壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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15.ケニー視点

 

薄暗い部屋。

中央憲兵団に割り当てられた一室。

 

副官が手紙を読む。

文字を追う目の動きが、仕事のそれだ。

こいつは感情を挟まない。

 

俺は椅子に寄りかかって、足を机に乗せた。

行儀?ここではそんなもん関係ねぇ。

 

「……で?」

 

副官は一拍置いてから淡々と報告する。

 

「帰ってこられるそうですよ。良かったですね」

 

俺は口の端を上げる。

 

「おっ。いいねぇ。拷問は面倒だからな」

 

副官が呆れた目で俺を見る。慣れてる目だ。

面白味はねぇが、この仕事には向いてる。

 

「その拷問って言い方、やめてもらえませんか」

 

「優しく言ったって、やってることは変わんねぇだろうが」

 

俺はあくびを噛み殺す。

面倒なのは殺す方じゃねぇ。

その前に口を開かせる方だ。

 

――最初の時を思い出す

 

 

◇

 

あの日は気分が乗らなかった。

いつも通り必要なとこまでやった。

血も出た。骨も鳴ったが、それでも男は吐かなかった。

 

俺は面倒が嫌いだ。

上が成果を急かすとなおさら嫌いになる。

 

嬢ちゃんはそこにちょうどよくいた。

本当にそれだけだった。

 

「やってみるか?」

 

ただの好奇心。

物は試しだ、っていう軽いノリ。

それともう一つ。

勘だ。

この嬢ちゃんなら、できるんじゃねぇかっていう。

 

副官は嫌な顔をしたが止めなかった。

あれは止めても無駄だと知ってる顔だった。

 

 

整えられた黒髪が揺れる。

貴族の子どもが迷い込んだみたいにも見えた。

目の前には血が至る所に飛び散っているのに、凄惨さを感じてないかのようだった。

 

あいつはまず、俺を見た。

 

「……外で待っていただけますか?

怖がらせると、話せることも話せなくなります」

 

丁寧な口調。

だが、お願いの形をした指示だ。断らせるつもりがない。

 

俺は笑って、わざと大げさに肩をすくめた。

 

「お嬢様の仰せのままに」

 

副官が息を呑んだのが分かった。

 

 

俺は副官を連れて外に出た。扉の前に寄りかかって、耳だけを残した。

この場所は防音なんてなっちゃいない。

 

中で嬢ちゃんが言う。

 

「初めまして。ご迷惑ならすぐ帰ります。

 でも、少しだけ教えてほしいんです。私は……知らないことが多いから」

 

弱いことを先に出す。

相手が優越感を持つ形を作る。

分かりやすすぎて笑いそうになる。

 

対象の警戒を少し緩めた気配。

嬢ちゃんは続けた。

 

「……右手、怪我してます?

その傷、擦れじゃない。刃物ですね。新しい」

 

余計なことを言うな、と俺は思った。

外したら嘘の種になる。

 

――でも、男の息が一段浅くなった。

当たってたんだ。

 

嬢ちゃんは、当てたあとで優しく言う。

 

「隠さなくていいです。責めに来たんじゃない。

……怖いんでしょう? 誰かが」

 

沈黙が長くなる。

長い沈黙は、壁越しでも重さが分かる。

 

「言える範囲でいいんです。

 名前じゃなくていい。場所でもいい。癖でもいい。

 私が欲しいのは形です。形があれば、こちらで裏を取れます」

 

形。

裏取り。

この年齢でそれを口にするのがまず異常だ。

 

男が喉を鳴らした。

そこからは早かった。

断片。曖昧な地名。時間。合図。

 

ろくに情報と呼べねぇものから始まったのに、

1時間もしないうちに扉が開いた。

 

嬢ちゃんが出てきて、俺を見上げた。

表情は柔らかい。

……よく出来ましたってか?拷問だぞ?

 

「終わりました」

 

そう言って、嬢ちゃんは笑ったし、

その夜には紙を渡してきた。

 

汚れのない紙。字も綺麗。

内容は今日の男について。

 

――何を聞いたか。

――何が矛盾するか。

――次にどこを当たるべきか。

――どこに嘘が混じる可能性があるか。

 

教えてなんかいないのに、体裁も整えて。

上が欲しがる情報も追加して。勝手に作ってきやがった。

 

余計な飾りがなくて、読みやすい。

だからなおさら、俺は呆れた。

 

俺はそのまま上に出した。

手を加えるのも面倒だった。

 

上は当然みたいに言った。

 

「次もこれで頼むよ」

 

 

◇

 

 

副官が紙を指先で揃える。折り目まで整える。真面目なやつだな。

 

「いきなり手紙を書けって言われた時は、何事かと思いましたよ」

 

「俺が書いたら汚くて、嬢ちゃん読めないかもしれねぇだろ?」

 

副官が眉を寄せ、ため息を吐く。

 

「面倒なだけでしょう。

あのお嬢様も、貴族のふりなんてやめればいいんです」

 

正論。正論は退屈だ。

だがこいつのいい所でもある。

 

「やめても俺は構わねぇんだがな」

 

俺は足を組み直す。椅子が少し鳴る。

 

「契約しちまったからな。

あいつは貴族の端くれって設定で話を通さなきゃならねぇ」

 

副官が封筒の裏まで確認して、顔を上げた。

 

「あのお嬢様のこと……どう思ってるんですか」

 

不意に来た。

こいつ俺にだいぶ慣れて来やがったな。

 

俺はしばらく黙って、天井を見た。

染みが地図みたいに広がってる。

この壁の中の縮図みてぇだ。汚れて、広がって、誰も拭かねぇ。

 

「……使える」

 

俺がそう言うと、副官が眉を動かした。

 

「それだけですか?」

 

「それだけで十分だろ」

 

副官は納得しない顔をした。

俺は椅子に深く沈む。

 

「嬢ちゃんは頭がいい。

勉強ができるって意味じゃねぇぞ?」

 

副官が黙る。続きを待つ。

 

「人を盤面に押し込むんだよ」

 

副官の目がわずかに細くなる。

嫌な比喩だと思ったんだろう。

正しい反応だ。

 

「押し込む相手は選んでそうだがな。

誰でも彼でも弄らねぇ。効率でもねぇ」

 

「――楽しいか楽しくないかだ」

 

副官が静かに聞いた。

 

「信用していいんですか?」

 

信用。

 

俺は鼻で笑う。

 

「信用ってのは、裏切らないって意味じゃねぇ。

裏切る時の顔が読めるかどうかだ」

 

副官が黙る。

黙ったのは、理解したからだ。

 

俺は続ける。

 

「……嬢ちゃん自身が、あれを楽しんでたってのが、

まぁ信用してもいいと思った理由だな」

 

副官が目を伏せた。

あれを楽しむことが怖いのは、こいつも分かってる。

 

だが。

 

「俺の夢にも、ありゃ使える」

 

多少狂ってねぇと、俺の夢にはついてこれねぇ。

 

副官が小さく息を吐く。

 

「……そうですね」

 

俺は笑った。乾いた笑いだ。

 

「だろ?」

 

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