壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


27.ジャン視点

 

廊下に出た瞬間、空気が冷えた。

 

ジラの手はもう離れたはずなのに、掌だけが熱い。

指が絡んだ感触が、皮膚の内側に残ってるみたいで腹が立つ。

 

空気はやけにうるさい。

息。足音。誰かの、笑いを殺した気配。

 

「……お前ら」

 

声が低くなる。勝手に。

落ち着いてるからじゃない。逆だ。

 

「どこまで聞いてた」

 

言った瞬間、廊下の空気が一段軽くなる。

軽くなるな。軽くするな。俺の胸を勝手に。

 

コニーがすぐ笑った。

 

「んー? どこまでって、何のどこまでだよ」

 

「黙れ」

 

殴りたい。

でもこいつらのお陰で時間が取れたって、分かってるからさらに腹立つ。

 

ライナーが肩で笑うみたいに息を吐いた。

 

「……廊下で騒ぐな」

 

その言い方、俺に言ってるようで、周りに言ってる。

マルコが慌てて口を挟む。

 

「ごめん、ジャン。悪かった。……でも、ほとんど聞こえなかったよ」

 

――ほとんど。

何が聞こえたんだよ。マジで。

 

俺は、視線だけで全員を黙らせたいのに、できない。

できないくせに、口が勝手に続ける。

 

「次、同じことしたら殺すからな」

 

「はいはい」

 

コニーが肩をすくめる。

ライナーは軽く頷いた。

 

時間を稼いだのも、こいつらだ。

 

食堂を二人にして、わざと他のやつを入れないようにして。

教官が来た時も、廊下で声を揃えて庇った。

 

助かった。

助かったのに、礼を言う口がない。

言ったら終わる。からかわれて終わる。

 

だから俺は、いつもの逃げ道を選ぶ。

 

「……もう寝る」

 

ぶっきらぼうに言って歩き出す。

背中に笑い声がついてくる。

 

マルコが小さく言った。

 

「うん。おやすみ」

 

明日。

明日だ。

 

――ジラに俺は。

 

 

 

朝。訓練場へ向かう。

 

寝たはずなのに、身体が重い。

落ち着かない。

 

視線を前に固定する。

固定しないと、勝手に探す。

 

――ジラ。

 

探すな。

今から訓練だろ。俺。

 

「ジャン」

 

淡々とした声。

ミカサだった。

 

俺は反射で肩を強張らせた。

ミカサが俺に話しかける時点で珍しい。

 

「……なんだよ」

 

ついぶっきらぼうになる。

ミカサは顔色一つ変えず、手を差し出した。

 

「これ」

 

小さく折りたたまれた紙。

急いで作ったみたいな雑さ。

 

「ジラから」

 

心臓が嫌な音を立てた。

 

俺は一瞬、受け取るのを躊躇った。

躊躇った自分が腹立つ。

 

「……なんでお前が」

 

「頼まれた」

 

短い。余計な感情がない。

ミカサらしい。

 

俺は受け取った。

紙がやけに軽い。軽いくせに、手のひらだけ熱くなる。

 

ミカサは俺の顔を一度だけ見て、一瞬躊躇った。

それでも視線を外した。

これ以上は関わらないって線引きだ。

 

ミカサの目が、一瞬だけ紙ではなく俺を見た。

 

「……読んだらいい」

 

「……今読む」

 

声が変になる。咳払いで誤魔化した。

 

指が少し震える。寒いからじゃない。

分かってる。

 

紙を広げる。

丁寧だけど急いだ線。ジラの字だ。

 

 

――ごめんなさい。

――緊急で家に帰る用事ができてしまって、特別に休暇を貰ってます。

――いつ戻れるかも分からないけれど、嫌いにならないでね?

 

 

読んだ瞬間、頭が真っ白になった。

 

休暇。

帰る用事。

いつ戻れるかも分からない。

 

 

――は?

 

もう一回読む。

読んでも意味が変わらない。変わってくれない。

 

「……ふざけんな」

 

声が漏れた。小さい。

でも、誰に言えばいい。

 

紙に言うのか。

いない奴に言うのか。

それとも、自分に言うのか。

 

喉の奥が乾く。

息が浅い。胸が、変に冷える。

 

 

ミカサは半歩下がっていた。

触れない距離。踏み込まない距離。

 

俺は紙を握りしめた。

皺がつく。構わない。構わないくせに――。

 

昨日、俺は言った。

 

明日、時間作れ。

ここじゃないとこで。

 

 

……明日

 

明日って、俺が勝手に掴んでたのか。

勝手に期待して、勝手に安心して。

 

最悪だ。

 

背後から、コニーの声が飛んでくる。

 

「なに持ってんだ?手紙?え、誰から?」

 

「うるせぇ」

 

低い声になった。

 

コニーが一瞬固まって、ライナーを見る。

ライナーは何も言わない。言わないくせに、目だけで分かってる顔をする。

 

マルコが気遣うみたいに言った。

 

「ジラ、今日いないね……」

 

 

いない。

 

その言葉が胸を殴った。

 

「……知らねぇ」

 

吐き捨てて、紙を制服の内側に乱暴に押し込んだ。

胸のあたり。心臓の近くに。

 

軽い紙が、そこだけ重い。

 

 

俺は前を向く。

向かないと、探してしまう。

 

――ジラ。

 

いないのに。

いないからこそ、探す。

 

俺は歯を食いしばって、息をひとつ吐いた。

 

「……クソ」

 

それしか言えなかった。

 

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