壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


24.

 

私は、気持ちを落ち着かせてから食堂へと向かった。

食堂は遅い組だけがだらだら座って、話題だけが惰性で回っていた。

 

ジャンは、まだいた。

数人と話している。輪の中心じゃない。

端で、相槌だけが多い。

 

目が合った瞬間、視線を逸らされた。

 

……うん。可愛い。

 

アニはもう食べ終わって立ち上がっていた。背中だけ見えて、そのまま出ていく。

ミカサたちはいない。フロックもいない。

 

私は少しだけ迷って、ひとりで食べることにした。

 

トレーを持って、空いている席へ。

椅子が小さく鳴る。その音だけがやけに正直だ。

 

スープはぬるい。パンは乾いている。いつも通り。

それでも胃に入れれば、頭が少しだけ整う。

 

食べながらでも、視線は自然とジャンへ向かう。

見ているだけで、どこか気分がいい。

しかも彼は、ときどき耐えられないみたいにこっちを見る。

見て、すぐ逸らす。

逸らして、また見て、逸らす。

 

そういうところ。

私は顔がにやけないように気をつける。

 

パンをちぎって食べると、思考が勝手に回る。

 

アニのお願いごとの期限は、明示されなかった。

いつまでに、と言わないのは、余裕があるからじゃない。

期限が口にできない形だから。

危険度の指標を仮で置く。

 

……次の休みに、ケニーと話そうかな。

 

中央。

血筋。

国が守る人間。

その周りの貴族。

 

血筋……継承条件でもあるのかな。

だとすると、他人には継承できない気もする。

 

ケニーはどこまで知ってるんだろう。

どこまで知ってるふりをしてるんだろう。

 

少しずつ。

それぞれの立場で知っていることと知らないこと、仮説が混ざり合っている。

全部を信じるのは愚かで、全部を疑うのはもっと愚かだ。

 

そこまで考えたところで、口の中のパンがぱさついて、少し咳きそうになった。

スープで流し込む。ぬるい。

 

不意に、視界の端が影になる。

 

「……ジラ、おい!」

 

呼ばれて、反射で肩が跳ねた。

 

「えっ……あ、ジャン」

 

目の前にジャンがいた。

さっきまでの輪から抜けてきたらしい。

息がほんの少し早い。急いできたみたいに。

 

「……何ぼーっとしてんだよ」

 

責める口調なのに、目が責めてない。

心配の目。

 

心臓が勝手に跳ねた。

私は一瞬目を逸らして、また合わせた。

落ち着かない。でも、そのままでいいや。

 

「んー……ジャンのこと考えてたよ?」

 

軽く言ってみせる。

本当のことを言うより、この反応の方が見たいから。

 

「……嘘だろ」

 

真面目な顔で、困ったみたいに眉が寄る。

 

あぁ。そうなるのね。

私がいじらずにいると、ジャンは勝手に自分で悩む。

 

可愛いなぁ。

……可愛いけど、危ない。

私の脳が全部ジャンのために動き始めるのがわかる。

 

「どうしたの?」

 

私は声を柔らかくする。

 

ジャンは、座るでも立つでもなく、私の前で止まったまま、言葉を探すみたいに口を開いて閉じる。

 

「……変なこと、考えてねぇよな?」

 

ジャンが言った。

ぶっきらぼうに言って、すぐに視線が揺れる。

揺れて、でも逸らさない。

 

……へぇ。

 

私はスプーンを置いて、わざと小さく首を傾げた。

まだ顔に出てたかな?

 

「変なことって?」

 

「……分かんねぇよ。お前の考えてることなんて」

 

頭には思い描いてることがあるのかもしれない。

でも、言葉にできない。

言葉にしたら現実になるから。

 

ジャンはそういうところで、すごく真面目よね。

 

私は笑ってしまいそうになるのを飲み込む。

 

――いっそ、私が殺したっていい。

その考えがバレたのかと思った。そんなわけないのに。

 

笑ったら、彼は引く。

今は引かせたくない。

 

「大丈夫よ」

 

私は、嘘みたいに優しい声で言った。

バレたくないことは、演技で覆い尽くせばいい。

 

「ぼーっとしてただけ」

「それに……ジャンが来たから、もう戻った」

 

ジャンの目が一瞬だけ揺れる。

嬉しいのか、怖いのか、どっちか分からない揺れ。

 

私はテーブルを指で軽く叩く。

 

「座る?」

 

ジャンは一拍遅れて、ため息をついた。

 

「……お前、ほんと……」

 

文句の形をした降伏。

そして、逃げ道を作るみたいに、視線を横へやってから、隣の椅子へと座る。

 

私はスプーンを取り直す。

食事を再開するふりをしながら、横目でジャンを見た。

 

 

ジャンは口を開いて、閉じた。

喉仏が上下する。

 

それから、困ったように眉根を寄せて、短く言う。

 

「……調査兵団、行くのか」

 

空気が一瞬、止まった気がした。

 

 

ああ。

あの時の、これだったのね。

 

フロックの鼻で笑った顔。

対人格闘で負けたあと、わざとフロックがジャンに、刺すように言った言葉。

 

――「知ってるか? ジラ、調査兵団行くらしいぞ」

 

 

私はスープを見たまま、ゆっくり頷いた。

 

「そうね。行くわ」

 

ジャンの顔が少し歪む。

歪むのは、嫉妬でも怒りでもなく――。

 

心配。

失う想像を勝手にして、勝手に苦しくなるやつ。

 

「……なんでだよ」

 

低い声。

責めてないのに、責めてるみたいに聞こえる声。

 

私は、笑ってしまいそうになって、喉の奥で止めた。

笑ったら、ジャンはもっと真剣になる。

 

「面白そうだから」

 

「ふざけんな」

 

怒鳴る一歩手前。

でも目は怒ってない。目が、怖がってる。

 

「面白いとか、そういうことじゃ――」

 

ジャンは言いかけて、飲み込んだ。

死ぬって言葉を、飲み込んだ顔だった。

 

私はスプーンを置いた。

音が小さく鳴る。

 

「ジャン」

 

名前を呼ぶと、ジャンの肩が僅かに跳ねた。

まだこれが効くの、面白い。

 

でも今は、からかわない。

 

「私、死ぬかもしれない場所が好きなの」

 

ジャンの目が見開かれる。

言葉が出ない顔。

出ないまま、唇が少し震える。

 

私は続ける。淡々と。

 

「この壁の中は、綺麗でつまらない」

 

ジャンの眉が寄る。理解できない、というより、理解したくない顔。

 

「……お前、ほんとに変だ」

 

「知ってる」

 

返した瞬間、ジャンが机に手をついた。

私のトレーの横。

距離が縮む。

 

近い。

近いと、また頭が変になる。

 

「……じゃあ」

 

ジャンの声が、少しだけ弱くなる。

 

「……なんで、俺には言わなかった」

 

それ、嫉妬かな?

フロックには言って、俺には言わないのかって。

 

……嬉しいのだけれど、どうしようか。

 

私は視線を逸らした。ほんの一瞬。

 

「……ジラ」

 

ジャンが私の名前を呼ぶ。

さっきより静かな声で。

 

「俺、……」

 

そこまで言った後、イラついたように拳を強く握る。

 

「だーもう。ムカつく!

 とりあえず嫌なんだよ!!

 分かれよ!!」

 

私は軽く笑ってしまった。

少しだけ熱が混じる笑い。

 

「嫌って言われても、変えないよ?」

 

私は私に言いきかせる。

そうしないと、意志が折れてしまいそうだから。

折れて、安穏に過ごすなんて、私は嫌だ。

 

「……でも」

 

言葉が勝手に漏れた。

 

「でも、ジャンがそういう顔するのは、ちょっと嬉しい」

 

言った瞬間、ジャンの目が揺れた。

怒るべきか、安心するべきか、分からない揺れ。

 

「……お前」

 

ジャンは頭を抱えそうな顔で、でも抱えない。

逃げるくせに、逃げきれない。

 

「何考えてんだよ……」

 

私は首を傾げて笑う。

――言わない。言うわけがない。

 

少しだけ素を出して、微笑む。

なにも変なことはないって。ジャンがそう思えるように。

 

「……で、どうしたの? 本題はある?」

 

ジャンは一拍置いて、ようやく言った。

 

「……心配になっただけだ」

 

それだけ。

それだけなのに、妙に重い。

私は笑って頷いた。

 

「そっか。ありがと」

 

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