夜の女子寮。
ドアを小さく開ける。
ベッドの軋む音、誰かの小さな笑い声。
完全に寝ている者の方が少ない。
部屋に入った瞬間、
そんな空気がほんの一拍だけ止まった。
数人が顔を上げる。
目と目を合わせる。
誰もすぐには何も言わない。
私は何も気づかないふりで自分のベッドへ向かおうとする。
「……ジラー?」
背後から声。
足を止める。
「……何?」
振り返らない。
予想はつく。つくけれど……。
迷っているうちに、後ろから腕が伸びる。
腰に回される。
次の瞬間、背中からぎゅっと抱きつかれた。
「捕獲〜!」
「はい確保!確保完了〜!」
……来た。
「ちょ、やめなさいって」
言いながら、声が少し上ずるのが分かる。
それを、逃す女たちじゃない。
「抵抗してる〜」
「声裏返ってない?」
「ねぇねぇ、今日さ、ジャンと外行ったよね?」
来たな、本題。
私は一瞬、言葉を選ぶ。
その隙を、見逃されるはずもなく。
「ほら白状しろー!」
「何があったー!?」
くすぐりの刑が始まった。
「っ、やっ……ちょ、待っ……!」
脇腹。
腰。
逃げ場がない。
「やめっ……く、くすぐった……!」
笑ってしまう。
声が漏れる。
それだけで、向こうは大盛り上がりだ。
「笑った!」
「はい黒〜!」
「何もない人はこんな反応しませーん!」
「何もないってば……!」
私は必死に言い返すが、身体は正直だ。
笑いと一緒に、心臓の音まで出そうになる。
ベッドの向こうで、ミカサが少し困った顔をしているのが見えた。
「……やりすぎない方がいいと思う」
一応、止めに入る声。
でも、弱い。いつものミカサだ。
「大丈夫だよ、ミカサ」
「ジラ、嫌そうじゃないし」
……正確。
私は本気で嫌がってはいない。
それが、ミカサにも分かっている。
「ほらほら〜」
「ジャンに何されたの〜?」
「キス!?」
「手繋いだ!?」
「してない!」
反射で言ってしまった。
――しまった。
一瞬、静かになる。
次の瞬間。
「してないは否定が具体的すぎる!」
「何かはあったってことじゃん!」
「何したの!?何したの!?」
くすぐり再開。
「っ、やめ……ほんと……!」
私は笑いながら、でも少し息が苦しい。
胸の奥がざわつく。
ジャンの顔が、一瞬浮かぶ。
赤くて、困ってて、逃げ場を失った顔。
「ジラ」
今度は少し落ち着いた声。
ユミルか。
「最近お前、ジャンのこと避けてただろ?」
私は、言葉に詰まる。
「……避けてない」
「嘘」
「絶対嘘」
ほかのメンバーも乗ってるくる。
私は観念して、力を抜いた。
抱きついていた腕が緩む。
「……別に、大したことじゃない」
「それ、大したことあったってことだよね!」
クリスタが興味津々だ。
年頃の女の子って感じ。
私は小さく息を吐く。
「……ちょっと、近づきすぎただけ」
それだけ言った。
それだけなのに。
「近づきすぎた!?」
「どれくらい!?」
「ジャンから!?ジラから!?」
部屋が一気に騒がしくなる。
私はベッドに腰を下ろして、髪を耳にかけた。
「……私から。向こうが逃げたから、終わり」
それは事実だった。
くすぐっていた手が、止まる。
少しだけ、空気が変わる。
「……逃げたんだ?」
「うん」
「え、ジャンが?」
意外そうな声。
それが、少しだけ愉快だった。
「私、追い詰めすぎたみたい」
「あー……何となく分かる」
「ジラたまに怖いもんね」
えぇ……。
皆を怖がらせたこと、なかったつもりなんだけどな。
「まぁ、ジャンは憲兵団だろ。
今のうちに手をつけとくのはありだろ」
ユミルが査定のように笑う。
「そんな言い方……」
クリスタが少し眉を寄せる。
「憲兵団かぁ」
「頼りになるのはライナーだよね」
「背が高いのはベルトルト」
「それ必要?」
「絶対必要!」
「コニーは?」
「コニーかぁ……」
「いい子なんだけどね……」
「……私嫌いじゃないけど」
「えっ!?」
話がどんどん流れていく。
私はほっと息をついて、ミカサがいる壁の方へと寄る。
「……止められなかった。ゴメン」
ミカサが申し訳なさそうに少し俯く。
「気にしないで。逆でもあれは無理だから」
私は苦笑する。
それに、少し楽しかった。
私の顔を見て、ミカサはほっと胸を撫で下ろした。
そのまま私へと首を傾げる。
「ジャンのこと好きなの?」
相変わらず、ミカサはの言葉は直球。
どう答えようか。
「……ミカサはエレンに見つめられたらどうなる?」
ミカサは少し考えた後、俯いた。
「……少し、恥ずかしい」
「……私も、ジャンに見られるとそうなるってだけ」
言いながら、自分でも誤魔化しだと分かっている。
でも今は、これ以上は出したくなかった。
ミカサは短く頷いた。