輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった― 作:あすらりえる
アウロラの森から戻ってきて、一週間ほどが経過した。その間、特に教団が動きを見せることはなかった。正確には、街中で信徒たちが変わらず布教活動をしていたが、それは、いつか見たのと同じ光景だった。
教団支部にいる鏡花と向き合うにあたり、人を頼ろうと考えた時、真っ先に思い浮かんだのは、怪しげな道具屋の主のシモンだった。
どこからかルカンの情報も掴んでくる彼ならば、教団との接触方法にも何か妙案を思いつくかもしれないという期待があった。海里はシモンの道具屋を目指して出発した。
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何度やって来ても、シモンの道具屋は怪しい雰囲気に満ちていた。とはいえ、もう店の扉を潜ることに躊躇はなく、単純に慣れた。中に入ると、すぐに奥からシモンが出てきた。店の外観もさることながら、その店主の胡散臭さと気品が両立しているのも変わらずだった。
「やぁ、いらっしゃい海里くん。十分に休息は取れたかい? さて、今日はどんなものをお探しかな?」
「シモンさん。冷やかしみたいで申し訳ないんですが、今日はあなたに相談がしたくて来ました」
「ふむ? 私でよければ、いくらでも話を聞くが、改まってどうしたのかな? もう新しい危険に首を突っ込もうとしているのかな?」
軽い調子の問いかけだったが、海里は笑い返す余裕がなかった。
「そんなところです」
海里が意を決して話を切り出そうとした時だった。店の奥から聞きなれた声が聞こえてきた。
「シモン、今は大事な話の最中なんだから、閉店中の札をかけておいたら? って、海里じゃない」
「リズ?」
冒険者仲間のリズが店の奥から出てきて、海里は驚いた。前々からシモンと知り合いという様子はあったから、そこまでのことではないのかもしれないが、彼女が言う大事な話というのは気になった。
「珍客でも来たかと思ったら、そうじゃなかったか」
と、思っていたら、更に声が聞こえてきた。声の主は冒険者ギルドで受付をしている強面の男マーカスだった。
「海里が来たなら、ついでに話を聞かせてはどうですかね? どのみち、あとで依頼を出す予定だったわけですから」
「それもそうだね」
マーカスの提案に、シモンが頷いていた。何の依頼なのかは分からなかったが、真剣な話であることは疑いようがなかった。
「マーカス。冒険者ギルドの受付は良いのか?」
「ん? 受付は別に俺一人じゃないし、今日は暇してたレンを受付に置いてきたから、何も問題はねぇ」
「……そうか」
恐らくはマーカスに捕まって、半ば強制的に受付に配置されたであろうレンの姿を思い浮かべた。
『なんで俺が受付なんだよ!?』
と、当人の嘆く声が容易に予想できた。きっと慣れない書類や机作業に頭を抱えているのだろう。
「それで、三人で一体なにを話していたんだ?」
「海里にも依頼を出す前提のこれからの予定と言っておくわ。ちょっと聞こえたけど、海里はこの胡散臭い店主に何を相談しに来たの? 何かを相談する人は慎重に選んだほうがいいわよ」
リズにボロクソに言われている当の胡散臭い店主は、天井を仰いで目元に手を当てていた。どうやら、泣きたい気分になっているようだった。
それはそれとして、今度こそ意を決して海里は言葉を口にした。
「シモンさんに、輪廻教団との接触方法の案がないか聞きに来たんだ」
その言葉を聞いた海里以外の三人が、発言の意図を測りかねる表情を浮かべた。とはいえ、リズだけはすぐに真顔に戻った。
「アウロラの森で海里が、輪廻教団に調査されてたからでしょう? ゼイロンが前に街中で遭遇した男だって聞かされた時は驚いたけど、その理由でも分かったの? 教団と接触したくなるような」
「いいや、理由は最初から分かっていたんだ。でも、言い出せなかっただけだ。ゼイロンの主の『信仰』の鏡花は、俺の幼馴染だから」
もう一度、その場の全員が息を呑むのが、はっきりと分かった。三人の反応次第では、海里はすぐにでも逃げ出すつもりでいた。
が、その必要はなかった。
「君自身が転生者なのか、海里くん」
「はい」
シモンが驚いたように呟いた。たっぷりと息を吐き出してから、リズが口を開いた。
「そういう……ことかぁ。なんで、イディウスと教団が海里を調査しようとしてるか気になってたけど」
「転生者は黒髪だと聞いていたのだがね。海里くんは茶髪だね」
シモンの視線が、海里の髪に向けられていた。
「知識で聞いてる話とは違うから、見ただけで気にすることはないでしょうな」
三者三様の言葉は返ってきたが、海里が危惧していたような、すぐに捕まえようという反応はなかった。
「俺を……教団に売ろうとか思わないのか?」
「海里にそんなこと思うわけないでしょ。見損なわないでよ」
リズの声に苛立ちが混じっていた。それなりに付き合いの長い彼女に対して愚問だった。
「ごめん」
海里が短く詫びると、リズは声の棘を引っ込めた。
「それを気にするってことは、まさか実体験なの?」
今となっては、隠すほどのことでもなかったから頷いた。
「ああ、転生して最初にたどり着いた村では薬盛られて、監禁されて教団に売られかけた」
マーカスの眉間の皺が深くなった。
「そりゃ、転生者であることを隠したくもなるな。その時は、第一転生者がどうとかは知らなかったんだろ?」
「ああ。助けてくれた人から、みだりに話すなって言われていたから、三人の反応は正直拍子抜けだ」
「今も悪名が残ってる第一転生者は五十年前に死んでるから、そもそも転生者って存在を言葉以上の意味では知らんからな。人によって捉え方は様々だろうな。誰から聞いたんだ?」
「ゼファーさんの弟のルクスだ。その彼は、もう……いない」
マーカスは口を噤んで、目を伏せた。
「……悪いこと聞いたな」
「いや、いいんだ。あれがすべての始まりだったとも思ってるから」
「ルクスはその時点で教団に利用されることを危惧したんじゃないかしら」
一通り聞き終えたシモンが、話を本題へ戻した。
「転生して早々に、そのような目に遭えば、警戒も当然だろう。さて、教団にいる七元徳が幼馴染だというなら、その彼女と話す機会が欲しいといったところかな? 他の信徒たちに邪魔されずに」
海里が頷くと、シモンは歩き出して、店の扉の外に、リズが言ったように閉店中の札を掛けていた。
「海里くんとレン君にも出す予定の依頼内容は、教団と無関係ではない。君が教団と接触したいと考えているなら、我々としても都合が良い。リズちゃん、マーカス君。あらためて、奥で話そう」
「そうしましょうか。お互いに知っておくべきことが多そうですからね」
海里は三人と一緒に、道具屋の奥へ歩いていった。
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シモンの店の奥に進むのは初めてだった。
思った以上に奥行きがあり、広めの部屋があった。二階に続く階段まであって、これまで見てきた道具屋がこの建物のほんの一部に過ぎなかったことを知った。裏通りの奥まった位置にあるがゆえに、全体的な大きさを見誤っていた。
机の上に様々な資料が並べられていて、海里が来るまでは三人はそこで話していたようだ。
海里を含めた四人が椅子に座ると、シモンが口を開いた。
「海里くんの話はすまないが、少し待っておくれ」
海里が頷くと、シモンが先を続けた。
「まずは傀儡魔法について話そうか。海里くんはあの魔法にどんな印象を持っているかな?」
そう問われて頭に浮かぶのは、双子の賊が魔物を操っていたことだった。直接戦った以上、時間が経ってもそうそう記憶から消えることはない。
「お前の頭に浮かんでるのは、もう死んでるディランとか、何処かへ逃げ去った双子のことだろうがな。宰相イディウスが傀儡魔法を使えるってことを言いたいんだよ」
マーカスは吐き捨てるように口にしたが、海里には、この場に集まった者たちの会話の全容がまだ掴めていなかった。それを察したリズが笑みを漏らした。
「質問の意図はまだ分かんないと思うけど、まぁ、聞いてて。もともとは戦う手段に乏しいとか、戦力の数が欲しいところから魔物を傀儡にして使うっていう意味合いの魔法なのよ。でもね、それを人間に使う奴がいるという話よ」
「――ッ!! それって」
リズの言葉の意味を理解した海里は、それがイディウスのことだと察した。
「先代王が追放されたリグリア王国で、権力を得ているイディウスが少年王を傀儡にしているっていう話は比喩じゃなくて、文字通りなんだよ」
すぐに言葉が出なかった。魔物に向けるはずの魔法が人間に使われているということに衝撃を受けた。
「意思疎通できない魔物に使うのが良いとか悪いとか論じるつもりはないけどね」
三人の口ぶりに驚きはどこにもなかった。海里がこの店に来るより前から、何度も交わされてきた話なのだと分かった。
「私たちが話していたのは、その少年王を傀儡魔法から解放して、今度はイディウスを失脚させるという相談だよ」
反乱という言葉が頭に浮かんだが、海里以外の三人の表情は真剣だった。
「海里くんからすれば、何故今と思うかもしれない。それはね、君がアウロラの森に行っている間に、私がアリーナポリスから取り寄せていた魔道具が届いたからさ」
「その魔道具があれば、傀儡魔法を解除できるってことですか? 他の解除手段はないんですか?」
「あるとしたら、術者本人に解かせるしかないけど、権力の座に固執するイディウスがはい、そうですかと応じるはずがないわ」
それならば、極論、術者本人を殺めてしまうことはできないのかと海里は疑問に感じたが、それが可能であれば、シモンはわざわざ魔道具をリグリアの外から取り寄せたりしなかったはずだと思い直した。その考えを肯定するようにシモンが話し始めた。
「術者を殺めたとしても傀儡化は解けない。魔道具自体も本来想定されていない用途であるがゆえに、なかなか信じてもらえなかった。それで取り寄せるのにも時間がかかった」
聞けば聞くほど、会ったこともないイディウスという男がどれほど悪辣であるかが感じられた。
「私が入手した魔道具を使用するには、王城に潜入する必要がある。冒険者諸君には荒事になった時の対処を依頼しようと思っていた。しかし、これは失敗したら捕まるでは済まない。イディウスは、自らの権力を脅かす者は決して許さないだろう。ただし、もともとリグリアで暮らす者に限るがね」
「で、それに該当しないのが輪廻教団ってわけだ」
シモンの言葉には含みがあった。マーカスがそれを補足してくれた。
もともと十年もの間、壊滅した騎士団の代わりにイディウスが招き寄せた教団との関係性は良好だった。しかし、それは『信仰』の鏡花が来たことで崩れた。イディウスの保身など意に介さない彼女は、教団の目的を優先して動いており、イディウスに様々な要求をしているのだと。
「その結果、イディウスが焦るようになったのか、最近は粗が目立つことが増えている。このタイミングで行動を起こそうとしている理由の二つ目だよ。ここまでが我々の主要な話だが、今度は海里くんの話をしようか」
「はい」
そこから海里は、鏡花について、アウロラの森で得た情報を踏まえて、三人に話していった。
宰相の命を受けた黒曜騎士団と、それを隠れ蓑に鏡花の部下も来ていたこと。自分が転生者であることは、もう鏡花にも伝わっているだろうということだった。
シモンは訝しげな表情で顎に手を当てた。
「妙な言い方だね。同じ転生者というだけでなく幼馴染なら、彼女は最初から君を転生者と気づいているんじゃないのかい?」
海里は続けた。
ルカンの討伐のとき、少しだけ鏡花と言葉を交わしたが、彼女は海里のことを認識しなかった。記憶喪失とは思えず、そもそも別人のような印象を受けたことも話した。アウロラの森で聞いた話では、第一転生者が残した肉体を乗っ取る
「君は、その事実を確かめて、事実なら幼馴染の彼女を教団から解放したいんだね」
「その手段はまだ見つかっていません。本当に鏡花が虚魂に身体を乗っ取られているとして、決定的に敵対した場合、現状では殺す以外の方法が存在しないんです」
「教団は教団で惨い真似をするわね……。いえ、今に始まったことじゃないわね」
話を聞いているリズの声には怒りが滲んでいた。
「リズ達がいたのは偶然だったけど、シモンさんなら別の角度から鏡花を救うための情報が得られるかもと考えたんです。お願いします、俺に力を貸してください。俺一人じゃ、鏡花を救うどころか彼女に会うことすらままならないんです」
そういって海里はシモンの前で頭を下げた。シモンは頷き、両手の指を組んだ。
「ふむ。鏡花さんがリグリアに来てから信徒の動きが活発になった印象はあった。海里くん、君は星蝕の欠片というものを知っているかい?」
「「あ」」
海里とリズの目が大きく見開かれた。
「それ、アウロラの森でも聞いたやつ。シモン、もしかして同じものがリグリアにあるの?」
「ある。リグリアの建国者は、複数個の星蝕の欠片を当時、かの地から持ち出しているそうだ」
リグリアの王族だけが知るはずの場所を、なぜこの店主が言い当てられるのか。その疑問は浮かんだが、今は口を挟むところではなかった。
「教団がそれを知らないはずがないわ。ってことは、教団は星蝕の欠片の場所を摑んだってことじゃないの?」
「そうだね。鏡花さんの目的は、それの奪取だろう。十分な数の星蝕の欠片が集まれば、未だ瘴気に覆われ、誰も近づけない
その先に何があるかは教団の教義が示していた。
「第一転生者の復活……」
「そう。しかし、本当に死者が蘇るかどうかは分からないことだ。故に、今は君への協力のほうが優先だ。君は白銀騎士団と冒険者ギルドを頼ることになるだろうが、教団から助力を受けて今の地位を保っているイディウスが間違いなく邪魔を入れてくるだろう」
教団の目的も、イディウスの妨害も、海里一人でどうにかできるものではなかった。鏡花に会って確かめるという、それだけのことが、いくつもの障害の向こう側にあった。
「では、どうすれば……?」
悩む海里に、シモンは続けた。
「鏡花さんは星蝕の欠片を奪取するにあたって、騎士団や冒険者ギルドに邪魔されることをきっと煩わしく思うだろう。リグリアにとって明確な利敵行為であれば、いくら教団とイディウスが協力関係にあろうとも、彼が横槍を挟む理由はない。それを放置すれば自身の立場も危うくなるからね。教団支部に騎士団や冒険者ギルドが立ち入るとなっても止められないだろうね」
シモンの言葉が、海里の中で街の景色と結びついた。教団と騎士団が王都でぶつかれば、巻き込まれるのはそこで暮らす人々のほうだった。
「教団と全面的に敵対したら、王都に混乱が起きるんじゃないですか?」
「それは遅かれ早かれだよ。輪廻教団は、リグリアにとっての脅威として既に顕在化している。村が吹き飛ばされた事実も、権力を私物化しているイディウスによって隠蔽されてしまう。その教団をこれ以上放置することは、私にはできない」
最後の一言だけ、怒りが混ざっていた。道具屋の店主が背負うには、その怒りはあまりに大きく感じられた。
「シモンさん、あなたは本当に何者ですか? もしかして……」
確かめるように視線を向けると、リズとマーカスは顔を見合わせて無言で頷いた。まだ話すつもりはないようだった。
海里の疑問に、シモンは笑みを浮かべた。
「いい加減秘密といって誤魔化すのも苦しいが、私の素性は今暫く伏せさせてくれ。遠からず、君も知ることになるだろうがね」
「……分かりました」
海里はシモンへの疑問を残しつつも、彼の言葉を受け入れた。
海里にとっては相談するために来ただけだったが、話は予想外の展開を見せた。シモンはリグリアの現状を良しとしていなかった。冒険者や騎士団が連帯して動けば、懸念の一つである教団の信徒数という問題も何とかなるかもしれない。
「虚魂とやらについては、依然として解決方法は出てはいないが」
シモンの声には、力になりきれないことを詫びるような響きがあった。その気遣いが分かったから、海里は首を横に振った。
「いえ、鏡花本人については、自分でも何か考えてみます」
「うん、それと海里くんに渡しておきたいものがある」
シモンは背後の棚から、小さな球体を取り出した。
「これも魔道具ですか?」
「予め魔力を込めておけば仲間の位置が分かるというものだ。君の魔力を込めておいてほしい。今の君の立場は聞くほどに危ういと感じられる。教団が既に動き出していてもおかしくないが、そうなっていないのは単に優先するものの順番のように思える」
「それは……確かに」
ゼイロンから報告を受けている鏡花の目的が星蝕の欠片でも、海里自身にも間違いなく関心を持たれている。今日までで海里の身に何も起きていないのは、シモンの言う通りなのだろう。あるいは、それ以外にも何かあるのか。
「その魔道具は万が一の備えといったところだよ。今後はリズちゃんを介して連絡することもあるだろうからよろしく頼むよ」
「はい、相談に乗っていただいてありがとうございました」
「こちらこそだ」
椅子から立ち上がると、リズも一緒に腰を上げた。
「海里、今は一人で無茶しないでよ。戦力として当てにしてるんだから」
戦力として、という言い方は、いかにもリズらしかった。心配していると素直に言わないだけだと、海里にも分かっていた。
「分かってるよ、リズ」
海里は首から下げている鏡花のペンダントを握りしめ、シモンの店を後にした。
教団との対峙は、避けられない現実として海里の前に立ちはだかっていた。鏡花を救う手立てはまだ何一つ見えていない。それでも、リズやマーカス、そしてシモンという味方を得たことは、抱えている重さに対する支えとなった。