壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

28 / 87
――中央。


28.

 

 

「俺は読まねぇからな」

 

背中側から投げられた声は、いつも通り雑で、いつも通り軽い。

軽いのに、ここでは重く聞こえる。

 

「分かってます。付き添いありがとうございます」

 

私はいつもの笑みを作って返した。

 

 

国の書庫。――禁書貯蔵庫。

人々から取り上げた本の墓場。研究の亡骸の宝庫。

埃の匂いと、紙の脂と、古い皮革。湿り気のない空気が肺に貼りつく。

 

ずっと前に申請はしていた。

 

それが通った。

通るはずがない申請が、通った。

 

 

今更通る理由。

 

埋もれてた申請が発掘され、深く考えられずに通った。

有り得なくは無いけれど。

 

誰かが、何かの意図を持って、私に許可を出した。

 

――後者の方が面白い。

 

 

「それにしても」

 

私は棚から引いた本を開く。

 

「早急に帰れ、って。何があったのかと思いました」

 

文字を追いながら言う。

半分は文句で、半分は確認だ。

 

「あぁ? 内容書くわけにゃいかねえだろ」

 

ケニーは笑った。笑いながら、置いてあるソファーに身体を投げる。

仰向け。肘枕。ここが自分の家みたいな態度。

 

からかったのかな。この人は。

そういう所は私に似ているかもしれない。

 

 

「私、今日大事な用があったんですよ?」

 

「ほぉ。嬢ちゃんの大事な用、か」

 

ケニーはわざとらしく間を置く。

 

「ろくでもねぇな」

 

「心外です」

 

私はページをめくる。

文字の海に逃げるふりをする。

 

 

――昨日の熱。

指が絡んだ感触。

声が震えたまま、逃げなかった目。

 

頭の端に、しつこく残っている。

 

 

「私だって大事なもののひとつやふたつ……」

 

言いかけて止まる。

ふたつ目が出てこない。

 

ミカサ、は自分で何とかできる。

フロックは……助けてあげてもいい。

けれど、大事かと言われれば首を捻ることになる。

 

 

「思いついてねぇじゃねぇか」

 

ケニーが呆れた声を出した。

呆れた声のくせに、楽しそうだ。

 

「にしても、ひとつはあるのか。

 嬢ちゃんも、人だったってか?」

 

私は本を閉じて、別の本に手を伸ばす。

背中に興味の視線が刺さる。嫌じゃない。

 

「……そうですね。自分でも驚いています」

 

 

「それが何かは、俺が聞いてもいいのか?」

 

一瞬、動きを止める。

 

私は振り向いた。

素の表情。隠しきれない上機嫌。

――上機嫌というより、厄介な熱をそのままに。

 

「今度まとめてお話しますね」

 

形だけはいつもの笑い。

 

ケニーは目を細めた。

笑ったのか、測ったのか、区別がつかない。

 

「勝手にしろ」

 

それだけ言って、また天井を見た。

 

 

 

本を読む。読む。読む。

 

ここの知識は、頭に入れれば入れられるだけ使える。

使えるのはこの壁の中でだけ、かもしれないけれど。

 

壁の外では、きっと情報の価値がひっくり返る。

壁の中だけでだって、国と平民では雲泥の差なんだから。

想像なんてつかない。つけてはいけない。

 

 

今はここだ。

ここでしか拾えないものがある。

 

 

――早急に帰れ。

 

ケニーの手紙はそれだけだった。

 

要件が書庫のことだと知っていたら、明日に回したかもしれない。

……いや。回さないか。私は結局、こっちを優先しただろう。

 

 

ジャンのことよりも、優先するべきだったのか。

分からない。

分からないままでいい。

 

どうせ来たのだから。

私は、ついでを増やす。

 

 

――アニからの頼まれごと。

中央。血筋。国が守る人間。周りの貴族。

これは直近に必要。私の夢に繋がる手札だ。

 

――ケニーの夢。

種族。歴史。

意味のある変化……。

 

重なる部分も多い。

 

調査兵団に入れば、私はすぐ死ぬかもしれない。

なら今のうちに、ケニーに恩を返しておくのは悪くない。

 

ページを繰る。

「追放」「迫害」「禁令」。

 

屋敷にあったもの。

屋敷になかったもの。

似た題名で中身が違うもの。

同じ出来事が別の言い回しで書かれているもの。

 

なぜ差異が生まれる?

 

確率の高い仮説を、仮の棚に入れる。

別の仮説が出たら、別の棚へ移す。

繋げない。繋げればより複雑になる。

酔う。迷う。

 

 

――そして、見慣れた単語。

 

アッカーマン。

 

ケニー・アッカーマン。

切り裂きケニー。

地下街から憲兵を殺して憲兵になった男。

有名な話。だからこそ、作られた匂いもある。

 

 

私は本から顔を上げずに、声を後ろへ投げた。

 

「私の同期に、アッカーマンの子がいますよ。

 親戚ですか?」

 

ソファーが少し軋む。

ケニーが体勢を変えた音。

 

「ほぉ……。なんて名だ?」

 

すぐに食いついた。

 

「ミカサ・アッカーマン」

 

一拍。

 

「知らねぇなぁ」

 

つまらなさそうに。

嘘か、本当かの判断材料は少ない。

 

「辺境で暮らしてたらしいです」

 

「ま、地上で暮らすなら、それしかねぇだろうな」

 

私は少しだけ情報を足す。

嘘でもいい。それを言ったことに意味があるから。

 

「貴方と同じくらい、強いです」

 

言った瞬間、空気が一段変わった。

ケニーの視線が、完全にこっちへ来る。

 

 

「――覚醒してんな」

 

「……覚醒?」

 

私は素直に聞き返した。

ケニーは鼻で笑う。

 

「俺たちの一族にはそういうのがあんだよ」

 

言葉は雑。理論なんてない。

 

「このままじゃいけねぇ、って時にバカみてぇに力が湧く」

「何をすればいいか全部分かる。身体が勝手に動く」

 

 

理不尽な力。

それは、この世界に溢れている。

嫌いじゃない。嫌いじゃないけれど。

 

 

私はページの端を撫でた。

紙のざらつきが指に残る。

 

「……それは、本当に血ですか?」

 

ケニーは一拍置いて笑った。

 

「さあな。血かもしれねぇし、呪いかもしれねぇ」

 

 

呪い。

いい事ばかりではないのだろうか。

 

私は視線を落として、本に戻る。

戻るふりをする。

頭の中では、棚が増えていく。

 

 

血。

継承。

国が守る人間。

アッカーマン。

ユミルの民。

東洋人。

 

 

――私はどこに属するんだろうか。

 

 

本を閉じる。

閉じた音が、やけに大きく聞こえた。

 

 

――ジャン。

名前が勝手に混ざる。勝手に引き出しを開けてくる。

 

私は、昨日置いてきた紙のことを思い出す。

ジャンは読んだだろうか。

どんな顔をしたんだろう。

何を考えたかな。

 

――嫌いにならないでね?

嫌いに、ならないで。

それだけが怖い。

 

 

背後で、ケニーが欠伸をした。

眠そうな音。退屈そうな音。

でも退屈してないのは、気配で分かる。

 

私は本の山を見渡して、息を吐いた。

 

 

ここは墓場だ。

でも墓場には、掘り返せる骨がある。

 

骨は、血に繋がる。

 

私は指先を開いて、閉じる。

血の温度を確かめるみたいに。

 

「……血、か」

 

誰にも聞かせないくらい小さく呟いて、

私は次の棚へ手を伸ばす。

 

 

 

同じ時。

別の場所では、焦りが形となってぶつかる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。