壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


23.

 

 

訓練が終わると、皆の身体は勝手に食堂の匂いを探す。

食堂に流れ込めば、今日という一日が終わる。

 

視線の端に、ジャンが見えた。

胸の奥が、嫌に熱くなる。

 

……でも、約束だったから。

 

私はアニの後ろについた。

彼女は目線でついてこいと言った。

 

人に聞かれたくない話。

だから人がいない方へ行く。森の訓練場の入口。

夕方の影が伸びて、木の間に冷気が溜まっている。

 

――これで殺されたら、ジャンは悲しむかな?

 

ふと頭をよぎったところで、アニが足を止めた。

 

「……人に聞かれたくない話なんだ」

 

「だろうね。こんなとこまで来てるし」

 

軽く笑ってみせる。

さっさと終わらせて、食堂に戻りたい。

 

アニはいつもの顔のまま言った。

 

「これは知り合いの話なんだけど」

「どうしても必要なものがある」

「だけどどこにあるかが分からない」

「誰かが持ってるのは確かなんだ」

 

淡々と並べる。

情報量は少ない。少なすぎる。なのに、わざわざ私をここまで連れて来た。

 

アニは私を見る。

表情を殺した顔。悟らせないようにしてる顔。

 

「……あんたなら、どう探す?」

 

試験だ。

問題じゃない。踏み絵。

 

私は一呼吸置いて、笑みを薄くした。

 

「随分とふんわりしてる質問なのね」

 

「そうなんだ。どこから手をつければいいか、さっぱりでさ。手を貸してくれない?」

 

アニの声音は変わらない。

でも、ほんの少しだけ速い。焦りが混じる時の速さ。

 

……面白くなってきた。

 

私は、敢えて質問を返す。

答えを出す前に、相手の足場を削る。

 

「それって、何に使うものなの?」

 

「……知らない。必要とだけ」

 

「何のために、……っていうのは違うわね。

 誰のために必要なの?」

 

「……知らない」

 

私は思わず笑ってしまった。

笑ったのは馬鹿にしたからじゃない。滑稽だったからだ。

 

これだけ情報が薄いのに、私が当てる前提で話している。

つまり、アニが欲しいのは探し方じゃない。

 

欲しいのは――私の出方。

 

私は笑いを引っ込めて、声を落とす。

 

「何が知りたいの?

 それ、本当に探し方を知りたいって情報の出し方じゃないのだけれど、気づいてる?」

 

アニの目がほんの僅かに動いた。

否定しない。否定できない。

 

森の冷気が、背中の汗を冷やす。

胃の奥が、静かに固くなる。

 

――頭がいいだけじゃない。

――……貴族の情報が欲しい?

――もっと別の、私の後ろ?

――それとも?

 

 

私は雑に呼ばれた。

彼女には時間がなかったのかもしれない。

焦燥。……焦ってる?何故?

 

私は思考を回す。速く、事実と仮定だけを増やして並べる。

線は繋げない。繋げた瞬間、情報は固定される。

 

 

持っているのは誰か。

誰かに意味がある。

組織ではなく個人。個人に握らせている。

そして、その個人が隠しているか、隠させられている。

 

必要なもの。

人が持てる、持ち運べる、そして価値が大きい。

奪われた、もしくは渡された。

必要とだけ言われるもの。使う側が別にいる?

 

そして、アニ。

 

アニは、借りを嫌う。

貸しを作るのも嫌う。

感情を見せるのも嫌う。

 

それなのに、わざわざ私に頼む形を取った。

……私がどう出るか。

この形の方が私が載ってくると思われた?

 

私は一歩だけ、アニに近づいた。

彼女が動くかどうかを見る距離。

 

アニは動かない。

目だけが、私を刺す。

 

私は軽く首を傾げる。

訓練兵のジラの顔。少し雑な笑い。

 

「それは、貴族の情報で探す類のものかしら?」

 

アニが答えない。

沈黙が肯定になるタイプの沈黙だった。

 

私は息を吐いて、言葉を整える。

整えるのは、私が生き残るためだ。

 

「いいわよ。調べてきてあげるわ」

 

アニの目がわずかに細くなる。

受けたことが意外なんじゃない。

どう受けたかを見ている。

 

私は続ける。ここが大切。

私が主導権を取る場所。

 

「――で。何を調べてきて欲しいの?」

 

アニはほんの一拍置いた。

その一拍で、彼女が考えたのは多分これだ。

 

――どこまで要求していいか。

――どこまで言ったら、私が逃げるか。

――どこまで言ったら、私が敵になるか。

 

そしてアニは、いつもの顔のまま、少しだけ声を低くした。

 

「……中央」

「血筋」

「国が守ってる人間」

「その周りの貴族」

 

点が増える。勝手に増える。

私は笑った。可愛い笑みじゃない。仕事の笑み。

 

「ずいぶん欲張りね」

 

「……できないなら、いい」

 

引くふり。逃げ道を作るふり。

 

私は首を横に振った。

 

「できないとは言ってないよ」

「ただ、私にも対価が欲しいな」

 

アニの眉が、ほんの僅かに動いた。

「……対価?」

 

「うん」

私は笑って、わざと軽く言う。

「私、基本的に楽しいなら大体なんでもいいんだけどさ」

 

そこで、一拍置く。

軽さを置いてから、重さを刺す。

 

視線が合う。

私は口をゆっくりと動かした。

 

「――アニたちが帰る時。

 ――私も連れてって欲しいなって」

 

 

アニの目が揺れる。

揺れても逸らさない。逸らさないのは、私にはほとんど答えみたいなものだ。

 

 

「できたらでいいよ。頭の片隅に置いといて」

 

私は柔らかく笑う。

彼女にも逃げ道は必要だ。

 

 

「……無理に決まってる」

 

アニは震える声で、淡々と言った。

温度を落としているだけだ。落とそうとしている。

 

私は笑う。今はそう思うだけでいい。

選択肢は頭をチラつくだけでも影響を及ぼすのだから。

 

アニは不快そうに眉を寄せ、私を見た。

 

「誰にも言わないで。

 口にしたら、終わらせるから」

 

「終わらせるって?」

 

私が笑うと、アニは笑わない。

 

「……あんたじゃなくて、周りから」

 

一拍。

 

「余計なことをしたら、あんたに近い人間が先に消える」

 

近い人間。

その言い方が、妙に具体的で、妙に雑だった。

 

私は一瞬だけ、ジャンの顔を思い出してしまって、舌の奥が冷えた。

 

「……脅し方、下手だね」

 

軽く返す。軽く返せるうちに返す。

重さを受け止めた顔をしたら、次はもっと重いものを渡される。

 

アニは私を見たまま、ただ言う。

 

「下手でいい。伝われば」

 

「……信用ないなぁ」

 

「信用してないから」

 

即答。

即答が、むしろ誠実に見えてしまった。

 

私は肩をすくめる。

 

「分かった。言わない。勝手に動かない」

 

アニは小さく頷いて、踵を返した。

私はアニの背中に、もう一言だけ落とす。

 

「ジャンを殺すなら、私の前で、ね?」

 

アニは一瞬止まった後、聞かなかったフリをしてそのまま去った。

 

 

今は、たぶん殺す気がない。

必要になったら、やる。そういう類の平熱。

 

私は、知らないところで勝手に進むのが嫌だった。

置いていかれるのも、取り返しのつかない結果だけ渡されるのも嫌いだ。

 

 

死ぬならこの目で見たい。

 

――いっそ、私が殺したっていい。

 

 

喉の奥が、妙に熱い。

心臓が少し速い。怖いんじゃない。

もっと嫌な、もっと甘い何か。

 

きっとそれは、私の中に残る。

癒えない傷になる。

それでも、消えない方がいいと思ってしまう。

 

誰もいない森で、私はその感覚を舌先で確かめる。

 

 

今の私は、人に見せられない。

それくらい、私にだって分かるの。

 

 

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