからな」

 

「その魔物はどうなったんですか?」

 

「倒した。個体としてはそこまでの強敵ではない。だが、しばらくすると再び現れる。その度に、少しずつ体を巨大化させてな。現在は我々とグランドヴェルク、双方にとって共通の懸念事項となっているが、ここ数ヶ月は姿を見せていない。それもあって、多少の余裕が生まれていた」

 

「団長?」

 

『黒鋼』は立ち上がり、静かに二人を見据えた。

 

「バルトロメオ、カミラ。黒曜騎士団団長として、二人に任務を与える」

 

「「は、はい!」」

 

 二人は弾かれたように立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。その場の空気が一変し、続く『黒鋼』の言葉が厳かに響く。

 

「休息を取った後、他の団員たちと協力してこの砦を死守せよ。私が戻るまでの間、代わりを務めてもらう」

 

「団長、俺たちが代わりを務めるということは……」

 

「もしかして王都へ……?」

 

 その意図を察した二人の声が震える。

 

「ああ。長らくリグリアを空け、多くの者に重荷を背負わせすぎた。いつまでもゼファー一人に王都を任せきりにするのも不公平というものだろう」

 

 その時、分厚い雲を貫くようにして一筋の強い陽射しが差し込んだ。影に沈んでいた室内を照らし、そこに立つ『黒鋼』の全身をはっきりと浮かび上がらせた。

 

 その身を包むのは夜の闇を彷彿させる黒鎧。強固な装甲でありながら、彼女の肉体の一部であるかのようにしなやかな曲線を描き、女性騎士としての凛々しい輪郭を際立たせている。

 

 無造作にリボンで束ねられた紫髪と、幾多の死線を潜り抜けてきた精悍な雰囲気。その瞳は決して揺らぐことのない意志を宿していた。

 

 彼女こそが黒曜騎士団を統べる団長にして、『黒鋼』の二つ名に相応しい精神と武勇を兼ね備えた騎士。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 バルトロメオとカミラは、その姿を見て、改めて敬愛がとめどなく湧き上がるのを感じた。

 

「私はこれよりリグリア王都へ帰還する。二人とも、留守を任せたぞ」

 

「「はい!団長!」」

 

『黒鋼』ディマリア。

 

 陽光の中に立つ彼女の凛然たる声が、室内の空気を震わせ、その余韻はバルトロメオとカミラの胸の奥にまで響いた。

 

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