壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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15.ケニー視点

 

薄暗い部屋。

中央憲兵団に割り当てられた一室。

 

副官が手紙を読む。

文字を追う目の動きが、仕事のそれだ。

こいつは感情を挟まない。

 

俺は椅子に寄りかかって、足を机に乗せた。

行儀?ここではそんなもん関係ねぇ。

 

「……で?」

 

副官は一拍置いてから淡々と報告する。

 

「帰ってこられるそうですよ。良かったですね」

 

俺は口の端を上げる。

 

「おっ。いいねぇ。拷問は面倒だからな」

 

副官が呆れた目で俺を見る。慣れてる目だ。

面白味はねぇが、この仕事には向いてる。

 

「その拷問って言い方、やめてもらえませんか」

 

「優しく言ったって、やってることは変わんねぇだろうが」

 

俺はあくびを噛み殺す。

面倒なのは殺す方じゃねぇ。

その前に口を開かせる方だ。

 

――最初の時を思い出す

 

 

 

あの日は気分が乗らなかった。

いつも通り必要なとこまでやった。

血も出た。骨も鳴ったが、それでも男は吐かなかった。

 

俺は面倒が嫌いだ。

上が成果を急かすとなおさら嫌いになる。

 

嬢ちゃんはそこにちょうどよくいた。

本当にそれだけだった。

 

「やってみるか?」

 

ただの好奇心。

物は試しだ、っていう軽いノリ。

それともう一つ。

勘だ。

この嬢ちゃんなら、できるんじゃねぇかっていう。

 

副官は嫌な顔をしたが止めなかった。

あれは止めても無駄だと知ってる顔だった。

 

 

整えられた黒髪が揺れる。

貴族の子どもが迷い込んだみたいにも見えた。

目の前には血が至る所に飛び散っているのに、凄惨さを感じてないかのようだった。

 

あいつはまず、俺を見た。

 

「……外で待っていただけますか?

怖がらせると、話せることも話せなくなります」

 

丁寧な口調。

だが、お願いの形をした指示だ。断らせるつもりがない。

 

俺は笑って、わざと大げさに肩をすくめた。

 

「お嬢様の仰せのままに」

 

副官が息を呑んだのが分かった。

 

 

俺は副官を連れて外に出た。扉の前に寄りかかって、耳だけを残した。

この場所は防音なんてなっちゃいない。

 

中で嬢ちゃんが言う。

 

「初めまして。ご迷惑ならすぐ帰ります。

 でも、少しだけ教えてほしいんです。私は……知らないことが多いから」

 

弱いことを先に出す。

相手が優越感を持つ形を作る。

分かりやすすぎて笑いそうになる。

 

対象の警戒を少し緩めた気配。

嬢ちゃんは続けた。

 

「……右手、怪我してます?

その傷、擦れじゃない。刃物ですね。新しい」

 

余計なことを言うな、と俺は思った。

外したら嘘の種になる。

 

――でも、男の息が一段浅くなった。

当たってたんだ。

 

嬢ちゃんは、当てたあとで優しく言う。

 

「隠さなくていいです。責めに来たんじゃない。

……怖いんでしょう? 誰かが」

 

沈黙が長くなる。

長い沈黙は、壁越しでも重さが分かる。

 

「言える範囲でいいんです。

 名前じゃなくていい。場所でもいい。癖でもいい。

 私が欲しいのは形です。形があれば、こちらで裏を取れます」

 

形。

裏取り。

この年齢でそれを口にするのがまず異常だ。

 

男が喉を鳴らした。

そこからは早かった。

断片。曖昧な地名。時間。合図。

 

ろくに情報と呼べねぇものから始まったのに、

1時間もしないうちに扉が開いた。

 

嬢ちゃんが出てきて、俺を見上げた。

表情は柔らかい。

……よく出来ましたってか?拷問だぞ?

 

「終わりました」

 

そう言って、嬢ちゃんは笑ったし、

その夜には紙を渡してきた。

 

汚れのない紙。字も綺麗。

内容は今日の男について。

 

――何を聞いたか。

――何が矛盾するか。

――次にどこを当たるべきか。

――どこに嘘が混じる可能性があるか。

 

教えてなんかいないのに、体裁も整えて。

上が欲しがる情報も追加して。勝手に作ってきやがった。

 

余計な飾りがなくて、読みやすい。

だからなおさら、俺は呆れた。

 

俺はそのまま上に出した。

手を加えるのも面倒だった。

 

上は当然みたいに言った。

 

「次もこれで頼むよ」

 

 

 

 

副官が紙を指先で揃える。折り目まで整える。真面目なやつだな。

 

「いきなり手紙を書けって言われた時は、何事かと思いましたよ」

 

「俺が書いたら汚くて、嬢ちゃん読めないかもしれねぇだろ?」

 

副官が眉を寄せ、ため息を吐く。

 

「面倒なだけでしょう。

あのお嬢様も、貴族のふりなんてやめればいいんです」

 

正論。正論は退屈だ。

だがこいつのいい所でもある。

 

「やめても俺は構わねぇんだがな」

 

俺は足を組み直す。椅子が少し鳴る。

 

「契約しちまったからな。

あいつは貴族の端くれって設定で話を通さなきゃならねぇ」

 

副官が封筒の裏まで確認して、顔を上げた。

 

「あのお嬢様のこと……どう思ってるんですか」

 

不意に来た。

こいつ俺にだいぶ慣れて来やがったな。

 

俺はしばらく黙って、天井を見た。

染みが地図みたいに広がってる。

この壁の中の縮図みてぇだ。汚れて、広がって、誰も拭かねぇ。

 

「……使える」

 

俺がそう言うと、副官が眉を動かした。

 

「それだけですか?」

 

「それだけで十分だろ」

 

副官は納得しない顔をした。

俺は椅子に深く沈む。

 

「嬢ちゃんは頭がいい。

勉強ができるって意味じゃねぇぞ?」

 

副官が黙る。続きを待つ。

 

「人を盤面に押し込むんだよ」

 

副官の目がわずかに細くなる。

嫌な比喩だと思ったんだろう。

正しい反応だ。

 

「押し込む相手は選んでそうだがな。

誰でも彼でも弄らねぇ。効率でもねぇ」

 

「――楽しいか楽しくないかだ」

 

副官が静かに聞いた。

 

「信用していいんですか?」

 

信用。

 

俺は鼻で笑う。

 

「信用ってのは、裏切らないって意味じゃねぇ。

裏切る時の顔が読めるかどうかだ」

 

副官が黙る。

黙ったのは、理解したからだ。

 

俺は続ける。

 

「……嬢ちゃん自身が、あれを楽しんでたってのが、

まぁ信用してもいいと思った理由だな」

 

副官が目を伏せた。

あれを楽しむことが怖いのは、こいつも分かってる。

 

だが。

 

「俺の夢にも、ありゃ使える」

 

多少狂ってねぇと、俺の夢にはついてこれねぇ。

 

副官が小さく息を吐く。

 

「……そうですね」

 

俺は笑った。乾いた笑いだ。

 

「だろ?」

 

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