食堂は夜になるほど騒がしい。
皿は空になっても席は空かない。男達は集まって、食べ終わった後もそのまま歓談している。
その中に、ジャンがいた。
自分の得意分野である。立体機動装置の仕組みやコツを、声高に説明している。
説明自体はもっともらしい。筋も通っている。
ただ、こちらを意識しているのが分かりやすすぎる。
視線が一瞬こっちへ飛ぶ。
すぐ戻る。
戻るくせに、また飛ぶ。
……バレてないと思ってるのかな。
私はミカサと夕食を食べていた。
いつも通り彼女は静かで、余計なことは言わない。
私はジャンたちの声が届かないくらいの小さな声で、話しかけた。
「ジャンのこと、どう思う?」
ミカサは一拍置いた。
思い出しているのか、言葉を選んでいるのか。
そして淡々と口にする。
「……エレンによく話しかけてくる」
……感情ですらなかった。
鬱陶しいくらい混じってると思ったのだけれど。
「んー……。もっと何かないの?
ふわふわとか、いらいらとか。
そういうのでもいいのよ?」
ミカサはピンと来ない顔で、私を伺い見た。
可愛い。
可愛いんだけど、感情の棚がエレン専用すぎる。
「ジラは、なんでそんなこと聞くの?」
なんでと聞くのは、彼女の中では珍しい。
気になった、ということだ。
ミカサの身内判定はどこにあるんだか。
どう話そうか。
ジャンの必死のアピールが効いてないことが滑稽で、同時に少し可哀想だと思ったから。
……なんて言っても、ミカサには通じない。
私はジャンの方をちらっと見る。
偶然、ジャンもこちらを見ていた。
視線がぶつかった瞬間、ジャンが慌てて目を逸らす。
さて。
私を見ていたのか、ミカサを見ていたのか。
どちらでもいい。どちらでも美味しい。
私は、こちらを見ないように必死なジャンを、あえて見続ける。
声は届くか届かないか、際どい大きさにして、ミカサの質問に答えた。
「……好きだから♡」
誰が好きか。何が好きか。
言わない。言わない方が刺さるから。
曖昧な言葉は相手の想像に任せられる。
ジャンの背中が、一瞬だけ止まった。
肩が止まる。説明のテンポが崩れる。
聞いてたわね。
揶揄うのが楽しすぎる。
ミカサは頭に疑問符を浮かべたまま頷く。
「そう、なんだ?」
彼女は真面目だ。
真面目すぎて、冗談を冗談として扱えない。
それがミカサだと、私は受け入れていた。
ミカサを手招きして、少しだけ呼び寄せる。声を小さくする。
「ジャンと話して帰るから、先戻ってて」
ミカサは頷いた。素直で可愛い。
ジャンが惚れるのも分かる。
食べ終えたミカサが先に食堂を出ていくのを見届けてから、私は立ち上がった。
ジャンのいる机に向かう。
視線が集まる。
私に視線が集まるのは嫌いじゃない。
普通の声で話しかける。
「ジャンのミカサへのアピール、面白かったわ。
本人、欠片も気にしていなかったけれど?」
ジャンの顔が歪む。
怒りと羞恥が一緒に出る顔。器用じゃない。
「……アピールってなんだよ。
俺は俺にしかできないコツを、周りに教えてただけだろ」
「そうなの?
エレンより俺の方が凄いって言うアピールかと思ったのに」
わざとらしく首を傾げる。
クスクスと笑う。
笑うのは武器だ。刺してるのに、可愛く見える。
「なっ!? それは……事実だろ!
あんな死に急ぎ野郎より、俺の方がいいに決まってる!」
言った。
言っちゃった。
しかも事実って言った。最高。
「おい、ジャン、止めとけ」
半笑いでライナーがツッコミを入れる。
「からかわれてることに気づけ。お前じゃ勝てない」
周りが笑う。
私はライナーの背中を軽く突く。
「ライナー。私の楽しみを奪わないで欲しいのだけれど」
「悪い悪い」
ライナーが肩をすくめる。余裕のある仕草。
自分に自信がある。他人を助ける立場という自覚。
私が触れても揺らがない、か。
ジャンはムスッとした顔で口を閉じる。
……拗ねたな。
まぁいい。可愛いし。
私は話を切り替える。
からかいは今日の目的じゃない。ついでだ。
「それはそれとして。
立体機動装置のコツ、私にも教えてよ。
ジャン以外も、得意メンバー揃ってるわよね?」
ジャンが少し顔を上げる。
教えてと言われるのは好きだろう。
自尊心をくすぐる言葉だ。誰でも。
ベルトルトが柔らかく口を開く。
「それこそミカサに聞けばいいんじゃないかな。
彼女が圧倒的だよ」
彼はいつもそうだ。
人に深入りをしない方向へと、軽く誘導をかけている。
……無意識か?
私は気にしてないように苦笑した。
苦笑は便利だ。自分を下げて見せられる。
「ミカサはあれ、人じゃないから……」
数人が思わず頷く。
それほどだ。彼女は。
――私から見れば、お前らも相当だけどね。
とは言わない。
私は今、教えを乞う立場だ。
武器は使う。
自分より少し劣る立場の人間に、絶対に追いつけない差がある女に。
与える立場は心地よいだろう。
私は表向きに、借りを作る事になる。
「女子は感覚派が多くてさ。
さっきしてたのは、仕組みの方だったよね?」
私の言葉に何人かが頷いた。
「そうだな。ちょっとした事なんだが……」
ライナーが話し始める。
私はライナーの方を向いたまま、話を聞く。
興味があるのは本当だ。
ただ、
――借りを作ることが重要だ。
借りを返すといえば、口を挟める出来事は多いから。
そっちの方が私は使いやすかった。
話を聞きながら、空気でジャンの視線の動きを拾う。
彼が気にしているのは分かる。
分かりやすすぎて、口元が緩みそうになる。
……だめだ。
今日は教わる日だ。
笑ったら借りが軽くなる。
私は口角を殺して、真面目な顔を作った。
真面目な顔は、いつもより少し疲れる。
でも疲れる顔ほど、信用されることもある。
食堂のざわめきの中で、
私は学ぶふりをしながら、頷きの回数を増やした。