壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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10.フロック視点

 

訓練の後、身体が鉛みたいに重い。

ベッドに倒れ込んだら、もう起き上がりたくない。起き上がったら負けだ。

 

……なのに。

 

部屋のどこかで、くだらねぇ話が始まった。

 

「やっぱクリスタだよな」

「顔面天使」

「性格も天使」

「歩く正義」

 

……おい。歩く正義ってなんだよ。

寝かせろ、と思いながらも、耳は勝手に拾っちまう。

疲れてるからこそ、頭が軽い方に流される。

 

「サシャも顔だけなら悪くねぇよな」

「お前、あいつにパン盗られたって騒いでたじゃん」

「それとこれとは別だろ!」

 

別だろ、じゃねぇ。

あれを放置してる時点で害悪だ。

でも誰も手を出せない。手を出したら奪われる。飯を。

 

「ジャンはミカサだろ?」

 

コニーが笑いながら投げる。

ジャンの妙に裏返った声が響く。

 

「は? な、なんで俺が」

 

……わざとらしい。

驚き方が演技臭くて、逆に笑える。

見惚れてるのはバレバレだ。目が泳いでんだよ。

 

俺は鼻で笑って、口を開いた。

 

「ジャンは隠す気ねぇだろ。分かりやすすぎ」

 

ジャンが眉間に皺を寄せた。

コニーが手を叩いてさらに煽る。

 

「ほら、今の顔! 図星だろ!」

「ちげぇっつってんだろ!」

 

部屋の空気が軽くなる。

俺もそこで思い出して、つい乗る。

 

「ジラのことも見てただろ?

 黒髪好きなんじゃねぇの」

 

言った瞬間、ジャンの目が俺を刺した。

一瞬、顔をしかめる。

 

「見てねぇよ! 適当言ってんじゃねぇ!」

 

声がでかい。

俺はわざとらしく耳を塞ぐふりをして笑った。

 

「はいはい、繊細だなぁ」

 

「……ジラかよ」

「マジであいつ?」

「ジラな〜……」

 

ざわつきが、別の方向に寄っていく。

 

「でも胸はジラが一番じゃね?」

誰かの小声が、変に通った。

 

「それ思ってた」

「てか、絶対柔らかそう」

「ミカサのあれは筋肉だろ。岩だろ」

「クリスタに踏まれたい」

「お前は病院行け」

 

笑いが起きる。

俺は顔をしかめた。

 

……くだらねぇ。

疲れてるってのに、なんで女の身体の話で盛り上がれるんだよ。

 

それでも、俺の喉が勝手に動いた。

 

「女は従順なのが一番だろ」

 

ボソッと吐いたつもりが、意外と拾われた。

数人が笑って、誰かが言う。

 

「従順な女、兵団にいねぇじゃん」

「ここ、強い女しかいねぇ」

「絶滅危惧種どころか、最初から存在しない」

 

笑い声がまた上がる。

俺はため息を吐いた。

 

「……はぁ、くだらね」

 

口に出したら、近くの奴がこちらを見る。

でも誰も真面目に突っ込まない。

みんな疲れてる。みんな、明日も地獄だ。

 

「フロック、お前は誰が好みなんだよ」

 

急に振られて、俺は反射で答えた。

答えないと、面倒になる。

 

「そりゃ、クリスタだろ」

 

それ以外の選択肢がない。

誰がどう見ても、あれが安全な答えだろ。

優しくて、可愛くて、敵を作らない。

選ぶなら、ああいうのを選ぶに決まってる。

 

「だよなー」

「こないだ包帯巻いてもらったんだぜ」

「それ十回聞いた」

 

笑いが起きる。

笑いが起きた瞬間、部屋の端でジャンがこっちを見ているのに気づいた。

 

「……なんだよ」

 

俺が言うと、ジャンは視線を逸らした。

 

「……なんでもねぇ」

 

そう言って、寝台に転がる。

寝返りが乱暴だ。

 

……ジラの話を振ったのを怒ってんのか?

いや、怒ってるなら殴ってくるだろ。

ジャンはそういうやつだ。正直で、短絡で、分かりやすい。

 

でも、見てただろ。

お前は、そういう目で。

 

……気のせいか?

何度もそう思った。でもそうとしか思えなかった。

 

俺は天井を見て、口の中で舌を動かした。

言葉が出そうになって、飲み込む。

 

 

――羨んでるだけじゃ、何も変わらない

正論だ。

正しい言葉なのに、なんでこうも飲み込めないんだ。

 

 

――才能も血筋も努力も。

 

全部俺にはないって言いたいのか?

ムカつく。

お前は何様だ。

 

 

羨ましいと思う時点で――

 

なんなんだよ、その後は。

 

本人に聞けばいい?

……聞けるわけねぇだろ。

 

 

俺は息を吐いて、目を閉じた。

部屋はまだ、くだらない笑い声で揺れていた。

 

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