壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の別視点


13.ジャン視点

 

叫び声が聞こえた時、身体が先に動いていた。

 

「ジラ!!」

 

誰の声だったか分からない。

でも名前は分かった。

分かった瞬間、俺はもう飛んでいた。

 

 

――落ちてる。

――二人。

 

一人は地面に向かっている。もう間に合わない。

もう一人が、空中で変な方向に振られている。身体が持っていかれてる。

――ジラだ。

 

なんでだよ。

なんでジラがそんな場所にいる。

いつもは余計なことしないくせに。

 

考える暇があるなら、手を動かせ。

 

俺はアンカーを打った。

次の木。さらに次。

 

ジラの腰のあたりに、装置ごと引っ掛けるようにワイヤーを飛ばす。

一瞬、金属が噛み合う感触があって――

 

止まった。

 

間に合った。

 

 

「――ジラ!!」

 

声が裏返った。

 

ジラの目は開いてる。

開いてるのに焦点が合ってない。

 

俺はジラを引き上げようとして、下を見る。

下では、もう一人――エリスが落ちた。

 

地面に叩きつけられた音がした。

悲鳴。誰かの叫び。教官の怒号。

人が集まっていく。

血の匂いが、上がってくる。

 

……くそ。

 

俺はジラをゆっくり引き上げた。

焦ると落としそうだ。

 

 

「……無事か?」

 

ジラは返事をしなかった。

声が出ないのか、出したくないのか。分からない。

 

その沈黙が、変に怖い。

 

俺が下へ視線をやると、ジラの目が少しだけ動いた。

 

ジラが小さく息を吸って言った。

 

「……ありがとう。助かった」

 

声が細い。

普段のジラからは想像できないほど細い。

その細さに、俺の喉の奥がきゅっと縮んだ。

 

「……あぁ」

 

俺はそれだけ返した。

返したのに、何も返せてない気がした。

下の状況が気になって、視線が落ちる。

 

「気にすんなよ。あれは、仕方なかった……」

 

俺はジラに言った。

言葉がズレてるのは分かってる。

でも今は、お前は悪くないって言わないとダメな気がした。

 

ジラはそれでも、変なことを言い始めた。

 

「でも、私が……私が動けなかったから……」

 

その言い方が、なんか嫌だった。

 

「……じゃあなんで!動いたんだよ!」

 

俺は叫んでいた。

叫ぶつもりなんてなかった。

 

「お前じゃ無理だったことくらい、分かるだろ!!」

 

分かるだろ、って俺は言った。

言った瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。

 

分かるだろ、じゃない。

分かってたはずのくせに、動いたんだろ。

動いたら死ぬかもしれないのに。

 

俺はジラの肩を掴んで揺らした。

揺らして、ようやく自分が触ってることに気づく。

 

……近い。

 

ジラが俯いた。

口が勝手に動いてるみたいに、小声が漏れた。

 

「……だって、私、いらないと思ったし」

「でも呼ばれたから、やらなきゃって思って」

「できると思ったんだ。できなかったけど」

「私は能力足りてないんだ。どうせ付け焼き刃なんだから」

 

……なんだそれ。

 

俺は言葉を失った。

ジラはいつも、自分の弱さを見せない。

からかう。笑う。刺す。

そうやって自分の中を、絶対に触らせない。

 

なのに今、触れてしまった気がした。

偶然か。事故か。

でもこれは、演技じゃない。

 

「……おい。ジラ?」

 

俺の声が、変に優しくなったのが自分でも分かった。

優しくしたいわけじゃない。

ただ、これ以上強い言葉をぶつけたら、折れる気がした。

 

ジラが顔を上げた。

 

その瞬間、俺は確信した。

 

――こいつ今、変だ。

 

目が変だ。

熱のある目じゃない。泣いてる目でもない。

妙に澄んでて、妙に浮いてる。

 

そしてジラは、笑った。

 

笑って、言った。

 

「……ジャンって、かっこいいね」

 

……は?

 

俺の脳が止まった。

止まって、遅れて、顔に血が上る。

 

なんだそれ。

なんで今それを言う。

なんでそんなこと言える。

俺はさっきまで、ジラが死ぬかもしれないと思って――

 

……いや、違う。

俺は、ジラが死ぬのが嫌だった。

 

嫌だった、って言葉が、喉の奥で暴れる。

そんなの、誰だって嫌だ。普通だ。

普通の範囲だ。多分。

 

でも、普通の範囲なのに、心臓がうるさい。

 

ジラの言葉が脳に残る。

かっこいい。

俺が?

そんなわけない。たまたまだ。俺が助けられる位置に居たってだけ。

でも、ジラがそう言った。

 

……ジラが。

 

ジラはその後、表情を戻した。

戻した、って分かるいつものジラの顔。

薄い笑い。目の奥が冷えるように見える。

 

……取り繕った。

でも、取り繕う前に素が出た。俺は見た。

見てしまった。

 

それが、やけに可愛く見えた。

 

可愛い。

 

 

……俺、今、何考えてんだ?

 

ミカサが頭に浮かんだ。

黒髪。強さ。綺麗。憧れ。

ミカサは、遠かった。届かない。近づけない。

だから憧れだった。

 

――憧れ、だったのか。

 

 

ジラが近い。

触れて、温度がある。

 

……心臓が音を立てた。

うるせぇ。なんだよこれ。

 

 

それから少しして、場が落ち着いた。

教官の指示が飛び、負傷者が運ばれ、訓練は中断になった。

 

ジラはあの後、俺を見なかった。

わざとだろ?わざとだよな?

 

いつものからかいだ。

そう思ってないといられない自分に腹が立つ。

 

 

 

その日の夕方。

 

食堂で、ジラがいた。

 

俺から遠い席だった。

 

そして――フロックの隣。

 

「ねぇ、フロック。隣いい?」

 

ジラの声。

軽い。いつも通り。

さっきの素はどこにもない。

 

フロックが嫌そうに言う。

 

「はぁ? 勝手に座ればいいだろ」

 

ジラが座る。

フロックの悪態に、ジラは小さく笑う。

その笑い方が、俺の知らない笑い方に見えた。

いや、知ってるはずなのに、俺に向けない笑い方。

 

……なんだよ。

 

俺はパンを噛んだ。

味がしない。

噛む音だけがうるさい。

 

俺は、さっきのことを思い出す。

 

ジラのか細い「ありがとう」。

吐き出したみたいな弱音。

最後の「かっこいい」。

 

あれは何だったんだ。

俺は何を見たんだ。

俺は何を期待してるんだ。

 

期待?

誰に?

ジラに?

 

 

――助けた。

助けたのは当然だ。そこは正しい。

でも、その後。

肩を掴んだ。揺らした。叫んだ。

近かった。近すぎたか?

 

ジラが距離を取ったのは、そのせいか?

俺が気持ち悪かったからか?

そう思った瞬間、胃の奥が冷たくなった。

 

フロックとジラが何か話している。

フロックが眉を寄せて、ジラが楽しそうに見える。

楽しそう、というより、気を抜いてるみたいな。

 

腹立つ。

腹立つのに、目が離せない。

 

……俺、何やってんだよ。

 

 

俺はパンをもう一度噛んだ。

今度も味がしない。

 

ジラは俺を見ない。

見ないのに、俺は見てしまう。

 

これがなんなのか、俺は気づいていた。

 

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