最近、世界が眩しい。
光そのものが強いというより、目がそれに耐えられなくなった感じだ。
肉体的には辛い。訓練は容赦がない。睡眠は浅く、食べ物は奪い合いで、空気は乾いて喉に刺さった。
それでも、眩しさの正体は体じゃない。気持ちの方だ。
屋敷の中で飼われていた頃、私はずっと薄暗い場所で呼吸していた。
今はどこもかしこも明るかった。
訓練兵団での私の演技は、完璧じゃなかった。
完璧にする必要がないと思ってしまったからだ。ここでは私が素でいても、世界は別に壊れない。誰も怯えもしない。
その事実が、私を世界へと導く。
「サシャ。昨日は大変だったね?」
隣に座る。軽く体を当てる。距離を詰めるのは簡単だ。
サシャは反射で動く。
「うわっと。ジラ、ぶつからないでください!」
「細かいこと気にしない」
「パンが落ちたらどうするんですか!」
「サシャなら落ちても食べるでしょう?」
サシャは一瞬だけ真面目な顔をして、それから悔しそうに眉を寄せた。
「パンなら食べます!でも、それがお肉だったなら……!」
話を聞いているふりをして、私は周りを見る。
視線は雑に泳がせない。狙うのは違和感。
黒髪の女の子が目に入る。ミカサ。
あの子には東洋の血が混じっている気がした。根拠は薄い。けれど勘は侮れない。無意識の指向性は、嘘をつきにくい。
そのミカサに見とれるように、背の高い金髪がいる。ジャン、だったか。
口が先に動くタイプ。目も動く。わかりやすい。
「ミカサ!」
勢いだけの声。
「……その、黒髪……綺麗だな」
「ありがとう」
ミカサは淡々と礼を言って、そのまま別の少年――エレンを追いかけていった。
視線がまっすぐで迷いがない。
追う側の人間は強いな。
私は自分の黒髪を指先でつまんだ。
……私の方が綺麗だけれど。
そういう問題じゃないんだろう。たぶん。
「どうしました? 髪?髪は食べられませんよ?」
サシャが不思議そうな顔をする。
可愛い顔で、馬鹿なことを言う。
このタイプはきっと長生きするでしょう。可愛がられるから。
でも馬鹿だ。
「あなた、顔は可愛いのにね……」
「私、もしかしてバカにされてますか?」
してる、とは言わない。
言わない方が面白いから。
……恋愛は、よく分からなかった。
狭い集団で、異性が混じり、共同生活をする。そうすると勝手に何かが芽生えるらしい。
わかりやすいのはジャンとミカサだ。自覚がないのも複数いる。
視線が長い、声が少し高い、距離が近い。
関わるだけで、本人たちは世界が揺れたみたいな顔をした。
ジャンは、隠しているつもりらしい。あれでも。
たまたま席が近かった時、彼のぼやきが耳に入る。
「なんでエレンなんかが……!」
こういう時、私は自分が少しだけ雑になるのを自覚する。
つい口に出す。口が勝手に動いた。
「好きになるきっかけがあったんじゃない?」
「は?」
初めて認識したとでも言うように、声が返ってくる。
心外だな。
こんなに可愛い私を、いままで背景扱いしていたなんて。
少しからかってみようか。
私は見下すように首を傾げた。
「恋してる女の子に、横槍入れて楽しい?」
嫌われても困らない。
ここでの信用は世界には影響しない。
「こ……恋!?は?なんで俺が、ミカサに……こ、恋してるとか!なんで分かったんだよ!!」
……分かりやすすぎる。
私が試されてる? いや、人間なんてこんなものか。
私の引いた目に気づいたのか、ジャンは咳払いをして目を逸らした。
「いや、俺は単に、綺麗な人だなと」
周りが見えていない。
自分の中の一つの光だけを見て、他の全部を暗くする。恋愛っていうのは、そういう病気なのかもしれない。
「横恋慕。エレンもあれは好きでしょう?」
「……なっ!分かんねぇだろ!そんな事」
「分からないのは、頭が恋愛に染まってる証拠ね」
「さっさと諦めなさい。醜いだけよ」
私は頬杖をつく。
遠くでエレンとミカサがまだ見える。エレンが呆れたように何かを言って、ミカサが嬉しそうに微笑んだ。
……あれが幸福か。
幸福って、あんなに単純な顔をするのか。
「恋する女の子は可愛いっていうけれど……。あぁ、そういう事?」
私はジャンへ向き直る。
「他の人に惚れてる女の子を好きになっちゃうタイプかしら?」
「……はぁ!!?」
叫び声が裏返る。
面白い。悲鳴の種類で、人間の性質が分かる。
「難儀ね」
私はそう結論づけて席を立った。
そろそろ寝なければ、明日の体が持たない。
それでも、歩く足は軽い。
背後から声が飛ぶ。
「おい!まだ話は終わってねぇぞ!?てか、言うなよ!言ったらマジで……マジだかんな!?」
縋るように一、二歩だけ追って、そこで止まる。
この距離感がジャンの限界。臆病で、礼儀がある。
だからこそ、余計に滑稽に見えた。
私は少しだけ振り返る。
「じゃあ、二人だけの秘密ね?」
微笑む。
微笑みは、訓練しなくても出る。顔の筋肉が覚えている。
でもこの微笑みは、屋敷の時より少しだけ雑だ。
たぶん今は素に近い。
すぐに振り返って歩き出す。
後ろに結わえた黒髪が揺れる。
ジャンの視線が惹き付けられたのが、感覚で分かった。
……これでジャンが私に惚れたら楽しい。
惚れたら便利に使えるだろうか。
恋の熱は判断を鈍らせる。
鈍った人間はよく口を滑らせるから。