壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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外はまだ暗い。

誰かの身じろぎだけがたまに響く。

 

目が覚めてしまった。

私は天井を見る。木の梁。薄い埃。規則正しい影。

ここには矛盾がない。矛盾がない場所は退屈だ。だから私は矛盾を並べる。

 

線は繋がない。

繋げた瞬間答えに酔って、見落とすから。

答えを出すのは最後でいい。

……最後じゃなくてもいい。

 

目だけを閉じて、思考へと潜る。

 

 

 

最初に浮かぶのは、屋敷の書斎の匂いだ。

紙とインクと、磨かれた木。

 

子ども向けの絵本に数字が書き込まれていた。

年号、人口、資源、流通。

あれが異常なのは「数字がある」ことじゃない。「数字が必要だった」ことだ。

 

数字は嘘をつきにくい。

嘘をつく側は、数字を整え続けるしかない。

 

記録が始まった年がある。

そこから先は滑らかで、そこより前は、皆が同じ顔になる。

一枚しかない過去は、過去じゃない。ただの印刷物だ。

 

誰が刷った?

主人か、主人の上か、もっと上か。

優先度は低い。今の私にそれを確かめる手段が少ないから。

 

 

 

壁が破られた日。

 

巨人は外から来た。

来て、壁の中に消えた。

 

ここが一番気持ち悪い。

巨人は目立つ。目立つものが消えるには、隠れ場所が要る。

隠れ場所があるなら、壁の中には混ぜ物がいる。

 

混ぜ物は巨人だけとは限らない。

巨人を動かす側。巨人を通す側。巨人を隠す側。

どれが正しいかはまだ分からない。

 

考えるべきなのは――。

 

二度目も起きる可能性。

二度目は相手が上手くなる。こちらは慣れて油断する。

次はないと信じたい人間が多い時ほど。

 

 

 

ケニーの言葉。

 

あの人は冗談と本音が近い。

それでも一貫している思想というものは、漏れるものだ。

 

――人類への卑下。

壁の中の人間全体を。

まるで上位種を知っているかのように。

巨人でもない。人間でもない。

別種があると仮定する。

 

ケニーは、別種になる夢を見ている。

夢というより、手触りのある目標に見える。

 

――人間は別種へ至れる可能性が高い。

根拠は薄い。

でもこの世界は、既に根拠の薄いことで溢れている。

真実に近いことがある。

 

 

 

中央憲兵団の仕事。

 

国は芽を摘む。

「発展しそうな知識」

「賢い天才」

思想と技術の流布を嫌う。

 

なぜ嫌う?

 

候補はいくつもある。

――巨人を簡単に殺されたくない。

――壁の外に希望を持たれたくない。

――統治の正当性を保ちたい。

――人が外に出ることで、秩序が壊れるから。

 

違うかもしれない。

でも、国が恐れているものは確実にある。

 

そして、私は泳がされている。

 

こんな簡単な成りすまし、バレないわけがないのに。

 

悪い兆候じゃない。むしろ面白い。

理由があると考えるなら。

 

国は「人が自分で考える状態」を嫌っている。

そして私の目的は混乱。

 

この国の上は、馬鹿じゃない。

私は先に動いた方が良さそうな気がする。

……これは勘だな。

 

 

 

 

血筋。種族。

 

東洋人という種類が残っている理由。

種族は混ざる。

それなのに、なぜ私は純血として残っている?

私は飼われていた。飾られていた。希少として扱われていた。

希少は価値だ。価値は管理対象。

 

管理する理由は、見栄だけじゃない。

見栄だけなら、もっと雑でいい。

綺麗な檻を作る必要はない。

 

この世界に、人種を分ける意味がある。

意味があるから、分けられて残った。

 

ユミルの民という言葉が、そこに刺さる。

屋敷に合った、タイトルの無い本。

 

――私たちユミルの民は、壁の中で繁栄を約束された。

 

ユミルの民。

それ以外がいる。

それ以外が外にいる。

 

外でユミルの民は繁栄しにくい。と仮定する。

繁栄が難しいというのは、単なる環境の問題じゃない。

わかりやすい差があるはずだ。

見た目。匂い。反応。血。生死の順番。

 

ここは特に情報が足りない。

 

 

 

壁。

 

国を覆う壁は、巨人から人類を守る。

それがこの世界の大前提。

 

でも壁は破られた。穴は塞がれない。

塞がれないのに、「繁栄を約束された」と本には書いてあった。

 

矛盾、に思える。

 

壁を作る技術を、壁内の人間は持っていない。

少なくとも私が知る範囲では、持っている気配がない。

 

じゃあ壁を作ったのは誰だ。

国か。国なら、なぜ修復しない。

修復できないなら、何が足りない。

資源か。人材か。技術か。許可か。――意志か。

 

動けない?

動くつもりがない?

奪われた?

 

奪われたとしたら。それは想定外なのだろうか。

 

……どれも可能性はある。

だから、線は引かない。

 

 

目を開く。

開いたら、私の中に余計なものが混ざった感覚がした。

 

ジャン。

 

助けた直後の顔。

手首を掴んだ指。手の甲の熱。

振り払う前の迷い。

「ふざけんな」って低い声で言われた時の目。

 

あれは拒絶じゃない。制止だ。

逃げられたのは、私が追い詰めすぎたから。

……分かっている。分かっているのに、気分が悪い。

 

気分が悪いのに、消えない。

むしろ、勝手に引き出しが開く。私が触ってもいないのに。

 

恋は病気だと思っていた。

判断を鈍らせて、口を軽くして、世界を暗くする病気。

 

いま私は、その病気を観察している。

自分の中で。

 

面白い。

面白いから、危ない。

 

危ないのに、私はこう思う。

 

捨てない。

邪魔でも、切り捨てない。

捨てるのは私の趣味じゃない。

手に入る可能性があるなら、可能性のまま握っておく。

 

――他に取られなければ、それでいい。

 

その考えが出てくる自分に、少しだけ笑いそうになる。

私はいつの間に、こんなに普通の欲を持つようになったんだろう。

 

 

 

今の私に必要なのは、力だ。

 

真実を当てる力じゃない。

生き残る力。逃げる力。刺す力。回収する力。

 

立体機動装置がなければ、戦場で私は無力だ。

知識も思考もある。

でもこの先は、身体がついてこなければ、私はまた宙で止まる。

 

だから、手段を増やす。

増やして、選べるようにして、私の好みに盤面を寄せていく。

 

線はまだ繋がらない。

繋がらないまま、繋げないまま増えていく。

 

それでいい。

 

私は思考を落とす。

明日はまた早い。

 

 

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