壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


19.

 

ジャンに手を振り払われた。

 

嫌われたわけじゃない。

あれは拒絶じゃなくて、制止だ。追い詰めすぎた。

 

――失敗した。

 

いつもなら気をつけている。

相手の逃げ道を残す。逃げ道があるうちに追い詰める。逃げ道がなくなった瞬間に、相手は暴れるから。

分かっていたはずなのに。

 

私は、振り払われた手を握り込んだ。

掌に、指に残る熱が、しつこく消えない気がする。

 

心臓がまだうるさい。

興奮しているのが分かる。

それが気持ち悪いのに、嫌いじゃない。

 

「――好き」

 

さっき口に出した言葉が、喉の奥にまだ引っかかっている。

好き。誰にも渡さない。

 

失敗した。

でも、大丈夫。

 

他に取られなければ、それでいい。

 

 

外の冷たい空気が肺に刺さって、少しだけ頭が戻る。

食堂のざわめきが遠い。

遠くなるほど、自分の脈が大きくなる。

 

ジャンはもう戻ったかな。

 

私はざわめきが聞こえないくらいになった後、ようやくその場を離れて、食堂へ戻った。

 

 

 

食堂にいる人はもうだいぶ減っていた。

残っているのは、遅い組か、話を切り上げられない組か。

 

……?

フロックが、まだ同じ席に座っていた。

 

「あれ? フロック、まだ食べてたの?」

 

私はいつも通りの顔を貼って、いつも通りの声を出した。

 

フロックは席に座ったまま、こちらを見て、露骨にため息をついた。

 

「……はぁ。心配して損した」

 

呆れた口調のくせに、目だけはこっちを測っている。

 

フロックは残っていたパンを口に放り込んだ。

それで最後。わざわざ私が戻るまで残していたみたいに。

 

「そういうところ、変に律儀よね」

 

私は残したままの自分のトレーの位置に座った。

残ったスープを飲む。ぬるい。

ただ栄養を詰め込む作業。気持ちを落ち着かせる作業。

 

食堂にはもう人が少ない。

ジャンも、ジャンの周りもいない。

視線も、ない。

 

フロックは食べ終わっても席を立たなかった。

肘を机に置いて、顎を少し突き出す。

 

「……で、どうだったんだ?」

 

「ん? 気になるの?」

 

「そりゃ気になるだろ。どうせお前がなんかしたんだろ?

 ジャン、すげえ顔してたぞ」

 

優越感。

成績優秀者の情けない瞬間を拾って嬉しがるやつの言い方。

 

……でも、完全にそれだけでもない。

私にその態度は、心配してたって言ってるのと同じだ。

 

すごい顔。

どんな顔だったんだろう。

 

 

「……逃げられちゃったのよね」

 

逃げた。

そう。ジャンは私から逃げた。

 

負けそうになったから。

プライドが高い。可愛い。

 

胸の痛みは、勉強代だ。

恋をしてる脳内は、制御が難しい。

理性が普段の道を歩けなくなる。

 

フロックは鼻で笑うように嘲る。

「……振られたってことか?」

 

「そうかもね」

私は少しだけ笑って食事を進めた。

 

フロックは無言で私を見る。

黙るのはまぁまぁ珍しい。

 

 

私は首を傾げる。

 

「どうかしたの?」

 

フロックは眉を寄せたまま言った。

 

「お前、本当にあれが好きなのか?」

 

「そうらしいわね」

 

「らしいって……自分のこと分かんねぇのかよ」

 

分かっていたら、こんなに楽しくない。

 

「分からないの。

 だから今、とても楽しいと思う」

 

フロックが鼻で笑う。

 

「へぇ……」

 

それから、思い出したみたいに付け足した。

 

「貴族と平民の恋ってやつ?

 憧れとかで盲目なんだろ」

 

……ああ、そういえばそんな話をした。

分類で世界を簡単にする方法。

 

 

食堂の端の方で、食器を集める音がした。

でもここには、もう誰もいないに等しい。

 

私はフロックに少しだけ近づいた。

近づくと、フロックの肩が僅かに硬くなる。

でも、逃げない。

 

意図が分かったのか。

それとも、逃げるのが面倒なのか。

 

私は耳元に口を寄せる。

息が触れる距離で、囁いた。

 

「私、貴族じゃないわ」

 

言ってから、フロックの顔を見る

 

フロックの目は、一瞬だけ止まった。

でもすぐに、疑う目になる。

 

その疑いが、なんだか可笑しくて笑ってしまった。

 

「信用ないのね、私」

 

「お前の普段の姿見て、信じろって方が無理だろ」

 

正しい。

正しいから腹が立たない。

 

私は、微笑んだ。

貴族のように。貴族が喜ぶ笑み。

自分の顔を道具に戻す、笑み。

 

「飼われてただけよ?

 名前も、経歴も、全部借り物。造り物」

 

フロックの動きが止まる。

咀嚼するでもなく、飲み込むでもなく、固まったみたいに。

 

――効いた。

 

私は声を落としたまま、釘を刺す。

 

「誰にも、言わないでね?」

 

お願いの形。

でも、これは契約だ

 

フロックは舌打ちしそうな顔で、でも舌打ちはしなかった。

 

「……お前、ほんと面倒くせぇ」

 

「うん。知ってる」

 

私はスープをもう一口飲んだ。

ぬるい。

 

それでも、さっきよりは飲み込みやすかった。

 

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