壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


25.

 

――ありがと。

 

「……それ。やめろ」

 

「……え?」

 

私が反応するより先に、ジャンは続ける。

 

「フロックには言って、俺には言わねぇ。

 ……今さらそんな顔すんな」

 

「……俺、あいつ嫌いなんだよ。お前の隣にいるの、腹立つ」

 

ジャンはそう言い切った。耳が赤い。

自分で言って自分で恥ずかしくなったように、そのまま視線を横に逃がした。

 

「……だから」

 

なのに。

また真っ直ぐに私を見る。

 

「ちゃんと、俺にも言え。危ねぇこと」

 

私は目をそらさない。そらせない。

ジャンの瞳が私を映す。

 

困ったような、でも真剣な表情。

心臓がおかしい。

 

……だから、私こういうの、苦手なんだって。

 

「……っ」

 

声が詰まる。

何を言いたいか、言葉が出てこない。

 

危ないことを言えって?

絶対に引かれるじゃん。

 

――嫌われる。

 

言えるわけが無い。

私の考えてることなんて、人に言えるものの方が少ないんだ。

言えるわけが無い。

 

 

手が震えた、気がした。

 

ジャンは、ほんの僅かに目を見開いた。

言い過ぎたとでも言うように。

 

私は視線を落とす。

意味もなく手を握ると、ジャンの影が焦るように少し動いた。

 

「……ちがう」

 

声が低い。さっきの刺す低さじゃない。落とす低さ。

 

「責めてるとか、そういうんじゃねぇ」

 

「危ねぇことは……せめて、言えよ」

 

 

命令になりきれない言葉。

 

――私の思考のほとんど全部、ジャンからしたら危ない枠にならないかな。

 

そう考えたら少し、心の中では笑ってしまった。

視線を戻す。

雑に笑う。取り繕うのはやめておこう。

 

「……私の事、知りたいの?」

 

ジャンは、その一言で固まった。

 

一拍、口が開いて閉じる。

言い返したいのに、言い返し方が見つからない顔。

 

「……っ、ちげぇよ」

 

即答。声が裏返りそうで、ギリギリ耐えた声。

 

でも否定したくせに、視線は逸らさない。

さっきまで横に逃げてた目が、今は逃げない。

 

「……知りたいとか、そういうのじゃなくて」

 

言いながら、ジャンの喉仏が上下する。

 

「いや……ちょっとは、知りたいけど」

 

ぼそっと漏れた。

言った瞬間、ジャンの耳がさらに赤くなる。

 

「……でもそれより」

 

言い直す。

机の縁を指で掴む。力が入って、木がきしむ。

 

「お前が、勝手に決めて勝手に突っ込んで……勝手に死ぬのが」

 

そこで、言葉が一瞬だけ止まる。

その言葉を出した自分に腹が立ったみたいに、唇を噛む。

 

「……嫌なんだよ」

 

小さい声。

でも、さっきまでで一番まっすぐな声。

 

ジャンは息を吐いて、吐いたまま言った。

 

「お前の頭の中、全部教えろとか言ってねぇ」

 

「……言えねぇなら、言えねぇでいい。けど」

 

一歩、近づきかけて、止まる。

近づくのが怖いくせに、離れるのも嫌な動き。

 

「危ない時は、俺にだけでも合図しろ」

 

合図、って言い方がジャンらしい。

カッコつけじゃない。現実的で、情けないほど必死。

 

ジャンは、ちらっと周りを見た。

もう私たち以外には誰もいなかった。

私たちを残して出ていったらしい。時間も遅い。

 

ジャンは少しだけ声を落とした。

 

「……俺、お前が何考えてるか分かんねぇのが、怖い」

 

言ったあと、ジャンは顔をしかめた。

でも撤回しない。

 

「……笑うなよ」

 

最後だけ、雑に。

雑に言って、誤魔化して、でも目は逸らさないまま。

 

 

――幸せだな。

 

今、私は恋をしている。

好きな人に、こんなに思いを向けてもらえてる。

もう、全部投げ出してもいいやって気分だ。

 

 

――理性が囁く。

これは今だけだ。

……私は、同じものをずっと好きでいられる自信がない。

今のために全て投げ出したとして、後悔するのは私だ。

 

分かってる。

だから、私は選べない。

 

持ったまま、進むだけ。

 

――盤面は私が作る。

1つ壊れたら、次を上手くやればいいだけ。

だから私は動けると、私は知っている。

 

 

私はとうに保ててない顔でジャンを見る。

 

――好き。

 

でも言ったらまた、逃げちゃうかな。

言いたいな。

触れたいな。

 

溢れ出そうな言葉を抑えて、なんとか口に出す。

「……今考えてること、……言ってもいい?」

 

 

ジャンは、その問いを聞いた瞬間に、息を止めた。

 

「言うな」

 

反射みたいに出た強い声。

でも、すぐに眉を寄せた。

 

「……いや、言うなじゃねぇな」

 

言い直す。乱暴に。

乱暴に言い直して、でも声の端が少し震えてる。

 

ジャンは視線を落として、机の縁から手を離した。

代わりに、自分の太ももを握って、力を逃がす。

 

「……そんなの、聞くなよ」

 

責めるみたいに言って、責めきれない。

言葉が途中で弱くなる。

 

「……言うなら、言え」

 

言った瞬間、ジャンの喉仏が上下した。

覚悟を決めたふり。決めきれてない顔。

 

それでも、逃げない。

 

「ただ……」

 

ジャンは顔を上げる。

目が合う。合ったまま、ほんの一瞬だけ怯えたみたいになる。

 

「俺、また逃げるかもしれねぇ」

 

正直すぎて、腹が立った顔をして、でも続けた。

 

「……逃げたくねぇけど」

 

拳が小さく震える。

それを隠すみたいに、ジャンは指を組み直す。

 

 

私は手が動きそうになって、理性で止めた。

 

震えるジャンの手に、自分の手を重ねたい。

距離を縮めて、そのままジャンの熱を感じたい。

この前止められた、薄い唇に、触れてみたい。

 

 

本人だって逃げたくないって言ってる。

縛りつければいいんだろうか?

どうしたら私の手の内に落ちてくれる?

なんで私はこんなに我慢してるの?

 

 

――嫌われたくないから。

 

 

残り少ない理性で私は考える。

 

そして、ゆっくりと、手のひらをジャンへと向ける。

私からは触らない。

 

 

「……手、繋ぎたいな。ダメ?」

 

私は、今の気持ちをそのまま顔に乗せて微笑む。

 

「繋いでくれたら、一つだけ私の事、答えてあげる。

 本当のこと。誰にも言ってないこと」

 

ジャンは、差し出された私の手を見る。

 

息を飲む。

 

「……取引みてぇにすんなよ」

 

低い声。文句の形。

なのに目は、手から離れない。

 

「ダメって言ったら、どうすんだよ」

 

そう言いながら、ジャンは指を伸ばした。

 

伸ばして、途中で一瞬止まって、結局そのまま掴んだ。掴んでくれた。

 

温い。

温度が、掌に直で入ってくる。

少し、掴む力が強いのも、好き。

 

ジャンは掴む力が強すぎたのに気づいて、すぐに少しだけ緩めた。

緩めても、離さない。

 

「……一つだけ、か」

 

ジャンの唇が動く。声が掠れる。

 

 

息を吸った。

吸って、吐いて、それでも言葉が出るのが遅い。

 

 

「……俺を、使ってんじゃねぇよな」

 

言った瞬間、ジャンの耳が赤くなる。

でも言葉は止まらない。

 

「……からかってるとかじゃないんだよな」

 

ジャンは噛む。

 

「ちゃんと、俺を見て言ってんのか」

 

それでも、私を見る。

少し、躊躇って、それでも口に出す。

 

 

「なんで、――俺なんだよ」

 

握った手に、また力が込められた。

 

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