壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

17 / 87
――前話の続き


17.

 

「外、出ようか」

 

私が言うと、ジャンは一瞬だけ目を泳がせて、頷いた。

 

 

食堂のざわつきが遠くに聞こえる。

夜の空気は冷たくて、肺に刺さる。

 

人気のないところまで歩いて、私は止まる。

ジャンも少し遅れて止まった。

 

振り返る。

 

向き合った瞬間、心臓が勝手に鳴り出した。

高い背。思ったより厚い胸板。腕の筋肉が、訓練の疲れを抱えたまま硬そう。

狼狽える顔も、言いたいのに黙る口も。

目を逸らしていた時間分だけ、きっと余計にかっこよく見えてしまっている。

 

ジャンは今、私を見ている。

それが、どうしようもなく嬉しい。

 

「それで、どうしたの?」

 

私はいつもの私を貼り付ける。

貼り付けられる。まだ、できる。

 

ジャンは息を吸って、吐いて、それでも言葉が出ない。

出ないのに、視線だけは逃げない。

 

「……っ、だから……」

 

喉が鳴る。

 

「俺のこと、避けてんだろ」

 

「避けてないよ?」

 

言い切った瞬間、ジャンの眉が跳ねた。

 

「んなわけねぇだろ!」

 

声が少し大きい。

怒鳴ってるんじゃない。焦ってる声だ。焦りをごまかすために怒鳴ってる。

 

「見ねぇし。近づかねぇし。……お前、俺が来ると、空気変えるだろ」

 

……細かいところを見てる。

妙なところだけ鋭い。

 

それから、言いにくそうに続ける。

 

「……フロックと、最近ずっと一緒だろ」

 

ジャンの視線は分かりやすかった。気にしてくれてるのが嬉しかった。

でも、私は一拍置いて笑いかける。

 

「気のせいじゃない?」

 

その言い方が、自分でも雑だと分かった。

雑になった自覚が、もう一段気持ち悪い。

 

ジャンの頬が強張る。

 

「……気のせいで、あの日の顔するかよ」

 

「……あの日?」

 

「助けた直後の――」

 

ジャンは言いかけて、

言葉を止めて結局言う。

 

「……お前、変だった」

 

変だった、なんて子どもみたいな言葉。

でも、その子どもみたいな言葉が、痛い。

 

私は微笑む。微笑みを作る。

作っても追いつかない。

 

「死にかけたからね」

 

「それだけじゃねぇだろ」

 

ジャンが一歩、詰める。

詰めて、気づいて、慌てて半歩引く。

近づきたいのに近づけない。自分の動きに自分でビビってる。

 

「……俺、あん時、」

 

言葉が詰まる。

詰まったまま、ジャンは視線を落として、拳を握った。

 

「何かしちまったなら……悪ぃ。けど――」

 

「けど?」

 

私が返すと、ジャンは噛みつくみたいに顔を上げた。

 

「けど、避けるくらいなら言えよ!俺は……」

 

俺は、で止まる。

止まって、喉仏が上下する。

言いたい言葉で、喉を塞いでる。

 

……可愛いな。

 

私の番でも、いいよね。

目を合わせて、口をゆっくりと開く。

 

「あの時は、助けてくれてありがとう」

 

ジャンの目が一瞬揺れる。

礼が嬉しいんじゃない。礼で話が終わるのが嫌な顔だ。

 

「助けて貰った借りを返さなきゃね?」

 

「……貸し借りとかじゃねぇ」

 

「それでも、私は助けられたから」

 

 

私は一歩近づく。

ジャンの肩が反射で硬くなる。

私は続ける。

 

「ねぇ、何が欲しい?」

 

もう一歩。

楽しい。止まらない。止めたくない。

 

「――ジャン」

 

名前を呼ぶだけで、ジャンの息は詰まる。

 

「……やめろ」

 

小さい声。命令じゃない。懇願だ。

私は距離をそのままに微笑む。

 

「何を?」

 

「……その言い方」

 

ジャンは歯を食いしばって、言葉を絞り出す。

 

「お前、分かっててやってんだろ」

 

……ああ。

ジャンは刺さってることを理解してる。理解してるのに、逃げられない。

 

私は喉の奥が熱い。

 

「分かってて、やってるよ」

 

言ってしまった。

言った瞬間、ジャンの手が動いた。

 

私の肩に手を伸ばす。

でも触れる前に止まった。

制止だ。言い訳。

 

結局ジャンは手を下ろした。距離も変わらない。

ジャンは苦しそうな顔をする。

 

 

「……お前、からかってんだろ」

 

声が震えている。

そこで止まって、目が迷う。

 

本当に、こういう所がジャンらしい。

 

私は笑ってしまった。

笑いは軽くない。薄い笑いだ。

でも多分、私の素の笑い。

 

手が届く距離。

ジャンの唇薄いな。

 

――触ったら怒るかな?

 

 

……私はどうせミカサの代わりだ。

ジャンがそれに気づく前に、手に入れてしまえば――。

 

そう思った時には、私の手は既に伸びていた。

 

「……!?」

 

触れる直前。

ジャンに手首を掴まれる。

 

「……止めるんだ?」

私は掴まれたまま、熱にうかされるがまま、ジャンを見つめる。

 

――もっと触れたい。

これが恋なんでしょ?

もっと知りたい。

私はこれを、知らないから。

 

ジャンは答えず、掴んだ手首を少しだけ持ち上げた。

持ち上げて、下ろせないみたいに止まる。

 

「……止めるに決まってんだろ」

 

声が少しだけ大きくなる。

 

「お前、分かっててやってるって言ったじゃねぇか」

「……何考えてんだよ。っくそ……」

 

ジャンの声が詰まる。

私は笑うべきじゃないのに、喉が熱くなる。

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

ジャンの目が揺れる。

揺れて、それでも逸らさない。

 

「……どうもしねぇ」

 

吐き捨てたのに、手は離れない。

 

「どうもしねぇけど――」

 

ジャンは言いかけて、歯を食いしばる。

言いたいのに言えないのが、顔に出る。

 

「……俺、どうかしてる」

 

それだけ言って、ジャンは一瞬だけ視線を落とした。

落として、すぐ戻した。

 

逃げなかった。

――逃げられなかった。

 

 

「……だから、これ以上は」

 

ジャンの声は、懇願に近い声だった。

 

私はジャンに掴まれている指を、ゆっくりと外す。

 

そして空いた場所に、ジャンの指に、自分の指を絡ませていく。

 

絡まった瞬間、ジャンの肩が跳ねた。

ジャンの指が震える。固まる。

私の指も震えてるのに、後から気づいた。

 

 

「……これなら、いい?」

 

「……っ、よくねぇだろ!」

言いながら、ほどこうとして、ほどけない。

力が全然入ってない。

だからほどかせない。

 

絡ませた手を、引き寄せる。

そのままジャンの手の甲に、私は唇を寄せる。

 

チュッ

 

「……ッ!!」

 

ジャンの目が見開かれる。

反射のように手が振り払われた。

 

――すぐに掴まれた。

 

ジャンの顔が赤い。真っ赤だ。可愛い。

 

「違うんだ。嫌なわけじゃねぇ。

 そうじゃなくて。だぁーー!!クソッ」

 

私は浮かれている。その自覚があった。

 

ねぇ。ジャン。

ミカサより私を見てよ。

頭の中を私だけでいっぱいにしてほしい。

他の人なんて入れないで。

 

――そうだ。逃げられないようにすればいい。囲い込めばいい。私ならできる。

 

だって逃げられたくない。怖い。

だから、今、決めた。

 

理性まで狂ってそうだって思考の片隅で思う。

でも、止める気にはならなかった。

 

 

手を掴まれたまま、ジャンの手を、また少し引き寄せる。

ジャンの目を見つめる。

喉仏が動いた。ジャンの口が少し開きかける。

 

――私が先。

 

手をさらに引き寄せる。

目を見て笑いかける。

 

記憶に残させる。

この一瞬を。

何度でも思い返して。

 

私は口を開く。

 

 

「――好き」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。